HR22:「その呼び方、おかしいですよ!」の巻

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ここからだいぶ野球要素が濃くなります、しばらく。
 なんとかチコっちのこと、説得出来て良かったな。野球部の先輩も優しい人たちがたくさんいるし、新しい友だちも増えた。嬉しいことがこのまま続けば良いのにな。



 「カゲっちくん!?無理よ!だって野球をするの初めてなんでしょ!?」
 「ラプ先輩の言う通りよ!私たちに野球で勝負で勝ち目なんかあるわけないじゃない!」
 「カゲっちくん………」


 僕の決断にラプ先輩とチコっちが止めようと説得を続ける。彼女たちにも自分が感情的になってることは十分伝わっている。この二匹と違ってピカっちはどうしたら良いのかわからず、その場でただオロオロするばかり。そして遠くからやり取りを眺めていたこのポケモンも。


 (あいつ…………大丈夫な訳ねぇだろ!ルールすらわかってないくせに!何考えてるんだ!!)


 ルーナである。本当なら彼だって飛び出してでも、僕のことを止めようと考えていただろう。彼を始め、先輩たちはみんなヒート先輩と僕の争いをよくは思ってなかったに違いない。



 (うるさいな!そんなこと言われなくても、僕だってわかってるよ!)


 僕は内心このように感じていた。確かに二匹の言ってることは真っ当だ。先輩たちの雰囲気もよろしくないことだって感じるし、僕だって本当は不安でたまらないし、無謀も良いところだ。でも僕たちがどの部活に入部するかなんて自由なはずだ。なんで周りに言われて、せっかく魅力的に感じた部活から退かないといけないんだ、という憤りしか今はない。こんなに温かく迎え入れてくれた先輩たちの気持ちだってお腹一杯なほど伝わってくる。それなのに野球部のメンバーでかつ生徒会長がこんな発言をするから、なおさら憤りは激しいものになってきた。ほのおタイプゆえの熱さがそれを加速させていた。


 「ほう、威勢だけは良いんだな?褒めてやるよ。だけど、それもどこまで続くかな?」
 「なんだとー!!?」
 「カゲっちくん!?」
 「ちょっと落ち着きなさいよ!このバカ!」


 ヒート先輩が卑下して挑発してくる。その薄ら笑いに僕の憤りは頂点に達した。思わず自分よりずっと体の大きなヒート先輩に突撃しようとした程である。その様子にピカっちはもう今にも泣き出しそうになっていたし、チコっちはこれ以上何かあってはまずいと、慌てて“つるのムチ”を使って必死に僕を“しめつけよう”としていた。


 だが、こうなってしまってはもうどうにもならない。


 「絶対に野球の勝負にお前に勝ってみせる!!」
 「フン、幼なじみのためってか?くだらない。仲間や友達なんか足手まといなんだよ!俺からしたら!」
 「なんだと!?だったらあの挨拶も全てウソを言ってたってことなのかーーー!?」


 だんだん口調が荒くなっていく僕。ピカっちやチコっちに怖い思いをさせたことも含めて、ここまで人を馬鹿にする彼のことを許すことなんか絶対に出来なかった。


 「それじゃあ決まりだな。俺に歯向かったことを後悔させてやる」
 「望むところだ!!」


 こうして僕とヒート先輩による野球の勝負が始まろうとした。………と、その時だ。後ろからマーポとリオの二人が肩を叩いてきたのは。


 「待て。カゲっちって言ったな。オレもこの勝負の仲間に入れさせろ」
 「え!?でもアイツは僕を名指ししてきたんだぞ!?」
 「構うもんかよ。このままじゃオレだって野球部に入部できないかも知れない大事な勝負なんだろ?初心者のお前に任せられるか!!」



 マーポの言葉に動揺する僕。「お前に任せられるか」って発言には正直ムッときたけれど、確かに野球経験者である彼が援護してくれたら、これ以上ない助っ人になるになるだろう。むしろそうしてくれた方が僕的にも助かる。でもヒート先輩がそれを許してくれるはずがない。僕はどうしようかと迷ってしまった。そこに更にややこしいことに、リオまで笑顔で「マーポが行くなら僕も仲間にい~れて!」とせがんできてことで、僕はますます判断に迷ってしまった。そこへまたヒート先輩の心ない言葉が突き刺さる。


 「…………フン。好きにしろ。どうせお前だって手助けがないと勝てないだろ?」
 「ヒート!!」
 「………んだと………このやろう!!」
 「おやおや、弱いヤツほどすぐカッカッするなぁ?」
 「うるさいうるさいうるさい!!黙れーーー!!」
 「待て!落ち着けっててば!!」
 「そうだよカゲっちくん!!やめて!ねぇ!!お願いだから喧嘩しないでー!!どうしてわかってくれないのー!!」


 このままじゃ本当に大喧嘩になってしまう。そのように感じた周りのメンバーがごちゃ混ぜになりながら、落ち着きを取り戻すまでのしばらくの間僕とヒート先輩を必死におさえていた。


 

 





 「…………じゃあルールを説明しますね。これからヒートにはリオくん、マーポくん、カゲっちくんの三匹に向かってそれぞれ10球ずつ…………全部で30球投げて貰います。それを3匹みんなが協力して15球以上“フェアゾーン”内に打ち返したら三匹の勝ちになります。際どいところの判定はラッシーとラージに行って貰います。良いですね?」
 「フン!何度も同じこと言わせるんじゃねぇ。好きにしろ」
 「こっちだって望むところだ!!」


 シャズ先輩から説明があった。本来的にはこの勝負は“20球勝負”と言って野球部のメンバーの練習を兼ねたゲームみたいなものらしいが、今回は僕とリオ、マーポと三匹が打席の中に入るということで“30球勝負”になっていた。
 とりあえず僕たちはみんな野球部から特別に借りた帽子とヘルメットを被り、一塁側ベンチ前で準備万端である。一方のヒート先輩もマウンドの上に立って、めんどくさそうにロジンバックをポンポンする。その度に彼の被る野球帽に刻まれた背番号“1”という数字がチラチラと僕の目に入った。


 ……………と、ここでリオが手を挙げて「異議あり!」と突然声を上げた。当然周りはなんだと言わんばかりにざわつきを見せながら彼の方に視線を注ぐ。ただ一人、マーポだけが「あちゃ~」と嘆いていた。僕は頭に「?」を浮かばしていたがその理由がすぐに明らかになった。


 「シャズ先輩!!その呼び方おかしいですよ!僕はリオくんじゃなくて、リオちゃんって呼んでください!こう見えても僕…………♀なんですから!」
 「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」
 『ええええええええええ!?』


 衝撃の事実にグラウンドにいたマーポ以外のメンバー全員が絶叫した。なんと彼は…………じゃない、彼女は……………リオは♀だったのだ。確かに言われてみれば“ときのさくらみち”での初対面のとき、性別を言っていなかった気がしたけど……………とはいえ、誰も気づいてなかったってことになるのか…………。


 唖然とする僕たちを他所に、続いてリオの怒りがマーポにも飛び火した。


 「マーポもマーポだよ!!なんでちゃんとみんなに教えてくれないの!?僕たち仲良しコンビじゃない!!」
 「うるせぇ!!いちいち仲良しコンビなんて言ってんじゃねぇよ!!恥ずかしいじゃねぇか!!」
 「そんなこと知らないよ!!いつも僕の性別が勘違いされちゃうの、マーポのせいだからね!」
 「むちゃくちゃじゃねぇか!」


 しばらくの間、リオとマーポの言い合いは続いた。



 「…………ねぇ?“フェアゾーン”の内側ってことは、バッターボックスからずっと両開きになるように引かれてる…………あの一番外側の白線内にボールを弾き返せば良いって事だよね?」
 「本当に野球初心者なんだな、お前。そんなんでよくまぁ、ヒート先輩に立ち向かおうとしたな?まぁ、そういうことだけどな」
 「良いじゃん、別に~。野球に興味持ってくれるだけ僕は嬉しいよ!友だちが増えたって実感出来るしさ~!」


 口論が落ち着いたあと、“30球勝負”に向けての準備が再び始まる。そんななか、不安そうに尋ねた僕の無知っぷりに、思わずマーポは額に手をやった。相当呆れてるのだろう。一方のリオはというと、物凄くテンションが高い。彼女の場合は本当に野球そのものが楽しくて仕方ないと言う感じだ。


 「大丈夫かな、カゲっちくん………」
 「わからないわよ、そんなこと。でもこうなったら応援するしかないじゃない。それにリオやマーポもついてるから、なんとかなるわよ」
 「そうだといいんだけど………」


 心配そうに見つめるピカっちのことをチコっちがなだめる。彼女たちのことは、僕の方から不参加をお願いしていた。これ以上嫌な思いをさせたくないのと、万が一に備えてだった。最初特にピカっちが理解してくれるのに時間がかかったけど、やがて僕の気持ちを汲み取ってくれたのか、二匹とも頷いて下がってくれた。


 そんな彼女たちが足を運んだ一塁側のベンチでは、所狭しと他のメンバーも座ってこの勝負の行方を見守っている。そこに説明を終えたシャズ先輩がひと息つきながら戻ってくる。そしてベンチに置いといたノートを開き、そこにボールペンで何かを書き込んでいた。


 「30球中15球か。フン、楽勝だな」
 「ちょっとヒート。少しは手加減するのよ!相手は新入生なんだから」
 「知るか。勝負事でなんでアイツらに花持たせなきゃならねぇんだよ?お前は黙って俺のボールをキャッチすることだけ考えてればいいんだよ。どうせ今日はストレートしか投げない予定なんだからな」
 「ヒート………」


 一方のマウンド上。ここではラプ先輩とヒート先輩が話し合いをしていた。


 “キャッチャーマスク”という頭を守る道具、“プロテクター”という体を守る道具、“キャッチャーレガース”という両足を守る道具と、それぞれボールから身を守る道具を装着した結果、まるでロボットのような姿になった彼女も、これ以上ヒート先輩と話を続けるのは難しいと考えたのだろう。先ほどのやり取りを最後にしばらく会話は無くなった。勝負に備えてとぼとぼとキャッチャーボックスに戻る姿がどこか寂しさを感じさせた。


 「それじゃあ“30球勝負”、準備が出来たら始めるよ。主審(バッターボックスの後ろに構える審判)はボク、チック!よろしくねー!!」


 「よろしくお願いします!」と大きく一礼してから左打席に青いバットを持ったリオが入る。その後チック先輩が右腕を大きく突き上げコールを行った。「プレイボール!!」と……………。


 まずは注目の第1球目。先ほどまでの“ようき”な姿から一転、リオが緊張気味の表情へと変わる。彼女はフゥーと大きく息を吐いて、バットを一度ヒート先輩の方に向けてから構えた。


 「リオとかって言ったな。♀ってことには驚かされたが、なるほど…………かくとうタイプらしく、いかにも先陣切って動きそうなヤツだな。一応経験者なんだろ?どれくらいの腕前か見せてもらおう!」


 マウンド上でロジンバッグを握り、そのあとに白い野球ボールをポンポンとお手玉のように操りながらヒート先輩が話す。そして、


 「行くぞ!打てるなら打ってみろ!!」


 大きく振りかぶってヒート先輩がリオに向かって投げた!!


  ………………パスン!!
 (!?は…………速い!!!)
 「ストライーーク!!」


 リオにとって、今まで見たことの無いスピードだったのだろう。彼女は全くバットを出すことが出来なかった。気がついたときにはボールはラプ先輩の青いミットに収まっていた。同じく経験者のマーポも「はえぇぇ…………」と驚くばかり。


 (え?あんなの打てっこない………)


 僕も同じだった。とんでもないヤツを相手にしてしまったなと後悔していた。更にここで新たな疑問を覚えた。


 「ねぇ、マーポ。ストライクとボールってどうやって決めるの?」
 「はぁ!?今更かよ!!大丈夫か、お前!!」
 「なんだよ!そんな大声出さなくても良いじゃないか!本当にわからないんだから仕方ないだろう!!」


 僕の質問にまたしても呆れた様子を見せるマーポ。やれやれと言わんばかりに頭を掻きながら、このように尋ねてきた。


 「そもそもまずお前、“ストライク”と“ボール”、“アウト”のことちゃんと理解してるのか?」
 「…………え?そ………それは………」
 「わかってなさそうだな…………」


 またしてもマーポは大きなため息をついた。


 「まずは“ストライク”は“ストライクゾーン”に入ったり、あるいはバッターがボールを空振りしたら判定されるんだ。3回判定されたらバッターアウト………つまり三振扱いになって、そのバッターの出番は終わりってことになる。ちなみにバットがボールに当たってバッターボックスの後ろ側や、白線の外側に落ちたのは“ファール”になるわけだけど、その“ファール”も2ストライクまでは、ストライクとしてカウントされるから気を付けろよ。ここまではいいか?」
 「“ストライクゾーン”?」
 「…………わかるわけ無いよな。後で説明してあげるよ」
 「ごめん………」


 彼の気分は決して良いものじゃないだろう。この勝負に負けてしまったら彼やリオは、好きな野球を失ってしまうのだから。それも言い出しっぺは、今日初めて会ったばかりの初心者。決して自ら望んだ訳じゃないんだから、なおさら気分が悪くなっても仕方ない。自分の行動は軽率だったなと後悔してしまう。よく考えてから行動すべきだったと思う。そういう反省から僕は思わず謝罪の言葉を口にした。


 …………だが、マーポは違った。右手でポンと僕の頭を叩きながら、このように言ったのだ。


 「何湿気た顔してんだよ、お前。なってしまったものはしょうがねぇだろ?大事なのはその先だ。謝るくらいなら、オレの好きな野球のこと、みっちり勉強してもらうからな!」
 「マーポ…………うん、ありがとう!僕、頑張ってみるよ」
 「当たり前だ!今日からお前はオレの“仲間”なんだからな!!」
 「“仲間”……………」


 彼の言葉に僕は不思議と元気が出てきた。スーッと重いものが抜けていく感覚。温かく感じた。久しぶりに感じる懐かしい感覚である。そしてしばらく考えてから、僕はこの感覚の正体を突き止めることになる。


 (……………そっか、“仲間”だ。これが“仲間がいる”って感覚なんだ。すっかり忘れていたな…………)


 しばらく余韻に浸る僕を見たマーポの「ぼっとするな!」という声が響いた。ハッとした僕は慌てて何度か「ハハハ………ごめん!ごめん!」と謝った。彼は呆れたようにため息をつく。







 「………ったく、大丈夫かよ。次にボールってカウントの説明をするぞ?まぁ、ざっくり言ってしまえばストライク以外のカウントだよな。投球が“ストライクゾーン”から外れたら、ボールって判定される。それが4つカウントされたら“フォアボール(四球)”となって、そのバッターは一塁へと向かうことができるってわけ。もちろんアウトになってないから、攻撃チームのアウトカウントも増えない。ここまではいいか?」
 「なんとか。大丈夫だよ」


 彼の説明を僕は一生懸命理解しようと頑張ってみる。もっとも、僕のウンウンと大きく頷く姿がわざとらしく見えたのだろう。彼は「本当か?」と言わんばかりに眉間にシワを寄せて疑っているように見えたけど。


 「まぁいいや…………。このストライクやボールの判定で“ハーフスイング”ってものが出てくる」
 「“ハーフスイング”?」
 「ああ。これは打者が相手投手の投げたボールに思わず釣られて、中途半端にスイングすることを意味するんだけど。これに関してはルールブックにも明確な判断基準が無くて、審判の判断に任されてる。もちろん、これを取られるとストライクの判定になるから気を付けろよな」
 「わかったよ………」


 想像以上の複雑さに頭が痛くなってきた僕。果たしてこんなにたくさん覚えることなんて出来るんだろうか。なんて考えてる間にもマーポの説明は続く。


 「次に“ストライクゾーン”のことを説明するぞ。これは簡単に言っちゃえば、バッターが自然体でスイング…………つまりバットを振ることができる範囲のことだ。ざっくり言うと『本塁ベース上』で、『打者の膝頭の下を通る地面と水平の線』と『打者の肩と足の上端の中間部分を通る地面と水平の線』で挟まれた空間ってことになるけどな」
 「うわ…………急に難しく感じる」


 僕はとうとう頭が限界になってしまう。そこにマーポが引き続きアドバイスをしてくれた。


 「確かに言葉だとイメージつきにくいよな。色々細かい数字もたくさん出てくるし。だからオレは面倒だから“自分が無理なくバットを振れる範囲”なら全部ストライクって考えてるよ。ただ、高めは自分の胸の高さあたり、あるいは脇の高さあたりってことを意識してな。基本的にホームベースらへんのボールはストライクの可能性が高いし、その上で“これは打ちにくい”って思ったら、スイングしなきゃ良いだけだしな。まぁ、それが難しいけれどな」
 「ふぇ~…………」


 彼の話を聞くほど、野球の難しさを感じてしまう僕。まさかそこまでしっかりと考えなきゃいけないなんて思ってもいなかっただけに、これは苦しいことになりそうだ。


 「それからこの“ストライクゾーン”てのは、だいたい高さとか打者に近いか遠いかで考えることが多いんだ。実際には審判によって多少ズレがあるけど、正方形の枠を9つに区切ってあるってイメージしてくれよな」
 「うーん…………なんか本当に複雑なんだね」


 僕はもう理解できる自信が無かった。でもこれから野球部に入ってみんなと一緒に練習することをイメージしたら、そうも言ってられない。


 「まぁな。言葉だけじゃなかなかイメージ出来ない部分もあるだろう。しょうがない。いいか………こんな感じだ」
 「?」


 彼はおもむろにしゃがみこむと、グラウンドへホームベースとバッターボックス、そして正方形を書き込んでいく。続けてその正方形が均等に9つに小分けになるように直線を縦と横に入れていく。最後に僕は「カゲっちは右利きになるのか?」と質問されたため、ウンと頷いた。すると彼は、バッターボックスの左側に縦長の細い楕円を書き込んだ。


 「…………これは?」
 「ストライクゾーンだ。本来はピッチャー目線側で説明するのがいいんだけど、ごっちゃになったら大変だから、今回はキャッチャー目線側…………つまり打席にお前が立った時の目線側と同じイメージだな」
 「この楕円は?」
 「これはお前。右利きなんだろ?だから右バッターボックスに立たせた。キャッチャー目線のイラストだからピッチャー目線とは鏡の状態。だから左側に楕円を描いたわけだけど」


 マーポの説明になるほどと感じる僕。そう言えばラプ先輩がグラウンドを案内してくれたときに、打者の右打席とか左打席とかは投手目線って言っていたな。


 「…………で、この正方形がストライクゾーンだ。9つに区切ったときに、このバッターに一番近いゾーンを内角とかインコース、打者から一番遠い………反対側の打席に近いゾーンを外角とかアウトコースって言ったりする。ピッチャーとキャッチャーのコンビ…………すなわちバッテリーって呼ばれる連中は、それを上手く使い分けて打者を攻めてくるんだ」
 「うわ、ますます複雑に感じる」


 あまりの情報の多さに、僕はちゃんと理解できたかどうか不安になってきた。


 「だろうな。でもまぁ、お前も実際にあの場所に立てばわかるけど、実際には頭の中でごちゃごちゃ考える時間なんかねぇ。試合になったらある程度“割り切り”は必要になってくる。そういうことも、今から知っとくと良いかもな?だけど、悪いことばかりじゃない」
 「え?」


 僕は思わずキョトンとしてしまう。すると彼は不敵な笑みを浮かべて、このように説明をする。



 「このストライクゾーンは投手から見た時に高低が狭まる可能性があるんだ、打者の身長によって。だから背の小さいオレやカゲっち、リオには投げにくいハズだぜ、アイツも」
 「なるほど、それじゃあこの勝負に勝てるかも知れないって事なんだね?」
 「ああ」


 僕の質問にマーポは大きく頷いた。「この勝負に勝てるかも知れない…………」。その言葉を聞いて僕も気持ちがラクになり、そしてほのおタイプならではの戦う気持ちが熱く燃えていくのを感じた。その感情を反映するしっぽの炎の火力も段々と大きくなっていく。僕は彼に聴こえぬくらい小さな声で一人言のように呟いた。


 「それならがんばらなくちゃ………」








 (ふぇ~…………ヤバイ。こんな速いまっすぐ、見たことないよ。どうしたら良いのかな~)


 リオは動揺していた。心臓がバクバク強く鼓動してるのがわかる。一旦ツバを引っ張りヘルメットを深く被る。浅くお辞儀をするような格好で足元を見ながら、ぐちゃぐちゃな頭の中を整理しようと試みた。


 ちなみに彼女の発した“まっすぐ”はストレートを意味する言葉。野球選手には当たり前になってる呼称なのだと言う。


 「どうした?まさかあの1球で怖じ気ついたとでも言うのか?全くだらしないな。そんなんで野球部に入りたいなんて甘いな、カッカッカ!!」
 (な、何だって…………!!)


 マウンド上でロジンバッグをポンポンさせながら嘲笑するヒート先輩に、怒りを覚えたリオ。さすがに元々“ようき”な性格のためすぐに爆発ってことはなかったが、こうなると彼女も冷静さを欠いてしまう。これは好戦的なかくとうタイプってことも影響してると思われる。足元のバランスを保つためなのか、それとも苛立ちからなのか、とにかく彼女は左バッターボックスの中で土を何度も踏んで足場をならした。そうしてから青いバットをヒート先輩の方に向けて一言叫んだ。「さぁ、来い!!」と…………!


 「まだ続けるつもりか…………良いだろう。だが、容赦はしねぇ!」


 ヒート先輩が再び大きく振りかぶって…………第2球目を投げた!!


 ……………パスン!!!
 「!!?」
 「ニヤリ」
 「ストライーーク!!」


 ボールがラプ先輩のミットに吸い込まれた瞬間、思わずリオは後ろを振り向いた。直後に主審を務めるチック先輩のコールが響く。


 (くっ…………やっぱり速い。しかも外角低めのストレート………一番手を出しにくいコースじゃないか)


 リオはもう一度深いため息をついて気持ちを落ち着かせる。想像以上に自分の体の反応が固いことから、彼女はヒート先輩の速球に圧倒されてる印象を受けていた。しかし、だからと言ってめげてる暇は無い。


 (なんとかして1球でも多くボールを打ち返さないと!!)


 リオは再び意識を集中させた。迷いを振り払おうとブンブン首を何度も横に振る。自分が頑張らないと後に控えてるマーポ、そして初心者である僕への負担が増えることを意味する。そうはさせるわけにいかないと、彼女はしっかりと覚悟を決めてもう一度バットを構え…………そして叫んだのである!!


 「来い!!次は打ち返してみせるよ!!」
 「フンッ!出来るならやってみろ?」


 マウンド上のヒート先輩の表情が更にキツいものに変化する。より大きく振りかぶってボールを投げた!これがリオへの3球目になる!!


 (きた!!…………おや?甘いぞ!これなら…………打てる!!)


 今度こそは…………とリオは覚悟を決めてバットを思い切り振った!


   カァァーーーーーン!!
 「よし!!!」
 「ちっ!!うぜぇ!!」


 リオは思わずガッツポーズを決めた。青いバットに当たり弾き返されたボールは、鋭くヒート先輩の左側、つまり三塁ベース方向へと飛んでいく。ヒート先輩が振り返った時には外野の芝生の上を転々と転んでいた。


 「ツーベースヒット(二塁打)!!」
 

 キリッとした表情をしたチック先輩のコールが響く。


 「凄い!!全然僕にはボールが見えなかったけれど………!!」
 「ああ、そうだな。でもまぁ、多分ヒート先輩もボールが滑ったのかもな。1球目や2球目より多少スピードが落ちたし、ちょうどリオがスイングしやすいど真ん中に来たっぽいな。でもその失投を見逃さなかったのはさすがだな」
 「なるほど…………」


 僕はマーポの話を聴きながら、たった1球でここまで深い意味があるのかと感じた。とはいえこれであと14球、ヒットにすれば僕たちの勝利になるが……………。


 「なんだか野球部のグラウンドが盛り上がってると聞いてこっちに来たが……………こんなことしていたのか」
 『監督…………!』


 その場にいたメンバー全員の視線が一斉に集まる。そこにいたのはスロープを降りてきたキュウコン監督である。シャズ先輩がベンチを出て彼のもとへ行く。


 「監督、ごめんなさい。実はヒートさんと新入生でちょっとした揉め事があって…………」


 シャズ先輩が事情を説明する。その様子を面白くなさそうに眺めている。ウンウンと何度かキュウコン監督は頷きながら話を聞く。全ての話を聞いたあと、このように答えた。


 「事情は理解した。確かにヒートの行動はよろしくはない。ただ、せっかく始めた勝負事だ。どうせなら最後までやってみようじゃないか?」
 『そんな!!』
 「ニヤリ」


 その言葉に僕たち新入生は動揺を隠せずにいた。慌ててシャズ先輩が「ちょっと待ってください、監督!それじゃあ新入生たちが可哀想ですよ!」と声をかけるが、そのあと対応が変わることはなかった。





 ……………果たしてこの勝負の行方はいかに!


 


 

 




 





 




 







 









 
 
 

 


 


 


 


  





 




 

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