2話:反逆の序章

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システムが本格的におかしくて試行錯誤してます。幾度目かの再投稿で、ご迷惑おかけしています。

 ゆっくりと、シェーリは暗闇の中で身を起こした。
 全身に重い倦怠感(けんたいかん)がまとわりついている。無理矢理飲まされた変な薬のせいだ。体を壁に預けることに成功すると、かすかに息を吐く。何をするのも億劫(おっくう)だった。

 視界にちらりと電気のスイッチが映るが、そこまで歩く気力は湧かない。薬のせいだけでなく、精神そのものが衝撃を受けていた。

 甘く見ていた、マツブサを。
 まさか本当に自分たちに盗聴器を付けていようとは。
 本当にプライバシーも何もあったもんじゃない。悪趣味だ。
 そうとも知らずに外の世界を夢見ていた自分は、どんなに笑える見せ物だったのだろう。

 望みを絶たれ、心を折られた少女の瞳から涙はこぼれない。かわりのように、かみしめられた唇から赤い雫がおち、白い布に一点の染みを作った。



*   *   *



 どれくらいの時が経ったのだろう。
 ふいに声がかけられ、シェーリはぴくりと反応した。

「出たいか」

 この声はだれのものだろう……? シェーリの部屋から廊下につながる扉からそれは聞こえた。扉越しだからか、くぐもっていて判別できない。分かるのは相手が男ということだけ。
 その声をマグマ団のものだと思ったシェーリは何も言わなかった。最後に残ったプライドが、マグマ団に(くみ)することを拒絶していた。

「外に、出たいか?」

 声はもう一度響く。シェーリはうっすら目を開けた。
 長短がほぼそろった時計の針がわずかに右に傾いていた。ぼんやりとそれを見ていて、突然それの意味するところに気付き、彼女は怪訝(けげん)そうに眉を寄せた。
 一時、五分?
 はっきり「A.M.」と光っている文字が見える。

「おい、返事くらいしろよ。こっちはわざわざ危険を冒してお前に接触してるんだぞ」

 声の調子が変わる。
 少しいらだった声。けれども、その中には焦りと警戒がにじんでいる。

 もしかして、マツブサの手の者じゃない?

 動こうとすると、全身の筋肉がこわばって言うことを聞かなかったが、彼女は抗議の悲鳴をきっぱり無視してベッドから降り、扉に近づく。その行動には全く音というものが伴わなかったのに、立ち止まったとたん向こうから話しかけてきた。

「外に出たいのかそうじゃないのか――まずそれを聞かせろ」
「その前に、こっちも質問がある。お前は――」
「マグマ団じゃない。むしろ、それをぶっ潰そうと行動中だ」

 この言葉を、普段ならシェーリは疑っていたことだろう。
 しかし今はなぜか、この男は嘘を言っていないと思った。無条件に、すとんと、そう信じた。

 とたん、体がカッと燃える。

「……出せ」

 次の瞬間、感情が爆発する。

「出せっ、私をここから! そうする気があるというのなら、今すぐ!」

 それは怒りだった。
 敗北感に敷かれて今まで表に出なかった、奥底に秘められていた本音。自分という存在を踏みにじったマツブサへの、マグマ団への、それを受け入れてしまった自分への――純粋な、怒り。
 抵抗もせずに。唯々諾々(いいだくだく)と望みを捨てる。
 そんな自分は許せない。許さない。

 獣のような咆吼に、冷静な声が応えた。

「下がっていろ」

 言われたとおり扉から離れながらも、何をする気なのだろうと訝かる。この部屋の暗証番号はマツブサしか知らないものに変えられたはずだ。この扉も壁も、破れるほどやわではない。

 ――と、いきなり壁が光った。
 真っ赤に膨張して、目を見張るシェーリの前でもう限界! とばかりに弾け飛ぶ。彼女はとっさに腕を上げて顔をかばい、まぶたをすかした星のような輝きにそっと目を開いた。
 開けた視界に真っ先に飛び込んできたのは、闇の中に浮かび上がる炎と、それに照らし出されて美しく、そして妖しく輝く一匹のポケモン。
 千年生きると言われるポケモン、キュウコンだ。

 金色の体毛が炎に照りかえり、星をちりばめたようにきらきらさんざめく。しばしシェーリはそれに見とれた。
 これは、トレーナーの腕がすごい。
 こんなに美しいポケモンを見たことがない。

「んー、ちょっと派手か。ま、いいか、合図だしな」

 この声――!?

 息をすることも忘れ、キュウコンに見とれていたシェーリは、ぎょっとして目をこらす。聞き覚えが、ある、ような。

 シェーリは大きく息をのむ。ゆっくりと炎の元に出てきた、その人物は。

「ユワン……!」

 マツブサから信頼され、自分の監視を任されたはずの男が、声の主だった。



 *   *   *



「ユワン……!」

 思わずといった調子でその言葉が漏れたとき、「ユワン」は吹き出しそうになって、何とかかみ殺す事に成功した。
 予想通りの反応をするから、おかしくって。などと言ったら、それこそ次の反応は手に取るように分かる。仲間からこちらを一任されたものとしては、それはできなかった。

 代わりに「ユワン」は手に持っていたものを放り投げた。シェーリは反射的にそれをキャッチする。と、その目が大きく見開かれた。

「これは……どうして……!」

 シェーリが手に持っているのは二つのモンスターボールだった。
 間違いなく、昨日マツブサから支給されたもの。シェーリのヒノアラシとウィルゼのコドラのボールだ。

 シェーリが気をとられている間、「ユワン」は二つ隣の扉を見た。ウィルゼは扉を叩いている。――よし。

「キュウコン、火炎放射!」

 ごうっ!
 空気が焼き切れる音というのを、シェーリはこの時初めて聞いた。
 周囲を赤々と照らし出す炎は壁にぶつかり、防火壁でもあるはずのそれをたやすくぶち抜く。さっきのように膨張するひまも持たせなかったのは、マグマ団が迫っているからか。

「キュウコン、もう一発……!」

 シェーリの懸念を証明するかのように「ユワン」はすぐさま廊下の向こうをねらった。炎の下、ちらりと赤いマントがシェーリにも見えた。

「シェーリ!」

 視線を戻すとウィルゼが壁の裂け目から飛び出してきたところだった。シェーリは内心安堵して、「ユワン」を見て驚いた顔をする彼に近づこうと一歩を踏み出した。――が。
 突然、膝が折れた。とっさに駆け寄ったウィルゼが倒れかけたシェーリを支える。その足下に、試験管がころがった。

「解毒剤だ。そいつは薬盛られている。早く飲ませてやれ。少しすれば、動けるようになる」

 しびれる頭でそれを聞いたシェーリは、「無理もないか」と冷静な判断を下した。
 やはり、感情だけで体をコントロールするのには無理がある。今まで動き回っていたツケである虚脱感と闘いながら、シェーリは何とかとんでもなく苦い薬を飲み干した。
 良薬口に苦し。にしてもこれはどうにかならなかったのか。飲み干した後、せき込みながら(らち)もなく思う。
 いや、そんなことを言っている場合ではない。シェーリは乱暴に口をぬぐい、頭上を見上げた。

「……目的は?」

 「ユワン」を半ばにらむその瞳に先ほどまでの濁りはない。彼は眼を細めた。

「話が早くて助かるな。目的は、……そうだな、今回はこの施設の崩壊」
「そのために私たちの力も借りようって?」

 皮肉気なシェーリの口調に、解毒剤は交換条件にすべきだったかという考えがよぎったが、「ユワン」は恩を着せることなく、肩をすくめた。

「使えるものはなんでも使う。それに利害は一致している」

 そう、今のところは。

 彼の心の声に気づいた様子もなくシェーリは再び廊下の端を見た。赤々と炎が踊っているが、長くはもたない。消されるのはきっとすぐだ。そうなればマグマ団はすぐさま彼女たちの捕獲に乗り出す。
 二人か、それ以上か。シェーリは腹を決めた。

「どうすればいい」

 答えを見越していたような速さで「ユワン」は答えた。

「陽動。それだけだ」
「具体的には?」
「暴れて――いや、あちこち逃げてくれるだけでもいい。そうしたらこっちに向く目が減る。俺達の方が終わってお前らが危ないときは助けてやる。その前にやられたんなら自分を恨め」

 口を開けたウィルゼをデコピンで黙らせ、シェーリは諾を伝えた。

 一度背を向けた「ユワン」が、舌打ちして乱暴に何かを放り投げた。とっさにキャッチしたそれは、またしてもモンスターボールだった。

「やる。お前がいいと聞きゃしない。お前らに選ばせるはずだった最後の一匹だ」

 それだけいうと彼は風のような速さでマグマ団のいる方向に走っていった。
 戦闘の音が遠くなる中、額をさすっていたウィルゼはシェーリが持つモンスターボールに視線を落とす。

「……“お前がいい”?」

 首をひねった彼は続けた。

「ポケモンって、しゃべったっけ……?」

 こういうとき、突っ込み役に回るはずのシェーリは、何とも言い難い表情で自分の手元を見ていた。




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