HR21:「また新しい友だち」の巻

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1年3カ月ぶりの更新になりました。大変申し訳ございません。
  パシッ!!パシッ!!
 「………なぁラージ。なんだか今年は楽しそうなメンバーになりそうだと思わないか?」
 「そうだな、ラッシー」


 このような会話をしながらキャッチボールをしているのは、背番号“6”のラージキャプテン、背番号“9”のラッシー先輩のペアだった。さすがに新入生の僕たち4匹とは違い、落ち着いた様子で無難にこなしている。グローブに白いボールが収まる時の心地よい音が辺りに繰り返し響く。


 「久しぶりににぎやかな野球部になるんじゃないのかな!それっ!」
 「おや?キャプテン、なんか気合い入ってるじゃねぇか………?」
 「まぁな!」


 会話とボールが往来する度、二人の表情が引き締まったものとなっていく。ラージキャプテンの青いグローブにボールが収まったとき、その順調な流れが途切れた。始めはラッシー先輩も、そのうち彼からボールは返ってくるものだろうと考え、特に変に思うことはなかった。ところがその思惑が外れて焦れったくなってきたのか、次第に左手にはめてる赤いグローブを広げ、その隙間を握り拳を作った右手でバシバシ強く突いてこう言った。


 「どうした!?早くボール投げろよ。ボーッとするんじゃねぇよ」
 「…………なぁ、ラッシー」
 「ほへ?ななんだよ?」


 自らの促しで、ようやくキャッチボールの続きが出来ると考えていたラッシー先輩だったが、ラージキャプテンの神妙な様子に拍子抜けしてしまい危うくコケそうになった。


 そんな彼をよそに、ラージキャプテンがこのように言った。


 「大丈夫かな?今年の新入部員。まだ正式に決まっていないけど、アイツら途中で退部したりしないか心配で」
 「なんだよ、そんなことか。ったく………んなもん知らねぇよ。所詮人の気持ちだ。あっち行ったり、こっち来たりするのは当然だろ」
 「ラッシー!!お前はそんなんで良いのか!?」
 「まぁまぁ、そんなに熱くなるなよ。落ち着け」


 先ほどまでの落ち着いた様子はどこへやら。段々と熱くなってきたのか、お互いに声を荒げ始めている。しかし、この前のお話を読んで頂ければわかるのでここでは省略するが、グラウンドにいる他のメンバーも熱くなっていたので、恐らくこの騒ぎを気にする者は誰もいなかっただろう。


 そんな中、ラージキャプテンは話を続けた。


 「オレは心配なんだよ。去年もこの野球部に新入部員は来た。それも経験者ばかりの。それがキュウコン監督のハードな練習量にリタイアしてきて、今じゃ当時の新入部員で残ったのはルーナしかいない。そんなハードな練習量を未経験者を含む彼らが耐えられるかどうか………」
 「そのときはしゃーねーだろ」
 「え?」


 この他人事のような呆気ない一言に彼は驚いた。その理由を伝えるため、今度はラッシー先輩が話し始める。


 「さっきと同じこと繰り返すけど、後輩だろうと同期だろうと、所詮は自分の気持ちじゃねぇんだ。この野球部を続けるかどうかはアイツら次第だろ?オレらは自分たちがフォロー出来ることをひとつずつやって、後はアイツらを見守ってやれば良いんじゃね?」
 「わっ!!」


 ラッシー先輩はそこまで伝えると、ポンとラージキャプテンの野球帽を上から腕でつつく。見た目と違って“うっかりや”な彼だったが、根はそんなキャラと全然違う事を知ってるがゆえに、彼にちょっかいを出したのだ。帽子がズレ落ちて視界が真っ暗になった事に少々彼は驚いてしまう。急いでそれを被り直すと、「早くキャッチボール続けようぜ。時間が無くなっちまうぞ?」というラッシー先輩の促しに首を数回縦に振る。そうして左手にはめた青いグローブから白いボールを取り出して、ラッシー先輩へと投げた。


 (………まぁ、ラッシーの言う通りだよな。変に考えたってどうにもならねぇ。なるようになるしかないな………)


 不安が完全に消えた訳では無いが、彼は少しだけ気持ちが晴れたような感じがした。


 ……………一方その頃、こちらの先輩同士のペアのキャッチボールも始まろうとしていた。


 「もうっ、チックさん!何で私があなたとキャッチボールの練習しないといけないんですか!いつになったらヒートさんは戻ってくるんですか?さっきマーポくんとジュジュさんがバトルしてるのを止めてたんですよね?」
 「そうだよ♪だけどわからないよ、ボクだって。そのうち戻ってくるんじゃないのかな~?」
 「いや、そんなんで良いんですか!………もう!」


 笑顔満開で足取り軽いチック先輩と、一応野球経験者ではあるものの、本来ならマネージャーとしてチームを支えるシャズ先輩のペアである。やり取りを聞く限り、完璧にシャズ先輩がチック先輩に振り回されてる感が凄い。


 「そんなことよりキャッチボールしようよ~♪もう待ちくたびれてるんだよ~♪いっくよー!」
 「あっ!あっ!ちょっと待ってくださいよー!私だって久しぶりにグローブ握るんですよ!?ほほほ………本気で投げたりしないでくださいね!」
 「アハハ~♪大丈夫、大丈夫!だってボクは天才な野球選手だからー!」
 「ちょっと待って……………キャッ!!」


 シャズ先輩が落ち着く前に、チック選手からボールが投げられた。当然ながら久しぶりにキャッチボールをする彼女はこれにビックリすることになる。小さい悲鳴をあげて小さく体を捻り、とっさに青いグローブを自分の顔の前付近に移動させて防御姿勢を取る。


   ストン!!
 「え、え?」


 シャズ先輩は再度驚いた。かなり勢いよくボールが飛んできた気がしたのだが、自分の目の前でピタリと止まって足元でポンポンと弾んだのだから。


 「だから言ったじゃ~ん♪ボクは天才な野球選手だって♪シャズが言ってくれれば、そっちにボールを投げた後でも“サイコキネシス”でコントロール出来るからさ!」
 「そ、………そうなんですか?でも、それじゃチックさんの練習にならないんじゃ?」
 「そんなことないよ♪野球が出来るならそれはみーんな練習!細かいことは気にしないで!」
 「ちょっと!?そんなんで良いんですか?」
 「大丈夫。ボク、野球が大好きだから♪」
 「は、はぁ…………」


 シャズ先輩はもはやチック先輩のテンションの高さについていくだけで一苦労な様子だった。


 (早くヒートさん、戻って来ないかなぁ………)


 チック先輩の「早く早くー!」に促されるまま、慣れない手つきでボールをひとまず戻すシャズ先輩。その表情はどこか冴えないままだった。






 「チコっち~!!チコっち~!!」
 「どこにいるの~!?返事して~!」


 僕とピカっちはチコっちのことを探していた。気付いたら野球部専用のグラウンドを飛び出し、息を切らしながら「ときのさくらみち」を駆け上がっている。


 (全く。本当にチコっちは面倒な一面があるよなぁ…………)


 心の中で僕は思わずボヤいた。そのときルーナ先輩とのキャッチボールから戻ろうとしていたので、僕自身何があったのかは詳しくは知らない。しかし慌てた様子のピカっち、それからランラン先輩やジュジュ先輩から事情を聞いたときに「またか…………」と一言呟いたのは事実。そこからは僕とピカっちがチコっちのことを探してる現状だ。


 (別にチコっちだけが先輩たちと話すの初めてじゃないんだぞ?いい加減にしてくれよ。人付き合いでトラブル起こすのは!)



 彼女の場合、昔から妙に人付き合いには神経質なところがあった。あの普段のおてんばっぷりからは想像出来ないほど、物凄く。絶対にみんなを不快にしちゃいけないと思ってるのか、今回のようにちょっとでもすれ違いがあれば、一人その場から離れようとして困らせることが度々あった。何も今回が初めてだとか特別起きた出来事では無いのだ。


 (本当にどこ行っちゃったんだよ。このままじゃ体験入部の時間が無くなるじゃないか………)


 あまり友だちのことを責めるのは好きじゃないけど、チコっちのせいで体験入部も台無し状態。僕の気持ちもすっかり萎えてしまっていた。これからどんな体験が出来るのか、せっかく楽しみだったのに…………。


 それだけじゃない。このまま彼女が僕らと違う行動をするってことは、ピカっちの願いである「みんなで一緒に同じ部活に入部する」ことも叶わなくなってしまう。それだけは避けたい。なぜか。その理由はチコっちも分かってるはず。


 (約束したでしょ?ピカっちに二度とあんな想いをさせないって………。ピカっちの笑顔を無くさないって、二人で守るんだって決めたじゃないか!)


 そうこうしてるうち、いつの間にか坂道を上りきったようだ。ピカっちと二人で辺りをキョロキョロしてみたが、チコっちの姿は無い。僕らの予想以上に遠くに行ってしまってるのか、あるいは……………


 「まさか。一人で帰っちゃった訳じゃないよね………チコっちちゃん」


 ピカっちが悲しそうな表情でポツリと呟いた。確かに“ときのさくらみち”を上りきったこの場所はグラウンドの出入り口。この道を道なりに進めば、すぐに校舎西側玄関となり校舎内へと入る。正面玄関は東側に位置してるので一度廊下を使って向かわないといけないが、それでも時間は必要ないだろう。


 (それはないと信じたいけど、何せ手掛かりが無いからなぁ。だからと言って学校の中、隅々まで探してたら、体験入部の時間も無くなっちゃうし、野球部の先輩まで待たせちゃう)


 せめてチコっちの種族、チコリータが頭の葉っぱから出すと言われてるほのかな甘い香りがすれば、探すのも楽だったろう。しかし桜がちょうどキレイに咲くこの時期だと、色んな花の香りがすることもあって、かぎ分けるのは難しかった。


 ピカっちの種族、ピカチュウのしっぽもレーザーの役目をしているが、それはある程度バトルの経験を積んで感覚と研ぎ澄ました状態で初めて利用できるものだったため、普段バトルで遊ぶという習慣が皆無な彼女には難しいことだった。


 (どうしたらいいんだ………)


 僕はため息をついてしまった。ランラン先輩と交代したとき、「練習は君たちが戻るまで待っているよ。だから心配しないで大丈夫だよ」と伝えられてはいるが、果たしてグラウンドに戻るのはいつになるのか………。


 (なんか不安になってきたなぁ。こんなんで野球、ちゃんと出来るのかなぁ?)


 一応この小説のテーマは「野球」だが、今回含めて21話分、僕はほとんど野球ボールを握ってないような気がする。そればかりか主人公なのに、シーンによっては1話分丸々出番がなかったりと散々である。


 ふと空を見上げてしまう。きっともう他の小説の世界のヒトカゲなら、それぞれのテーマに沿って活躍してるんだろうなぁ………良いなぁなんて考えれば考えるほど、ため息は止まらなかったし、気分がどんどん萎えていくばかり。……………と、そのときだった。


 「君たち、どうしたの?そんなにしょんぼりしたりして」
 「…………あなたは誰?」
 「?」


 校舎側の方から現れたのは“はもんポケモン”と呼ばれる種族、リオルである。二足歩行ではあるものの、子犬をイメージさせるような可愛らしい雰囲気を感じさせる反面、青緑色と黒の二色が基調の体、そして赤い瞳が特徴的で、クールな雰囲気も同時に感じさせる…………そんな不思議な種族だった。


 「僕?僕は見ての通り、リオルだよ?名前は“リオ”。1年生なんだ。野球部に入ろうかなって探してるんだけど、君たち知ってる?」
 「野球部?この坂道を下ったところにあるよ♪」


 ピカっちがニッコリと笑って、彼の質問に答えている。その間、僕は変な違和感を感じていた。よくよく見ると、彼の左手には茶色いグローブがはめられていたのだが、ルーナやマーポのようにバットは持っていない。それにバッグを背負っていたり、肩にかけたりしてる様子も無い。まだ野球未経験者の僕でも、疑問を感じられずにいられなかった。


 「そっか。この先に………。ありがとう、君たち!じゃあね!」


 リオは僕らに一言お礼を言うと、颯爽とこの場から立ち去っていった。


 「こうしちゃいられない。チコっちちゃんを早く見つけなきゃ!行こう、カゲっちくん!」
 「うん、そうだね!」


 ピカっちから声をかけられ、僕はうなずいた。…………と、その時だ。


 「…………なんだ。あなたたち、私のこと探しに来てくれてたのね。声を聞いて、もしかしたらって思ったけど」
 「チコっちちゃん!」
 「どこにいたのさ!探したんだよ?」


 野球部のグラウンドに行くときはラプ先輩、今はリオ先輩と話していて気がつかなかったが、坂道から校舎へと通じる道の足元には花壇が設置されていた。どれも大切に育てられているおかげか、色とりどりで綺麗な花を咲かせている。で、チコっちはその花壇のそばに座る形でいたのである。


 「さっきはゴメンね、取り乱したりして。なんとなく私、あなたたちと野球部が出来る自信が持てなかったの。戻ろうにも先輩たちにも迷惑かけちゃったし、なんだか気まずくて………」
 「それでこの花壇のそばにいたってことなんだね?」


 ピカっちの問いかけにチコっちは頷く。思えば元々くさタイプで花屋さんの一人娘として育った彼女は、いつも元気を無くすとお花畑とか花壇のそばにいることが多かった気がするな。


 「大丈夫だよ、チコっちちゃん。私たち幼なじみだよ?もし一人で心配ならみんなで行けばいいんだよ」
 「ピカっちの言う通りだよ。それに先輩たちだって事情はわかってくれるさ。それよりみんなグラウンドで待っててくれてるし、早く戻ろう!」


 僕とピカっちはチコっちのことを励ます。すると「仕方ないわね………」と一言呟きながらもようやく彼女は立ち上がってくれた。だが、表情はまだ冴えない。やはり気が乗らないのだろうか。どこか嫌々そうな感じがするし、足取りは決して軽いものではなかった。


 それでも僕はなんとかチコっちと合流出来ただけ、まだマシだとは感じた。







 「あ、新入生たちが戻ってきたよ!!」
 「良かった!!みんな一緒みたい!」
 「本当ですね!!カゲっちさ~ん!ピカっちさ~ん!チコっちさ~ん!こっちですよ~!」
 『お~~い!!』
 『!!!』


 “ときのさくらみち”を下り、僕たち仲良し3匹組は再び野球部グラウンドに戻ってきた。そこで待っていたのは、野球部の先輩による温かな出迎え。予想外のことに嬉しい気持ちよりも先に驚きの気持ちが強くなった。


 「みなさん、もしかして私たちのこと…………ずっと待っててくれていたんですか?」


 ピカっちがマネージャーであるシャズ先輩に尋ねる。


 「もちろん、そうですよ♪だってあなたたちは私たちの“仲間”なんですから!」
 『え!?』


 その言葉に再び僕らは驚いてしまった。なんと、先輩たちは自分たちの練習時間を潰してまで僕たちのことを待っていてくれただけでなく、まだ入部するかわからない僕たちのことを既に仲間…………つまり野球部の一員として考えてくれてるのだ。もう、なんて返事をしたら良いのか………僕たちにはわからなかった。…………と、そこへ。


 「あれ?君たちはさっきのヒトカゲくんとピカチュウちゃん!チコリータちゃんは初めてだね!な~んだ、君たちも一緒に野球がしたいんだね!新入生はてっきり僕とマーポの仲良しコンビだけかと思ったよー!!」
 「うっせーな!!誰が仲良しだ!いちいちてめぇはお喋りなんだよ!!」


 僕らの前に登場したのは、リオとマーポだ。会話の様子から考えると、どうやらこの二匹はお互いに顔見知りのようである。 満面の笑顔でその場にくるりと一回転したリオの言葉を、背後のマーポが小さな手を激しくバタバタさせて訂正するが、全く意味がなかった。


 「今年は新入生が5匹も見学に来てくれるなんて………。俺、感激してジャンプしたい気分だぜ!!」
 『!!?』


 ラージキャプランのその言葉に凍りつく、僕たち三匹組。そしたらラプ先輩が「だーかーら止めなさい!!何度言えば分かるのよ!」と怒鳴り、彼に“のしかかった”のである。「ズシーン!!!」という轟音と一緒に砂ぼこりが起こる。無論、彼はKO状態となった訳だがラプ先輩の一撃に僕らは唖然とするばかりだった。


 「……………な、何はともあれこれから同じ新入生同士、仲良く頑張っていこうね!ほら、マーポも!」
 「ったく、しょうがないなぁ」


 笑顔なリオが僕たちに手を差し出す。マーポも嫌々ながら同じような仕草をとる。それに僕たち3匹はキョトンとする。それからお互いに顔を合わせる。笑顔に変わってうなずき、「こっちこそよろしくね!」と一言沿えて、彼らの手に一緒に手を差し出した。


 「さてと。新入生も戻ってきたし、練習再開とするわよ?」
 「そうだな、ラプ!打撃練習なんてどうだ!?やっぱりスカーン!って気持ちよくボール打つ方が楽しいだろ!?」
 「え~!?ボク、守備練習がしたいなー!!華麗なグラブ捌き出来たら嬉しいじゃん!!」
 「僕は走塁練習だね。打って守るだけが野球じゃないからね。体が小さいポケモンでもスピード自慢なら活躍できるんだって感じてほしいね」
 「じゃあ間をとって投球練習なんてどう?」


 ラプ先輩の言葉にラッシー先輩、チック先輩、ジュジュ先輩、ランラン先輩がそれぞれ意見を提示する。そこまでは良かったのだが、誰も意見を譲ろうとしないので、4匹ともだんだん熱くなっていく。


 「何言ってんだ、ジュジュは!そこはガツンと一発、打撃練習に決まってんだろ!!」
 「ラッシーこそ自分勝手過ぎない!?守備練習がいいよー!!」
 「僕は争いが嫌いだけど、譲らないね。ラッシーもチックも落ち着いたらどうなんだい?」
 「ちょっとジュジュ!ひどくない!?ボクのこと忘れないでよねー!」


 この事態に周りの先輩たちも何とかして冷静になるようにをかけようとするが、そのタイミングがなかなか見つからずにいた。そんななか、「あ、あのーみなさん!静かにしてくださーい!!」というシャズ先輩の懸命な叫び声がきっかけで、全員が彼女の方に振り向いたのである。


 「シャズ、どうかしたの?」


 ラプ先輩が尋ねる。すると彼女はちょっと恥ずかしそうにしながらも、このように続けた。


 「あ、あ、あのですね!今年は練習メニューを一旦整理整頓したいなって思いまして。今はこの場にいませんが、キュウコン監督と相談して、毎日強化していく練習を変えてみようかと思うんです」
 『え?………どういう意味?』


 シャズ先輩の説明に、他の先輩たちが同じタイミングで聞き返した。さすがに同じ部活のメンバーとして頑張ってるだけあって、一心同体になってる部分もある様子。


 「今までは毎日全ての練習を平均的にこなしてきましたよね。それを今年からは強化するメニューを決めて、徹底的に練習しようって考えたんです!」
 「待てよ!それじゃ例えば打撃練習の日は他の練習はしないっていう意味なのか?」
 「え~!?そんなのボクつまんなーい!」
 「投球練習が出来ないとピッチャーは大変だよ!?」


 シャズ先輩のプランに、他の先輩たちから動揺の声が上がる。しかし彼らの心配もこのあとの説明ですぐに収まることになる。


 「待ってください!例えば打撃練習が強化練習の日でも、他の練習はしますよ。それにひと口に打撃練習と言っても素振り、トスバッティング、シート打撃みたく色んな種類があることを皆さんご存知ですよね?打撃練習の強化練習日は実践的な内容を徹底的に行うって意味で考えていただければ大丈夫です!」
 「なるほど。つまり強化練習の日は他の練習は簡単に済ませるってことなんだな?」
 「確かに。今まではバランスよく練習していたから、調子の良いときは物足りない部分もあったよな」


 先輩たちが徐々に納得した表情になっていく。新入生でも経験者のマーポとリオは興味深そうに話を効いている。が、野球初心者の僕とピカっち、それからチコっちには全然話が伝わらない。聞きなれない単語が多く、ちんぷんかんぷんになるばっかりだった。


 (野球って全く知らないけれど、なんだかいっぱい知らないといけないことがたくさんありそうだね。少しずつ覚えていかないとね)


 まだ正式に野球部への入部は決まっていない。それでもここまで温かく迎え入れてもらっていることや、普段仲良くしてるピカっちやチコっち以外にも新入生のメンバーがいることで、不安感はほとんど無くなっていた。今まで嫌と言うほど経験してきた“仲間はずれにされる”という不安感が………。


 「それじゃあ、シャズのプラン通りに練習するか。今日の強化練習はなんなんだ?」
 「えっとですね…………守備練習です!」
 「守備練習!?それじゃあ新入生たちのポジション、早いところ決めなきゃいけないな!!」


 ラージキャプテンが近づいてくる。僕たち新入生に緊張感が走る。と、その時だった。


 「なんだよ。こんなに新入生が見学に来てるのか。邪魔くせぇなぁ…………」
 「!!!?」






 「ヒート!!今までどこに行ってたのよ!」
 「そうですよ!昨日から伝えていたじゃないですか!今日は新入生の入部体験があるってことを!」


 突然僕たちの前に姿を現したのは、かえんポケモンと呼ばれる種族のリザードンだった。他の先輩たちと同じ野球帽を被ってることから、何となくそんな気はしていたが、ラプ先輩がハッキリとニックネームを呼んだことで僕は確信した。


 (このリザードンが、“ヒート”先輩なんだ)


 リザードンと言えば、僕の種族………“ヒトカゲ”が最終的にたどり着く姿である。僕らポケモンは元々特別何かしなくても、大人になることで自然に進化することが出来ることはできる。………だが、同年代の中でも一日でも早く最終的な姿になりたくて、バトル大会などで経験を積むことで“早期進化”するパターンもあった。ヒート先輩と僕は二学年しか差が無いのに、こんなに差が出ているのはその為だった。


 もちろん僕も例外ではなく、いち早くリザードンに進化したいという憧れを持っている。


 (良いなぁ………、僕も早くリザードンになって大空を飛んでみたいんだよなぁ。………でもなぁ)


 僕には懸念材料があった。幼なじみのチコっち、ピカっちの存在である。特にピカっちは僕の“早期進化”を頑なに拒んでいて、この話をする度に泣き付かれるパターンを繰り返していた。


 (もちろんそれも、みんな一緒に行動したいってピカっちなりの優しさだから仕方ないけどなぁ………)


 僕は思わずその場でため息をついてしまった。

 
 「ごちゃごちゃとうるせぇな。俺がどうしようと勝手だろうが?」
 「そんな…………」
 「ヒート!あんたね、それでもこの学校の生徒会長の看板も背負っているのよ!?そんな態度で良いって思ってるの!?」
 「落ち着いて、ラプちゃん!」


 ヒート先輩の発言が段々とその場の空気を不穏なものにさせる。一方で僕たち新入生メンバーは全員驚きを隠せずにいた。無理もない。目の前にいるこの荒々しいリザードンと、午後の授業の部活動紹介のときに穏やかにメッセージを送ってくれたあの生徒会長のリザードン先輩が同一人物だと言うのだから。


 「…………ったく!こんなに新入生ばかり入れて、呑気に入部体験させる余裕なんてあるのか?」
 「ひっ!!」


 ヒート先輩が僕たちを睨む。その表情からは温かさや優しさとは無縁の殺気しか感じられない。ピカっちやチコっちに至っては完全に怯えてる。これにはさすがに僕も黙って見過ごすことが出来ない状況だった。


 「ちょっと………いい加減にしてくれ!!いくら野球部の先輩だからって、幼なじみに手を出すのは許さないぞ!!」
 「ああ?なんだ、おまえは?俺に文句でもあるのか?」
 「カゲっちくん!!ヒート!!」
 「二人ともやめてください!」


 ラプ先輩やシャズ先輩が僕たちの間に入り、衝突を一生懸命防ごうとする。…………が、ここまで来ると“ほのおタイプ”ゆえの心の熱さが悪い方向に働いてしまい、僕もヒート先輩も周りが目に入っていない。いつ、バトルに発展しても不思議ではない状況だった…………が、


 「フン。ここでバトルしたら野球部のみんなに迷惑かけちまうからな、自重してやるよ」
 「?」
 「ヒート………」


 ヒート先輩が一歩引いたことで衝突の危機は免れた。ラプ先輩もホッとした表情をしている。それでも僕は何となく嫌な予感がしたので警戒を緩めなかったけど。…………そして、その嫌な予感は的中することになる。


 「…………その代わり。そんなに野球部に入りてぇって言うなら…………、この野球部の名物“20球勝負”で俺に勝ってからにするんだな!もちろん歯向かってきたヒトカゲ……………お前の手でな!」
 「え!?」
 「ぼ…………僕が!?」


 ヒート先輩の言葉に誰もが驚いた。にわかに周りがざわついてるのがわかる。


 「あんたね!自分で何言ってるのかわかってるの!?そんな勝負、初心者のカゲっちくんに無理だってことくらいわかるでしょ!?」


 ラプ先輩が怒りを露にする。しかし、それもヒート先輩の耳には届いてはいない。


 「どうすんだ!?やるのかやらないのかハッキリとしろ!!」
 「!!!」


 僕は返答に困った。ラプ先輩の言うように、僕が野球熟練者のヒート先輩に野球での勝負に勝ち目なんか無いからだ。


 (だからといって、ここで退いたらせっかく野球部に入れるチャンスを逃してしまう。何となくだけど、ここじゃないと部活動を続けられる感じがしない…………!!)


 僕はキリっと表情を引き締める。そうして一歩前に出てこう言った。


 「その勝負、受けて立ちます!!」







 









 
















 


 


 


 


 








 




 










 
温かい応援が本当に力になります。がんばります。

スクエアさん、14周年おめでとうございます!

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