第3章 第2話

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

華澄
「………」


今日も拙者は早朝から新聞配達。
自転車で移動し、色んな家庭へ新聞を配達している。
本当は自分で走った方が速いのですが、これはあくまで人間としての仕事故、ルールに従っているのでござる。


華澄
(この辺りも特に問題無し、ここの所は平和が続いている様でなりより)


そう、拙者のもうひとつの目的がこれ。
早朝のパトロールでござる。
今はまだ9月も始まったばかり故、この時間でも若干の明るさが有りますが、夜襲するには十分な暗さ。
いつ前の様な輩が現れるとも限らぬし、極力拙者が被害を抑えねば。
無論、それが出来るのはこの配達区間のみ。
本来なら街全てを回りたい所でござるが、それが出来るのは原付免許というのを持っている方のみ。
拙者は素性が素性ゆえ、そういった資格を取得出来ないのは些か歯痒いものでござるな。
とはいえ、無理を言って聖殿の家が範囲に入る区間を担当させて貰っている。
店長には感謝せねばなりますまい。



………………………



華澄
「ふぅ、本日も問題無し…さて、店に戻るでござる」


拙者はノルマの新聞を全て配り終わって自転車に乗る。
さて、ここから販売店まではそんなに遠くはないですが。


華澄
(時刻はまだ余裕がある、念の為にもう1度公園を見てみましょう)


そう思い、かつて通り魔と遭遇した『パール小公園』へと拙者は向かう。
あれから何も起こってないとはいえ、不安はある。
いや、むしろ安心などしていけないのかもしれない。
いついかなる時でも、注意しておかねば!



………………………



華澄
「…ん?」


小公園に着いた拙者は、何やら妙な男を発見した。
特に不審な点は無いですが、相当泥酔している様で、公園のベンチに座ってフラフラしている。
見た目はスーツを着た普通のサラリーマンで、顔つきは無精髭で覆われており、熟年を感じさせますな。
拙者は自転車から降り、男に近付いて行った。
見かけた以上、無視は出来ぬ。


華澄
「…相当泥酔している様ですが、大丈夫でござるか?」

中年の男
「あ~? 何だオメェ…子供の癖にでっかいモンぶら下げてんな~?」
「良かったら相手してくんねぇか? ヒヒ…金なら言い値で良いぜ♪」


そう言い、赤い顔で笑う男。
これは相当酔っているでござるな…
警察に頼むのも悪くはないですが、ここからだと派出所は遠い。
とりあえず、話を聞いてどうするか決めましょう。


華澄
「そなた、相当酔っていますな…? 冗談はその辺にし、家に帰られた方が良いでござる」
「近くであるなら、拙者が送っても構いませぬ」

中年の男
「お、ヤル気になったかい? 良いね~おっちゃん頑張っちゃうぞ~♪」


全く言葉が通じない…既に遊女と思われている様だ。
とりあえず誤解を解いておかねば。


華澄
「拙者は遊女ではござらん、そういった事は奥方となされるべきでしょう?」

中年の男
「んなもん、もういねぇよ~別れちまった」

華澄
「…それは、何故?」


拙者が気になって聞いてみると、男は数秒間を置いて思い出す様に空を見上げる。
そして、ゆっくりとした口調でこう語り始めた…


中年の男
「俺ぁ、こんな風に酔っぱらって家に帰る事が多くてなぁ~?」
「その内、妻の方に嫌気が差したんだろうさ」
「確か…結婚20年目位だったかな?」
「な~んも言わずに子供連れて、出て行っちまった…」
「まぁ、予想は出来てたんだがな…」

華澄
「何故、自覚しながらそれを直そうと思わなかったのでござるか?」

中年の男
「そりゃ無理ってもんだ! 何故ならそれが俺よ!!」
「それを直しちまったら…それはもう俺じゃねぇ」
「生きてる限り…それが俺なんだ!」


男は俯きそう語った…それが、己。
確かに…生きる以上、己を変える事は出来ぬ。
それが己の望む姿であるなら尚の事…それ以上は拙者も何も言えませぬ。
結果がどうなろうと、その責任も選んだ己の問題ですからな。


華澄
「…では、これ以上それに関しては何も言いませぬ」
「で、家は何処でござるか? 辛いなら、拙者が肩を貸しましょう」


そう言って拙者は手を差し出すが、男はそれに応じず、自力で立ち上がった。
ふらついてはいるものの、歩ける程度には回復した様だ。


中年の男
「オメェ、変な奴だな~?」

華澄
「…変、ですか?」

中年の男
「そりゃ、そうだろうよ!」
「こ~んな変人の話相手になるなんざ、お前も相当変人だよ!」


男はオーバーに両手を振りそう言った。
変、か…拙者は。


中年の男
「ほらよ」

華澄
「え、これは…?」


軽く放心していた拙者に、男は1万円札を差し出す。
困惑している拙者に、男はこう言った。


中年の男
「変人の俺と話してくれた礼だ…お陰で酔いも冷めちまったし」
「いらねぇんなら捨てちまうぞ!?」

華澄
「…分かりました、有り難く頂戴するでござる」


拙者はそう言って金を受け取る。
これは、彼が正当な報酬だと思って出した物だ。
ならば、素直に受け取るのが筋。
受け取った側が正しく使えば、問題はありますまい。


中年の男
「へっ、オメェ変だけど良い奴だな?」
「じゃあな! もう会うこたねぇだろうけど、自分に正直に生きろよ!?」


男は朝日を正面に拙者に背中を向け、大声で言い放つ。
拙者はその背中に頭を下げ、無言で礼をした。
やがて、日もすっかり明るくなり、朝を告げる鳥たちの鳴き声が聞こえ始める。
もう、セミも少なくなってきたでござるな…


華澄
「さて、帰りましょう…阿須那殿の朝食が待ってるでござる」


拙者は頂いた1万円札を胸の谷間に押込み、自転車を走らせる。
さて、今日も1日が始まりますな!



………………………




「…何じゃこりゃあ?」

光里
「わぁ~これは凄い愛妻弁当だね…」


昼休み、俺は光里ちゃんと一緒に飯を食う事になり、屋上で弁当を広げたのだが。
今回の弁当は色々とヤバい。
まず白ご飯の上に、鮭ほぐしでハートマークを描いてやがる。
そこは普通そぼろじゃねぇのかよ、と言いたいがこちらの方がハートの色合いには良い。
おかずもやけにスタミナ系で、いかにも今夜頑張ってね♪という気概が感じられた。
光里ちゃんなんか苦笑しながらパンをかじっている。
とりあえず味は問題無い、うん美味い。



(本気になった結果がコレだよ!!)


どうやら、マジに阿須那はその気らしい。
まさかプレゼント1発でときめき状態とは…
何だかんだで、ときめき直前までは愛情度上がってたのか?
一緒に帰ろうと言って来た頃には、既にフラグは立っていたのだろうな…


光里
「あっはは…阿須那さん、ホントに聖君の事愛してるなぁ~」


無論光里ちゃんが言っているのは家族としてだ。
だが、この場合俺にとっては洒落にならない。
間違いなく狙われていると言えるだろう…俺の貞操が!



(ヤバいぞ…ただでさえ女胤が暴走気味だってのに)
(阿須那に限っては、そんな事にはならないと、思っていた頃が自分にもありました…)


結局、弁当は美味しくいただいたものの、俺の胸には不安しか無かった…



………………………



光里
「それじゃ、私今からバイトだから!」


「ああ、また明日な」


俺たちは校門で別れる。
光里ちゃんはバイトで商店街だから逆方向になる。
俺はとりあえず、ひとりで下校する事にした。



(しっかし、どうするかね?)


阿須那が本当に本気なら、俺も覚悟はせねばなるまい。
何せ相手は仮にもポケモンだ。
力技になったら抵抗出来ないのは、昨日既に証明済み。
阿須那が本気を出せば、俺の貞操は瞬く間に奪われ、既成事実確定である。
だが、そうなってはこの作品の存続が危ぶまれてしまうので何としてでも阻止せねば!



「…あの手があったか、おーい華澄さ~ん?」

華澄
「はっ、ここに!」


半ば冗談で呼んでみただけなのだが、ホントにいたよ!
しかも、その辺の屋根から降りて来たよ! ホントにニンジャだよ!!
もしかして、普段から隠れて監視されていたのだろうか?
……有り得るな。



「華澄さん、正直に答えなさい…いつもこうやって監視してるの?」

華澄
「はっ、大切な聖殿に何も起こらぬ様、空いた時間は極力」


正直者でよろしい。
まぁ、この事はおいおい後で話すとして、今は阿須那の事だ。



「華澄、今日1日俺の護衛を頼む」

華澄
「護衛…でござるか? しかし、今日1日とは?」
「拙者、いついかなる時も聖殿を護衛する所存でありますが…」


「だから、今日1日なの!」
「お前はお前で、自分の為に時間を使う努力をしなさい!」
「お前が真面目なのは解るし、感謝もしてるけどそれじゃ逆に心配になる」
「だから、今日1日だけ!」


俺は少々強めにそう言うと、華澄は困った様な顔で悩む。
ホントに真面目過ぎるのも問題だよな~



「そんなに悩むなよ…自分でやってみたい事とか無いのか?」

華澄
「…やってみたい事? あ…いや、それは……流石に」


何か思いついたのか、華澄は急に顔を赤くして俯いてしまった。
な、何を思い付いたんだ…?



「まぁ、とりあえず話してみろよ…? 力になれるかもしれないし」

華澄
「ほ、本当に良いのでしょうか?」


「男に二言は無い! ドンと来い!!」

華澄
「で、では……その、せ、拙者と……拙者と、夜伽(よとぎ)を!!」


「…華澄さんに限って、そんな事は絶対に言わない」
「そう思っていた時期が、自分にもありました…」
「って、待てい!! スマン、それは流石にイカン!!」
「つか、何でそこまで飛躍する!? せめて、まずは順序だててだな!!」


俺はとにかく華澄さんの思考回路を変換しようと努力する。
なまじ真面目過ぎるこの娘だから、一旦こう思った後は相当大変だ。
とはいえ、華澄さんも相当恥ずかしかったのか、自分の言葉を後悔している様だった。
逆に俺の胸が痛む…そこまで本気だったのか、と。

華澄が俺の事を好いてくれているのは解ってた。
でも、普段から一歩退いた立場でいつも見守ってくれてたから…
そんな華澄が、今回初めてワガママを言おうとしたのだ。


華澄
「申し訳ございません…出過ぎた事を言いました」
「身勝手に聖殿に抱かれ様など、何たる不義か…!」


「あ、いや…そこまで自分を責めるな!」
「別に嫌な訳じゃないんだ、ただ大人の事情でそれはマズイ!」
「だから、とりあえず泣くな!? ほら、ちょっと付き合え!」


俺は今にも自害しそうな雰囲気で涙する、華澄の手を無理矢理引いて歩く。
華澄は抵抗する事はせず、涙を拭いて大人しく付いて来た。



………………………



華澄
「さ、聖殿…どこへ?」


「どこって…公園だよ」


俺はそう言って辿り着いたのは、近所の公園『パール小公園』。
さほど大きくなく、あまり遊び手も少ないが、それでも小さな子たちはよく来ている。
今は誰もいないから、丁度良いな。


華澄
「………」


「ほら、座れよ」


俺は先に華澄をベンチに座らせ、俺もその隣に座る。
そして途中の自販機で購入した緑茶を華澄に渡し、俺はコーラを飲んだ。



「流石にまだ暑いな…華澄も水分補給はしとけよ?」

華澄
「…はい」


俺の言葉を受け、華澄はお茶を一口飲む。
だが、その挙動はあまりにも弱々しかった。
まださっきの事を引きずってるな…やれやれ、ここは俺の巧みな話術で何とかするとしよう!



「ここさ、俺小さい頃よく来たんだ」

華澄
「小さい頃、ですか?」


俺は頷いて話を続ける。
もっとも、記憶は相当曖昧だがな…とりあえず華澄の意識は向けられた様なので良しとする。



「小学生になる前位かな、母親と一緒によく遊んだよ」
「小学生になってからは、親も仕事ばかりであまり来れなくなったし」
「…気が付いたら、もう来なくなってた」
「ひとりだと、楽しくなかったからな」

華澄
「では、何故今日はここに?」


「何言ってんだ、デートだからだよ」


俺の言葉に華澄はお茶を噴き出してむせた。
ゲホゲホ!と咳をし、グリンと勢いよく首を振って俺を見る。


華澄
「デ、デ、デ、デ、デ、デートォ!?」


「そんなに驚かんでも…順序だててと言ったろう?」
「エロゲーじゃないんだから、いきなりHシーンは無いっての!」
「まずは、こうやって話して、少しづつ仲良くなっていかないとな」


俺はそう言って笑うが、華澄はまた顔を真っ赤にして俯いてしまった。
可愛い奴め…俺まで恥ずかしくなって来るじゃないか。


華澄
「で、ですが…良かったのですか?」
「その、拙者なんかとデートだなんて…」


「なんかじゃない、華澄だからデートするんだ」
「だって、華澄は俺と仲良くなりたいんだろう?」

華澄
「そ、それはそうですが! でも、拙者は…」


「あ~! 分かった!!」


俺は真面目過ぎる華澄の肩を抱き寄せ、俺の胸に引き込む。
すると華澄は声も出せなくなり、更に顔を紅潮させる。
このままだとオクタンに進化しそうだな。


華澄
「……っ!?」


「今は俺がこうしていたい…それじゃダメか?」


華澄は何も言わなかった。
だが、震える体は少し落ち着いた様だ。
俺は華澄の小さな体を抱いたまま、自分の頬をそっと華澄の頭に寄せる。
良い匂いだ、ちゃんと清潔に保っている華澄の匂い。
その気になれば、無理矢理俺を引き剥がす事も出来るだろうに、華澄は抵抗する事は無かった。
いや、するはずがないんだ…華澄にそんな事は絶対出来ない。
例え、ここで俺が華澄の服を脱がそうとしても、華澄は抵抗しないだろう。

俺は逆に不安になる。
華澄は完全に俺に依存しているのではないかと…
いや、華澄だけじゃない。
守連も女胤もそうだろうし、ひょっとしたら阿須那もそうなのかもしれない。
俺が彼女たちに与えている影響は多分計り知れない。
理由は未だに解らないが…でも、彼女たちははっきりと口を揃えて言うだろう。

俺の事が、誰よりも好きだと…



「華澄、お前…俺が死んだらどうする?」

華澄
「!? な、何を言われるのですか!?」
「聖殿が死ぬ事など、有り得ません! 拙者が命に変えても救ってみせます!!」


「でも死ぬかもしれない、だったらどうする?」

華澄
「それでも救います!!」


「それでもダメかもしれない」

華澄
「諦めません! 何度でも救います!!」


華澄は俺の胸のシャツを掴んで泣き叫んだ。
恐らく自分でも解ってる。
自分の力が及ばずに、俺を死なせる事もあるのかもしれないと。
それでも、華澄は諦めない。
例え自分が死のうとも、華澄は俺を生かそうとするだろう。

死神に、己の魂を捧げれば俺を生き返らせてやる…と言われれば、躊躇無く魂を捧げるだろう。
だが、今のままだと華澄は恐らく他の皆を守れなくなる。
だから、俺はまずこう言った。



「華澄…お前は俺の為だけに頑張らなくても、良いんだ」

華澄
「聖殿…?」


「世の中危ない事も多いし、きっとそういう事故で死んだ人も沢山いると思う」
「そして、俺がそのひとりになる確率だって0じゃない」
「だけどその時、お前がそんなんだったら、俺はきっと後悔しか出来ない」
「お前を変えられなかった俺を! きっと許せない!!」


俺の強い言葉に打たれ、華澄は力無く俺の膝に顔を埋め震えていた。
俺のズボンを強く握り締め、華澄はどうすれば良いのか、自分で考えている様だった。


華澄
「今朝、とある方が拙者にこう言いました…」
「己は変えるのは無理だと、変えたら己ではないと」
「何故なら、それが己なのだから、と…」
「生きている限り…それが己だと」
「…拙者は、それが間違いだとは思っていません」
「何故なら、それを選んだ己こそが、己そのものだと思うからです」


「でも、俺は絶対に変えるぞ?」
「お前が変わりたくないと言っても、絶対変える!」
「お前にこれ以上余計な涙を流させない様に、俺はお前がちゃんとひとりでも大丈夫な様に変えてやる!!」


俺の強い意志を感じ取ったのか、華澄は震えを止めてゆっくり立ち上がり、数歩後ろに退がった。
そして、今にも死にそうな顔に生気を取り戻し、華澄は涙を流し、いつもの鋭い瞳で俺を見る。



「変えるぞ? 絶対に…」

華澄
「いえ…今、変わります」


今度は覇気がこもっていた。
とりあえず、これで今は大丈夫かな?



「変われるか?」

華澄
「変わってみせます!!」
「例え、例え聖殿を失う事になっても!!」
「その時は、拙者が皆を守り通してみせます!!」


華澄は、これまでに無い位の大声で言い放った。
それでも涙は止まらず、鋭い華澄の眼からボタボタと零れている。
さっきまでなら、死んでもそんな事を言う事は無かったろう。
でも、華澄は理解した。
今の自分では、もし俺を失った時、他の皆も失うのだと…

だけど変わった。
今度は俺がいなくなっても、皆を守ると誓いを立ててくれた。
もう大丈夫だ、華澄はきっとひとりでも皆を守れる。



「よしっ、それでこそ俺の好きな華澄さんだ!」
「そろそろ帰るぞ? 夕飯遅くなっちまう」

華澄
「は、はいっ! お供します!!」


俺たちは日が傾いて来た所で帰路に着く。
っても、ここからなら数分で着く距離だがな。



………………………



守連
「わ~今日は豪勢だね~♪」

華澄
「臨時収入が入りましたので、奮発したでござるよ」


「何か久し振りだな、寿司だなんて」


そう、今夜の晩御飯はお寿司だ。
それもスーパーとかの市販品じゃなく、ちゃんとした寿司屋で購入。
今ここにいない阿須那の分もちゃんと別に取ってあり、そっちは冷蔵庫に入っている。


女胤
「初めて食べますわね…とりあえず玉子焼きから」
「…いけますわね、でも醤油はつけた方が良さそうですね」

守連
「ん~お魚美味し~♪」


「おっ、鰻いただき♪ 甘ダレある?」

華澄
「はい、こちらに」


俺たちは好きなネタを順に頬張っていく。
皆特に好き嫌いもなく、綺麗に50貫完食した。
食事が終わると、華澄は片付けと洗い物に取りかかる。
今回は皿と箸位だからすぐ終わるだろう。
俺は麦茶を飲みながらテレビを見た。


TV
『えー、臨時ニュースです』
『今朝、遺体で見つかった男性の死亡事故についてですが…』


ガチャン!!



「…? だ、大丈夫か華澄?」

華澄
「え…っ!? そんな、どうして…!」


華澄は落として割った皿に目を向ける事無く、洗い場からテレビを凝視していた。
今やってるのは、今朝の死亡事故のニュースだ。
何か知ってるのか?
いや、知ってるどころじゃないな、あの華澄がこの反応。
もしかして…



「華澄、この被害者知ってるのか?」

華澄
「は、はい…今朝、仕事の終わり際」
「酷く泥酔しておられて、心配になって声をかけたのですが…」


華澄は今朝の経緯を事細かに説明する。
そして、俺は気付く。
あの時、華澄が聞いた言葉こそ、この人の言葉だったんだと。


華澄
「…あの方は、もう会う事は無いと言っておられました」
「恐らく、こうなる事を予想していて…」


TV
『死因は、赤信号の時に飛び出し、車に轢かれた事が原因の様です』
『関係者に聞きますと、どうやら先日リストラで会社をクビになっており、それで自殺に走ったのではないか…と予測されております』
『被害者には家族もおらず、財布にも何も入っていない所を見ると、相当追い詰められていたのではないかと…』



「…華澄、お前はああなるなよ」

華澄
「聖殿…?」


俺は震える手で割れた皿を片付けている華澄に、そう言い放った。
確かに、関わっていた華澄には辛い事件だ。
最後に1万円札を華澄に渡したそうだが、それは本当に華澄に感謝していたんだろう。



「お前は、例えひとりになっても全力で生きろ」
「絶対に諦めて死ぬなんて考えるな!」
「お前は、それこそがお前だから」

華澄
「…はい、約束いたします」

守連
「うん、私も華澄ちゃんが自殺とか嫌だよ…」

女胤
「何を馬鹿な事を、華澄さんに限ってそんな弱音は決して吐きませんわ」


華澄の背中は大きくなった様に見えた。
もう決して見失わない…そんな決意が滲み出ている。
俺はその背中を見て満足した。
さて、風呂に入って宿題やりますかね。



………………………




「………」


カチャ…


華澄
「阿須那殿、何用でしょうか?」

阿須那
「ぶっ!? か、華澄…!? 何で、ここにおんねん…?」

華澄
「しっ…聖殿が眠っておいでです」
「拙者は聖殿の命を受け、今日1日護衛をする様に受け賜っているでござる」


拙者がそう言うと、阿須那殿はやや不満そうな顔をした。
何か良からぬ事でも考えておられますな?


阿須那
「なぁ、護衛変わったるわ、今日はもう休み」

華澄
「お断り致します、いかに信頼出来る阿須那殿とのお言葉とはいえ、これは聖殿から直々の勅命」
「聖殿の預かり知らぬ場で、それを曲げる事は出来ませぬ」


拙者は阿須那殿の良からぬ気配を感じ取り、睨み付ける様な眼でしっかりと阿須那殿の眼を見た。
それを感じてか、阿須那殿は一歩退く。


阿須那
「…まあ、そう言うたからにはどうあっても退かへんねやろうな?」
「なら、少し眠っててもろおか…」

華澄
「よした方が良いでござるな…『催眠術』など、させませぬ」


拙者は先に手をクイクイと自分に向かって振る。
ただの『挑発』でござるが、阿須那殿の目論見はこれで潰れましょう。


阿須那
「ちっ、流石に形勢不利か…こんな屋内で炎使えへんし、華澄は水タイプ…」


正確には今は悪タイプでござるがな。
拙者は『変幻自在』故、技を使う毎にタイプが変わります。


阿須那
「まぁ、ええわ…どうせ今日だけやろ?」
「他の日にやればええ事やしな…」

華澄
「阿須那殿…実は今日、拙者も聖殿に夜伽を求めました」

阿須那
「ぶっ!?」

華澄
「ですが、聖殿には断られました…それは、聖殿の気持ちを考えていなかったからでござる」
「阿須那殿も、聖殿の気持ちは考えておられますか?」
「拙者は…あの時、身勝手に聖殿に抱かれようと思ってしまった」
「あの時の不義は、今の拙者に重たくのしかかっているでござる」
「阿須那殿も、そうなるでござるか?」
「きっと、聖殿を傷付ける事になりましょうな…」

阿須那
「それは、ウチが求められてへんいう事か?」

華澄
「違います」


拙者は即否定する。
聖殿に限って、決してそんな事はあり得ない。
ただ、求めている物は違う。


華澄
「聖殿は、拙者たち家族全員を愛してくださっています」
「ですが、それだけに拙者たちの独り善がりな愛は、聖殿を傷付けましょう」
「拙者は聖殿だけでなく、阿須那殿も好きでござるよ」
「もちろん守連殿も、女胤殿も…皆、大好きでござる」


拙者は胸に手を当て、そう呟く。
そんな拙者の言葉を聞き、阿須那殿は耳を垂れ下げ、はぁ…と息を吐いた。


阿須那
「よう分かったわ…確かに無理矢理はアカンな」
「今度は聖の了解取ってから犯るわ」


それでも最終的には犯るんでござるな…
まぁ、聖殿の了解が得れるとは思いませぬが。


阿須那
「一応聞いとくわ、アンタも聖の事愛してるんやろ?」

華澄
「無論です、それが?」

阿須那
「こうなったからには、ルール決めようや?」
「互いに抜け駆け無し、最終的には聖に決めてもらうって」
「誰が選ばれても一切の遺恨無し」


阿須那殿は急にそんな事を言い出す。
要は、聖殿に全権委ねるという事。
逆にこれはチャンスとも言える。
これから聖殿に対して自分をアピールしていけば、最終的に勝利に結び付く、か。


華澄
「拙者に異存は無いでござる」

阿須那
「なら決まりや、絶対に聖はウチが貰うで?」
「もちろん、そうなってもアンタ等は家族やからな♪」

華澄
「ふ…拙者はあまりそういった勝負には興味が有りませぬ」
「聖殿が誰を選ぼうが、拙者は受け入れるでござるよ…」
「無論、結果がどうなろうと、拙者は聖殿に一生尽くす所存でござるが」


拙者たちは、そう言い合って互いに微笑する。
やや噛み合わない会話ですが、それでも互いの気持ちは確かめ合った。
後は、安らかに眠る聖殿次第。


阿須那
「ほな、ウチは寝るわ…明日も早いし」
「って、アンタはもう少ししたら仕事か」

華澄
「はい、お休みなさいませ…拙者もギリギリまでは護衛を続けますので」


拙者がそう言うと、阿須那殿は静かに部屋を出て行く。
拙者は座り、聖殿のベッド横に背中を預けた。
そして、時間になるまで仮眠を取る。
この状態でも感覚は澄ませている、何かあればすぐに動けます。
ですが、結局今回はそれ以降何も起きなかった…
そして拙者は時間になると、部屋を出て仕事に向かう。



………………………



華澄
「………」


今日も配達は終わり、拙者はまたパール小公園のベンチに座っていた。
あの方は、どんな気分でいたのでしょう?
死にたいと思う程追い詰められて、最後に何を思ったのでしょうか?
もはや、その答えを返してくれる者はこの世にいない。
なれば…と拙者は思い立ち、急ぎ自転車を走らせる。
そして、店に戻って仕事の終了を報告し、拙者はある場所へ向かった。



………………………



華澄
「ここで、ござるな」


拙者が辿り着いたのは、例の事故現場。
もう既に警察の姿は見えぬが、道路の端に血の跡の様な物がまだ少し見えた。
拙者はその道路に面する歩道の脇に、小さな花瓶と花を、歩行者の邪魔にならない場所にそっと添える。

あの方には誰も家族がいないとテレビでは言われていた。
だから、せめて最後に言葉を交わした拙者が、花を手向けようと思ったのです。
朝早くですが、車はそれなりに通り、車道を走る音が少々煩かったですが、拙者はその場で手を合わせ、静かに黙祷を捧げた。


華澄
(どうか、安らかに眠ってくだされ…)
(貴方から受けた言葉は、きっと拙者を強くしてくれます)
(拙者は少し変わってしまいましたが、きっともう変わりません)
(皆を必ず守る為、拙者は己を貫きます!)


そう強く誓い、天へ上ったであろう魂に祈りを捧げる。
あの時、拙者が側に居たなら、恐らく守れた命。
あの時、拙者は変われなかったから、救えなかった命。
だから、もう2度と後悔をしない様に、己に刻み付けましょう…


華澄
(この命ある限り、救える者は必ず救ってみせると!!)










『とりあえず、彼女いない歴16年の俺がポケモン女と日常を過ごす夢を見た。だが、後悔はするはずがない!』



第2話 『華澄の決意、華澄の誓い』


To be continued…

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