第11話「始まりの銃声と桃色の弾丸」

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「エーフィ……」


 耳慣れない名前を一音一音、確認するように呟く。
 子どもたちをバリヤードがここに集めている。その中にはミミロルと同じ町に住んでいたポケモンもいると聞いて、何となく察しはついていた。しかし考えないようにしていた。

「進化したんだね……イーブイ」
「うん。久しぶり」

 いざ目の当たりにするとどうすればいいかわからなくなって逃げ出したくなる。ずっと引きこもって逃げていたから、こうなるのもわかりきっていたのだ。

「あれ、もしかしてあんまり仲良くない?」

 パチリスが気まずそうに二匹を見あわす。下を向くミミロルに対して、エーフィはしっかりと彼女のことを見つめていた。ミミロルもその視線に気づいてるから、相手の方から何か言ってくれることを祈っていた。
 その状況が続くのも困るし、自分から行動するのも怖くて動けない。

「何か言うことあるんでしょ?」

 お尻のあたりから背中にかけてビクッと跳ねた。感覚的には下から突き上げられたような衝撃で、実際自分の体がどれくらい驚いたのか自分でもわからない。


── 何か、言うこと?
 どうしてエーフィがこっち側 ── ミミロルに話にスターターピストルを渡したのかわからなかった。というより「こっちは黙ってるんだからそっちが進めてよ」という身勝手な怒りがミミロルの本音だった。

「ミミロルから言わなくていいの?」

 その一言でハッとする。
 ある。ずっと彼女に言いたかったこと。
 鼓動が早くなるのが耳の先まで伝わってきた。声はやわらかいものの、言葉一つ一つは妙にミミロルの心を射抜く鋭さを持っている。彼女の前で半端な誤魔化しはきかないとまで感じた。よく考えればどうせこれから同じ場所で過ごすことになるのだから、今だけ黙ってやり過ごしても意味はないのかもしれない。

── もういいか。

 深く考えすぎるのも、ただ他者任せで押し黙るのもやめよう。本当は昔から引っかかってたこと、たった一息の一言で終わる。それを言って、後のことはどうにでもなればいいと思った。

「ぁあのさ!」

 勇気を振り絞って出した声は、裏返って妙に高くなる。温かい空気をめいっぱい吸ってその一言を言おうとした──その時だった。


「ハァーイ! みなさん今帰りましたよー!!」


 突然の声に三匹とも話を止めて固まる。ミミロルは肩透かしなような少しホッとしたような気持で周りを見ると、コドモたちの活気溢れる声が無くなって遊園地全体の空気が変わっていた。静まり返ったポケモンたちはみんな、同じ方向を見ている。声がした方、そこは遊園地の唯一の出入り口だ。
 まぁるく取り囲む岩壁が切り裂かれて、外からの風が吹き込む。
 その風を背に受け、悪の道化師が両手を広げた。

「生粋のエンターテイナー、バリヤードが帰りましたよォ~!」



「バリヤード……!」
「あちゃあ、今日だったんだ」

 まずそうな口調の意を確かめようとパチリスの方を見る。
 話によるとバリヤードは捕まえたポケモンを連れてくる以外で、三日に一度の昼食前の時間帯のみこの遊園地に訪れるらしい。
 つまり三日に一度の、それもバリヤードが帰ってくる直前の時間帯にミミロルは目を覚ましたのだ。つまりこれから起こることは事前に知っておいた方がいいということだろうか。そんなことを考えているうちにバリヤードの号令が聞こえた。

「サァサみなさん!バリヤードショーの時間ですよ~!」
「ワァーイ!」
「え?なに?」
「ミミロル!来て!」

 遊園地で遊んでいたみんなが一斉に歓声を上げて、バリヤードの方に走っていく。当然エーフィもパチリスも、ミミロルもパチリスとエーフィに言われるがまま付いていった。
 出口付近でバリヤードの前にみんなが集まって座っていく。そこに着くまでの短い間にも考える。バリヤードが現れてピリついたと思ったら、次は彼の言葉にみんなが歓声を上げた。どういうことだろう。みんなをここに閉じ込めてる犯人なのだから登場が嬉しいはずない。

「ホーラ、早く集まってください。オシオキ部屋行きになっちゃいますよ~?」

 オシオキ部屋、たしかリオルたちが入れられてる部屋だ。これから何が始まるのか説明を聞く時間もないようで、パチリスは端的に済ませた。

「ミミロル、とにかくバリヤードに目をつけられないようにみんなに合わせてれば大丈夫だから!」
「わ、わかった」

 ミミロルはコドモたちが遊ぶ中で隅っこで縮こまっていた頃の過去を思い出して、──そういうのは得意だ。と謎の自信に満ちる。それから自分に呆れて苦笑した。




 捕まった時ほどバリヤードに恐怖は感じなかった。パチリスや他のポケモンたちがいるからだろうか。それよりも何が起こるか分からない緊張感が体を強ばらせ、固まった体を動かすように心臓の鼓動が激しさを増す。

「ハイ。みなさん揃いましたねー。今日もみなさんを笑わせる最高のネタを用意しましたヨ!」

 遊園地というだけあって、ショーとかパフォーマンスが行われるみたいだ。ぎっしりと詰めて座ったポケモンたちの群れから、「おー!」「楽しみ!」とぱらぱらと歓声が聞こえる。どこから上がった声なのかが気になって、座ったままキョロキョロと辺りを見回した。


「いきますよー」


 コドモたちが示し合わせるようにアイコンタクトを取り合ってることがミミロルからもわかった。

── いったい何が始まるのだろう……。

 ミミロルが固唾を飲んだ。その直後、バリヤードは突然手を地面につけて四足歩行の動物の真似をし始めた。


「このギャグは最高に面白イワンコ!!!」
「あはははは!」


── ん?


 どっと音を立てて、コドモたちがみんな笑い始める


── えっ、今の笑うのが正解なの?

「掴みはバッチリザードン!!」

 今度は手でリザードンの羽をもして、口から炎の代わりにエスパータイプの光線を発射する。

 どうやらポケモンの真似をしながらダジャレを言うことが、生粋のエンターテイナーであるバリヤードの渾身のお笑いらしい。みんなの笑い声もよくよく聞けば、乾いた印象の作り笑いだとわかるものだった。
 困惑していたところで、隣に座るパチリスにつつかれる。
『とにかくバリヤードに目をつけられないようにみんなに合わせてれば大丈夫だから』
 彼女の言葉を思い出して頭を抱えた。その間にもバリヤードのギャグは続く。つまりこのダジャレに付き合って大笑いするのが、遊園地でのルールなのだ。


「笑ってくれてうレシラム!」
「昼のご飯はいかガブリアス!」
「やっぱり一番はオボンのミミロル!」
「次はもっと面白いギャグを考えてきマスキッパ!!」

「つまんな……」

 一言が笑い声に紛れた。
 畳み掛けるダジャレも、コドモたちの笑い声も一瞬で止まって静まり返る。
 ミミロルは口を押さえた。無意識に本音がつい口から漏れてしまったのだ。
 バリヤードがポケモンの真似をやめてコドモたちを見たため、慌てて手を下ろす。

「今口にしたコは、誰ですか?」

 背筋が凍てつく。その悪寒によって体が少し震えた気がした。
 なるべく目立たないように平静を装う。声が小さかったからかどうやら誰が言ったかまでは特定できていない。しかしここでもし変な動きを見せれば自分だとバレてしまう。もしバレれば……どうなるかミミロルには想像もつかない。

「オンナのコの声でしたねぇ。そのあたりでしょうか?」

── やばい!
 バリヤードはミミロルが座ってる辺りに目をつけた。一通り見渡してから、ミミロルを視界の中心に捉える。そこで初めて恐怖以外に言いようのない感情がミミロルの頭を支配した。息が荒く体は震える。今こそ自然にしないといけないのに、反して体は異常なほどに動転した。
 バリヤードはさらにミミロルを注視してから、ついに口を開く。

「ん?アナタはぁ……」
「オレだよ」

 何者かが名乗り出た。ミミロルが狙われることを遮るように。バリヤードが視線をその声の方に移す。

立ち上がったポケモンはゾロアだった。


「オレが言ったんだよ。ツマンナ。って」


 ミミロルは驚きながらも、緊張から解放された体を落ち着かせるのに精一杯だ。パチリスが呼吸で揺れる背中をそっと撫でる。それによって背中が汗で濡れていたことに気づいた。しかし安堵は長く続かない。


「オヤ、自分から名乗り出るとは驚きました。ゾロアくんはいつも大胆不敵ですネ。しかし、ワタシが聞こえたのはオンナのコの声だったと思うのですが……」


 油断していたミミロルたちに再び注意が向けられる。さっきまでも動揺を隠せている自信はなかったが、今度こそ言い逃れようがないほど体がギョッとするのを感じた。


「聞き間違いだろ」
「フム……まぁイイでしょう」

 意外にもあっさりと引いて、ゾロアの方に歩いていく。ミミロルは彼がまたこっちを向かないか怯えながら見届ける。その様子を見てパチリスが何かに気づいた。

「ミミロル、もう大丈夫だよ」
「パチリス!?」

 パチリスが小声とはいえ普通に話しかけてきたことにギョッとする。

「喋ったらバレちゃう」
「大丈夫だって、ほら」
「え?」

 改めてバリヤードの方を見る。さっきまで笑い声に紛れた呟きすらも拾っていたが、今は堂々と話しているこちらに見向きもしない。

「どうして?」
「ゾロアが私たちのことを化かしたんだよ」

 ゾロアは"化ける技"で自分を別のものに見せることが出来る。そして自分が化けるだけでなく、自分以外のポケモンを違うものに見せることもできるというのだ。
 と言ってもまだまだ未熟で、自分を含めてポケモンは二匹分しか化けさせられないらしい。
 つまり今は彼の力でパチリスとミミロルが動いてないように見せているということだ。

「あんまり動きすぎたら誤魔化せなくなるから気をつけて」
「でもこのままじゃゾロアが危ないんじゃ……」
「う、うん」

 どうして庇うようなことをするのだ。そう思って再びゾロアを見ると、堂々とバリヤードを見すえながらも少し緊張が感じられる面持ちだ。

「ねえ、バリヤードを怒らせたポケモンは何をされるの?」

 パチリスは黙って目をそらす。

「ねえパチリス、教えて!」
「見せしめに痛めつけられてオシオキ部屋に連れて行かれる」
「そんな……」

 「だったら尚更、なぜ私なんかを庇うの」自分が助かったと安堵していた心を、焦燥がジリジリと蒸していく。その間にもバリヤードは、ゾロアに手をかけようとしていた。

「みなさんが楽しむための遊園地で無礼な言動をしたものがどうなるか。わかっていますね」
「わかってる。早くやれよ」
「……」

 彼らの会話に一瞬の間が生まれる。
── 今しかないと思った。
 ミミロルは空白に立ち上がる。

「ま、待って!」

「えっ?」


 思ったよりもずっと大きな声が出た。
 パチリスとゾロア、だけでなくバリヤードも含めたその場の全員がミミロルを見た。それは大きく動いたことでゾロアの幻が消えた証拠。
「あっ……」
 一度にたくさん注目を浴びたせいで、頭が真っ白になる。
──どうして立った? なんで? 黙ってれば良かったのに!
 当惑したゾロアが、そう言いたげな表情を浮かべている。しかしそれはまさにミミロルが自分自身に言いたいことだった。
──どうして立った? どうして? 黙ってれば良かったのに!!

 ただわかるのは、立たなきゃいけない気がした。自分の代わりに誰かが傷つこうとしているのを見て……いや、自分のせいで誰かが傷つこうとしているのを見て、いてもたってもいられなくなったのだ。


「アナタは新しく入ったミミロルさんですね。お友達からワタシの邪魔だけはするなと聞きませんでしたか?」


 不機嫌そうに睨みつけられて、体が一気に固くなる。今の言葉にはパチリスもギクリとしていた。

「ミミロル、動いちゃダメだって言ったのに!」
「わ、私なんです。言ったのぁ……」
「はい?」

 さっきは大声が出たのに今度は急に喉の蛇口が決まって声が出ない。ビビりすぎな自分が情けなくなった。しかしミミロルは最近感情を前に出すことが増えて覚え始めた。感情を表に出すためのスイッチの切り替え方法を……。
 というよりシンプルにヤケクソになって叫ぶ方法を、だ。


「ゾロアじゃない! 私が言ったの!」


 無理やり引っ張り出した声は、聞くに耐えないほど荒い。しかしもう引き返せない。

「なるほど。アナタが本当の犯人だったのですね」
「ミミロル、どうして」
「パチリスさん、ダメでしょう。新入りさんにはちゃんとここのルールを教えてあげないと」
「ひっ……」

 真っ先に声をかけたことでパチリスにも注意が及ぶ。
 ──ダメだ! ミミロルは自分にだけ責任を向けたかった。

「パチリスは悪くない! ちゃんと教えてもらった!」
「ではアナタは知っててルールを破ったのですね。覚悟はできていますか?」
「だ、だって……」
「言い訳は聞きたくありません」
「だってつまんなかったんだもん!!!」

 ミミロルの絶叫が遊園地中に響く。一同に衝撃が走った。さっきまでのやり取りやルールを考えても、それが禁句なのは明白である。


「オシオキが必要なようですね」


 逆鱗に触れた。一変する表情を見て、それを察するのは容易だった。

「ご、ごめんな、さい……」

 言い終わる前にバリヤードが人差し指を立てている。ミミロルの頭に向けて。指先がピンク色に光った。ミミロルがそれを認識した時にはもう、その光が目の前まで迫っていた。
 電撃にも近い音で、稲妻にも近い形状の、ピンク色の光線が直撃する。そのことに本人が気づくのもまたワンテンポ遅い。その時すでにミミロルは、強い衝撃で宙を舞っていた。

ドシャッ!

 斜めに落下して、草原がえぐられる。その頃にはミミロルはすでに意識を失っていた。

「ミミロルー!!!」

 倒れた彼女にパチリスが駆け寄る。
 コドモたちの悲鳴が遊園地に響いた。

「来たばかりということなので、今回はこれだけで大目に見てあげますしょう。しかし次はありません」

 低く重いため息を吐き、立てた指を下ろす。

「ヤレヤレ、興が醒めてしまいました。彼女を庇おうとしたゾロアくんは、後でオシオキ部屋へ入ってもらいます。他のみなさんはもう自由に遊んでもらって結構ですよ」

 「それではワタシはこの辺でっ」ヤツがそう言っておどけて見せると、凍りついてたコドモたちはぎこちない笑い声をあげた。
 それに満足したのかバリヤードは手を振りながら立ち去っていく。断崖絶壁に囲まれた遊園地の唯一の出口を通って。バリヤードの背中を追うものは誰もいない。


 ── ここは"遊園地"。
 オトナは知らないコドモだけの秘密の遊び場。
 そこに住むポケモンたちは、みんな笑って日々を過ごしていた。
 では"遊園地"はコドモたちにとっての楽園なのか ── 否。そこは悪いオトナに支配された。笑うことを強いられる監獄だ。

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