輝綱変化と三本苦無

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『不覚……』
 ゲンジは悔しそうな声を漏らす。まだ戦える余力はあった、だがとても勝てるような状況ではなかった、あそこで意地を張ったらマスケットで風穴を開けられて死んでいたかもしれない。
「いいんだ、これで……」
 カゲマサはこの日のためにあらゆる想定をして作戦を練っていた。アルビノウァーヌス家のオンバーンとも今回剣を交えると想定して、事前に対策をいくつか用意していた。
 マスケット銃も存在は知っていたが、使われない。使うわけがないと思い込んでいた。あのような武器は戦いの場で扱えるわけがない、と考えていた。
 まず弾が軽すぎるために空気抵抗で銃弾が真っ直ぐ飛ばない、火薬の質が悪く煙ばかりがたくさん立つ、火薬の機嫌で暴発したり不発になる。遠くの敵に攻撃できる飛び道具のはずが、空気抵抗によって少しでも離れると貫通力を失うため、堅固なポケモンの皮膚に通じなくなってしまう。一度撃ったら弾と火薬の装填に手間がかかり、そんな時間は戦場にあるはずがないし、ポケモンに装填できるはずがない。
 こんなものを使うならば、同じ引き金で発射するクロスボウを警戒するべきだと考えていた。カラクリ仕掛けで人力では不可能な力で弓を引いて矢を放つクロスボウは、子どもが持っても鎧すらも貫く武器である。矢は重いため空気抵抗が小さく、貫通力は銃なんかよりずっとある。

 だが、どうだろう? 自分の常識というものがいとも簡単に崩された。

 至近距離での運用を行えば貫通力を保持できる。弓の部分が横にかさばるクロスボウに対して、銃は筒の部分だけなので持ち運びが容易である。なによりもクロスボウとの違いはその音にある、耳を引き裂く発射の爆音は歴戦の戦士すらもひるませて、ポケモンがワザを練りあげるための集中力を失わせる。また、装填できないなら一挺ではなく、たくさん持たせれば良い。
 古い流れに囚われて、新しい流れを受け入れられなかった、カゲマサの失策だった。
「時代が……終わったんだな」
 苦虫を噛み潰したように、重い口を開く、カゲマサはゲンジの肩を抱き、そのまま強く抱擁した。
『無念……』
「ごめんな」
 ゲッコウガの瞳と、カゲマサの瞳が合い、共に見つめあった。

挿絵画像




 その時。

 ドクン と激しい鼓動が走り、視界が暗転する。
 目を再び見開くと、なぜか自分の顔が見えた。そして口の舌が引っ張られているような、何ともいえない違和感がある。
 再びまばたきをすると、その感覚はまた元に戻り、見慣れたゲッコウガのゲンジの姿が見えた。
「なんだ……? いったい何が起こったんだ?」
 熱い。
 カゲマサの懐が熱を帯びていた、不思議に思って取り出してみると、あの日に元頭首が捨てようとしていた護石が鈍い光をたたえていた。里の頭首が代々受け継ぎ、持つものとだけ伝わっていたものだが、それは一体何であるのかは知らなかった。
 護石の光に併せて、ゲンジの身体も淡い光に包まれている。目線を下にさげると先ほどの腿の傷がだんだんと塞がっていた。カゲマサはこの光に見覚えがあった、これは進化の光……。
 ゆっくりと鼓動するように光を放つ護石を見て、カゲマサとゲンジが幼き頃に読んだ、里に伝わる絵巻物に書かれていた初代のゲッコウガ使いにして、里の創始者の寓話を思い出した。


  [ その者 人は蛙と 蛙は人と 同じくし 天下無双の 蛙跳びを致す これ 輝綱変化きずなへんげと 称す ]


 まさか、
 本当にそのまさかが起こるのかもしれない。
 無言でゲンジの眼を見ると、ゲンジもまた同じことを考えていることが伝わってくる。
『……参るぞ』
「参る、どこにだ?」
『何を言って居る。拙者らは負けておらぬであろう』
 心に直接、ゲンジがたくらんでいることが、分かる。
「さすがに無理があるのでは?」
『左様なら、成さずに後悔するか?』
「……いいや、それでいこう。だがその前に、あのキュウコンについて一つ推測がある、聞いてくれるか?」
『ほう、聞こう』
 迷いなき眼差しをお互いに交わして、一人と一匹は立ち上がる。


 観戦場から試合を覗くと、先ほどのキュウコンがそのまま勝ち抜き続け、こちらの五人目のブリガロンまで引きずり出されていた。
 カゲマサはあのブリガロンとそのトレーナー、ブラムとは友人だった。顔を見せたゲンジのことを恐れずに心から受け入れてくれた数少ない友人である。彼は王城や国境の門を守る衛兵であり、国王側につくべき立場でありながら、今回の戦争において一人で民衆側につくと名乗りを上げてくれた、勇気ある騎士だ。
 カゲマサは今こうして民衆軍、新教の一人として参戦しているが。実はカゲマサ自身は先祖を祀る祖霊信仰であり、新教徒ではない。
 そんなカゲマサが今回の民衆軍へ推薦し、参戦できるように周りを説得して力添えしてくれたのがブラムだった。

 人の世界とポケモンの世界を分ける門、そこは凶暴なポケモンたちとの戦いの最前線であり、そこをつとめあげる衛兵の実力は本物だ。
 だからこそ、こうして五人目を務めて、最後の門番として君臨している。
「……奴でもダメか」
『恐ろしき狐よ』
 相手の放つ[だいもんじ]の炎を浴びようとも物ともせず、マスケット銃の弾は、自慢の腕の毬尖盾スパイキーシールドでの[ニードルガード]で軽々と防ぎ切り、周りの観客からどよめきの歓声を呼んだものの、属性相性には敵わなかったのか、そのままジリジリと防戦一方となり、さすがのブリガロンも追い詰められていき、最後はキュウコンの[あくのはどう]を受けて倒されてしまった。
 これでこちらの軍はあと六人目しか残っていない、このままでは慣例どおりに相手の健闘を讃えて、パフォーマンスをして負けを認めることになる……。
 そのタイミングを見計らい、カゲマサは競技場に飛び出して叫んだ。
「私はまだ戦える、私が相手だ!」

 カゲマサが行った主張は、私はポケモンを自主的に引かせ『ポケモンを入れ替えた』だけであり、武器を前に捨てたのは手が滑っただけだ、それを審判が勘違いをしただけだ、よって私は負けておらずまだ戦える、というものだった。あの時にちゃんと降参の意思表示をしていたことは、言った自分が一番よく覚えていただけに、ひどい言い掛かりである自覚はあった。

 だが、その申し出は受け入れられて、再戦は叶った。懸念していた相手トレーナーの了承はすぐに得られ、相手の大将である国王も、手負いの負けず嫌いなど軽く一捻りしてやれると考えたのだろう。



 o◇  o◆  o◇  o◆  o◇  o◆



 そうして、カゲマサとゲンジは再びキュウコンと向かい合う。
 あの時に感じた悪魔的に趣味の悪い服装も、実際に手合わせした今では、本当に悪魔のように恐ろしいものに見えて来た。
 悪魔の手先だと罵られてきたゲッコウガよりも、ずっと悪魔に思えてくる。あのトチ狂った気色の悪い極彩色は、見てはいけない、近づいてはならない、そんな警戒色に思え、今すぐにでも逃げ出したくなる感覚に陥る。

 だが、逃げるわけにはいかない。
 時代の奔流に流されないように、一本の綱に必死にしがみ付き、あらがってきた。
 相棒たるゲッコウガのゲンジとの絆があれば、俺たちは負けることはない。

 試合開始の合図と同時に、右手で護石を掲げて、カゲマサとゲンジは迷いなく、自分たちの頭に湧き上がった口上を、高らかにあげる。

「『双の魂魄こんぱく超量ちょうりょうし、今ここに輝綱の高みに至る」』

 ゲンジは目を瞑り、素早く手で印を組んでは次々と組み替えて、まばゆい光に包まれながらゲンジの体が水の渦に包まれる。
 そして、激しい水しぶきが立つ、渦の奥から二つの瞳が光った。
 重なり合う想いが同調して、決して消えない絆になる。

「『疾風怒涛! きずなへんげ!」』

 瀑布の飛沫のように渦が弾け飛び、あらわになったその姿は、頭部に紫色の兜を思わせる模様ができあがり、胴体から四肢に掛けて黒い文様が形成されて、肩からは外套の頭巾のごとき膜ができあがり、それが後ろに伸びて、ひらひらと風になびく。
 唯一の防御用装備だった手甲と脛当は、水でコーティングされた上で凍り付き、より頑丈な氷の防具へと変貌した。
 そして背中には三本のこおりで作られた巨大クナイを背負っていた。
挿絵画像


 時代は――
 まだ、終わっていない。

 カゲマサには、ゲンジが今見ている風景、聞こえる音、触れた空気の感覚を鮮明に感じ取ることができていた。共感覚というものだろうか。
 一方のゲンジにも、五感や体の筋肉の動きが自分一匹の力ではなく誰かの力も借りて使えるような感覚。まるで一つの身体を二つの力で動かせるようだった。
 観客たちがその光景をみて口々に騒ぎ出す。
「メガシンカか?」「いやあんなメガシンカ見たことがない」
「ダイマックスか?」「バカやろう大きくなってないだろう」
「やはりメガシンカではないのか」「そんなことはどうでもいい、行け、勝て!」
 人間とポケモンの心の波長が一緒になって混ざり合った時、激しく共鳴して爆発的なエネルギーを生み出すことがある、これが特定のポケモンの身体に影響を及ぼし、進化に似た現象を起こすことをメガシンカと呼ぶ。
 まれに道具を使わずにポケモンに力を伝えられる者もいるが、多くの場合は二つの心の力を相互にうまく伝達や変換させる中継装置として、メガストーンなどの石が必要とされる。
 カゲマサとゲンジに起こった現象はメガシンカに似ていたが、人間の力がポケモンに多く流れ込み、ポケモン側に人間の特徴を強く受けた変化を起こしており、広くよく知られるメガシンカとは異なる変化が見られた。
 対戦相手は驚きはしたが、見知らぬポケモンがメガシンカらしきことをしただけだと、すぐに獲物を狙う獣のような視線で見据える。

「行くぜ!」
 カゲマサの声と共に、ゲンジはキュウコンに向けて全力で向かっていく。
 銃という攻撃的な装備に気を取られがちだが、本来のキュウコンというポケモンは幻術や妖術などを得意としている。不用意に睨み合いをすればその場で化かされてしまうだろう、補助技を使う暇を与えないように、攻めるしかない。
 キュウコンの持つマスケット銃は銃と呼ぶにはあまりに不格好だった。持ち手となるグリップが存在せず、火薬入りの筒と呼んだ方が良いだろう。単発でポケモンの力での弾込めが一切できず、一戦が終わるごとに撃ち終えた銃はトレーナーが回収して、人の手で弾と火薬を装填して貰わなければならない。
 連戦には向かないが、戦闘の合間に装備を整える休憩時間がある、このような一騎打ちの場ならば絶好のポテンシャルを発揮できる。

 カゲマサはここまでの戦いで、相手は八挺の銃を背負っているが、必ず二挺同時に発射する仕組みになっていることを見抜いていた。
 発射前に二挺の銃が左右同時に横に展開され、引き金を引くと左右の銃が同時に弾を発射する。横への展開と引き金を引く動作は、キュウコンの神通力と尻尾を使って器用に操作している。撃った時の反動の重心が体の中心に来るようにしており、銃の発射の反動で体の軸がブレないようにすると同時に、どこに当たるか分からない低い命中率を同時撃ちで補っているようだ。
 背負っているのは八挺のみなので、一戦につき四回しか撃つことができないことになるが。弾切れを狙って四回も撃たせることを許すのは得策ではないだろう。当たれば無事で済まない一撃必殺なのだ、一撃必殺ワザが怖いならそれを誘うのは愚策だ、確実に避けられる保障が無いならば弾切れを誘うべきではない。

 キュウコンは背中のアームを展開し、背負っていた銃を構えて――
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 銃撃すると見せかけて、[かえんほうしゃ]を吹き放った。
 ゲンジは銃を構えた瞬間を確認し、走りながら地面を引っぺがす動作をして、自分の身体をまるまるカバーできる一畳ほどの大きさの透明な盾を作り出し、それをライオットシールドのように前に構えて突撃をおこなう。
 [たたみがえし]という、地面から条件付きで広範囲の攻撃を確実に防ぎきる壁を生成する、ゲッコウガのみが使える奥義である。
 畳返しの障壁を盾にして強引に突破を掛ける姿を見て、キュウコンは火炎放射を続けながら、銃の引き金を引く。

 再び、爆音が鳴り響く。
 銃撃は、防ぎ切った。

 役目を終えて粉々になり、光となって消えていく障壁の裏から躍り出て。ゲンジは背中に背負った巨大な凍氷のクナイに凍気を注ぎ込み、向こう側が透き通る刀身を前方に振りかざす。噴き付けられた火炎が、氷のクナイと接触すると、炎の方が溶けるようにして消えていく。惑うキュウコンを目掛けて、強い凍気を帯びた氷のクナイを振りぬいた。

 こうかはばつぐんだ!

「やはりな」
 タイプ相性を反転させる妖術を使っている。とカゲマサは見ていた。
 水ワザを受けても平気なキュウコン、炎ワザを受けて大ダメージを被るゲッコウガ、火で水が消えるという現象、初めは単純に圧倒的な熟練度レベルの差だと思っていた。だが、あまりに不自然だ。そこで立てた仮説は、先ほどのブリガロン戦で確信に変わった。なぜ、草属性のブリガロン相手にキュウコンは苦戦をしていたのか? 格闘属性のブリガロンに神通力ではなく、あまり効かないはずの悪の波動を使ったのは何故なのか?

 その答えは一つしかない、すべての属性相性が『さかさ』になっている。

 カゲマサの推測は当たっていた。
 キュウコンが装備しているものは《反転の半纏》はんてんのはんてんと呼ばれる道具で、その周り一帯のタイプ相性をすべて逆さまにするという、魔訶不思議なショートコートであり、奇怪な服装の中にカモフラージュさせて持たせていたようだ。後世のポケモンバトルにおいて、これは『さかさバトル』という形で残っている。
 氷のワザの直撃を受けたものの、キュウコンはうまく転がりながら受け身を取り、素早く立ち上がる。そして相手を睨みつけながら口を拭う。

「逃すかっ」
 相手に反撃の暇を与えないように、大きく振りかぶり手首のスナップを効かせて、持っていた氷の巨大クナイを投擲する。
 回転しながら飛んできたクナイを、キュウコンが上に跳んで回避したところを、

「影うち落とし」

 空中の相手を地面に叩き落とす[うちおとす]と、相手に先んじて攻撃する[かげうち]を合成させた、瞬速の打ち落としで跳躍中の相手を地面に引きずり落とす。
 そうして更なる追撃をすべくゲンジが二歩踏み込んだ、その瞬間をキュウコンは見逃さなかった、銃を構え、発射する。
 発射された弾丸は二発ともゲッコウガの姿に命中した、キュウコンの口元が微妙に綻ぶ。

 その刹那。
 弾丸を受けたゲッコウガの姿は四散し、キュウコンの死角からゲンジが躍り出る。

「空蝉の術」
 [みがわり]を置いてすり替わり、相手の死角に潜り込んで攻撃する[だましうち]を使った。
 次に銃を撃つことは読めていた。ポケモンはワザを使う際に体内のエネルギーをワザにする必要があるため、ある程度の間隔や集中を要する。体勢を崩させてワザを使わせないようにすれば、相手はワザ以外の手段を使わざるを得ない。
 周囲の空気を激しく震わせて、すくみ上がらせる銃の爆音、それはポケモンがワザを練るための集中力を削ぐという、外したリスクを埋めて余りあるものだ。

 だが、その銃の爆音の影響を最も受けるのは他でもない、銃身から一番近い、撃った張本人。
 慣れて鍛えていようと、この瞬間は、どうしても大きな隙が出来てしまう。

 ゲンジ自身も間近で爆音を聞いていたが、身体に宿った二つの強固な心を以てすれば、爆音ごとき臆することは無い。
 背負っていた二本目と三本目の氷の巨大クナイをそれぞれ両手につかみ、構えて相手を目掛けて襲いかかる。

 いかなる優れた剣客であろうと、交差路の出会い頭に不意を突かれては敵わない。
 相手の虚をついて斬ることからカゲマサの故郷で命名されたワザ―― [辻斬り]

「クロスロードスラッシュ!」

 縦方向と横方向の十文字の斬撃。
 直角に異なる二つの剣筋は、片方を受けて防ぐと、もう片方の斬撃を防ぐことはできない。
 凍て付く冷気を帯びた透明なクナイは、切り口を凍りつかせ、
 キュウコンの体力を一気に削り落とした。


次回予告 【祝杯と酸檎龍酒】

「お前はニンジャか?」
「……そうだ」

 戦いが終わり、ささやかな祝賀会が開かれる。
 一息を入れるカゲマサのもとに一人の男の影が。
 それは戦いの終わりでもあり、戦いの始まりでもあった。

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