第18話 “立ち向かう者達”

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読了時間目安:14分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 世界中のポケモンが人間と共に戦う道を選んだ。
 最前線で起こったこの重大な出来事は速報として各メディアを賑わせ、そして世界の人々が知るところとなった。人々は希望に湧きたち、今まで通りポケモンは友であり、家族なのだと再確認するに至った。しかし、それを手放しに喜んでいる人はまだ誰もいない。愛するポケモンを抱き寄せ、その温かさを肌で感じ取りながら、祈るように目を閉じる。
 早くこの戦いが終わりますように、と。

 彼らの願いを乗せて、見えない小型艇が遥か上空へ飛んでいく。透明で見えはしないものの、凍てつく空気にその表面をパキパキと凍らせながら、目的の空を目指した。
 極寒の外に対して、小型艇の中は暖かかった。だがその恩恵に気付く者はいない。先頭の操縦席に座るエドウィンを始めとして、黒くどっしりと重そうなチョッキを着てアサルトライフルを握る3人の兵士達も、これから先に待ち受ける戦いを思えば、暖かいだの寒いだのどころではない。
 歌を歌うので精いっぱいだった。

 たとえ火の中水の中草の中森の中、土の中雲の中あの娘のスカートの中♪

 最初は軍歌を歌っていたものの、エドウィンはロケット団、他の3人の兵士はそれぞれ政府空軍やギンガ団、フレア団と所属がバラバラだったせいか、どうしても軍歌の中で共通して歌えるものが無いのである。そこで彼らはポケモンマスターを目指す少年を謳った歌を思い出した。それは誰もが子供の頃に口ずさんだ事のあるものだった。
 これから命を捨てた戦いに出ようと言うのにも関わらず、景気付けに歌っているのは子供の歌である。その可笑しさもあってか、4人は笑いながら歌っていた。

 ミュウツーはと言うと、小刻みに揺れてリズムに乗っているビクティニを肩に乗せ、立ったまま壁にもたれて腕を組み、訳の分からないやたら明るい歌にただただ困惑するだけだった。
 最初は色々意味を考えていた。絶望から目を背けているだけなのか、それとも気分を高揚させるためなのか。だがそのうち無駄だと悟り、それが人間の習性なのだと無理やり納得する事にした。
 やがて4人が5曲目の歌――何やら四文字熟語が多く盛り込まれている曲――に差し掛かった辺りで、ミュウツーはエドウィンの隣りの副操縦席に腰を下ろした。そしてちょうど歌を止めたエドウィン――後ろの3人はまだ陽気に歌っている――に訊ねる。

「いつ着くんだ?」

 ぶっきらぼうな訊ね方だった。
 あぁ、なるほど、訳が分からなくていたたまれないのか。エドウィンはそう察しながら、「そうだな」と置いて複雑な操舵パネルに映る数値に目を通す。

「あと10分ぐらいか。今しがた成層圏に入ったが、巨大艦とはまだ距離が離れている」

 そうか、というミュウツーの返事が聴こえてから2人の間に沈黙が生じた。後ろでは未だに賑やかな歌がBGMのように流れてくるも、エドウィンはそっちに戻る気配は無い。
 何をしてる。聞くなら今しかないぞ。エドウィンは頭の中で自分に何度も言い聞かせ、やがてふと思いついたように口を開いた。

「何故なのか、まだ聞いてないぞ」

 問われ、ミュウツーは困ったようにチラリとエドウィンの横顔を見やった。そしてすぐにまた正面に向き直ると。

「俺の中では人間のテクノロジーとポケモンの血が共存して生きている。生命倫理がどうの人間の罪がこうのという小難しい話をこねくり回すより、その事実が俺にとっては重要なんだと気付いた」

 だから察しろ、と言わんばかりに投げやりな言い方だが、エドウィンにとっては十分だった。
 彼は人間の為に戦うでもなく、ポケモンの為に戦うでもない。ふたつの間に生きている曖昧な存在として、両者を繋ぐ為に戦う道を選んだのだ。故に、ゲノセクトのように人間とポケモンを分断する戦いに反旗を翻した。全てはふたつを繋ぐ為に、彼はここに立ったのだろう。多分、そういう思惑である筈だ。
 ミュウツーは更に続ける。

「それに、ようやく分かったんだ。ゲノセクトの真の目的がな」
「真の?」

 エドウィンの頭に疑問符が浮かぶ。
 人間に復讐を果たし、ポケモンを人間から解放し、そしてポケモン達だけの楽園世界を作る事じゃないのか。他に戦う理由等見当たらないが……。
 暫し考えて、エドウィンは苦々しく彼を見やり。

「どうせ教えちゃくれないんだろうな?」
「ゲノセクトの事は俺達に任せて、お前はお前の戦いに集中しろ」

 それらしい事だけ言って肝心なところは教えてくれない。嫌な奴だ。
 心の中でそう文句を垂らしながらも、それ以上は訊ねない事に決めた。エドウィンにはそれ以上聞く必要は無かったのだ。彼が任せろと言ったのだから、それはもはや自分が首を突っ込む話ではなくなかった。
 とは思いつつも、エドウィンにはまだ未解決の疑問が残っていた。

「しかし、あれだけのポケモン達をどうやって集めたんだ? それにホウオウは争い嫌いで有名だ、よく動かせたな」
「なんとか説得できた」

 ミュウツーは迷わずそれだけ答えた。
 以降ひと言も漏らさない彼を見やって、エドウィンは理解した。おそらく想像を絶する苦難があった筈だ。世界中を飛び回り、ポケモン達にプライドをかなぐり捨てて頼み込み、時には門前払いの攻撃も喰らっただろう。人間に造られたポケモンというだけでポケモン達から差別をも受けたに違いない。
 だが、彼はやった。決して語られざる戦いを、人知れずやり遂げた。人間には決してできない不可能を彼は可能にしたのである!
 一体どれだけの称賛の言葉を贈れば自分の気が済むのだろうか。しかしエドウィンは、その昂る気持ちを押さえ込んだ。

「そうか」

 贈る言葉はこれで十分だ。彼の行為に対する称賛を言葉にすればするほど、彼の名誉を汚す事になる。これ以上問う事も無かろう。
 エドウィンは操舵パネルの上に指を滑らせながら、気持ちを切り替えるべくゆっくりと息を吐いた。

「巨大艦の後部付近に着いた。作戦開始だ」

 小型艇の中で流れていた歌が止まり、代わりに兵士達の銃を握る手に力が籠もった。





 一方、フレデリカの指揮するリベンジャー号も同じく最後の決戦を迎えようとしていた。
 目前に展開していた侵略軍に属するポケモン達の大群は、最後に各々撃てる《破壊光線》等の遠距離攻撃を撃って、一斉にくるりと旋回して同盟艦隊に背を向けた。そのままセキタイタウンに向かって飛んでいく彼らを追いかけながら、リベンジャー号のブリッジの艦長席に座るフレデリカは既に察していた。
 この先、最も過酷な戦いが待ち受けている事を。

「報告を」

 分かっている事を、フレデリカは確認の為に訊ねた。
 男性オペレーターがそれに答える。

「各戦場において侵略軍がセキタイタウンに全軍撤退していきます。伝説のポケモン達も含めて」
「そこで最後の防衛線を築くつもりね」

 フレデリカの口から漏れたひと言に、殆どの乗組員達は息を呑んだ。
 ここから先は文字通りの総力戦だ。人間も敵のポケモン達も、互いに譲れない最後の一線まで迫ってきた。攻め込むからには覚悟しなければならない、敵の屍の山を築き上げて勝利の旗を握り絞めるまで決して戦いはやめない事を。それが後にどんな禍根を残す事になっても。

 だが、それを見た途端に彼らは呆然と口を開けて見つめるしかなかった。
 セキタイタウン沿岸部に近付くにつれて見えてくる、膨大な数のポケモン達。空のポケモン、海のポケモン、そして陸に立つポケモンまでもが、迫る同盟艦隊に向かって威嚇の鳴き声をあげ、殺気に満ちた目をギラギラと輝かせて牙をむき出しにしている。
 それに呼応してか、人間の側に立つポケモン達も――伝説のポケモン達でさえ、唸り声をあげていた。そこをどけ、でなければ殺してやる。そこには普段人間達に見せている愛嬌ある姿はどこにもなく、縄張りを賭けて争う血生臭いポケモン達があった。
 フレデリカはそれを頼もしく思うと同時に、恐ろしくも思えた。心底、彼らが敵に回らずに済んで良かったと安堵するばかりである。

「全艦停止、ドレッドノート号のロナルド提督に通信を繋いで」
「了解、スクリーンに映します」

 フレデリカの要請に女性通信士が答えた。
 正面のガラスのスクリーンにロナルド提督の険しい顔つきが現れると、フレデリカは軽い敬礼と挨拶を済ませて。

「ロナルド提督、放射線兵器のスキャン結果を見ましたか?」
『あぁ、見た』

 と、返しながら、ロナルド提督の表情だけでなく声まで曇る。

『奴らめ、これは予想外だった。兵器の外殻を覆っているのはレジスチウム合金だ、こいつは相当厄介だぞ。10隻が束になって光線砲を浴びせてもビクともしないだろう。粒子抑制ビームが弱ければ外殻に弾かれて終わりだ』
「そこでひとつ提案があります」

 彼女の一言に、ほう、とスクリーンの向こうから声が漏れる。

『続けてくれ』
「リベンジャー号の全エネルギーを粒子抑制ビームの発射装置に結集させるのです。計算上、最低限の浮力のみを保った場合、およそ10分間照射し続ければ放射線兵器を無力化できます」
『待て、待て。すると君たちは無防備のまま10分間耐えなければならない事になるのか?』
「そのための戦略はありますが、同盟艦とポケモン達にかなりの負担を強いる事になるでしょう。それをお願いしたいのです」

 フレデリカはお願いと言ったものの、それは強制事項でもあった。他に選択肢が無いのだから、ロナルド提督も頷く他なかった。
 礼儀正しく強かな艦長代理の彼女は「ありがとうございます」と礼を述べて、最後の通信を終えた。





 空に浮かぶガラスの花の根に巣食う、その巨大な透明の艦は、その全てが樹皮のようなもので覆われていた。その正体はゲノセクトの放つ糸と金属の融合した有機金属である。
 元々ゲノセクトの糸は巣を作る際に用いられ、僅かな時間経過を経て固まると、相当の強度を誇った。それをロケット団の秘密諜報部セクター0が改造し、更に強度を何倍にも増した。結果生まれたのが、改造ゲノセクトの糸。最初は滑らかで柔らかく、しかし一度固まれば一見して樹皮の色に染まった蔦のような、恐ろしく硬い上に時折蠢く不気味な有機金属であった。

 このような巨大艦の外殻に対し、戦闘を放棄したエドウィンの判断は正しかった。メガレックウザの究極的な《破壊光線》でさえ崩せないこの合金を壊す事ができるとすれば、最悪の大量破壊兵器と名高い反物質爆弾ぐらいであろう。
 もっとも、ミュウツーの《テレポート》をもってすれば無意味な話であるが。

 それまで静かだった巨大艦に、ポケモンの悲鳴と光線銃の銃声が響き渡った。
 《テレポート》で巨大艦の一角にある広々とした部屋に降り立った4人の人間と、すぐに放り投げられたモンスターボールから飛び出してきた10匹のポケモン達、そしてミュウツーとビクティニが、一斉にその場の制圧にかかったのだ。もちろん艦内にも護衛兵となるポケモン達は配置されている。が、戦争が始まってからもここまで進攻された事は一度も無かったため、早い話、彼らはすっかり油断しきっていた。
 おかげでその部屋に待機していたポケモン達は、侵入者達の初撃であっさりとその生涯を閉じる羽目になった。

「クリア!」

 アサルトライフルを構えながら注意深く部屋の中を見回していた女性兵士が言った。
 するとエドウィンは武器を下ろして、ベルトのホルスターに差していた小型の端末を手に取った。慣れた手つきで操作して、現在地をマップに示す。幸い外部に置いてある小型艇のコンピュータと無線接続できたため、その位置は更に正確度を増していた。

「反物質反応炉はここから500メートル先だ。《テレポート》の出現先に最も警備が手薄な場所を選んだとはいえ、先は長いな」
「ゲノセクト達の位置は分かるか?」

 攻撃の構えを解かずにミュウツーが訊ねた。
 エドウィンは暫く端末と格闘した後、思わず「見つけた!」と呟いて。

「分散している生命反応のうち、特に強烈な奴が2つある。おそらく奴らだ。ちょうどあっちに出て100メートルぐらい進んだ先だ。君らの方が先に目的を果たせそうだな」
「どうだろうな、ゲノセクトは……厄介だ」

 エドウィンは今ミュウツーが何か言いかけてやめた事に気付いていたが、それを問いただすつもりは無かった。ゲノセクトの事はもう彼に任せると決めたのだ。
 端末をホルスターに戻すと、エドウィンはアサルトライフルを握り直して皆に向き直った。

「ミュウツー、ビクティニ、そして兵士諸君。良いか、各々絶対にその任務を果たせ。ミュウツー達はゲノセクト達を何としてでも止めろ、奴らが降伏宣言をしなければ、侵略軍のポケモン達は最後の1匹になるまで戦い通すだろう。仮に我々が勝利を収めたとしても、それは死体が累々と横たわる苦い勝利だ。敗北と何ら変わりはしない。そして――」

 一瞬だが言葉に詰まって、エドウィンは続ける。

「我々は反物質反応炉に時限爆弾を仕掛け、ミュウツーと合流し、《テレポート》で脱出する。だが、何よりも古代兵器の2発目阻止が最優先だ。意味は分かるな?」

 その問いに全員――人間、ポケモン、ダークポケモン、その全てが区別なく黙って頷いた。
 覚悟は決めた。するべき役割も理解した。あとは各々が成功する事を祈って戦うのみである。最後にそれぞれが互いを見回し、その姿を記憶に留めていく。その間およそ10秒という僅かな時間だが、まるで長年連れ添った友のような一体感を全員が感じていた。
 そして。

「幸運を祈る!」

 エドウィンの号令と共に、ミュウツーとビクティニは右へ、エドウィンとそのチームであるポケモン達、兵士達、そしてダークポケモン達は左へ、それぞれの戦いへ向けて歩を進め始めた。

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