52話 雷の試練

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

2つの試練を無事に突破したハルキ達は最後の試練がある南西の島に来ていた。
遊覧船が立ち寄る最後の島ということもあってか、船に残るポケモンはほとんどおらず、多くのポケモン達が島に上陸して観光を楽しんでいるようだ。
ハルキ達は賑わうポケモン達を横目に見ながら最後の試練を受けるべく、入り江の洞窟を目指した。

入り江の洞窟に着くと他の試練同様、地面に星の模様が描かれている箇所があった。
今まで試練の合った島ごとに周囲の地形こそ若干の差違はあったが、星の模様がある位置は決まっているようだ。

「えいっ!」

かわいい掛け声と共にヒビキが軽くジャンプして地面に描かれた星の上に乗る。
すると星の模様が青く輝き、目の前の壁が音をたてながら左右にスライドして試練が行われる空間への入り口が開かれた。

「これで3度目だけど、相変わらずこの光景はすげぇなー」
「出たのを合わせると5度目だよー!」
「出る時はノーカンじゃね?」
「のーかん? って何です?」
「ノーカウントの略。 わかりやすく言うと数えないって事だな」
「ほへぇーなるほどです」

アイトの説明にヒビキは感心した表情を浮かべる。
ハルキとアイトにとっては慣れ親しんだ世界の言葉でも、こっちの世界で通じる訳じゃない。
それは前にイーブイの里でヒビキに人の世界の用語が通じなかった経験からなんとなく気づいていた。
まあ、人の世界でも少し土地が変われば文化や言葉が変わる事なんて普通だったし大した問題ではないだろう。

「とりあえず入ろうか」
「そうだねー」

こうして僕達はこの日、最後の試練が行われる空間に足を踏み入れた。

――――――――――――――――――――

中に入ると他の試練と同じように入り口が音をたてながら閉まり、部屋が明るい黄色の光でライトアップされる。

『よくぞここまで来た。 ここは雷の試練。 炎や水とは違った趣向の試練になる』
「違った趣向です?」

確かにこの試練は今までとは違うようだ。
まず、試練を行う空間が明らかに狭い。
炎と水の試練は地形の差異こそあれど、小学校の体育館ぐらいには広かったが雷の試練は6畳ぐらいの小さな空間だ。
広さを必要としない内容なのか?
それにしたって狭くなりすぎだとは思うけど......
あと、この試練には入り口とは別に古ぼけた木の扉が1つある事が少し気になる。
扉自体は水の試練でもあったけど、こっちの扉は見るからにボロボロで作られてから相当な年数が経過しているように思う。
明るい黄色の光で照らされているこの空間に不釣り合いで、なんだか不気味だ。

『試練の内容はシンプルだ。 そこにある扉を開けて部屋の奥まで進む。 それだけだ』
「なんか今までと比べるとずいぶん楽な内容だな」
『ただし! 部屋の奥まで進むのはペンダントに選ばれた1匹のみだ。 今回の試練は自力で乗り越える必要があるからな』
「自力....」
「大丈夫か?」

うわ言のように呟いたヒビキにアイトが心配そうに声をかけると、ヒビキは両手(両前肢と言った方が正確か)で自分の頬を叩くと力強く答えた。

「大丈夫です! いつまでも頼ってばかりじゃいられないですからね!」
「......わかった。 この試練、俺達は直接ヒビキを助けることはできない 」
「わかってます」
「だけど何もできないわけじゃない」
「え?」
「そうだね。 アイトの言うとおりだ。 僕達にもできることはある」
「え? え? どういう事です?」

アイトの言葉に同意するようにハルキが答えたのでヒビキはさらに困惑し、答えを求めるように視線をヒカリに向けた。
ヒカリはその視線に気づくと笑顔で答えた。

「みんなで待っているからね! ヒビキが試練を突破して、ここに帰ってくるのを!」
「うん。 一緒に行けなくても僕達はここでヒビキを応援しているから」
「だからヒビキ、安心して行ってこい! そんで終わらせて帰ってこい!」

アイトはヒビキの頭をくしゃっと撫で、ヒビキの背中を押した。

「みんな......はい! 行ってくるです!」

敬礼のポーズをとった後、ヒビキは扉を開けて暗闇の中へと消えていった。
木の扉が完全に閉まりきるとハルキ達にあの声が話しかけてきた。

『さて、彼女が試練を受けている間に君達にはこの試練のカラクリについて説明しとこうかな』
「カラクリ?」

――――――――――――――――――――

まっ暗闇の中をただ進む。
扉が閉まったことで完全に明かりが消え、ヒビキの視界に入ってくる情報は黒一色となっており、ちゃんと前に進めているのかすら怪しいが『部屋の奥』と言っていたので行き止まりはあるはず。
そう思いながらヒビキは歩き続けた。







部屋に入ってからしばらく歩きましたが、まだ部屋の奥に着かないです。
他の試練を行った場所ぐらいに広い部屋なのかもしれませんが、そろそろ着いてもいい頃だとは思うんですけど..








まだ部屋の奥に辿り着かないです。
真っ暗でなにも見えないから同じ場所をぐるぐるしているのでしょうか?
なんだか怖くなってきたです....









いくら歩いても何かにぶつかることもありません。
地面が変わっている感じもしません。
わたしは、本当に歩いているのですか....?
目を開けているのか閉じているのかすらわからないです....
怖いです......










終わりの見えない暗闇。
足は動かしているが何一つ変化を感じられない。
その事実がヒビキを不安にさせ、不安は積もれば積もるほど恐怖へと変わっていく。
足は震え、涙が頬を伝うのを感じながらもそれでもヒビキは歩き続けた。

『なんで君はこんなことをしているの?』

不意に声が聞こえたような気がして、ヒビキは思わず足を止めた。
なんでこんなことをしているのか?
そんな事、決まっているです。
みんなに迷惑をかけないぐらい強くなるためです。

『君が強くなれば誰も傷つかないの? 強くなれば迷惑をかけないの?』
「そ、それは……」
『あれ? そうだと断言しないの? あっ、わかった! 自信がないんだね』
「違っ」
『何が違うの? 即答できないって事は自信がないって言っているようなものじゃない。 そんな調子で強くなれるの?』
「なり、ます。ならなくちゃだめなんです....」
『じゃあ具体的にどうやって強くなるの? 力をつけるの? 知識をつけるの? 自信なさげに強くなるなんて言われても説得力ないよ』
「み、みんなに迷惑がかからないよう....」
『迷惑かけてるじゃない。 君の友達は君のために傷ついた事をもう忘れたの? 今だってそうだ。 君は自分が強くなるためにみんなを巻き込んでる。 迷惑をかけているんだよ』
「そ、そんなこと……」
『なんでそう断言できるの? 直接聞いたの? 聞いたとしても本音だと思うの? ただ気を使って言ってくれたとは思わないの?』
「そ、それは……」
『ほら、また迷ってる。 そんな調子じゃ君はいつまでも弱いままだ。 遠くない未来にまた友達を傷つける結果になるだろうね』

怖い。 この声が言っている事を何一つ否定できないのが。
怖い。 何もできない弱い自分のせいでみんなが傷つくのが。
怖い。 また1匹ぼっちになるのが。

ヒビキはその場で震えながら頭を抱えてうずくまってしまった。

「助けてッ! アイト君、ハルキ君、ヒカリちゃん! パパッ! …………ママッ!!」

ヒビキの脳裏に浮かぶのはたった1つのママと過ごした遠い記憶。
温かな日差しの中、風光る森の中をママと一緒に散歩しながら色んなお話をヒビキは聞かせてもらった。
当時のヒビキはまだ幼く、話していた言葉の意味も良くわからなければ、ママがどんな顔をしていたのかもはっきり覚えていない。
だけど、抱っこされていた時に感じた手の温もりや優しく語りかけてくる声はよく覚えていた。
そんなおだやかな思い出が突如、黒く侵食されヒビキのママも黒の中に飲み込まれてしまう。

「ダメッ! ママ! お願い! わたしを1匹にしないでください! ママッー!」

ヒビキは泣き叫びながらママを呼び続ける。
しかし、記憶の存在がそれに答えることはない。
その代わりに答えたのはまたあの声だった。

『さっきまで迷惑をかけないように強くなると言っていたのに助けを乞うの? いくら泣き叫んだところで君は強くならないよ? ねえ、どうするの? どうやって今の状況から強くなるの?』

怖い。
今の状況が、みんなが傷つくのが、1匹ぼっちになるのが怖い。 ただひたすらに怖い。

(「大丈夫! ヒビキはまだまだ強くなれるよ」)

聞きなれた誰かの声が聞こえる。

「そんな根拠、どこにあるんですか!?」

(「純粋に誰かを強く思ってする事は時として不思議な結果をもたらすんだ」)

さっきとは違う別の誰かの声がする。

「思うだけでどうにかなるわけないです! 私の思いに、そんな力はないですッ!!」

(「お前はひとりぼっちじゃないんだ。 もっと俺やハルキ、ヒカリを頼ってくれ! 」)

また別の誰かの声。

「頼ってるだけじゃ駄目なんです。寄りかかってるだけじゃッ……!!」

ヒビキは自分に対してかけられたであろう誰かの言葉を次々と否定していく。

(あの声が言っていた通り、自分は強くなれない。 迷惑をかけ続けるだけです)

こんなに辛くて、悲しい思いをしなくてはいけないのならば、いっそ諦めてしまった方がいい。
そう思った時――

(「諦めるにはまだ早いですよ。 ヒビキ」)

この声……誰の、声……? わからない。
…………いや違います。 知ってるけどわからないだけです。
この声をわたしは知っています。
そう、あれはまだわたしが幼かった頃――


――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――


「そんなところで泣いてどうしましたか? ヒビキ?」
「お花さんの毛が無くなっちゃったの..」
「お花さんの毛? ああ、タンポポの綿毛の事ですね」
「お花さん、とっても寒そう。 ママ、お花さんはこのまま枯れちゃうの?」
「そうですね。 植物学に私は詳しくないですが役目を終えたと言う事はこのまま枯れてしまうのかもしれませんね」
「そんな……」
「諦めるにはまだ早いですよ。 ヒビキ」

ママの大きな手がうつむいて、泣いているヒビキの頭を優しくひと撫でする。

「タンポポの綿毛は種になっています。確かにこのタンポポは枯れてしまうかもしれません。 ですが、別の何処かでこのタンポポが残した種から新しいタンポポが再び芽吹きます。 わかりやすく言うとこのタンポポの子供達にまた来年会えるってことですね」
「お花さんとまた会えるんだ。 あっ、でも……」
「どうかしましたか?」
「このお花さん、子供と離ればなれになっちゃうよ。 わたし、ママと離ればなれは嫌だよ……」

一瞬、泣き止んだヒビキの瞳から再び涙が溢れ出し始めた。
そんなヒビキを抱き上げ、また優しく頭を撫でるヒビキのママ。

「あらあら。 ヒビキは泣き虫さんですね」
「だって、ママがいなくなったら悲しいもん!」
「フフッ、そんなことありませんよ。 そうですね。 せっかくなので伝えておくのもいいかもしれません」
「なにを?」

ヒビキは目元を赤く腫らした顔で自分を抱いてくれるママを見上げた。

「ヒビキ、私達は辛かったり悲しかったりして、前に進む事がどうしようもなく怖くなる時があります。 その時は自分の好きな事を思い出しなさい」
「すきな、こと?」
「そう。 できるだけうーーんと昔の思い出からがいいですね。そして、そこから今の自分までを辿るんです」
「どんなふうにたどるの?」
「例えば思い出した事が何で好きだったのか。 そこからどんな事が自分の周囲で起きたのか。 その時に自分はどんな気持ちでどう行動したのか。 こんな感じに順序立てて辿っていくといいかもしれませんね」
「へー、あれ? でも、途中から好きな事が関係無いような気がするよ?」
「好きな事を思い出すのは、あくまで自分の進んできた道を振り返るきっかけ作りに過ぎません。 振り返るスタート地点がなければ辿ることもできませんからね」
「うーん。 よくわかんない!」
「フフッ。 確かに今のヒビキには難しいお話でしたね。 でも、どんなに短い出来事であろうと1つの小さな歴史であることには変わりありません。 過去をかえりみる事はとても重要な事です。 真実を知るために必要不可欠な工程ですから」
「真実? ママがお仕事でしているような事がわかるの?」
「えーと。 それは、ちょっと違いますね。 私のお仕事はこの世界に隠されている真実の歴史を紐解くことです。 ですが、自分の好きな事を辿る事でわかるのは自分の本音の部分だけです。 これは自問自答と呼ばれている方法で……って、あらまあ。 やはりヒビキにはまだ難しすぎたお話だったみたいですね」

そう呟いたヒビキのママの腕には、話に飽きてしまったのか穏やかな表情を浮かべながら眠るヒビキの姿があった。


――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――


物心がついた時から、わたしは本を読む事が好きでした。
本は開くだけで自由にいろんな場所に行く事ができます。
次はどんな景色を見せてくれるのか?
どんな体験をさせてくれるのか?
ワクワクしながらページをめくっていた事をよく覚えています。
ママが行方不明になってから、わたしは里の外に出ることがとても怖くなりました。
でも、わたしは読書をやめませんでした。
きっと心のどこかで外の世界に憧れ続けていたのだと思います。

進化できないと知って、ずっと弱いままなのか不安になりました。
でも『伝説のイーブイ』の存在がわたしを勇気づけてくれました。
だから、イーブイのままでも強くなる道を探すと誓って、たくさん知識をつけようと今まで以上に本を読みました。
ただ、やっぱりその中でもよく読んだ本は里の外についての本でした。

知識をたくさんつけたところで、進化できない事実は変わることはなく、わたしは里にいる同い年の子達に意地悪をされるようになりました。
意地悪をされて、何もできなくて、そんな自分がひどく情けないように思えて、パパにも相談することができませんでした。
だから、この頃のわたしはおとぎ話をよく読んでいたのだと思います。
おとぎ話ではどんなに辛い状況でも必ず最後は誰かが助けてくれる。
そんな存在が必ずいました。
でも、現実にそんな存在はいません。
技の練習という口実でいろんな攻撃を受けて、わたしが傷だらけになっていようと、みんな見て見ぬ振りをしました。
誰だって厄介事に首を突っ込もうとはしません。
わかっています。
わかっていました。
助けてくれるポケモンなんて、おとぎ話の中にしかいないってことは……

でも、そう思っていたある日、わたしの前に助けてくれる存在が現れました。
そのポケモン達はわたしを助けてくれただけじゃなく、わたしの代わりに真剣に怒ってくれました。
アイト君が、みんながわたしに手を差しのべてくれたから、わたしは意地悪をしてくるタイショー君達に立ち向かうことができました。

そうです。
わたしはいつだって、何かに助けられながら生きてきたじゃないですか。
昔は助けてくれる存在が本でした。
だから、引け目を感じる事もありませんでした。
けど今は、生きた存在がわたしを助けてくれています。
本と違って個別に意思や心がある、生きている存在だからこそ、
迷惑じゃないか? 負担になってないか? と不安になるんです。
でも、それは当たり前の事なんです。
だって、お互いに心があるんですから。

そうです。
今さら助けを求める事を躊躇う必要なんて、初めから無かったんです。
答えはすごく分かりやすくて、とっても単純。
助けられたらその分、どこかでわたしが助けてあげればいいです。
直接的じゃなくてもいい。
間接的にだって、誰かを助けることはできます。
みんな、誰かや何かに助けられながら生きているのですから。

『なんで君はこんなことをしているの?』

またあの声が聞こえてきた。
最初と全く同じ内容の問いかけだが、それを答えるヒビキにもう迷った様子は無く、凛とした声で答えた。

「強くなるためです」
『君が強くなれば誰も傷つかないの? 強くなれば迷惑をかけないの?』
「いいえ。 わたしが強くなったとしても、誰も傷つけない事なんてできないです。 きっとこれからも迷惑をかけると思います」
『じゃあ、強くなっても意味無くない? 君は最初に言ったじゃない。 みんなに迷惑をかけないぐらい強くなるって。 目的を見失ったの?』

声の問いかけにヒビキは首を左右に振って答える。

「むしろその逆です。 やっとわかったんです。 わたしは最初、迷惑をかけないようにしなくちゃいけない。 その一心で必死に強くなろうとしていました。 でも、それは間違いでした……」

ヒビキは目を閉じて、自分の胸に手を当てながらゆっくりと続ける。
自分の言葉で、自分自身に語りかけるように。

「そもそも迷惑をかけないなんて無理な話なんです。 生きていく上で必ず迷惑はかけます。 たとえ相手が迷惑だと思わない事でも、わたしが迷惑をかけている思えばそれは迷惑になります。 だから……」

ヒビキは首から下げているペンダントを強く握りながらゆっくりと瞼を開き、力強く言い切った。
これから自分がなぜ強くなるのか。 その理由を。

「だからわたしは、誰かを助けるために強くなります!」
『助けるために強くなる? 迷惑をかけると言ってるのに? 矛盾してない?』
「確かに矛盾しているのかもしれません。 ……でも、どんなに無茶苦茶な理由だとしても、これがわたしの決めた理由です!」
『……どうやらもう迷ってないみたいだね。 [迷惑をかけないために強くなる] から [誰かを助けるために強くなる]か。 最初から君の強くなる理由は自分のためじゃなく、誰かのためなんだね』
「だって、わたしは救助隊ですから!」
『ハハッ、悪くない答えだ』

声が言い終わると同時に黒一色だった世界に光が差し込んだ。

『君はこれからもたくさん迷う事があると思う。 だけど、君がなぜ強くなろうと決めたのか見失わなければきっと大丈夫。 さあ、向こうが出口だ。 早く君の仲間の元に行ってあげな』
「はい!」

ヒビキは声に返事をし、暗闇に背を向けて光へ向かって走っていった。

――――――――――――――――――――

真っ暗な空間から明るい場所に出たことで少しヒビキの目は眩んだが、徐々にその視界に黒以外の景色が入ってきた。
その時――

「あっ、ヒビキがでてきたよ」
「ヒビキ!」

光に慣れてきたヒビキの視界にアイトが心配した表情で駆けつけて来る姿が映った。

「おい! 大丈夫か? 何処か痛い所とかないか?」

アイトはヒビキの体をあちこち触りながら、怪我をしていないか入念に確認し始めた。

「ア、アイト君? わたしは大丈夫ですよ?」
「ほんとに本当か? 怪我してるけど隠したりなんかしてないか?」
「し、してませんよ。 そんなに焦ってどうしたんです?」

アイトの行動理由がわからず困惑しているところに、遅れて来たハルキとヒカリが理由を説明してくれた。

「実はヒビキが部屋に入った後、あの声にこの試練について詳しく説明を受けたんだ」
「そうそう。 今回の試練はね。 試練を受ける者の特に脆い部分を突いて、心を折りにいく内容だって教えてもらったんだー」
「そんな軽いノリで説明してなかったけどね」

ヒカリのざっくりとした説明に苦笑いを浮かべるハルキ。
ただ、その説明でヒビキは部屋の中で散々問いかけられた理由がわかった。
つまり、心を折るために質問攻めをしてきたというわけだ。

「そういう事ですか。 また、みんなに迷惑をかけてしまったみたいですね」
「いや、俺達は迷惑だなんて――」
「でも、いいんです!」
「え?」
「みなさんにはこれからも迷惑をかけると思います。 でも、いつか強くなって、かけた迷惑以上に、みんなをわたしが助けられるようになってみせるです!!」

どこかスッキリした表情で言いきったヒビキにハルキ達は面食らったが、少ししてアイトが笑い始めた。

「フフッ、ハハハハハハ! なるほど! どうやら本当に大丈夫みたいだな! ヒビキ!」
「はい!」
「だから言ったじゃーん。 ヒビキなら大丈夫だよってさー」
「けどよ、ヒカリ。 やっぱり心配じゃねぇか。 だって精神攻撃してくる試練だぜ? お前も心配だっただろ? ハルキ?」
「確かに僕も心配はしてたさ。 でも、心配していた気持ちと同じくらいにヒビキを信じてたよ。 それに部屋から出てきた時のヒビキの表情を見たら、なんとなく大丈夫だなって思ったんだ」
「やっぱハルキはそういうところが大人びてるよなー」
「アイトはもう少し落ち着きを覚えたほうがいいかもねー」
「余計なお世話だ。 どうせ俺はハルキみたいにクールに振舞えないよーだ!」
「ちょっ、僕は別にクールじゃ」
「そうだよ! ハルキは水タイプだけど氷タイプじゃないからそんなに涼しくないよ! それにアイトは炎タイプだからむしろホットだよ!」
「そうだな! 俺は炎タイプだから温かい....ってそう言う意味じゃねぇーわ!!」
「いや、今のノリツッコミいらないでしょ。 ヒカリも僕のフォローになってないから。 ほら、ヒビキからも何か言って」

会話の行方が分からなくなる前に収拾しようとしたハルキは、助けを求めるためにヒビキの方を見て言葉を詰まらせた。
なぜならば、ヒビキは何も言わずに、とても嬉しそうな表情をしながらハルキ達を見ていたからだ。

「どうかしたの?」
「うん? あ、いえ。 ただ、みんなが近くにいてくれるだけでなんか嬉しいなって思っただけです」

ヒビキの言葉にハルキとアイトは顔が赤くなるのを感じて、慌ててそっぽを向いた。

「あ、ありがとう」
「ん? なんでハルキとアイトはそっぽ向いてるの?」
「いや、その、きゅ、急にそんなこと言われると、なんか照れる」
「アイトに同じく」
「もーう! このチームの男の子達は恥ずかしがり屋さんなんだからー。 ね、ヒビキ?」
「フフッ。 そうですね」
『あのー、……お楽しみ中のところ悪いんだけど、そろそろ宝石渡したいんだ。 いいかな?』

何とも言えない空気になってしまったところで、この試練を進行してくれたともいえる謎の声がハルキ達の耳に入った。

「はい! もちろん大丈夫です!」
『この空気を作り出したのは君だけどね』
「です?」
『ハァー』

かわいらしく首をかしげるヒビキに謎の声は『あっ、これわかってないやつだ』と言わんばかりのため息をついてから、気を取り直して話し始めた。

『オッホン! えー、よく己の弱さに直面しても、折れずに君なりの答えを見つけたね。 試練クリアおめでとう! これをあげるよ!』

他の試練と同じように、どこからともなく今度は黄色い宝石がヒビキの目の前に現れ、【ジュエルペンダント】の中に吸い込まれていった。

『その宝石の名前はトパーズ。 君が強くなると決めた理由。 その願いを実現するのにきっと力を貸してくれるはずだよ』
「ありがとうございます!」
『さて、これで全ての試練が終了したわけだ。 ここまでよく頑張ったね。 さあ、船が出港する前に船着き場に戻りな』

「そうだね。 じゃあ、みんな行こうか」
「はい! あっ、炎と水の試練でも説明や宝石を渡してくれてありがとうございました! またいつかお会いましょう!」
「え? あの声って同一人物じゃないだろ? 口調違うしさ」
「え? 全員同じポケモンですよ?」
「えー嘘だー。 ハルキの嘘を見抜く能力とかでわかんないのか?」
「いや、さすがに声だけじゃ」
「おんなじポケモンだと思うんですけどねー」

ハルキを先頭にアイトとヒビキが話しながら試練の行われていた空間から出ると、外はすっかり夕焼け空になっていた。
そろそろ船の出港時間も近いだろう。

「よし。 それじゃあ、少し急いで船に戻ろうか」」
「そうだな。 置いていかれたら嫌だしな。 ……ってあれ? そういやヒカリは?」
「え? ヒカリついてきてない?」

ハルキが後ろを振り返るとそこにはヒカリの姿はなかった。

「試練の入り口が閉まってないし、忘れ物でもしたのかな? ちょっと呼んでくるね」
「ああ、早く連れてこいよ」
「わかってるって。 ……ヒカリ、何してるのかな?」

試練の入り口をくぐり、先ほどまで試練が行われていた部屋の前まで走っていくと部屋の中から何やら話声がするのに気づき、ハルキは足を止めて物陰に隠れた。

『せっかく試練ごとにキャラ変えていたのに……まさかバレてたとはなー』
「君と同じ血筋だから何となくわかったんじゃない?」
『そういうもんかね? まあ、いいさ。 それでこれからどうするんだ? わざわざお前が後継者を連れてきてまで、試練を受けさせに来たんだ。 何か進展があったんだろ?』
「まあね。 でも、君の後継を見つけたのは偶然だよ。 ここに連れてきたのだって、彼女が昔の君にそっくりだったからだしね」
『昔の俺に?』
「うん。 理由は違うけど、考えすぎて寝込んじゃう所なんてほんと君にそっくりだと思うよ」
『ハハッ、なるほどな。 つまり、単にレベルアップさせに来ただけじゃなく、寝込むほど考え込んだその悩みの解消も踏まえて俺の試練を受けさせたって訳か』
「そういうこと」
『ちゃっかりしてるな。 でも、それがここに来た本当の理由じゃないだろ?』
「話が早くて助かる。 アイツの居場所が判明した」
『なに、本当か!? 』
「うん。 ファロアが裏をとってくれたからほぼ確定だと思う」
『で、場所はどこなんだ?』
「トリスイル」
『……確かにあいつならお前が嫌うところに拠点を構えてもおかしくないな。 それにしたって、悪趣味がすぎるぜ』
「同感だよ。 ぼくの予想だと遅くても半年以内にアイツは動く可能性が高い。 根拠は無いけど、なんとなくそう思うんだ」
『お前の勘は当たるからな。 それで、ハルキには話してあるのか? 俺やお前のこと』
「ううん。 まだ」
『おいおい。 結構、重要な事だろ。 早めに伝えて、さっさとあいつに会せたほうがいいと思うぜ』
「うん。 でも、ハルキはまだ記憶の欠片を取り戻している最中なんだ。 ゼルちゃんに返してもらうにしても受け止めきれる状態じゃないと思う」
『なるほどな。 まあ、そこのところはお前に任せるよ。 今の俺にできる事なんてもうほとんどないからな』
「すまない、キョウ。 こんな千年以上もの時を跨いだ、ぼくの因縁に君を付き合わせてしまって」
『気にするなよ。 それにお前だけの因縁じゃない。 虹色の戦いに参加していた俺達全員の因縁だ。 背負いこみすぎるのはお前の悪い癖だぞ』
「そうだね。 少し話せて楽になった。 ありがとう。 そろそろぼく……いや、私は行くね!」
『ああ。 今度こそ終わらせような。 こんな事は』
「わかっているよ。 それじゃあ、またね!」

会話が終わりそうになる気配を感じたハルキは音をたてないよう、早足で入口付近まで戻り、ヒカリが来るのを待った。
なんでそうしたかはハルキにもよくわからない。
けど、何か聞いちゃいけないような事だと強く感じたのでそうしたとしか言えない。

「あれ? ハルキ、こんな所で何してるの?」

ハルキが入り口付近に戻ってからすぐにヒカリがこちらに向かって歩いてきているのが見えた。
ヒカリもハルキの存在に気づき、いつも通りの口調でハルキに話しかけてくる。

「え、いや、その……ヒカリが戻ってくるのが遅いから様子を見に行こうとしていたんだ」
「あー、ごめんごめん。 ちょっと気になる事があってさ、調べてたんだよー」
「そ、そう。 それで? 何かわかった?」
「ううん。 何もわからなかったよー。 私の思い過ごしだったみたい」
「そうだったんだ。 残念だったね。 とりあえず、急いで船に戻ろうか。 アイト達も外で待っているよ」
「うん!」

少し離れた場所にいるアイトとヒビキの元にヒカリが走っていくのをハルキは呆然と後ろから見つめる。
咄嗟に嘘をついてしまったがあれで良かったのだろうか。

「おーい! ハルキー! 早くしないと船出ちまうぞ!」
「急いでくださーい!」
「今、行くよー!」

アイトとヒビキに呼ばれてハルキも慌ててみんなの元に駆け出した。

その後、少し急ぎ足で船着き場に戻ったハルキ達は船が出港する前になんとか乗船する事ができた。
シュテルン島の本島に戻る船の上では、スッキリとした表情でみんなと楽しく話すヒビキとは対称的にハルキはあまり会話に参加せず表情も少し曇っていた。
いやー、ずいぶんと期間が空いてしまいましたね(^_^;)

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