極彩の悪魔と滑腔式燧発銃

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「今日をもって我が里は解散する」
 カロスに住み始めて半年過ぎた頃、かつての里の頭首は、苦虫を噛んだように苦々しく、重い口を開いてそう宣言した。
「忍びが求められる時代は終わったのだ」
 共に行動し残っていた里の者たちは何も言わず、ただ無言のままにその言葉を受け入れた。
 世界各地を巡る船旅を通して、そこにいる誰もが移り行く時代の変遷を感じていた。諜報を行う者として、そうした情報や時流に敏感だった。
 いつか定住できる場所で、また忍びを始めることにしていた。だが、いつまでも定住せずに、カロスまで旅を続けていた。それは内心では、忍びを諦めてしまっていたのかもしれない。長い乱世を戦い抜いた忍びたちは、戦うことに疲れ切っていた。だからどこかに根付いて、また忍びを始めることを、心のどこかで恐れていた。
 遠い海を越えてでも残そうとしていた家を守ることは大事だったが、長く続いた諸国巡遊の中で新しい時代の息吹というものを見て見ぬふりなど、聡明な頭首にはできなかった。だからここで潔く幕を引いて、古い看板に縛り付けられる仲間たちを解放させてやりたかったのだろう。
 頭首の号令と共に、皆は忍びをやめて、あるものは農民、あるものは商人、あるものは運搬業など、様々な道に進み始めた。

 だが、忍びを辞めて仲間たちに新たな仕事を斡旋する元頭首に対して、まだ若かったカゲマサは。
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「ふざけるな」
 カッと激昂し、元頭首が処分しようとしていた先祖代々の忍びの遺産を奪い盗って、相棒のゲンジと共にカロスから東へと山を越えた。
 忍びというものが必要とされる時代が既に終わっていることは、彼もよく分かっていた。
 だが、幼い頃から闇夜を引き裂き暗躍する先輩たちの話を聞いて育ち、いつか必ず自分も同じようになれるのだと、そのような日々を心待ちにしていたカゲマサにとって、忍びとは夢であり、人生であった。

 もしも、もっと早く生まれていれば、日之本の天下を巡る戦に馳せ参じて存分に暴れることができただろう。だが、生まれた頃にはそんな時代は既に終わっていた。
 時代が忍びを殺すならば俺は、いや俺たちはこの世界で最後の忍びでいい、という意地があった。


 o◇  o◆  o◇  o◆  o◇  o◆


 ついに五人目、これが最後の対戦相手となる。
 厳密には六人目が存在するのだが、これは戦いの実力ではなく最も地位の高い人物が務める慣習になっており、戦わずに相手を勝者として讃えることになっている、この場合は国王が出てくるだろう。
 なぜ戦わない六人目など無意味なものがあるのかは、長年の慣習と儀礼に縛られた『しきたり』の面倒臭さとも言えるが、まだ戦えるかもしれない者をあえて残して対戦を終えることで、和平協議をやりやすくする役目もあるのだろう。
 ともあれ、次を倒せばカゲマサが属する民衆軍の勝利となることになると考えて良いだろう。
「あれ……」
 カゲマサはここで周りを取り巻く空気の変化に気が付いた。先ほどまではまばらだったはずの民衆たちの声援が、今はしっかりと、うるさいくらいに聞こえてくる。民衆たちは初めはその姿に困惑していたが、勝利を重ねるに従いだんだんと受け入れて、今では自分たちの希望を背負って頼もしき勇士に対して好意を示し、おうおおうと応援の歓声を上げているようだった。
「ゲンジ、みんなお前の姿を見て喜んでいるぞ」
『……驚嘆し候、嬉しきこと哉』
 ゲンジはできるだけ平常心を心がけているようだが、嬉しさを隠しきれない様子がカゲマサにはすぐに分かった。照れ隠しに試合に集中しようと、位置に着いた次の対戦相手を見つめる。
「…………??」
 相手の姿を見た、カゲマサの顔から困惑の色がぬぐい切れなかった。
 どうやら次の対戦相手は、キュウコンのように見える。
 そのトレーナーは騎士ではないと見られる。
 これまでのオンバーンやボスゴドラのトレーナーはどちらも背筋がピンと伸びて礼も美しく、シンプルで鮮麗された衣装や甲冑を身にまとい、この国を護る誇り高き騎士としてのよそおいを持っていた。
 が、今回の相手トレーナーは――

 大仰な羽根帽子、原色をふんだんに使った胴着、スリットだらけで滅茶苦茶な袖、ベルト無しでは今にもずり落ちるだぶだぶのズボン、ちらちら見えるドドメ色の下着、必要以上に大きなポケット、それらは赤青黄の眼が痛くなるようなケバケバしい極彩色がふんだんに使われている。
 その悪趣……いや、非常に個性的で華美な服装はトレーナーだけではなく、キュウコン自身の衣装にも反映されており、黄金色に光る美しい体毛を台無しにするように、乱暴に絵具をぶちまけたように原色の布を何重も重ねて、実に賑やかなことになっている。さらにキュウコンの象徴であるはずの九本の尾は、そのすべてが生地が余ったから適当に選んだようなセンスの欠片も感じられないパッチワークで覆われており、そこに統一感はない。胸元の白く長い毛が器用に編まれて先をリボンで結んでいるところは唯一洒落た評価をしても良いが、それが逆の意味で際立ってしまっている。また背中にバグパイプのような、ワケの分からない筒を八本ほど乗せており、それらはわけの分からないカラクリで繋がっている。そのままバグパイプをブカブカと吹いて街を練り歩き、騒がしく祭を盛り上げるピエロにしか見えない。
 まさに『異彩』という表現が相応しい。

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民間傭兵ランツクネヒトだ……」
『然り……』
 向こうに控えるキュウコンはその視線に気づき、あどけない表情で一声鳴いて腕を振って挨拶をしたのだが、挑発や威嚇にしか見えない。
『主、代わってくれぬか?』
「できるわけないだろう」
『知っておる』

 「いつ死ぬかわからぬ危険な立場の彼らの、せめてもの楽しみとして、好きな格好をして良いではないか」という声から始まった奇抜な服装は、戦いの場で目立っていかに雇い主の目に止まるかを仲間内で競い合う中で、だんだんとエスカレートしていった。
 それはポケモンもまた同じであり、トレーナーに合わせてあまりにも奇抜すぎるファッションを着せてアピールするようになったという。

 技術の発展、農業生産量の向上で、農民たちの生活にゆとりが生まれ、農作業用のポケモンにも戦闘訓練をおこなうことができるようになった。そこに前述の封印の結晶による防壁を併せることで、農民の手だけでも凶暴な野生ポケモンの来襲に備えることができるようになった。それまでのように騎士たちの手で、凶暴な野生ポケモンを退治する必要がなくなってしまった。
 他国との関係も平和で、大きな戦争が起こることもない。仮に起こっても戦争は娯楽的な競技に成り下がっており、大した実戦経験の無い、質の悪い騎士ばかりが量産されることになっていた。

 騎士という文化や地位を求める時代は、終わりを告げていた。

 名ばかりで実戦において役に立たない騎士ではなく、実戦経験のある強い者を探すとなれば、世界各地を渡り歩いて山や草むらに入り腕を磨く『傭兵』に行き着く。この度は、確実に勝つための五人目に置いたのだろう。
 キュウコンは火の属性。先ほどの対戦相手のボスゴドラを倒せる者がいるすれば、やはり基礎体術に長けたポケモンであるルカリオであり、それを仮想敵として意識した配置なのだろう。

 だが、水の属性のゲッコウガにとって、火の属性の相手はこれ以上ない有利な対面だ。
 試合開始の合図と共に、指示を下す。
「水の波動っ」
 掌の水掻きを擦り合わせ、水の球を作り出し、[みずのはどう]を相手に向かって投げつける。
 キュウコンは軽々と横にかわして大きく息を吸い、[かえんほうしゃ]を放ってくる。こちらも横にかわす。そして両者は睨み合う。
「霞斬りの術」
 指示を受けてゲンジは駆け出し、走りながら黒い塊を相手目掛けて投げつける。
 黒い塊はぶつかる手前で破裂して[えんまく]となり、突然視界を奪われて驚いた相手に向けて、死角よりクナイで斬り付ける。キュウコンは視界が闇に覆われながらも、服に仕込んでいた腕の小盾で攻撃を凌いだが、そのまま弾き飛ばされた。
 相手はワザを使って反撃できるような状態ではない、ゲンジは水の刃を作り出し、追撃に走った。

 ボ ン ッ

 空気を切り裂く激しい爆音と共に、キュウコンを黒い煙が包み込んだ。先ほど使った煙幕によるものでは、ない。
 カゲマサは一体何が起こったのかと目を見張り、そしてその刹那、何をされたのかを悟った。
「マスケットかっ……!」
 相手の背中にあったバグパイプらしき筒、あれは右側と左側に四対、合計八挺の滑腔式歩兵銃マスケットだった。
 火縄を使わずに、バネ仕掛けで火打ち石を打ちつけて火薬に点火するという、最新式の燧発式フリントロック銃。火種に縄を使う都合上、いままでの火縄銃では不可能だった激しい動作をしながら着火することが可能になる。
 四肢歩行のポケモンで一体どのように引き金を引いたかは遠目では分からないが、人間用の銃をそのまま背中に乗せたわけではなく、キュウコンの彼が扱うための改造が施されている銃が乗せられているようだ。
「来るっ 逃げろ」
 カゲマサは急いで指示を出す。だが、突然の爆音にひるんで、もたついてしまった。続けて発射された弾丸は、脛当で保護されてないゲンジの腿をかすって、鮮血が散った。
『ぐ、ぐぁ……』
 悲鳴が聞こえる。
「いや――」
 違う、ここで退くべきではない。と気が付いた。
 相手は攻めに転じて、こちらの攻撃を避ける気が無い、属性相性はこちらが有利である、相手にはもう後続がいない以上、刺し違えて引き分ける意味は充分にある。強引にでも一撃を与えることは、できる。
 いざとなれば命すら差し出してでも、任務を確実に遂行するのが忍びの務めである。
「雨よ風よ、水神の加護よ、我今ここに求めん」
 カゲマサの詠唱を聞きながら、ゲンジは銃撃の的にならないように横に転がりながら、素早く印を結び、ワザの準備に入る。
「三位水神の誓いっ!」
 辺り全体の空気中から水が湧きだして、大量の水がキュウコンを目掛けて襲い掛かる。他の誓いと組み合わせるとその場に様々な奇跡を起こす[みずのちかい]は、場所に働きかける回避の難しい攻撃になる。
 タイミングも間合いも完璧であり、それは確かに炎ポケモンであるキュウコンに直撃した。だが、キュウコンがあまりに高温だったのだろうか、触れた水がじゅうじゅうと音を立てて即座に沸騰していったのだ。その効果はいまひとつのようだった、まき上がる大量の水蒸気の奥でキュウコンの顔が嘲笑っているように見えた。
『……くっ』
 ゲンジは指をまげて、ワザの操作力が残った地面に落ちた泥水を操作し、ふたたびキュウコンに浴びせかかる。
 だが、泥水は瞬時に霧と砂埃と化して、四散するのみだ。
 刺し違えようと無茶な体勢からワザを放ったことで、完全に無防備で次の攻撃に対処はできない、キュウコンが大きく息を吸い、火炎放射の準備に入ったところで……
「……っ! 参った!」
 カゲマサは即断して、持っていた武器を前方に放り捨てて、降参の意思表示をする。
 それを見た審判が旗を揚げて、キュウコンの勝利が高らかに宣言された。




次回予告

 逃げるわけにはいかない。
 時代の奔流に流されないように、一本の綱に必死にしがみ付き、抗ってきた。
 激しい水しぶきが立つ、渦の奥から二つの瞳が光る。
 重なり合う想いが同調して、決して消えない絆になる。



「行くぜ!」

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