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前半も実質プロローグでした。後半が本編です。
「──サーチ、開始します」

 映画館のスクリーンほどもある大きなモニターの前には、白衣を着た二匹の研究者がいた。

 そのモニターの下にはタッチパネルがいくつか配置されていて、複数人の操作も想定されているようだ。周囲には複雑な配線が、壁にはたくさんのボタンやスイッチがあって、さながらコックピットのようでもあった。
 
「しかし……本当に存在するんでしょうか」

 先ほどサーチの合図を出した、ウパーが不安そうに尋ねる。

「理論上は存在するはずだ。絶対に実在する…!」

 キッとモニターを見つめながら、左目に片目サングラス型の機械をつけたツタージャが返す。だがその言葉はむしろ、自分に向けられているようでもあった。

 モニターでは、白い画面をバックに緑色の円が連続して広がっては消えていく。

「この世界が多層構造という仮説を立ててもうずいぶん経つ。ここで見つけられなければ……」

 苦しそうな、もがくようなツタージャの表情をウパーは心配そうに見つめていた。

 ウパーはこの顔をずっと隣で見続けてきた。
一心不乱に研究に打ち込み、悩み苦しむ彼を応援しながら、ずっと協力し続けてきたのだ。

 その彼と自分の努力が報われるよう祈りながら、モニターをじっと睨む。

だが、しばらくしてもモニターに反応はない。

沈黙が支配する。

 苦しそうな顔でモニターを食い入るように凝視するツタージャ。

「頼む……!!」


 突如、甲高い電子音が響き渡った。


 ウパーが驚きに目を見開いて固まる。
 そして、息を震えるように吐き、そして叫ぶ。


「……反応……ありました!!!」


「『もうひとつの世界』だ……!! 逃すな……!!」

 ツタージャがパネルを両手で強く叩き叫ぶ。

「アクセス開始します!!」

 二匹は同時にタッチパネルに飛び付き、高速で数式を打ち込み始めた。

 ツタージャの顔は、もはや執念と呼べるものに染まっていた。

 アクセスを始め数十秒後、突然、ウパーが何かに気付き青ざめる。

「アクセス、すべてブロックされてます!! それどころか接続そのものが攻撃されてます!!」

「くそっ……!! 一つでもいい、なんとしても届かせろっ!! 触りすればいい!! 確認さえできればっ……!!」

 歯をくいしばって手を動かし続ける二匹。
 ここを逃せば次はもうないと覚悟を決めていた。

「……ダメですっ!! 侵食され始めてます!! このままじゃこっちのコンピュータが!!!」

 ウパーの悲痛な叫びが響く。

「もう持ちません!! メイン電源、落とします!!」

「……うおぉぉぉッ!!」

 そして、ツタージャは吠えながら、何度も何度も打ち込んだ最後のアクセスの数式を、叩きつけるように放った。


甲高い金属音がどこかで鳴った。


「……接触!!!!」


 そして、電源の落ちる数秒前。
 二匹は確かに見た。
 モニターに浮かんだ、『もうひとつの世界』のその名を。


[ Access Denied by :【First program】]


「……ファースト、プログラム……これが…………」


そうツタージャが呟くのを最後に、部屋は闇に閉ざされた。


         ※



 意識が覚醒したとき、身体は風に包まれていた。涼しく心地よい風が顔を撫でていく。

 その気持ちよさが体を脱力させ、目を開ける気力を奪う。

 彼は目を瞑ったまま、しばらくのんびりしていたが、突如、あの空中での光景が脳裏にフラッシュバックして──

「うわぁぁぁぁ!!! 落ちて……ない……?」

 

 跳ね起きて目を大きく広げた彼が見たのは、小綺麗な部屋と、優しい風に揺れる窓際のカーテンだった。


「ここ…………どこ?」

          
          ※ 


「いやー、目が覚めてくれてよかったよー♪」

 しばらくして部屋に入ってきて椅子に座ったのは、ピンクで小さくまん丸なポケモンと、緑色でこれまた丸っとしたポケモンだった。

「あのぉ~……ここは……?」

 恐る恐る二匹に尋ねる。

「ん、ここはギルドだよ♪」

 ピンクのポケモンが返す。

「ギルド……」

 いまいちよく分からない。

 二匹が彼を不思議そうに見つめる。

「まぁ、危険な場所じゃないから安心してよ♪」 

「……」

 しばらく双方が黙りこむ。何から切り出そうかとお互いに迷っていた。

 静かにカーテンが揺れる。お昼前らしい暖かい日差しが部屋に差し込んでいた。相変わらず心が静まる空間だ。

 沈黙を破ったのはピンクのポケモンだった。

「あぁ、そうだ。自己紹介をしなくちゃね。ボクはプリン。みんなからは『師匠』って呼ばれてるんだ。このギルドのマスターなんだ♪」

 プリンは椅子の上に立ち、その大きな目でウインクした。
 そして、緑色のポケモンのほうを見る。

「あっ、はい。私はルンパッパのソワ。このギルドの事務および師匠補佐および教官です」

 それを受けてプリンに続くソワ。

 プリンは満足げに頷き(といっても体の構造的に全身で上下に動くことになるのだが)、そして、ピカチュウを見た。

「じゃあ……君の名前は?」

          ※

 どうやら自分はあの後、この二匹によってここに連れてこられ、看病されていたようだ。 
 空中にいた後は全く覚えていない。失神していたのか……。

 少なくとも感謝すべき相手なのは間違いない。挨拶もすべきだろう。

「えっと……僕……うん? ……私……俺……?」

「……?」

 あれ……自分のこと、何と呼んでたっけ。
 二匹がこちらを不審そうに見ている。

「……お、俺の名前は……」

 なんとか一人称を定め、名前を言う──

──はずだった。


「あ……れ……? 俺の名前は……名前は……」

 ソワが目を見開く。

「君…………まさか!?」 

 考えればそうだ。
 自分が落ちていた理由も、落ちる前のことも何一つ──

 めまいがして、頭を抱えてうなだれた。


「自分のことが……思いだせない…………!!」


          ※


「じゃあ今度は……あれが何だか分かる?」

 窓際を指すプリン。

「花瓶……ですよね」

「せいかーい。じゃ、君の種族は?」

 手鏡を手渡され、それで自分の顔を確認した。

「ピカチュウ…………です」

「んー、じゃあ彼女の種族は?」 

 近くでもう一つのベッドのメイキングをしている、大きなピンク色のポケモンを示した。

「ラッキー……です……」

 ラッキーは振り向き、微笑んで会釈をした。

「うーん……」 

 顔をしかめて唸るプリン。

「どうです?」

 ソワが尋ねる。

「基本的な常識はある……読み書きもある程度出来て、並みの学力もある……。覚えてないのは一部のローカルな知識と自分に関することだけ、かな……種族は分かるみたいだけど」

「……君は、どこから来たのかも覚えてないのかい?」

「はい……」

 ソワの質問に申し訳なさそうに答えるピカチュウ。

「うーん……」

 二匹揃ってお手上げのようだ。

「……そういや、何故あんなところに……? いや、それも覚えていないか……」

「あ、いや、空から落ちてきたのは覚えてるんですけど……」

「空から落ちてきたぁ!?」

 二匹揃って目を見開いた。

「ほら合ってたじゃないかぁ、ソワ」
「普通あり得ませんって……!」

 こそこそと小さく喧嘩をする二匹。

「あ、あの。本当に申し訳ないです……」

「……あぁ、大丈夫大丈夫♪ 君が最優先だよ」

 二匹は椅子に座り直し、ピカチュウの方を向いた。

 ソワがため息をつく。

「いやぁ、しっかし……記憶喪失とは……まさか、落ちた衝撃が原因だとか?」

「……いや、それはないと思うよ」

 プリンがバッサリとソワの意見を切り捨てた。

「記憶っていうのは、ごく最近のものは失われやすいんだ。脳に定着する前だからね。古い記憶、つまり自分のことの方が忘れにくいんだ。それなのに、落ちていたことは覚えていて、自分のことは忘れている。少なくとも、落ちた衝撃のせいではないだろうね。それに、」

プリンが一息ついて続ける。

「彼が倒れていた周囲には落ち葉があったし、あの位置の頭上には木が生い茂ってたからね。クッションになって、それほど衝撃はなかったと思うよ」

「は、はぁ……」

 怒濤の説明についていけないソワとピカチュウ。

「と、とりあえず、落ちたことが原因の記憶喪失ではないと……?」 

「多分ねー。恐らくは……精神的な…………いや、根拠の無い憶測はやめよっか♪」 

 先程の説明の勢いとは打って変わって、楽しげな口調に戻る師匠。

「最近、師匠のこの態度の変わりよう、わざとに思えてきたんですよね……」

 ソワのつぶやきは誰にも聞こえず消えていった。

         ※

「……ともかく……どうしましょうか、師匠。彼をずっとここで養う訳にもいきませんし……」

「あ……それ、俺も申し訳なく思います」

「そーだよねー。まあ、しばらくしたら自立してもらって…………あ」

 プリンが唐突に言葉を切った。
 そして、目を輝かせて叫ぶ。

「そうだ! キミにもテストを受けてもらえば良いんだ!! そして、合格したら──」

「ちょちょ、ちょっと待ってくださいよ師匠! そんな唐突に! あれでもギリギリの人数なんですよ!? 途中から割り込みで入れるなんて……」

 慌ててソワが立ち上がる。

「いいじゃん♪ ソワ、そこら辺のやりくりはよろしく♪」

「そんなぁ!」

「え、え。どういうこと……?」

 全くついていけないピカチュウ。 

 そんな彼にプリンは、にこっと笑って言った。


「キミにはこのギルドのテストを受けてもらう。そして、見事合格してギルドに入るんだ!!」


「ええええええええええええ!?」
 

「師匠! 流石にまずいですって……!」

「なんでよー、ここで生活も出来るんだしちょうどいいじゃん! …………キミはどう思う?」

 プリンは優しくピカチュウに訊いた。
 その顔は微笑んでこそいたが、目は真剣そのものだった。

「えっと……あ……あの。どうもなにも、ギルドが何なのかとか、あと、自分のこととか分からなくて」

「……そっか、ギルドは後で説明しなきゃね。……でもね、もう一つの自分のことが分からないって話は」

 プリンは椅子から飛び降り、跳ねるようにベッドの上に飛び乗った。さらに顔をピカチュウに近づける。

「うおっ」

ピカチュウが驚くのは無視してプリンは続ける。

「君が自分について知るための環境として、ギルドは最適だよ? 君はここに入れば絶対に成長できる。保証するよ」

 じっと見つめられ、ピカチュウはその瞳に吸い込まれそうになる錯覚を感じた。
 
 そして、しばらく悩んで──

「良く分からないけど……自分のことも知りたいので…………が、頑張ってみます」

「そうこなくっちゃ♪ もう何日かして体調が良くなったら勉強を始めるよ! テストは学力試験と実技試験があるからね♪」

 とても楽しそうに話すプリン。

「はぁ……また厄介事は私が担当なんですね……はぁ……」
 
 ソワはプリンとは対照的に、呆れた顔でため息をついた。

「ソワ、教務担当のモル先生に連絡よろしく♪」

「……了解です」

          ※

 とりあえずその場がまとまり、話が終わりかけたその時。


 ドタドタと足音が近づいてきて、ドアが猛烈なスピードで開いた。

 大きな衝撃音が響く。だが、それよりもそのドアを開けた張本人の声の方が大きかった。

「師匠ぉおおおおお!!! 二年生、全員帰還しましたぁあああああ!!!!」

「おっ! 了解~そろそろ向かうよ。ありがとう♪」

 それに答えるプリン。

 部屋の大きさに対して明らかに適していない大きさの声にピカチュウは顔をしかめるが、プリンは全く気にしていないようだ。
 
「…………ッッ!!」

 そしてその声の主は、ソワに敵意のこもった目線を向けてから──

「……失礼しましたッッ!!」

──猛烈なスピードでドアを閉め、去っていった。

 ソワは肩をすくめてため息をつく。
 そしてその反応に首をかしげるピカチュウ。

「……? 今のは……マンキー……ですよね?」

「ああ、彼ね。今は気にしなくていいよ。また後で紹介することになるしね♪」

「そうですか……」

 不思議な、まるで台風みたいな印象のポケモンだった。
 
          ※


 さて、とプリンは立ち上がった。同時にソワも立ち上がる。

「呼ばれているので戻るよ。キミはとりあえず休むことに専念して♪」

「……はい」

 ソワがドアを開け、プリンがそこを通って出ていこうとする。だが、プリンはふと立ち止まり、振り返った。

「あ、そうだ。自分の名前を考えておいてよ。ピカチュウって呼ぶのもアレだし。急がなくていいから、じっくり考えておいて♪」

「自分の名前を……決める……」

 それじゃ、と残して二匹は部屋から出ていった。

 部屋にはピカチュウとラッキーが残される。
 昼下がりの暖かな部屋は、また静寂を取り戻した。

 そして気づく。


「あれ……? 話進むのが早すぎない!?」



           ※



 部屋からの帰り道、プリンは一人で廊下を歩いていた。
 自分の部屋に戻る道は静かで、他のポケモンの気配はない。
 
 プリンはご機嫌そうに小さく跳ねながら歩く。

「さっきの彼──」

 突如、後ろから声をかけられ、立ち止まるプリン。だが、その顔に驚きの色はない。

「──空から落ちてきたそうですね」

「……うん」

 振り返らず返事をする。

「そして、記憶もないとか…………もしかすると……」

「分からない。でも、その可能性は十分にあるよ。キミと同じ・・・・・という可能性が……」

 プリンはゆっくりと息を吐き出す。
 
「師匠……いや、プリン。あの子を……」

「……いいよ。キミが面倒をみるといい。……でも、無事に合格したらの話だけどね」

「あの子は受かりますよ。──絶対に」

 それきり、声は聞こえなくなった。代わりに、離れていく足音が聞こえる。


「…………♪」


 そしてプリンは、さらに機嫌の良い足取りで、鼻唄を唄いながら自室へ向かった。

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