第12話「コドモたち」

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「ミミロル! 大丈夫!?」

 真っ先に駆け寄るパチリス。返事はなく、額が赤くなっていた。
 起き上がらないのを確認して、バリヤードが満足気なため息をつく。

「ヤレヤレ、興が醒めてしまいました。彼女を庇おうとしたゾロアくんは、後でオシオキ部屋へ入ってもらいます。他のみなさんはもう自由に遊んでもらって結構ですよ」
「後で、ねぇ……」

 ポケモンたちの目がバリヤードの背を追って外へ向かう。その中の一つ、ゾロアの目がバリヤードから倒れたミミロルの方に移る。いつの間にかパチリスだけなく、エーフィもそこに寄り添っていた。
 ゾロアもとりあえず近づいてみて、困ったように頭をかく。

「意味わかんねえ。なんで出てきたんだ……?」

 ゾロアの言葉の向きはミミロルなようでそうではなかった。答えるのはエーフィだ。

「ミミロルは自分のせいで誰かを傷つけるのが怖かったんだと思う」
「オレは自分で言い出したんだが?」
「ええ……」
「で、どうだった?」
「まだわからない。もう一押しだと思うのだけど」

 黙って会話を聞いていたパチリスが顔を上げる。ちょうどゾロアが顔を顰めているところだった。

「オマエなぁ。こっちだって怖いんだぞ」
「そこをなんとか」
「わかったよ……」
「なんの話ししてるの?」
「すぐわかるよ」

 エーフィが曖昧に答えて、ゾロアは目をそらす。そらした次に見た方向は、バリヤードともう一匹のポケモンが話している様子だった。

「そっか。バリヤードが来たってことはお昼だ」

 見上げれば円形にくり抜かれた吹き抜けから見える青空と、そのちょうど中心から太陽が光を差し込んでいた。お昼時だ。遊園地の中で生活するコドモたちは、いつなんどきも外に出ることが許されない。そんな彼らの食事は毎日昼と夜、規則正しい時間に運ばれてくる大量のきのみである。

「あんた達、ランチの時間よ!さっさと集まりなさい!」

 運び手のポケモンはアマージョだ。彼女は遊園地に入るなり全体に音が響くように手を叩く。それに従ってみんなが遊園地の中央付近に集まるのだ。

「それではアマージョさん、食事を終えたあとはゾロアくんをオシオキ部屋へお願いします」
「……了解したわ」

 アマージョと入れ違いでバリヤードが出ていく。コドモたちがホッと一息つこうとしたところで、再び緊張を張らせる声が上がる。

「バリヤード! オレには直接オシオキしないのか?」

 何故ゾロアが挑発をしたのか、その場にいるほとんどのポケモンはわからない。バリヤードは背を向けたまま足を止めた。

「ミミロルには直接攻撃したのにオレにはやらないのか?」
「どういうつもりですか? 自分からオシオキされたいと?」
「おう。オレにやれよバリヤード。それともビビってんのか?」
「不愉快ですね。アマージョさん、早く彼を始末してください」

 「はいはい」と首にもっさり生えた毛を掴んで、ひょいっと持ち上げる。

「あっ、おい! オレはバリヤードに言ったんだって!」
「大人しくしてなさい」
「離せっ、卑怯だぞ! んのバカヤード!」

 ゾロアが暴れて逃げないように脇に抱えてから遊園地を出ていく。オシオキ部屋に行くには遊園地の中からではなく外の道を通る必要があった。

 他のコドモたちは静かに後ろ姿を見届けることしか出来ず、アマージョとバリヤードの背だけじゃなく影までもが完全に見えなくなってから小さな声がポツポツと、段々と雨が強くなるようにザワザワが起き始めた。
 落ち着かない気持ちはパチリスも例外ではない。

「痛そう……あたしがちゃんと教えてあげてればこんなことにならなかったのに、ごめんね」

 一向に目を覚ます気配のないミミロルの頭を抱えて、もう一度出口を見直す。

「ゾロア、大丈夫かな?」
「きっと大丈夫よ。それより治療しないと」

 キッパリとした態度でミミロルのそばから離れていく。向かった先はコドモたちが集まってきのみを食べているところ。
 以前にも時々誰かが脱出しようとして捕まるとか、バリヤードを怒らせることはあった。しかし近頃は脱出しようとしたポケモンの失敗や、その後に受けるオシオキの怖さを知ったこともあって反抗的な態度をとるコドモは少なかった。ましてや一度に二匹もオシオキを受けることなんて前代未聞である。

「あー怖かったぁ!」
「バリヤードにあそこまで言うなんて、笑いそうになっちゃった」
「ほんっとにつまんないもんね」
「あのコ大丈夫かな?」
「ゾロアまで連れて行かれちゃった」

 総勢30匹ほどのコドモたちが好き放題に喋れば、あっという間に豪雨ほどのザワザワが出来た。エーフィは喧騒のなかに入っていって、中からあるポケモンを連れて戻ってくる。

「こっちよ」
「あのね、エーフィ!わたしエーフィに直接名前呼ばれるのって初めてだと思うの!」
「え? あーそうかもね」
「だよね!」

 エーフィの斜め後ろを歩いていた彼女は返事を聞いたとたん、スキップしながら駆け寄って顔を覗いた。

「それってさ、つまりこれからは友達ってことでいい?」
「今までだって友達じゃない」
「ほんと!? じゃあこれからは大友達オオトモダチだね!」
「はいはい」

 今度は重力を感じさせない軽やかなステップで、後ろを通りエーフィから見て左側に移動する。

「大友達かーっ。いい響きだなあ」
「はいはい」

 喜びを噛みしめながら歩いてくる彼女を見て、パチリスは理由もなく嬉しくなった。そのポケモンの正体は"メロエッタ"。遊園地で暮らしているコドモのなかに、彼女のことを知らないコいない。と言ってもそれはメロエッタに限った話ではなく。端から端まで一目で届く程度の広さの遊園地だから、新しく入ってきたコドモも数日暮らすだけでみんなと顔見知りになる。
 パチリスはパァっと顔を明るくして。

「メロエッタちゃん!」

 誰もが顔見知りの遊園地でメロエッタが人気なのには理由がある。彼女は歌うのが好きで、みんなも彼女の歌が大好きなのだ。歌声は不思議な力を持っており、ここでは毎晩彼女の子守唄を聴きながら眠りに落ちるのがコドモたちの日常になっていた。
 ただしパチリスが顔を明るくしたのは彼女自身とその声が好きであるから、なぜ今メロエッタなのか。そんな疑問の目を察したのかエーフィが言う。

「お願いしてもいい?」
「もちのろん。大友達のお願いとあらば」

 メロエッタは「ちょっと失礼」と体ごと首を傾けてミミロルを一瞥する。容態を確認したのか、今度はあさっての方向をじっと見すえて動かなくなる。

「どうしたの?」
「ツタージャに手伝ってほしいな」

 まるで見当違いに思えた彼女の視線の先には、そのツタージャが小さく映っている。こちらに気づいてないのか、手招きしても大声で呼んでも来ないためエーフィがわざわざ呼びに行くことになった。

「はぁ~……」

 エーフィの足取りはなんとなく重い。誰かに見られていてもそのことを悟られないように、自然な歩き方を意識するが漏れるため息は隠さない。
 メロエッタが見ていたのは、コドモたちを囲っている巨大な筒の岩壁だ。壁には合計で七つの突起が出ており、みんなには"コノハナのハナ"と言う名称 ── 名付けたのは例のごとくパチリス ── で親しまれている。等しい間隔で少しづつ高く並んでいることから"コノハナ階段"とも。
 エーフィはその真下に立つと、普段はつり上がった目尻を落としながらコノハナの鼻を見上げながらこう考える。(二つ目の名称は間違っている)と。コノハナは湾曲な上に岩肌が整備されておらず、足場にするには頼りなく階段と呼ぶにはあまりに不安定で危険だからだ。当然コドモが毎日登り下りするのも危ない。

「それに私、高いところ苦手なのになぁ」

 エーフィは早めに進化したことやその進化した先がエーフィだったせいか、まだ進化していない周囲のポケモンたちに"オトナっぽい"という印象を持たれることが多い。自身も悪い気分ではなかったため、最初は甘んじて成熟した風を装っていたはいいものの。中身はあまり変わっていないため、オトナっぽく振る舞うことが段々とプレッシャーになっていった。
 ことコノ鼻階段においてもそうである。メロエッタやツタージャが楽々駆け上がっていく階段に、オトナなエーフィが登れないなんてことあってはならないのだ。

「しかたない……」

 覚悟を決めて慎重に一段目の鼻に足をかけて登ろうとしたところで、ハッとして周囲を確認する。閃いたのだ。エスパータイプのエーフィは念力で自分を浮かせて上に上がれば危険を犯さなくても …… そこまで考えたところで断念する。周りに見られてないか確認したところで上がった先にいるツタージャには歩いて登れないことかバレてしまう。

「しかたない……」

 改めて覚悟を決めて、一段目に足をかける。こういうのは時間をかけるほど怖いというのを少しオトナなエーフィは知っていた。そのため時間はかけず最速で駆け上がる。七段目に体重をかけた時に踏み外しそうになったが何とか登りきった。
 たどり着いた8段目はコドモポケモンなら6匹集まって昔ながらの遊び ── はないちもんめとか ── くらいはできそうな土地がある。

「はあっ、はあっ」

 息が上がってしまって必死に登ってきたのが丸分かりだ。冷静に考えて、念力で登っても「エーフィは怖くて階段を登れないんだ」という結論にはならないんじゃないかと登頂してから思う。内心で、こんなことで混乱しているのだからまだまだコドモだと自嘲した。

「プエー!」

 側端に座っていたツタージャが訪問に気づく。今の音は彼が発したものだ。挨拶なのか、はたまた用向きを訊く問いかけなのか、音だけでは判断しづらい。音で考えるなら末尾が上がっていたため問いの方である。

「新しく来たミミロルが怪我しちゃったから、メロエッタの治療を手伝ってほしいの」
「パププゥ~」

 もうおわかりのようにツタージャは普通に喋らない。彼はいつも草を口に当てて草笛を吹いており、ポケモンと話す時も草笛で語る。しかしその腕前はお世辞にも上手とは言えず、多くのポケモンたちが彼が吹き鳴らす音色を読み解こうとしてきたが会話にならないのが実情だった。

「じゃあ行くよ」

 しかしエーフィだけは違った。彼女だけはツタージャの草笛の音を聞き分けることが出来る……わけではないが、エスパータイプであるエーフィは"テレパシー"で相手が何を考えているかがわかるのだ。そのため口で会話する必要が無い。

「ところであなた、バリヤードが来た時いなかったでしょう? どこにいたの?」
「ぺパププパプペパパパパペププ」
「奥の方に隠れてれば下からは見えないのね。なるほど」

 ミミロルたちの元に帰ろうと思い踵を返してあることに気づく。コノ鼻階段は上がる時よりも降りる時の方が怖いという事に。

「ププー」

 ツタージャが(どうしたの?)と首を傾げている。
 答えにつまるエーフィを見てツタージャが、声もとい草笛も鳴らさず頭の中で一瞬思ったこと。それをエーフィはテレパシーで拾ってしまう。(もしかして怖がってるのかな?)

「こっ、怖いわけないでしょ!!!」
「ピピィー……」

 (何も言ってないのに)あるいは(何も吹き鳴らしてないのに)とでも言いたげなジト目がエーフィを貫く。

「さっさと降りましょ!」

 怖くないと言いながら念力で自分とツタージャを持ち上げて慎重に芝生の地面に降りる。その間にもテレパシーで何かぶつくさを聞き取った気がしたが、拾わなかったことにしてそそくさ歩く。

「はい、連れてきたわ」
「ペペ~ン」

 メロエッタとパチリスはあらかじめ準備を終わらせていた。まず何よりも必要なのはオボンの実だろう。傷の修復を助ける効果があり、怪我の応急処置には欠かせない。そしてツタージャも怖い思いをして連れて来た甲斐あって役割が大きい。
 まずはきのみを"はっぱカッター"で細かくする。それを少量の水と混ぜながらすり潰して、出来たドロドロを大きめの葉っぱに塗布して患部に当てる。後はそれを"つるのむち"── といっても今回は鞭ではなくただのツル ── で巻いて固定すれば完成だ。
 "つるのむち"は文字通りムチのように打って使うこともできれば、切り離してロープのような使い方もできる。

「わたしたちに出来るのはこれくらいかな。ケガはそんなに酷くないから、少し安静にしてればすぐ治ると思う」
「メロエッタって歌が上手いだけじゃなくてなんでも出来るんだね」
「そんな大したことじゃないよ~」
「パパパパ~」
「すごいよ!」

 応急処置が終わったのは、ポケモンたちは昼ごはんを終えて解散していた頃だった。




── 太陽の位置が少し傾く前。円形にくり抜かれた吹き抜けから見える、青空のちょうど中心から太陽が光を差し込んでいるころ。

「ったく。逃げたりしないから離せよ~」
「静かにしなさい」

 そんなやり取りをするが、お互いに無駄な争いはしない。ゾロアはだらんと脱力したまま、アマージョはそれを小脇に抱えて連行している。
 遊園地から一歩でても断崖絶壁に隔たれた峡谷の道が続くだけで、精神的な息苦しさは変わらない。
 中から外に向けて通路を進むと、断崖を削る形で乱暴に仕立てられた空き地に出た。そして恐らく壁を抉った犯人であろうポケモンが大きないびきをかいている。
── ワルビアル ── 奴は日中はずっと眠っており、夜になるとコドモたちが悪さをしないか見張るために遊園地と通路を巡回し始める。ゾロアも何度も見た事のあるコワーイポケモンだ。
 アマージョの「静かにしなさい」は彼を起こさないための注意でもあった。

「ぐごぉ~……」
「ケケッ、こんなにでかいいびきをかいてんだから何話しても聞こえねーよ」
「フガッ!ムニャムニャ」
「!?」

 いびきが途切れると同時に、ゾロアも思わず目を見開いて息を殺す。しかし目を覚ますことはなく寝返りをうつだけにとどまった。

「ほーら、聞こえてないじゃん」
「どうかしらね」

 抱えられたままさらに先に進むと、もう一つ先ほどと同じように壁が抉られた空き地に着いた。ドーム型の空洞を、歩いてきた道が真っ二つに切り離している感じだ。アマージョは向かって左の方に足を踏み入れる。その先には、今度はまさに洞窟らしく空すら見えない通路が続いていた。
 中はちょうどアマージョ一匹がギリギリ歩けるくらいの広さ。足元は全く整備されてないデコボコのくせに、壁には最低限歩ける程度の明るさを保つために親切なランプが並んでいた。
 そしてその歩きにくいことこの上ない洞窟を抜けた先に"オシオキ部屋"がある。

「新しいお友達よ」

 ようやく到着したオシオキ部屋は流石にここまでの洞窟道よりは整備されているようだった。しかし中にいるポケモンは退屈そうに座っている。

「これからはここで生活するのよ。これでも食べて仲良くしてることね」

 ゾロアと、余ったきのみをいくつか部屋に投げ捨ててすぐに来た道を戻る。
 オシオキ部屋にも食べ物が必要なのだから、毎日洞窟を通って運ぶアマージョは大変だろう。何となくゾロアはそう思って、エーフィの言っていたことを思い出しそうになる。しかし過去の記憶よりも背後に誰かが近づく気配が勝って意識をそちらに移した。
 遊園地に足を踏み入れる前から、オシオキ部屋に直接入れられた問題児がいるということはゾロアも知っていた。
 果たしてどんな凶暴なポケモンが捕まったのか、と期待と少しの恐れを胸に振り返ってみる。


「はじめまして、ボクはリオル!よろしくね!」

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