過去最短文字数。
「この時間はポケモンのもつ『とくせい』について話そう」
「とくせい……?」
オレンジ色のランプが幾つかぶら下がった、小さめの部屋。
前方には、これもまたやはり小さめの黒板がかかっている。
木製の長椅子に座るピカチュウの前では、カモネギがチョークを手にして授業を行っていた。
「とくせいとは、ポケモンが生まれつき持った性質のことだ。種族ごとにある程度決まっているものだな」
「種族ごとに……」
「そう。とくせいは、バトルにおいて役立つものが多い。日常生活でも役立つものもある。まぁ、中には行動に制限のかかる良くないとくせいもあるが…」
「じゃ、じゃあ、俺も持ってたりするんですか?」
「ふむ、そうだな……君はピカチュウだから……」
※
「よし、今日の授業はここまで」
その合図と共に、ピカチュウは机に突っ伏した。
「うへぇ……辛いぃぃ…………」
それを見たカモネギは、少し呆れた顔で頭をかく。
「ふむぅ、君は勉強が苦手なようだからな……試験突破には厳しい授業が必要なんだよ」
「ぐっ……で、でもモル先生、さすがにこんなに長い授業はきついです……」
カモネギとピカチュウのマンツーマン授業は、休憩を挟みつつ、かれこれ8時間にも及んでいた。
「なにせ、試験までもう時間はあまりないからなぁ。まぁ、とりあえず今日は早く休んで、明日に備えなさい」
「はい……」
教科書やチョークを持って教室を出るモル先生に「ありがとうございました」と声を掛け、再び机に突っ伏した。
(あぁ……疲れた……先生も、俺の為にやってくれてるのは分かるんだけどなぁ)
しばらくだらけたあと、ピカチュウもようやく立ち上がる。
(試験までの辛抱だな……とりあえず部屋に戻るか)
ピカチュウは扉を力なく開け、廊下に出た。
※
体調が良くなった後、すぐにカモネギのモル先生との授業が始まった。
授業は毎日夜まで行われ、病み上がりのピカチュウには辛いものだった。
ただ、あまりに多忙なため、自分のことについて深く悩みこむ暇もなかったことは、彼にとってはある意味幸運だったかもしれない。
自分にあてがわれた部屋に向かって廊下を歩くピカチュウ。
廊下の天井は、採光の為かところどころガラス張りになっていて、夜空を望むことができた。
(綺麗だなぁ……)
しばし立ち止まって夜空を眺めた。
ベッドで目が覚めてから3日。そういえば外に出ていない。
別段禁じられていた訳ではないが、そもそも外出が頭になかったのだ。
ひたすらに授業を受けていたが、自分について何か思い出した訳ではないし、自分にもいたであろう家族や友達のことすら心配もしていない。寂しいとも思わないのだ。
そこまで自分に記憶はないのか。それとも元々こんなに薄情者だったのか──
「やあっ♪久しぶりだね」
後ろから声をかけられ、思考が中断される。
ネガティブに考え込んでしまっていたピカチュウに声をかけたのは、師匠だった。
「こ、こんばんは、師匠」
「元気にしてる? ……んん、ちょっと疲れぎみのようだね」
「はい……授業が大変で……」
「お疲れ様♪ 大変だと思うけど、モル先生の授業なら間違いなく成長できるよ。なんたってプロだからね♪」
にこやかに笑う師匠。
「そ、そうですか……師匠が言うなら、なんかそんな気がしてきます」
「うん♪ …………あ、疲れてるんだったね。早く戻るといいよ。ごめんね、引き留めちゃって」
「あ、そんなことないですよ。自分も師匠と話せてちょっと安心しました」
「そーお? 大したこと言ってないと思うけどなぁ」
大げさに首(身体)をかしげる師匠。
でもその顔はまんざらでもなさそうだ。
「……じゃあ……師匠、おやすみなさい」
「うん…………あ、そだ!」
歩きかけた足を止めて振り返る。
「今度さ、1日授業を休んで、ギルドと街の紹介をするよ!」
「休む……?」
「休養も必要だよ♪」
やはりニコニコとしている師匠。むしろ本人の方が楽しみにしていそうだ。
「わ、わかりました。……お願いします」
「決まりだね。またその時に伝えるよ♪」
「はい……では」
「うん、おやすみなさい!」
ピカチュウは今度こそ後ろを向いて歩き出した。
※
廊下の木製の床には星明かりが降り注いでいた。
(やっぱり……綺麗だ)
どことなく懐かしさを感じるような風景。もっと眺めていたかったが、眠気が襲う。
早く部屋に戻らなければ。
歩みを止めず、何回か角を曲がって部屋の前に辿り着いたところで、ふとピカチュウは気づいて立ち止まった。
(あれ、ギルド紹介って、俺が合格すること前提なのか……?)
しばらくうつむいて、拳を握りしめた。
期待されていること、その重み。その嬉しさ──
(…………頑張らなくちゃな)
力強くドアを開けて、部屋に足を踏み入れた。
※
翌朝、部屋に待っていたピカチュウの元にやって来たのは師匠とソワだった。
だが師匠のほうは何だか慌てている。
「ごめん!! 今日はボクがギルドを案内するつもりだったんだけど、急用が入っちゃって…!!」
「そ、そうなんですか」
「だから、代わりにソワに案内をしてもらって」
ソワは頷く。
「師匠は今日までの提出書類、たくさんあるんですからね。頼みますよ」
「……おかしいなぁ、こういうのも嫌だから連盟抜けたのに…」とぶつぶつ文句を言う師匠。
「と、言うわけで私が案内するよ。よろしくね」
「よろしくお願いします」
師匠は急いで部屋を出ていき、その後に二人も部屋を出た。
※
「君はギルドの中を見回ったことはある?」
「ないですね……ずっと勉強してたので」
「わかった。なら案内しがいがあるな」
そして嬉しそうに口元が緩むソワ。
「今日一日で私がこのギルドと街の隅々まで教えよう!」
そう宣言する彼は、とても楽しそうに見えた。