第1話「心揺らすノックの音」

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 落ちた葉は陰に呑まれ、形を失う。

「もう一回……!」

 その日ミミロルは洞窟のなかにいた。誰に向けたものでもない呟きも、深呼吸の音までが響いて耳にかえってくる。
 そんな洞窟の奥。突き当たった壁を正面に立ったミミロルは、両手をおへその前あたりで構えて力を込める。

「はぁーっ!」
「"きあいだま"!!」

 "きあいだま" とは。
渾身の力で作ったエネルギーのかたまりを発射して攻撃する強力なわざ。
 しかしまっすぐ正面に放ったはずの"きあいだま"は、狙った的からずいぶん離れた位置に当たって消滅する。

「はぁ……やっぱり、ダメ……」

 目の前の壁には"きあいだま"の練習にと、大きくまん丸の的を描いてある。だが攻撃がぶつかった痕跡はその的の外ばかりに増えていった。

 ミミロルが肩を落としている、その洞窟の入り口。夕方のオレンジ色に照らされて、あるポケモンのシルエットがその姿を覗いていた。

「う、うわぁ! あのポケモン、スゴい!」
「"はどうだん"を使えるなんて……!!」

少年は洞窟の中の、その暗さには目もくれずミミロルのもとへかけ寄ってくる。

「ねぇねぇ、キミさ! ミミロルでしょ?」
「うわっ!? えっ!? あなた……! なんでここに!?」
「さっきのわざ "はどうだん"でしょ? どうやってやったの!?」


 ミミロルは「うわ、めんどうくさい子に絡まれた!」と瞬時に思った。
 少年は "リオル" 。
 ミミロルと同い年で、よく町の広場で他のポケモンたちと遊んでいる人気者だ。
 ただミミロルには彼らの騒がしさが好きじゃなく、あまり関わらないようにしていた。

 それがよりにもよってこんなところを見られるなんて。ながらく特定のポケモン以外との会話を避けていたためか、急な接触に頭のなかがバクバクと揺れるのを感じた。

「"はどうだん"が使えるなんて! スゴいよ!」
「いや、ちがうよ。あれは"きあいだま"っていうの。それに……」
「あれ、違うの? でもやっぱりスゴいって!」

 「全然スゴくない」と続けようとするが、
"はどうだん"じゃないと知ってもまだキラキラした目を向けるリオルに、否定するのもめんどくさくなりため息をつく。


「で、なに? 用がないならもうどっか行ってよ」
「あ、実は! ミミロルにお願いがあるんだよ……!」
「お願い?」
「さっきの技、"きあいだま" のやり方を、ボクに教えてほしいんだ!」
「は?」

 思わぬ発言に間抜けに口が開いてまま動かなくなった。

「教えるって、どういうこと……?」

 言葉の意味はわかっていたが、確認するために聞き返す。

「ボクも君みたいに"きあいだま"をうてるようになりたいんだ!」
「いや、そんなこと言われても……」

 ミミロルの"きあいだま"は未完成だ。
 何度やってもコントロールできずに見当違いな方向に飛んでいってしまう。たくさん練習してきたつもりでも、未だ制御をできないまま。
 そんな状態で"きあいだま"を教えられるわけがない。

「どうかお願いします! "きあいだま"を教えてください」

 ましてやミミロルはうるさいのが嫌いで、これ以上リオルと関わりたくもなかった。当然、いくら頭を下げられても教えられないし。教えるつもりもない。
 ── そのはずだったのだが……。 ──


「……いいよ。教えてあげる」


 口からその返事が出た瞬間。ミミロルは時が止まったように固まる。何故そう答えたのか当のミミロルにもわからなかったのだ。

 止まった時間の中に風が吹いた。
 吹かれた落ち葉が転がっていく。
 カランッカランッと音をたてながら出口へ。
 考えもしない方向へと向かっていく。
 陰を抜け、夕日の橙色の灯りに照らされる。
 そして影になる表裏の二面を切りかえながら、転がっていった。
 カランッカランッと ── 。

 時が流れを取り戻す。

「ほんと!? いいの!? やったぁー!!」
 
 気づけば目の前でリオルが歓喜に舞っている。相変わらずの騒がしさに眉を潜める。
 どうして軽い気持ちでオッケーしたのか。ミミロルはその理由を深く考えなかった。
 きっとこれは、ただの気まぐれで。
 普段しない両親の家事を手伝うような、そんななんでもないこと。
 ミミロルは自分にそう言い聞かせた。

「やったっ! やったっ!!」

 バンザイして喜ぶリオルに少し呆れる。
 ミミロルが知るかぎりでもリオルはすでに色んなわざを覚えており、他のポケモンと戦ってもかなり強かった。
 そんな彼が"きあいだま"なんて教わる必要ないだろう。「そんなに喜ぶことか?」 と思ったのだ。

「ところで、この洞窟のなかで練習するの? すごく暗いけど……?」
「うん。そうだけど。もしかして怖いの?」
「こ、怖くない! 怖くないけど……なんでここなのかなって」
「誰も来ない場所の方が静かで集中できるででしょ」

 半分は嘘だがもう半分は本当。
 ミミロルたちがいる洞窟は、迷いこんだ子どもを食べてしまう怖いポケモンが棲んでるという都市伝説があり他のポケモンはめったに近寄らない。
 ミミロルが、もし"きあいだま"を下手なところに飛ばしてしまっても周りに迷惑がかからないよう、誰もいない洞窟のなかで練習していたのだ。

 今日はじめて訪れて最初は恐怖で足がすくんだが、さっきから何も起きてないところをみるとミミロルの思った通り、都市伝説は嘘だったようだ。


「じゃあミミロル! さっそく始めよっか!」
「始めるってのは……その……」
「ん? "きあいだま"のやり方、教えてくれるんだよね!」
「や、やり方か……」

 やり方といっても、本当はミミロルの方が教わりたいくらいだった。しかしリオルが向けるキラキラとした目が、急かしてるように感じて何とか話を繋げる。

「わ、私感覚派だからさ。細かいやり方とか、あんまりわかんないんだよね……」
「おー、なんかかっこいい! じゃあ一度やってみせてよ! それマネしてみるから!」
「えっ」

 心のなかで「しまった!」と叫ぶ。再び頭がバクバクと揺れ、汗が溢れだした。
 実際にやったら"きあいだま"をまともにコントロールできないのがバレる。
 かといってこの状況で断るのもできないと言ってるようなもの。

「わ、わかった……」

 とりあえずは了承してから、失敗したあとの言い訳を考える。
── 彼はバカっぽいし「たまたま調子が悪かった」とかで誤魔化せないだろうか ──

 ミミロルの脳内でバカ扱いされたリオルが、固唾を飲んで見つめるなか。大きく深呼吸をして、おへその前に両手を構えた。
 そこに集中して力を込めると手の間に小さな光の球体ができ、少しずつ大きくなっていく。
 そうして完成したエネルギーのかたまりは、強い光で暗い洞窟を鮮明に照らした。

「おお……!」

 思わず漏れた声はミミロル自身のもの。
 今回は調子が良かった。"きあいだま"のサイズや光の強さもいつもより大きい。
 「もしかしたら、上手くいくかも……」
 そう思った矢先。
 "きあいだま"のみを見ていた意識のフィルムに、突然リオルの声が割って入った。


「スゴい! かっこいいよ!」


 それを聞いてハッとする。
 ── あの時と同じだ ── と。

 それは四年前。
 はじめてミミロルがこのわざを出せたとき、今と同じように親や周りの友だちがたくさん褒めてチヤホヤしてくれた。
 ミミロルはそれが嬉しかった。

 しかし……そんなある日いい気になったミミロルは、友だちとの遊びの最中でコントロールができないままの"きあいだま"を披露する。それが当時仲が良かった友だちに当たり、怪我をさせてしまったのだ。

 大事には至らなかったものの、自分の攻撃で友だちが傷ついた様子を目の当たりにしたその日から、"きあいだま"のことも自分のことも嫌いになった。

 もしいつもみたいにコントロールができなかったら、
 もしあの時と同じようにリオルに攻撃が当たってしまったら、
 それが怖くてこんな洞窟に独りでいたのに、今はすぐ近くにポケモンがいる。

 それに気づくと、自分の目の前で膨れ上がった力のかたまりがとても恐ろしく思えてきて手が震える。

「ミミロル……? 大丈夫?」
「り、リオル! ここから離れて!」


── スゴい! かっこいいよ! ──
 あの日自慢気に"きあいだま"を見せた私に向けて彼女は笑顔で言った。
 それが嬉しくて気が緩んでか、私の手から離れた"きあいだま"は、運悪く声をかけた彼女の方に飛んでいった。

 奇しくもトラウマと重なった言葉が脳裏にその記憶を呼び起こす。


「ああ、ダメ……!」


 ふと脳裏に最悪な結末が差し込む。
 以前よりも大きな力。これがもしリオルに当たりでもしたら……「殺してしまうんじゃないか?」

 実際はミミロルの"きあいだま"にポケモンを殺めるほどの威力はない。それでも膨張した恐怖心からそう思わずにはいれなかった。

 しかし引っ込みがきかなくなったそれをどうにかするには、放出し何かに当てて打ち消すほかない。


「おねがい……っ!!!」

 どうかまっすぐ放てますように、もし狙いを外れてもどこか当たり障りない洞窟の壁に当たることを願って放つ。


 発射された"きあいだま"が壁に激突した瞬間、衝撃で洞窟全体が揺れ響く。やがて光の弾は、爆発音とともに内側から花火のように弾けて消滅した。

 音が静まってから目を開き、慌ててリオルの方を確認する。


「リオル!」
「……ミミロル……」
「リオル、怪我はない!?」
「スゴいよミミロル! 今のが″きあいだま″!! スゴい迫力だったなーっ!」
「はぁ……よかったぁ……」
「それにピッタリ真ん中に当てるなんて!」
「……? 真ん中って……?」
「ほらっ!」

 はしゃぎ回るリオルが指差した先には、私が的として円を描いた壁。それを見て目を見開く。
 "きあいだま"が当たった証拠の黒い痕が、円の中心、狙った的のどまんなかに残っていた。

「ほんとに、まんなかに当たってる……!」

 思わず大声を出してとび跳ねそうになったが、リオルがいることを思い出して高ぶりを押さえる。

「できた! 私、できたんだ……! んふふっ!」

 今まで一度もできなかったこと。初めて"きあいだま"がまっすぐ狙ったところに当たった。
 リオルの前でなんとか冷静でいようとするが、全身を満たしていく気持ちがどうしても溢れ出した。

「やったよ! ハクリュー……!」
「ハクリュー? 誰? ミミロルの友だち?」
「えっ、あぁ……! ご、ごめん。なんでもない」

 しかしその時、喜びに浸っていたはずのミミロルの意識は、一瞬だけ聞こえたある音を射抜いて逃がさなかった。

「何!? 今の音!?」
「ん? ミミロル、どうかした?」
「しーっ! 静かに……!」

 聞き間違えかと思うほどの一瞬、耳に挟み込まれた音。それは二匹のコドモしかいないこの洞窟で聞こえるはずがないような、それどころかミミロルが今まで生きてきた中で一度として聞いたことがないような。
 それほどに低く重い誰かの声。

「あぁ~? 何だい? さっきから……」
「うるさくて寝られやしない!」

 ミミロルはその時、ある噂を思い出した。この洞窟には迷いこんだ子どもを食べてしまう恐ろしいポケモンが棲みついているという……。

「誰だぁい!? あたしの眠りを妨げるのははぁ~!!」

 ── どうやら都市伝説は本当だったらしい。 ──

これからよろしくお願いします。

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