第29話 ~素晴らしき黄金の街、ルドー。~

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読了時間目安:23分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

主な登場人物

(救助隊キセキ)
 [シズ:元人間・ミズゴロウ♂]
 [ユカ:イーブイ♀]

(その他)
 [チーク:チラーミィ♂]

前回のあらすじ

『インフォメーションカップXXX』の事件から、しばらく。シズは、その優勝賞品として手に入れた、自身の過去と関連する情報を未だ確認することが出来ずにいた。
……悪夢として見てしまった自らの過去の片鱗、その苦しい記憶によって。

しかし、そのような心理的停滞など無関係に、世界は回ってゆく。
ある日シズたちの元に持ち込まれた、シズたちの住まう島の外に存在する『黄金の街・ルドー』までの護衛依頼。複数の救助隊が参加するというその作戦は、比較的低い危険度に対し、多額の報酬が用意されるという。

……生きるということは、金がかかるということだ。ポケモンの世界においてもその基本形は変わらない。ユカのごり押し的賛成によって、救助隊キセキとチークはその依頼を受けることになったのだ。
 『黄金の街・ルドー』。その名の通り、あらゆる建造物に金細工による装飾が施された、豪勢と言うほかない金ぴかの街。
 どれだけのお金があればここまでのことが出来るのであろうか? いずれにせよ、この世の天国を思わせるような凄まじい景色であるのは間違いない。

「ホントに金だらけなんだ……」

 その壮観さに救助隊たちが圧倒される中、ユカが一言言葉を発した。

「ボクは……なんか、苦手だよ。見た目が金色ばっかりでうるさすぎるっていうか……」

 追随してシズも感想を語る。
 金持ち的な悪趣味とでも言うのだろうか、財力の強すぎる誇示というのか、自分がこんな場所に居て良いのかとか……とにかく、シズの思考にはそう言った感情が渦巻いているのだ。

「なんつーか……損な性格だよな、お前……」
「そう言われても……」

 それを察したチークが、うっすらと苦笑いを浮かべながらシズに語りかける。……こう言ったものを素直に楽しめる者こそが幸福になれる。逆に言えば、それが出来ない者は損をしている。あくまでチークの哲学だが。



「諸君!」

 救助隊たちのざわめきの中に1つ、強い発声を行った者がいた。救助隊たちのざわめきは一瞬のうちに静まりかえる。

「この数日間の護衛、ご苦労であった。道中、犯罪者どもに襲われることはなかったが、それはひとえに諸君らの存在という抑止力が存在していたが故だと理解している。ここに感謝を表明しよう」

 そうだ。前回、船に揺られてからの数日間。シズたちを含む救助隊たちは、支部長の護衛という仕事を請け負っていた。
 ……道中、危険は起こらなかった。これは不思議のダンジョンや危険地帯を徹底的に避ける安全ルートを選択したという事実によるものである。そういった道の開拓は、元々『大陸』――今シズたちが立っている土地に住まう住民たちが済ませていたのだ。

「これから私は『黄金兵』たちの駐屯地へと向かう。この遠征の目的たる、『銃器犯罪の学習』を為すために」

 『黄金兵』――この街の持つ固有の軍隊、その兵士たちの名称である。人間の武器たる槍で武装した彼らは、元を正せば銃火器への対抗を目的として訓練された存在である。
 支部長の話す目的に合致しているのは確かだ。

「諸君らの役割は、1週間後に『ピースワールド』への帰路につくまで存在しない。それまでは自由時間だ。『黄金の街』は最強の街……私の護衛の任は、『黄金兵』たちが引き継ぐのだ」

 『丸一週間の自由時間』という言葉を聞いて、救助隊たちは歓喜した。ある者は、単に観光を行いたいが故に。ある者は、『黄金兵』の強さに興味があったが故に。喜ぶ理由は違えど、『黄金の街』は世界一豊かな文明と呼ばれているのだ。それを自由に散策できると聞いて気分が上がらぬはずはない。

「ねえ、聞いた!? 支部長のおじさんの勉強が終わるまで自由だってさ!! ワタシの予想が当たったね!」

 その歓喜する救助隊の内には、当然ユカも含まれていた。

「確信してないのに観光パンフとか貰ってたのかよ? 外れてたらどうするつもりだったんだ……?」
「シズと一緒にさぼるつもりだったけど?」
「いやサボるなぁッ!?」

 一方、チークはユカの態度に突っ込みを入れる。この会話そのものは楽しんでいるようだが、他方で自由時間自体への喜びは見られない。

「あ、あはは……うん……」

 そのギャグ? にどう対応して良いのか分からず、シズは苦笑いを浮かべた。
 ……しかし、自由時間か。道中危険が無かった事実も含めて、半分、観光旅行をやれるようなものである。『黄金の街・ルドー』……思えば、シズが『シーサイド』以外の街にやって来たのはこれが初めてだ。見て回る価値は大いにあるのかもしれない。













「――この料理、おいしーい! カレーっていうのかな? 木の実をドロドロに煮溶かしたスパイス入りのヤツ」
「デザートの抹茶アイス、苦くてボク好みかも……」

 シズたちは、とある料理店での食事を楽しんでいた。危険が無い道中だったといえど、やはり腹は減るもの。『旅では持ち物の重量を減らすべき』という観点もあってあまり美味しいものは食べられなかったので、この2匹の食いっぷりは小型ポケモンとしてもかなり上振れている。

「ってか、チークも一緒に食べりゃ良かったのに。なーんか、『この1週間、支部長の動向に注視するんだ』とか言い出してさ」
「事情があるんじゃないかな。チークさん、ちょっと深刻そうな顔してたし……」
「ふーん……美味しいのに、もったいないね」

 だが、その場にチークは居なかった。彼も同じ食卓に着いていればシズたちのような食いっぷりだって発揮しただろうに。
 ――シズたちにとってはあずかり知らぬことではあるが、チークは支部長に賄賂の取引をしたのではないかという疑いを持っている。その点について声を上げられないのであれば、せめてこれ以上の悪事を働くのを許したくないという感情なのだろう。

「さすがに後で食べるとは思うけど……」
「いやそうじゃなくて。ワタシたちと食卓を囲む行為そのものが大事っていうのかな? せっかく『黄金の街』に来たっていうのに、一週間ぜんぶ完全別行動なんて……」

 そんな背景、何も知らないシズたちにとってはなんの関係もない事だが。
 2匹に残るのは、『一緒に遊べない』という残念感だけだ。

「大事なの?」
「……わかんない。でも、血は繋がらないけど、兄弟だとは思ってる」

 ……ユカとチークの間には、強い関係がある。元住んでいた街を焼き尽くされ、共に命からがら逃げ出したという関係が。その後も、行方不明のユカの母親を探して、結局死んでいたことが発覚しただとか、チークの計らいで平和な『ピースワールド』に移り住んだりだとか。
 シズよりもずーっと、時間的な付き合いは長い。

「――さ。そろそろ行こっか。『黄金の街』観光ツアー!」

 そんな背景を思わせてしんみりした空気を感じたシズ。
 たが直後に、ユカがその空気感を吹き飛ばす。

「……そうだね」












 ここは、『黄金の街』のとある大通り。

「でも……こんなに沢山の金、どこから来てるんだろう……」
「あ、観光パンフレットに書いてるね。えーっと、『いけにえの城』って不思議のダンジョンから沢山の金が産出されるんだってさ。それがお金持ちの理由みたい」

 腹ごしらえを済ませたシズたちは、本格的な観光を始めていた。
 この街の情報をじっくりと考え、背景も含めて眺めてやるのだ。

「えっと……他の街でも、ダンジョンから資源を集めて生活したりとかって……」
「あ、言ったことない? その通りだよ。普通、街みたいな『文明』は不思議のダンジョンを2~3個確保して、半占有状態に置くんだよ。それで、その街に住むポケモンたちはそこで木の実とか、それこそシズの言ったような資源とかを集めたりして生活するんだよね」
「へー……」

 『ポケモンは、ダンジョンから道具を集めることによって生活している』――このことについて、シズは全く知らなかった。いや、『不思議のダンジョンはポケモン経済の基軸』というワードを聞いたことはあるけれども、明確な説明を受けたのは初である。

「だからね。実は救助隊以外のポケモンたちもダンジョンに潜ったりするんだ。なんの組織にも属していないのは、得意とするダンジョンによって採集家とか採掘屋とかって名乗ったりするんだけど……聞いたことない?」
「あ。そういう意味だったんだ……」

 知らなかったこの世界の常識を教え込まれながら、シズは歩く。周囲を見渡せば、並び立つ中世風の建物たちに、黄金色の装飾が光る。その色すべてが本物の金で作られていると言えば、どのぐらいのポケモンが信じるのだろうか? ポケモンたちに貨幣の概念が芽生えた時点で、金は貴重で価値があると、人間世界と同じぐらいに認識されているのだ。












 2匹は、その後も『黄金の街』の観光を続けた。いろんな飲食店を食べ歩いてみたり、意味も無く公園に立ち寄ってみたり。バトル施設での観戦を楽しんでみたり。いずれも、強大な財力に裏打ちされた高級感のある楽しい体験であったことには間違いなかった。

 そして、日は落ち、夕暮れ時である。

「……っはー! 楽しかったね、シズ! パンフレットに書いてある場所を巡ってただけだけど……お店も住民のみんなもすっごくお金持ちってのはわかったよね。しかもサービスも良い!」
「ホントに良いのかな、こんなことしちゃって。ボクたち、一応仕事のはずで……」
「良いでしょ! 雇い主がイエスって言ったんだから!」

 大通りを歩きながら、シズたちは話す。今日一日の体験。ありふれすぎた高級感による、妙で、しかし不快すぎることもない緊迫感。
 まだもう少し遊んでいたいと考えるには、十分すぎる状況である。

「えーっと……ま、とにかく、今日の分は次で終わりにしよっか!」
「……そうだね」

 ……だが、夜の街というのは危険な物である。シズたちには救助隊としての戦闘能力があるが、怖い目に遭わないに越したことはない。
 その観点からか、ユカは『次で最後にする』という結論をはじき出した。

「えっと……それで、どこに……?」
「このパンフレットに一番大きく紹介されてるところ!」

 2匹はさらに歩く。最後の目的地へと向かって。












「じゃーん! どう? シズ! ここがワタシの行きたかったところ!」
「……え? でも、ボクたち……子供で……」

 そこは、大きな建物だった。
 大きく、重たく、灰色の石煉瓦造りの……しかしこの街の例に漏れず、金細工による装飾が施された。おおよそ子供が近づいて良い場所ではないと言わんばかりの、どこかオトナな雰囲気を放つ建物であった。

「カジノ!」
「ダメだよユカ!?」

 『大規模カジノ施設・ナイアール』。それが、この建造物の正体である。
 当然のことながら人間の倫理観では、賭博――こと、子供が行うそれに対しては否定的な意見が多い。状況によって人を小金持ちにも一文無しにも変えてしまう、リスクのある行為。しかしそれでいて、依存性のある強力な娯楽としての効果もある。
 そんな物を相手にした子供が、自分を律するのは難しいであろう。

「や、やめようよ、ユカ。こんなこと……一線を、越えるなんて……」

 ……そんな麻薬のような娯楽から身を守る方法は1つ。最初から触れないことでしかあり得ない。
 故に、一線。生と死の境目。

「大丈夫! 一線は越えるためにあるッ!」
「大人になってから! せめて大人になってからにしようよ! 何年も先のことだけど、でも、それからでも――!」

 ユカが、カジノの大扉に手をかける。
 強烈すぎる娯楽。その先にあるかもしれない絶望。シズは必死に叫ぶ。この先へ進めば、もはや戻ることは叶わないかもしれない。ただでさえ金銭感覚を狂わせる『黄金の街』に居るのだ、最悪ギャンブル中毒になって、借金に手を出すなんて事になれば――





「――貴公ら……まだ、子供ではないか……」

 この状況に割って入る声が1つ。

「え。おばさん、誰なの?」
「ちょっ、ユカ!? 初対面でおばさんって……!」

 それは、黄金の鎧に身を包んだ、少し年のいったように見えるチラチーノの女性であった。その手には槍を持っており、まさに衛兵と行った佇まいである。……2匹は思い出す。この街固有の軍隊、『黄金兵』の存在を。恐らく、この女性はその一員なのだろう。

「幼気な少年少女がこのような場所に来てはならん。我は、そうして借金を背負う者をいくつも見てきた」

 彼女が放つのは、警告だった。
 ギャンブルに手を染めてはならないという、警告。

「ギャンブルの味を知った者は、往々にしてギャンブルの力で危機を脱しようとするものだ。……そうして借金は膨れ上がっていき、やがて、『黄金の街』に返済の見込みがないと判断される」

 中毒に陥ったギャンブラーが、失敗を繰り返し、地に墜ちていく。どこか生々しい話に、シズたちは押し黙ってしまった。
 自分はそんなことにならないと豪語するのは簡単だが、そういう者こそが深みにはまるのだろう。

「ここまで言えば、貴公らとて理解できるだろう? 『貧民』に墜ちてしまうのだよ。この街にふさわしくない、ポケモンのゴミ捨て場にな……」
「……ん?」
「え……?」

 ……『貧民』。聞き慣れない言葉だ。観光パンフレットの事前情報にも、そのような語句は存在しなかった。
 2匹は困惑する。『貧民』とは一体何だ? 言葉通りに受け取って良いのか? ポケモンのゴミ捨て場とは?


「む。貴公ら、もしや旅の者か?」

 困惑する2匹に、そのチラチーノは何かを察したような表情をした。

「あ、はい。『救助隊協会第一支部』の救助隊キセキです」
「こっちのミズゴロウの言うとおりだよ。……それより、『貧民』って?」

 チラチーノの言うとおり、この2匹は旅行者だ。
 平和な島『ピースワールド』からやって来た、救助隊。

「ああ……これは失敬した。今の言葉は忘れてくれたまえ。旅の者は、うわべだけを楽しめばそれでよい。年端もいかぬ子供が、暗部を知るものではない」
「は、はぁ……」

 それを知った途端、チラチーノは今までの言葉をはぐらかす。

「だが、それはそれ。『貧民』に墜ちることはないにせよ、莫大な借金を抱えぬに越したことはないだろう。立ち去りたまえ。『第一支部』の者であるなら、宿は取ってあるのだろう?」

 そう言ってチラチーノは、カジノの扉の前へと立ち塞がった。2匹は顔を見合わせる。『帰れ』と言う合図なのだろう。

「わかりました。ご忠告、ありがとうございます」
「なんだよ、別に全財産BETとかするつもりはないのに……」

 とりあえず、2匹はこの場を立ち去ることにした。ユカは不満を口に漏らすが、シズはとてもほっとしたような気分であった。
 しかし。あのチラチーノが放った台詞が、妙に耳に残る。――『貧民』。単に貧しい者を指していう言葉では無いはずだ。まるで、明確な身分制が存在するような……
 ……きっと、考えても仕方の無いことなのだろうが。












 ここは『黄金の街』にあるどこかの大通り。時間帯は夕方、大地が暗闇に飲まれ始める頃である。沢山の街灯が、道の脇に沿って等間隔に建てられている。電灯のようだが、地下かどこかに電線でも通っているのだろうか?人間の時代には当たり前の光景だったのだが、このポケモンの時代では、大型の都市でしか見られない景色である。

「一体なんだったんだよあのおばさん! 余計なお世話だよ、あれ!」
「いや、ユカ……やっぱり大人になってからじゃないと……」

 結局、2匹はそのまま、宿泊する予定の宿へと向かうことにした。
 この街にやって来た救助隊は皆、そこで睡眠をとることになっている。『第一支部』がペリッパー連絡所の郵便を通して事前に予約を取っておいたらしい。

「あーあ。不完全燃焼だよ……」
「……そんなに?」

 ……ユカは、カジノで遊べなかったことを相当不満に思っているらしい。観光パンフレットに一番大きく記載されていたとのことだから、きっと楽しみにしていたのだろう。
 リスクの観点から反対意見を示していたシズだが、ここまで来るとなんだかかわいそうにさえ思えて来てしまった。最終日あたりにでも、上限額をきっちり決めるという条件付きで遊びに行っても良いかもしれない。そんなことを思いつきつつ、夜の街路を歩くのだった。




「わ……あ、あぁああーッ!?」

 ――突然のことであった。その叫び声が聞こえてきたのは。

「シズ! 今の!」
「ボクも聞こえた。一体何が……!?」

 2匹は警戒を強めた。叫び声が聞こえた方に注視するが、街灯のあかりがあってもなお少し薄暗くて――いや、何かが見えてきた。
 あれは、こがもポケモンの『クワッス』だろうか? 怯えた表情で……何かから逃げているようだ。こっちに向かってきている。

「あの……そこのクワッスさん! 一体――」

 状況を把握しようと、シズは大きな声でクワッスに呼びかける。
 だが、有意な反応は返ってこなかった。逃げるのに必死すぎて頭が回っていないのだろうか、もはやシズたちの存在さえ上手く認識できていないようだ。



「たっ、たた、助けっ……うあっ!?」
「ぎゃッ!?」

 それが祟ってか、そのクワッスは速度を緩めることなくシズと衝突する。『たいあたり』がごときその物理エネルギーに耐えきれず、シズとクワッスはその場に転んでしまった。

「ちょっ、シズ!? どういうつもりなの、そこのクワッス!」
「ヒッ……!? おお、おおお、おいらは――」

 その状況をクワッスによるシズへの加害と解釈したユカは、クワッスへと詰め寄る。
 このクワッスは、シズと同じぐらいの年齢のように見える、なんだか気弱そうな男の子だった。

「ユカ! そんなひどいことするより、クワッスさんが何から逃げてたのかを確認しないと……!」
「……そうかもね」

 立ち上がりながら、シズはユカの行為を咎めた。……クワッスはなにも悪気があってシズにタックルをかましたわけではない。偶然ぶつかってしまったと言うだけだ。
 不満げながらもユカは主張を受け入れる。



「おいおいおいおい……『貧民』風情が。な~にぬるい対応して貰ってんだぁ!?」

 クワッスに追いついて、1匹のポケモンがやってくる。
 それは、ヤトウモリ――ほのお、どくタイプを持つどくとかげポケモンであった。

「『貧民』? このクワッスのことを言ってるの?」

 そのヤトウモリは、クワッスに向かって気になる台詞を発した。思わずユカが聞き返す。
 『貧民』……あのチラチーノが発言した、何か引っかかる単語。詳細はさっぱりだが、ヤトウモリの口調から察するに、この『黄金の街』には明確な身分制が存在するのかもしれない。

「ああ、そうだ! この『貧民』野郎は本来、この場所に居ちゃいけねぇんだよ。だってのに、『黄金兵』のはずのチラチーノババアがコイツのこと庇い立てしてやがる!」

 ユカの疑問に、ヤトウモリは捲し立てるように返す。
 しかし2匹は、ヤトウモリの発言にこの街でしか通じない言い回しなどが多分に含まれていたせいで、その意図を上手く理解できなかった。

「あの……ヤトウモリさん。言ってることの意味が全然分からないです……」
「あん?」

 その状況を、単純ながらにシズが言葉にした。
 ヤトウモリは疑問に塗れた声を漏らし、しかし数瞬後には納得がいったように前足のひらをぽんと叩く。

「……さてはおめぇら、この街の者ではないな?」
「あ、うん」
「はい」

 ヤトウモリの言うとおり、シズたちは旅行者……このくだりはチラチーノの時にもうやった。

「……そうか。だったら悪いことは言わねぇ。そのクワッスのこと、かばい立てしない方が良いぜ?」
「うん? どういうこと?」

 ともかく、このヤトウモリがクワッスのことを目の敵にする理由が全く分からない。
 ユカがその疑問を口にすると、ヤトウモリは言い聞かせるように語り出す。

「簡単な話だ。……このクワッスはクズだ。莫大な借金抱えただか重大な犯罪犯しただとかの理由で、この街の財力の恩恵を受けられねぇ立場にある。そういうのを、この黄金の街では『貧民』と呼んでんだ」

 シズたちはクワッスの方を見る。ヤトウモリを前にして酷く怯えているようだ。瞳をのぞき込むと、恐怖を心の底へ刻み込まれたかのような……そんなものが見えたような気がした。一体このヤトウモリに何をされたのだろうか。
 ……とにかく、こんな男の子に悪いことが出来るとは思えない。

「そして、『貧民』は『貧民区』という黄金無き土地に封じ込められて、その貧しい場所から出ることを禁じられるんだ。……分かるな? このクワッスは、この街のルールを破ってるんだよ!」

 ……ヤトウモリの説明を聞いて、シズたちはなんとなく、『黄金の街』での『貧民』という言葉の意味を掴むことが出来た。

 元々極端に貧しい者や、バカな真似をして借金を作った者。そして非道な犯罪者を、皆ひっくるめて『貧民』と呼んで、『貧民区』という貧しい土地に送り込んでしまおうという決まりなのだ。
 そんなことをしていれば、貧民でない者が、『貧民』に対する差別意識を持ち始めるのも当然のことなのだろう。このヤトウモリはその典型例なのかもしれない。

 そういう風に理解したのだ。
 
「……分かったか? このガキがゴミだってこと。な? 『カナリア』君?」
「ひっ……ああ、あっあぁ……」

 『カナリア』――そう呼ばれたクワッスは、腰を抜かしてその場にへたり込む。ただ、名前を呼ばれただけで。
 その様子を目撃したシズたち。クワッスが――カナリアがどれだけ恐怖しているのかがよく理解できてしまって、胸の中に嫌な物が詰まるのを感じた。

「ヤトウモリさん……あなたは、このクワッスさんに何をするつもりなんですか!?」
「なんだかわかんないけど、イジメの現場ってのは分かったよ。シズの質問に答えて!」

 ……となれば、シズたちにとってクワッスは庇護すべき対象である。だって、かわいそうなのだから。
 2匹はクワッスの前に出る。ヤトウモリから庇うようにして。

「……適度に毒ガスを吸わせて、立場ってモノを分からせてやるんだ。コイツ、『貧民』のくせに普通の生活をしてやがるからうぜーんだよ。傷もつかねぇから『黄金兵』のチラチーノババアにもバレづらいんだぜ?」

 チラチーノババア……シズたちをカジノから遠ざけた、あの女性のことを言っているのであろうか。
 いずれにせよ、ヤトウモリがやろうとしていることがかなり陰湿な行為だと言うことには確信が持てる。毒とは、当然ながら受ければ苦しい。いくら『ポケモンの手でポケモンを殺せない』という法則が存在していたとしても、その苦しみまで軽減してくれるわけではない。

「わかったよ。……だったらキミは、ワタシたちの敵だッ!」
「2対1、しかもあなたは、ボクとタイプ相性で不利です! やられたくないなら、ここは退いてください!」

 そんな行為を、シズたちは許さない。
 2匹が取ったのは戦闘態勢。実力行使をしてでもクワッスを守る構えだ。

「あーあー。そういう立場取るのかぁ。……負けて大怪我しても、誰も助けてくんねぇぞ? お前らは『貧民』庇ったバカヤロウだからなァ!」

 ヤトウモリにも、退くつもりなど無かった。彼もまた戦いの構えを取る。
 ストリートファイトの始まりである。

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