62話:③~罠~

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 同じ声。同じ話し方。似た輪郭。
 造作を覚えていないシェーリにとってはそれらが見分けるための要素だ。――しかし、違う。

 何かが、違う。

 それは漠然とした、それだけに絶対的な差だ。その大元を求め、ゼーナの問いに泡を食ったように否定する男に目を走らせる。上から下へ、そして、その経路をもう一度逆にたどり。

 頭の中に閃光が走った。

「違う」

 小さくとも彼女の声はよく通る。振り向いた面々に、彼女は断言した。

「この人は違う。私たちの依頼人とは別人だ」



  *   *   *



「双子、だあ!?」

 ゼクスがすっとんきょうな声を上げ、ルーラーは額に手を当てて呻いた。

「なんて、馬鹿馬鹿しい……」

 フィリアルは目を見交わした。「兄弟はいるか」というシェーリの答えがこれだ。どうやら重複は重複でも。

「別経路の重複、だな」

 シェーリはうなずく。

「依頼人は右利きだった。その人は右に時計をしている」

 それが違和感の原因だったのだ。一見で利き腕まで覚えているシェーリに、ゼーナがもの言いたげな目を向けた。それで何故顔を覚えていられないのか。

 謎だ。

 首をかしげかけたゼクスだが、不安そうな依頼人の顔を見てはっと謝った。とんだ勘違いだ。

「つーかくそっ、無駄足踏んだ。今日中に決着つくかな」
「幸い使える頭数は増えたし、行動範囲もほとんど割れた。周囲に散らしていたやつらを呼び戻せば十分だろう。さて」

 ルーラーがくるりと振り向いた。シェーリに手を差し出す。

「そういうわけで別口の重複だ。共同戦線、ということになるが、フィリアルに異存は?」

 念のためにシェーリは仲間たちを見回したが、答えは最初から決まっている。シェーリは差し出された手を軽く握った。

「一度受けた依頼を降りる選択肢はない。これから依頼完了まで、一応、頼む」
「一応?」

 ひょいと眉を上げると、シェーリはすっぱり言い切った。

「フィリアルは、一部の例外以外は自分の身は自分で守れる」
「……ひどいです」

 ルーラーは吹き出した。後ろでゼクスも体をくの字にして爆笑する。何がそんなにおかしいのかと訝しむシェーリの表情にまた笑う。これでもティアルは、通り名授与最年少の記録をもっているのだが、シェーリにかかればまだ半人前、ということらしい。

 傷ついたティアルの顔にようやく笑みをおさめて。

「同盟成立だな。それでは頼む、チーム・フィリアル」



 *   *   *



 とって返して森に戻り、数分歩いたとき、ゼーナがフィリアルを止めた。

「どうかしたのか?」
「んー、確かこのへんに……。おお、あったあった!」

 あたりをきょろきょろと見回したゼクスが手に取ったのは木の枝にぶら下げられていた黒い筒だった。片手で握り込められるほどの大きさだ。ルカが首をかしげた。

「何?」
「ん、これ? 張筒」

 答えながら手の中でいじくりまわす。と、底がのびてとってのようなものが現れ、上がぱかりと二つに割れる。ルカはますます変な顔をした。

「何をするためのもの?」
「すぐに分かるよ」

 といいながら耳栓をつけるゼクス。

「耳ふさいでな」

 訳が分からないながらもシェーリたちが耳をふさいだのを確認して、彼は上方を真っ直ぐ空に向け、とってを思いっきり押した。







                   バン!!







 と、いう音がした。
 耳をふさいでいても思わず跳び上がるほどの音だ。爆発音、――いや、破裂音と呼ぶ方がふさわしい。

 筒から光が飛び出し、煙の尾を引きながら空に上っていく。その軌跡を追うシェーリたちの上で、光はばっと四散して緑色の閃光を発した。
 言葉もないシェーリとウィルゼの前で、クウたちはようやくその正体を悟る。耳栓をとるゼクスの手の中の筒は――。

「打ち上げ花火か……!」
「正解。雨の時や種火がないときでも使えるように改良済み。……音がでかいのが、難点なんだけどな」

 言いながらぽいと投げ捨てる。バクテリアが分解できる材料でできているので処理に手間をかける必要もない。

「今のは、何の合図なんだ?」

 「花火」というものを初めて見たシェーリが固い声で尋ねた。結構なショックを受けたらしく、動きがぎこちない。

「ん、あれ? 俺のポケモン、ウインディとアゲハントの二匹以外はみんな出してて、それに〈集まるように〉って指示だよ。だからちょっと待ってくれな」
「出していた? どうして?」
「それは――」

 答えようとしたゼクスの視線が滑った。
 しなやかな身の動きで地を駆けるのは黒い体に角を持つヘルガー。軽いフットワークで跳んでくるのはノクタス。木々の間から出てきたのはテッカニン。がさっと揺れた木に視線を上げると、マイナンが落ちてきてゼクスの頭にしがみついた。
 明らかに戦闘専門、それも攻撃と速度にのみ重点を絞ったメンバー。

 ゼクスは自慢げな笑みを浮かべて手を広げ、ポケモンたちを指した。

「これが俺のパーティ。村に変な奴が来ないかどうか、見張っていたんだけど――」

 上目づかいで見ると、マイナンはふるふると首を振った。ほかのポケモンたちも一斉に否定を示す。
 ゼクスは鼻を鳴らした。

「来なかったらしいな」
「籠城か」
「攻城戦になるな。めんどくさい。あの数突破しなきゃなんねーわけ」
「一点集中の短期決着だな。長引くとよその奴らが集まってくる」
「いっそおとりはどうだ?」
「だれがなるんだ。お前なるか?」
「……いーけど、数で来られたら負けるぞ。こいつらはぶちかますの専門だからな」
「そういえば君たち、どんなポケモンを持っているんだ?」

 ふと思い出したように振り返ったルーラーが見たのは話から置いて行かれたフィリアル。
 無言で説明を要求している先輩たちのフォローをするように、こめかみをもんだティアルが手を挙げた。

「…………あの、お願いですから、僕たちにもわかるように話していただけませんか?」







「一定範囲の自動報復……?」
「つまり、ある範囲――この円より内側に入ったら攻撃されるってことか?」
「そうそう」

 ウィルゼは地図の上、約二キロほどの赤い円をなぞった。川の流れを逆にたどり、円に入ったあたりでぴたりと止める。

「そう、ちょうどそのあたりで攻撃されたんだ」
「昨日一日かけて範囲を探ってたんだけど、あれで確信が持てた。森にポケモンの気配がないって、ルーラーがな。つーか」

 ゼクスは腕を組み、もどかしそうにぎゅっと顔をすぼめる。

「……どっかで似たような事例、見たことあんだよなあ……?」

 シェーリがぱっと顔を上げた。ルーラーは「またか」とでもいいたそうだ。ついつい期待を込めてみる中で、ゼクスは「うーん」とうなったきりしばらく黙り、やがてため息とともに腕をほどいた。同時にシェーリが視線を落とす。

「思い出すならきちっと思い出せ、役に立たんだろうが」
「なんだったかなあ? おもしれー事例だなと思ったんだよ。それは覚えている」

 ルーラーはでかでかと「役立たず」と書いている顔と白い目を向ける。この相棒の、この記憶力の悪さはどうにかならんものか。

「結局、ポケモンたちの様子がおかしかったわけは?」
「君はどう思っているんだ、シェーリ?」

 逆に問われ、シェーリははらりと落ちてきた髪を邪魔そうに背後にかきやった。脳裏によぎるのは血走り、明らかに正気を失っていた異常な目。

「……十中八九、催眠暗示かと」
「ふーん。で?」

 先を続けるように促され、シェーリは目をさまよわせた。あらゆる状況について自分の中で想定し、現実に対処することには慣れているが、不確定の事柄を推測だけで語ることはできるだけ避けてきたため、やり方がわからなかった。珍しくもごもごと口の中でつぶやき、ぐるりと目を回す。

「この森の異常が、子供の失踪に関係していると仮定して……。あの数のポケモンが、……何らかの方法で暗示を、同時に与えられたというのは考えにくい。意味もない、というか逆効果。あれでは異常はすぐに知れる。エージェントの存在を念頭に置くならかなり短慮だ。だからおそらく人間ではない。ポケモン。……それも催眠術を持つ、……大型、二つ足の……」
「ん? 新情報だな。それはどこから?」
「村に残った足跡だ。村人のポケモンにしてはおかしなものだった。……それで、ポケモンだとするなら、対症療法的なやり方にも納得できる。子供をさらい、隠れる、という選択肢ではなく、邪魔者を追い払う、を選ぶ。いかにもらしい発想だ。そのあと何が起こるかまでは想定していない」
「……うん、大まかな考えはいっしょだな。じゃーまーあとは相手を見つけてぶったおすまでだ。ただ、それにはここを突破しなきゃいけない」

 ゼクスの長い指が叩いたのは、赤い円だった。

「相手のテリトリーに入らなきゃ救出もくそもねえ。ただ俺達でも、あの数突破すんのは骨だ。そこで、できればお前たちの力がほしいわけ」
「それで、おとり?」
「そう。守りがかたくてある程度攻撃力あって、できれば小回りが利くのがいい」
「無謀だな」

 ウィルゼが提案を一刀両断にした。
 ん? とゼクスが彼を見る。自分のポケモンを思い返そうとしていたフィリアルもそちらを見た。

「森中のポケモンが操られているのなら、その数は百や二百じゃきかないだろ。その条件にあてはまるのはいくらかいるが、多勢に無勢だ。とてももたねー」
「同感だな。一点突破の方がましだ」

 クウが地図を指弾する。昨日のこともあってはっきりしている。人数はいるが、自分たちでもあのポケモンたちの相手は無理だ。二手に分けてしまったら後が怖い。

 ゼクスは肩をすくめると、あっさり引き下がった。

「じゃあしょうがないわな。ちと強行軍になるぞ」



 *   *   *



「本っ当に強行軍だな!!」
「だからそういったろ!? 付いてこれなきゃ置いてくぞ、っと!」

 スナップを利かせた袖口からひゅっと飛び出たムチのようなものがシェーリに躍り掛かりかけたポチエナの鼻づらをたたいた。素早くゼクスの手元に戻ったそれを目で追うこともなく、シェーリはひとまず怒鳴った。

「礼は言わないぞ!!」
「言えよ礼ぐらい!!」
「言わなくていいぞ、無駄口たたいている余裕があったら走れ!」

 最後尾のルーラーが怒鳴る。直線距離は一キロでも、ポケモンたちを蹴散らしながらではその五倍に感じる。

「ネンドール、リフレクター!」
「ヘルガー、シャドーボール! テッカニン連続切り!」

 前後から襲ってきた数匹を一瞬も足を止めることなく退ける。拍子に倒れた木を、シンはすんでで蹴り飛ばした。

「前から思ってたけど! エージェントって自然保護とか考えないのか!?」
「いや、そりゃ考えてるけど、この場面でそれいうか! 大物だな、お前!」

 ひたすらどうでもいいことを叫びつつゼクスは全員を先導する。思わずあきれるような会話をしていても、彼の目は鋭く周囲を探り、確実に危険を見つけ出し、排除する。
 それは、周囲のすべてを五感で等しく感じ取る地才・天才にも似ているが。

(……こいつのは、視覚と聴覚と第六感だ!)

 その動きで確信できる。彼は作手でも舞手でもない。それとは全く逆――天技の対抗策を徹底的に叩き込まれた存在だ。

 いくらか複雑そうにゼクスを見ていたシェーリはふと、とくんと騒いだ心臓を押さえた。
 ざわざわざわざわと血が騒ぐ。何かの予兆? これはいったいなんだ? ……いや、前にも確か……。
 シェーリの気がそれた時、先頭のゼクスが進路上の岩棚の上に跳び上がった。その瞬間、彼の注意もわずかに周囲から自らにそれた。

 誓って、それは一瞬だった。
 けれどもそれは、十分すぎる時だった。

「ルー……!!」

 危険を告げる声が響く。はっと上げた視線の先、空中にいたゼクスの体が大きく後ろに弾き飛ばされる。彼に体当たりしたのは岩の塊、いや――?

(ま、……ず、い――!)

 かっと視界が白く灼ける。
 喉が震えたのを知覚したのは、衝撃を受けたその後。

 空が見えたと思った瞬間、全身を襲ったショックに、シェーリの意識は真っ黒に塗りつぶされた。



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