第3話 「ポケモンバトル」 (1)

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2011.08.30.投稿


◇1


 ウミベシティ。シラナミ本島の東端に位置する、その名の通り海辺の町だ。また、美しい砂浜が広がるリゾート地としても知られており、海水浴やマリンスポーツを楽しむために、他の町から訪れる人も多い。そういうわけで自然この町には多数の宿泊施設があるのだが、それはあくまで「遊びに」来た人々をターゲットにしている施設。要するに宿泊費が高額であることが多いため、ポケモントレーナーなど旅人として訪れる人々は、結局ポケモンセンターに泊まることが多い。ツバキとユウトもその例外ではなく、町についたふたりはまず、アマノにもらったウミベシティの地図を見ながら、ポケモンセンターのある場所を目指していた。

 今朝早々にヤマアイ山道でひと騒動あり、そのまま休むことなく山道を歩いてきた一行には、さすがに少し疲労の色が浮かんでいる。クロだけがやはりユウトの頭上ですうすうと寝息を立てており、それをシロが少しだけ恨めしそうにじろっと見ている。ヤマアイ山道で新たに仲間になったクチート、クゥも、そのいじっぱりな性格からか疲れを見せないようにしてはいるが、少し歩くペースが鈍っているのが見て取れた。

「で、ポケモンセンターって、町のどの辺にあるの?」
「うーん、地図によると、こっからだと町のちょうど反対側。海のすぐ近くにあるみたいだ。まだしばらく歩くことになりそう」
「ええー? もうくたくたなのに……。ねえ、どっか適当なとこで、一回休もうよー」
「だめ。アマノさんに言われたろ。この町は観光客目当ての店がたくさんあって、逆に言うと、何をするにもお金がかかる。うかつにその辺の店に入って飲み物でも頼んでみろ。いくらとられるかわかったもんじゃない」

 実際にはそんなぼったくりみたいなことばかりでもないとは思うが、ユウトは用心しておくに越したことはないと思っていた。アマノに口酸っぱく注意されたし、自分でもよくわかっているつもりだ。
 そう。ふたりは、超がつくほどの田舎者なのだ。
 島では自給自足の生活が基本で、お金を使うということ自体、そんなに経験がない。ふたりはある理由からそれなりに持ち合わせのお金はあるものの、少なくとも旅の間、それは減ることはあっても増えることはない代物だ。使わずに済むならそうするべきである。

 ぶーぶー文句を言うツバキに構わず、ユウトは地図と道を見比べながら、ポケモンセンターへ向けて進む。シロもツバキのそういうところには慣れてしまっているので、特に気にすることなくユウトに続き、クゥもまた、ツバキを一度じろっと見て、つんとそのまま歩いて行ってしまう。駄々をこねてもだれも自分の味方はいないことに気付くと、ツバキも口をとがらせながらついてきた。

 けれど町の中心部、繁華街のあたりに来ると、少しずつツバキの目が輝き始めた。それは田舎者であるが故の物珍しさからくるものだが、ユウトはツバキが元気を取り戻したことを喜ぶ以上に、「おもしろそう行ってみようあれ欲しい買って」的なセリフがとんでくるのではないかと警戒し始めた。ユウトの目の黒いうちは、この限られた財布の中身を浪費させるわけには断じていかない。そんな決意を改めるため、今一度財布をぐっと握りしめた、その時。

 どっ、と何かがユウトにぶつかってきた。

 見ると、それは紫の毛色をした、小さなサルのようなポケモンだった。長いしっぽの先は手のような形をしていて、その手に握られているものは、

「あっ! こいつ!」

 つい今まで、ユウトの手にあったはずの財布だった。「スリ」という単語が、とっさにユウトの頭をちらつく。そのポケモン、エイパムは、ユウトを見てキキッと笑い、その直後、身をひるがえして走り出した。あまりに突然の出来事に、ユウトの思考が一瞬停止しかけたが、きゅんっ、というシロの声で我に返り、ユウトはすぐにエイパムを追って走り出した。シロもすぐに続く。

「あっ、ユウト、まって!」

 一歩遅れて状況を理解したらしいツバキも、慌ててついてくる。クゥはどうしてユウトたちが慌てているのかいまいち理解していないようだったが、とりあえずという様子でツバキの後に続いた。
 しかし、敵は見た目通りにすばしっこい。シロが全力で追いかけているものの、このままでは撒かれてしまうかもしれない。見失ってしまう前に手を打たねばと、ユウトは背中のクロに向かって声をかける。

「クロ、こっからサイコキネシスであいつの動きを止められる!?」

 こういう緊急時には、勘の鋭いクロはたいていいつの間にか目を覚ましている。思ったとおり起きていたクロは、すぐに意識を集中してエイパムの動きをとらえようとするが、距離が離れているのと相手がすばしっこすぎるのとで、うまく動きを捕捉できない。そうこうしているうちに、エイパムの姿が目で追えなくなりつつあった、その時。見失いかけたと思ったエイパムの動きが、ぴたりと止まった。否、動きそのものが停止したわけではない。バタバタとしっぽを振り回して暴れているのがここからでもわかるが、空中で宙ぶらりんになったまま、一歩も進んでいない。誰かが捕まえてくれたのだ、ということを一瞬遅れて理解すると、ユウトたちは急いでエイパムが暴れているところまで走った。

 近づいてみると、エイパムを捕まえていたのが何なのかはすぐに分かった。緑色の笠をかぶったような頭。赤い爪のついた小さな手と、対照的に力強そうな足。きのこポケモン、キノガッサだ。伸び縮みするというその腕の片方の爪が、エイパムのしっぽの付け根あたりをしっかりと捕まえている。そしてそのすぐそばには、キノガッサのトレーナーらしき青年がいた。細面だが精悍な顔立ちと体格。すっきりとした短髪。爽やかなスポーツマンという風体のその青年は、見慣れないものに腰掛けていた。車輪のついた椅子、車椅子だ。

「す、すみません……! ありがとう、ございます……!」

 ツバキたちは息を切らしながら追い付くと、呼吸を整えるのも後回しにして、青年とキノガッサにお礼を言った。どうやら捕まった際にエイパムが落としたらしい財布をシロがくわえて、ユウトに渡す。ユウトはそれを受け取って、改めて青年とキノガッサに向けて頭を下げた。

「すみません、ほんっとうに、ありがとうございました!」
「いや、いいんだ。ほら、頭をあげてくれよ」

 青年は苦笑しながら答える。よく通る爽やかな声は、体育会系の外見によく合っている。
 と、それまでバタバタと暴れていたエイパムが、とうとうキノガッサの爪から逃れて、一目散に逃げ出した。すぐに近くの路地に入り込んで、人ごみに紛れる。キノガッサは追おうとしたが、青年が止めた。

「いい、キノン。逃げるあいつを追いかけて追い付くのは難しい。また見つけたら、今度こそ捕まえよう」

 キノガッサはおとなしく従い、青年のそばに戻る。青年は、ふう、と小さくため息をついて、言った。

「あのエイパムは、最近よくこの町に出没するひったくり犯なんだ。どこかでトレーナーが指示しているはずだと思うんだけど、いつもあの通りの逃げ足でなかなか捕まえられなくてね。犯人の正体にある程度の目星はついているんだけど、特定するに至らない。この町は見ての通りリゾート地だから、以前からああいうのが結構多いんだ」

 青年はツバキとユウトを改めて見て、丁寧な口調で言う。

「きみたちは、旅の人だね。この町は初めてかな」
「あ、はい。さっき到着したばかりです」
「そうか。情けないがこういった事件は多いけど、本当はいい町なんだ。嫌いにならないでもらえると嬉しい。それじゃあ、また被害に遭わないよう、気を付けてね」
「はい、すみません。本当に、ありがとうございました!」
「あ、えと、ありがとうございましたっ!」

 ふたりは、もう一度ぺこりと頭を下げると、青年は少し苦笑した。それから青年は慣れた手つきで車椅子をくるりとターンさせると、人ごみにも関わらずすいすいと走らせながら、キノガッサとともに去って行った。

「ひどいことするヤツもいるけど、親切な人もいるんだね」
「ああ、大きい街ともなると、いろんな人がいるんだろうな。……ホント、気を付けないと」

 ユウトは、改めてぐっと財布を握り締める。
 そのとき、「ぐぐー」と、ふたりのおなかの音がハモって聞こえた。

「うう、そういえば、おなかすいた……」
「もうとっくにお昼の時間過ぎてるしな。早くポケモンセンターまで行って、ゴハンにしよう」

 それからふたりと三匹は、改めて地図を見ながら歩き出す。騒動に気をとられてくれたおかげか、結局ツバキからは、お金を浪費させるような発言は聞かずに済んだ。



◆2


 ポケモンセンター。運営元はポケモンリーグで、このシラナミ地方にもリーグ発足以来いくつかの町に設置された。本来はポケモントレーナーの支援を目的としているが、トレーナーであるかにかかわらずポケモンに関することなら面倒をみてもらえるので、旅人や町の住人にも重宝されている。
 もらった地図を頼りになんとかそこへたどり着いたふたりと三匹は、ポケモンの治療を受け付けるカウンターへと向かった。クゥの体中にある傷を診てもらうためだ。本人は気にしている様子はないが、長い間ひとりで戦い続けた彼を、一度きちんと休ませたい。ユウトの提案にツバキも頷いたのだった。

「こんにちは。ポケモンの治療でしょうか?」
「あ、はい! ええっと、こんにちは!」

 受付にいた看護士さんに丁寧な口調と営業スマイルで話しかけられ、ツバキはドギマギしてしまう。ツバキは人見知りをしないので初対面の相手とでも平気で打ち解けることができるが、こうして改まった対応をされると弱い。こういうのは、ユウトのほうが得意だ。

「すみません。このポケモンの傷を診てもらいたいんですが」
「そのクチートですね。バトルでのケガのようですけれど、ジムへの挑戦で?」
「え? あ、いえ。なんていったらいいのかな、野生のポケモンとの戦いで……」
「ああ、そうでしたか。失礼しました、この町にはポケモンジムがあるので、ジム戦帰りの患者さんが多いんですよ」
「ジム戦、って?」

 ツバキが、首をかしげて口をはさむ。看護士さんは少し驚いた様子で答える。

「ご存じないですか? ウミベジムのリーダー、ホクトさん。この町に訪れる方はたいていご存じなんですが」
「あ、すみません。こいつはたぶん、ジムっていうもの自体知らないんです。おれも少し聞いたことがあるくらいで、ちゃんと知ってるわけじゃないんですけど」

 ユウトが答えると、看護士さんはますます驚いたようだ。おそらく、この町では常識なのだろう。いや、もしかしたらシラナミ本島では、か。ユウトは改めて、自分たちの世間知らずぶりを自覚する。

「すみません。おれたち、島から渡ってきたばっかりで。よかったら少し教えてもらえませんか?」

 今後旅をしていくうえでも、知識は増やしていくに越したことはない。そんな考えからユウトは説明を求める。看護士さんはすぐに驚いた表情を元に戻し、愛想よく答えてくれた。

「はい、かまいませんよ。そうですね、ポケモンジムというのは、簡単に言うとポケモントレーナーが腕を磨くために集まる場所、でしょうか。シラナミ地方には現在七つのジムがあって、それぞれのジムには、ポケモンリーグに任命されたジムリーダーという方々がいらっしゃいます。みなさん優秀なポケモントレーナーで、ジムリーダーの指導の下、多くのトレーナーとポケモンが鍛錬に励んでいます」
「へえ、そんなところがあるんだ。じゃあ、さっき言ってたジム戦っていうのは?」

 興味が湧いてきたらしく、今度はツバキが質問する。看護士さんはやはり丁寧に応答してくれた。

「ジム戦というのは、各ジムのジムリーダーにポケモンバトルで挑戦することです。挑戦を受けたジムリーダーは挑戦者の実力を試し、実力を認めたトレーナーには、ジムのシンボルマークをかたどったバッジを与えます。七つのジムバッジをすべて集めたトレーナーには、シラナミリーグが主催する、地方最大のポケモンバトル大会への出場権が得られます。その大会はそのまま主催の名前を冠してシラナミリーグと呼ばれていて、地方中のポケモントレーナーの目標になっているんですよ」
「なるほど……」
「ふーん……」

 なにか考えている様子のツバキをよそに、ユウトは単純に新たな知識として聞いていた。
 シラナミリーグ大会というのは、島のテレビで少し見たことがある。それは滅多に見せてもらえない島の外の光景で、バトルへの興味の有無以前にツバキもユウトも夢中で見入った。
 ポケモンリーグという組織の長はチャンピオンと呼ばれているが、それはチャンピオンが文字通り大会の優勝者だからだ。まさにシラナミ地方の頂点を決める大会だといってもいい。
 ポケモンジムへの挑戦は、つまりその大会の予選なのだろう。ポケモンバトルそのものには関心はなくとも、そういった仕組みを知るのはなかなか興味深い。
 ユウトがそんなことを考えていると、突然ツバキが、なにか思いついたように顔を上げた。そのいたずらっ子のような目の輝きに、ユウトはよくない予感を抱く。

「それ、おもしろそう! そのシラナミリーグで優勝すればさ、この地方で、いっちばん強いってことになるんだよね? ねえ、あたしたちも出場しよう! 目指すは優勝! ね、いいでしょ?」

 やっぱりか。なんとなく言うことが分かっていただけに、ユウトは尚更ため息をつきたくなる。

「ツバキ、何言ってるかちゃんとわかってるのか? シラナミ地方中のポケモントレーナーが目指してる大会なんだぞ。ポケモンバトルなんてやったことないくせに、いきなり大会に出るなんて無茶だって」

 ユウトがなだめるように言うと、ツバキは負けじと反論する。

「これからやればいいじゃん! だって、どうせあたしたちはシラナミ地方を一周するんだよ? だったら全部のジムを回ることにだってなるじゃんか! それに、ポケモンバトルはやったことないけど、戦いの訓練はしてたじゃん。野性のポケモンに襲われてもいいようにって。だいじょーぶだよ!」
「おれたちがやってたのは、ただ身を守るためってだけだろ。競技のバトルなんて、素人がいきなりできるもんか。だいたいなんで急にそんなこと言い出すんだよ?」

 ユウトがそう問うと、ツバキはちょっとだけ黙った。それからちらっと後ろを、クゥの方を見てから、答える。

「それは、だって、クゥがさ」
「クゥ?」

 ユウトが聞き返し、クゥの方を見る。クゥは突然自分の名前が出たことに少し困惑気味に、ツバキを見上げる。ツバキはそんなクゥと目を合わせて、それからユウトに向き直り、真剣な顔で訴える。

「クゥは、ずっとひとりで戦ってたんだよ。それは、自分の力を認めさせるため。クチートの仲間たちと、それからクゥ自信に。だったら、もしシラナミリーグで優勝して、シラナミ地方で一番になったら、それができるくらい強くなったら、みんながクゥのこと認めるじゃん! クゥの仲間たちだって、きっとクゥのこと見直すと思う!」

 少し、意外だった。ただ勢いで言っているわけではなく、そんな風に真剣に考えていたことが。ユウトは改めてツバキの顔を見る。その表情は、ユウトが知っているいつものツバキとは、なんだか少しだけ違っている。

「あたし、クゥの友達になったんだもん。クゥのためにできること、したいんだよ。それにさ、せっかくのシラナミ一周の旅だよ? 何かそういう目標持ってた方が、楽しいじゃん!」

 ツバキはそう言って、また元のいたずらっ子のような表情になった。そんな楽しそうなツバキを見ていると、ユウトは結局、止められなくなるのだ。
 ユウトは小さくため息をついて、諦めたように言った。

「そっちが本音じゃないだろうな。まったく、言い出したら聞かないんだから。わかったよ。なんだかクゥもやる気になってるみたいだし」

 ツバキの言葉を全て理解していたわけではないと思うが、それでも断片的に内容は伝わっているのだろう。クゥは真剣な顔をして、ぐっと拳を握っている。その瞳に熱く燃えているものは、ユウトにも理解できる気がした。
 話がまとまるまで、口を挟まずに待っていてくれたらしい。看護士さんが、にこやかにふたりに話しかける。

「ジムに挑戦するのでしたら、ここからそう遠くありませんよ。ポケもんセンターを出て海沿いの道を歩いていけば、すぐに見えてくると思います」
「あっ、えっと、すみません、騒がしくしちゃって」

 それまですっかり彼女の存在を忘れていたユウトは、慌てて看護士さんに謝る。ツバキも同様だったようで、さすがに少しだけ恥ずかしそうに顔を赤くした。看護士さんはそんなふたりを微笑ましそうに見ながら、優しく答えてくれる。

「いいんですよ。仲がいいのね。まだお昼過ぎだし、今から行ってもジム戦は受け付けてもらえると思いますよ。ウミベシティジムのジムリーダー、ホクトさんは、格闘の技の専門家です。とてもお強い方だけど、同じくらいお優しい方でもあるから、行ってみるといいと思います」

 その言葉に、クゥがぴくんと反応した。一層真剣な表情で、ぐっと力強く拳を握る。

「クゥ、どうしたの。って、わっ、クゥ!?」

 ツバキが気づいて声をかけた途端、クゥは突然ツバキを押しのけ、出口の方に向かって駆けだした。自動ドアのところで一瞬戸惑ったように立ち止まるが、ドアが開くとすぐに外に出ていく。

「クゥ! 待ってよ!」

 ツバキが慌てて追いかけていき、シロもその後に続く。看護士さんが突然のことに戸惑った顔をしながら、ツバキの背中に声をかける。

「あ、あの、治療は?」

 しかしツバキにはもう聞こえていないようで、ツバキはそのままゥの後を追って出て行ってしまう。
 突然どうしたというのだろう。ともかくユウトも後を追いかけることに決め、看護士さんにぺこりとお辞儀する。

「すみません、また来ます。お騒がせしました!」

 失礼なことをしてしまったと思いつつ、ユウトはポケモンセンターを出てツバキたちの姿を探す。
 少し走ると、すぐにツバキとクゥは見つかった。クゥがギラギラした目できょろきょろとあたりを見回していて、ツバキは、近くにあった案内板のようなものを、首をかしげて眺めている。
 ユウトはツバキに追いつくと、少しだけ怒った調子で言った。

「まったく、なにやってんだよ、ふたりとも」
「あ、ユウト。あのさ、ポケモンジムってどっちかな?」

 ツバキはユウトが怒っていることは特に気にしてないようで、困った顔をして尋ねる。どうやら地図の見方がわからないらしい。ユウトは小さくため息をつくと、質問には答えず疑問を口にする。

「まったく、いきなり走り出してどうしたんだよ、クゥは」

 ユウトの疑問に、ツバキは少しだけ考え込んだ様子になる。しかしもう答えはわかっているようで、ちらっとクゥの方を見ながら答える。

「うん……。たぶんね、格闘の技っていうのが、気になったんだと思うんだ」
「格闘の技?」

 ユウトが聞き返すと、ツバキはこくんと頷いた。

「そう。ほら、思い出してみてよ。初めてクゥと会った時。クゥはいきなり戦いを挑んできたけど、そのときの攻撃って、全部パンチだったじゃん。頭には武器になりそうな大きい角がついてるのに、それは一度も使わなかった。それで、思ったんだ。クゥはもしかしたら、格闘の技が好きなんじゃないかって。それで、格闘の専門家って聞いて、いてもたってもいられなくなったんだよ、きっと」
「ああ、そういえば、そうだったかもしれないけど」

 確かに昨日初めて会った時、クゥはその拳で攻撃を仕掛けてきた。それに今朝、他のクチートに角で噛みつかれても角を使って反撃することもしなかった。しかし、クチートというのは鋼のポケモンに分類されており、格闘のポケモンではない。鋼の角ではなく、拳を使って戦うことを好む。そんなことがあるものだろうか。

「ね。だから、とにかくまずは、ポケモンジムに行ってみようよ! 格闘のポケモンたちがいっぱいいるならクゥは喜ぶかもしれないし、もしそこで実力が認めてもらえたら、クゥは絶対自信がつくと思うんだ。ね、いいでしょ?」

 ツバキが拳を握って力説する。ユウトは少し考え込んだが、すぐに無駄だと思ってやめた。そう、どうせユウトにはこうなったツバキは止められないのだ。

「わかった。クゥの傷もすぐに診てもらわなきゃいけないようなものじゃないだろうし。ツバキが言い出したら聞かないのはわかってるしな」

 ユウトがそう言うと、ぱっとツバキの顔が明るくなる。このツバキの素直で嬉しそうな顔に、ユウトは結局弱いのだ。ユウトは小さくため息をついて、ツバキの代わりに案内板を見る。看護士さんの言っていた通り、ジムはすぐ近くにあるようだった。



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