【第009話】One way

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:12分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください


「火事だぁああああああっ!!」
「きゃああああああああああああッ!!」
葛飾区内、私立高校。
響き渡る悲鳴と警報。
そして廊下を埋め尽くす多量の黒煙と、壁のごとく立ちはだかる炎。

 昼休みの直前……安息のためにあったはずのその時間は、瞬く間に阿鼻叫喚の灼熱地獄と化していた。
逃げ惑う学生と教師。
しかしあまりに火の手は早く、多くの人間が逃げ遅れていた。

「くそっ……こっちの階段も駄目だ!!」
「なんなんだよ……!!火事は起こるし、おまけに変なバケモノは出てくるし……何だってんだ!!」
そしてこの不良学生の集団も、その逃げ遅れた勢力のひとつであった。
脱出経路が尽く潰れ、廊下の際まで追い詰められていく。

「お、おい太田……もうこの窓使うしねぇぞ!!」
「くそっ……一か八かだ!!飛び降りだッ!!」
命の危機が迫っているがゆえ、迷っている時間はない。
彼らはすぐさま4階の窓から、校舎裏の茂みをめがけて飛び降りる。

 3つ分、大きめの落下音がする。
「痛ッ……!!」
「は、早く裏門から逃げろ……!!ここももうやべぇぞ!!」
下半身に走る痛みを堪えつつ、全力で校内から逃走を図ろうとする彼ら。
……が、その希望は早くも打ち砕かれることになる。

 逃げ出そうとした彼らの目の前に、赤い炎を身にまとったポケモンが現れる。
『はぁっ……はぁっ……太田ァ……!!』
「ば……バケモノ……!!?」
ポケモンは太田の一味をにらみつける。
それはもう、殺意に満ちた乾いた瞳で。

 彼はブーバー……そう、田村と呼ばれた少年だ。
『君たちだけは……生かしておくわけにはいかないッ……!!』
「や……やめっ……!!」
太田らの言葉を待たず、ブーバーはすぐに多量の炎を吐き捨てる。
その炎は、不良学生らの身を一瞬にして焦がす。

「ぎゃああああああああッ!!」
「ぐああああああああああああッ!!」
そうして彼らの肉体は徐々に黒く焼け焦げていき……
最終的に人間の形ですらなくなった彼らは、徐々に炎系のポケモンへと姿を変えた。

『Plllllllllllllllllll!!』
『Kyaaaaaaaaaaaa!!』
『Glllllllla!!』

その様子を見て……ブーバーは高らかに笑い声を上げる。
『ざまぁ見ろ……ざまぁ見ろ高校のクソ野郎共!!ボクを見殺しにしたクソ教師も、さんざんバイト代を強請ってきたDQNも、陰口叩いた女どもも!!全員焼き殺してやった!!!!!!はははははははははははッ!!!!』
殺戮者の歓喜に満ちたその声は……まさしく勝利の咆哮と呼ぶべきものだ。

「ほ……ホントに殺ったのか…………?」
その様子を怯えながら見ていたのは、トラックドライバーの火ノ浦陽平。
先日、夜行の計らいで契獣者と化した彼は、ブーバーとともに行動をしていた。

……が、彼はその力をもって自らの高校を焼き払った。
夜行の弁舌で殺意を刺激されたばかりに……だ。
『どうだい火ノ浦さん……!凄いだろ、これが僕らの力なんだ!!』
「うあ……あぁっ………」
あまりの惨状に、声が乾く火ノ浦。
しかしそんな彼の肩を掴みつつ、言葉を発する者がいた。

 そう、彼を契獣者として生み出した張本人・夜行だ。
「ハハハッ、派手に殺ったなぁ田村!!だがそれでいい!!テメェは力を振るうことを許された強者だ!!」
『そうだ……ボクは強い……ボクは強くなくちゃいけない!!人間を貶めるクズ共を、尽く燃やし尽くすために!!』
まるで洗脳でもされたかのようである。
ブーバーのその表情は、自分の正義を信じて疑わない暴徒そのものであった。

「次はお前だよ火ノ浦ァ……」
「わ、私は別に……こんな人殺しなんて……」
「でも恨みなら山ほどあるだろ?テメェをゴミのように扱ってくる勤め先、ハラスメントの毎日に、浮気して裏切った元妻……今はそいつらを全部リセットできるチャンスなんだよ。」
「り……リセット……」
火ノ浦の脳裏を駆け巡る記憶。
苦しみしか無い、50年弱の人生が……走馬灯のように駆け上ってくる。
そしてその憎悪は……彼を二度と戻れなくさせていく。
「私の新しい……人生………!!」
「そうだ。ソイツらをこの世界から消して、テメェは新たな人生を歩むんだ。アタシら『蔓野鶏頭』の目指す、理想郷のためになぁ!!」



ーーーーー時刻は深夜2時すぎ。
ちょうどロゼットが営業している時間だ。
ただしこの日は小枝と鬼ヶ島が休みを取り、狐崎も不在。
故に、店にいるのはクマちゃんこと熊野聖灰ただ一人である。

 そしてクマちゃんしか出勤していない日程を、一部の通な客は既に知っている。
故にこういう日に来店するのは……
「へーいクマちゃん!!ショットおかわり!!」
「はいはい只今……ったく、程々にしてくださいよ。」
「良いじゃねぇか!今日はあの煩いおっさんも不在なんだしよォ!!」
そう、二次会目的の不良青少年たちである。
警官からの職質を逃れるべくして、男女入り混じった7人ほどの団体客がこの隠れ家に彼らは集まっているのだ。

 しかも中には、未成年も混ざっている。
彼らの飲酒を、当然オニちゃんは許さない。
しかし数段甘いクマちゃんは、彼らのことを大目に見る傾向にある。
突き返すのが面倒なため、彼は半ば諦観を交えつつ容認しているのだ。

『(く、クマ……オデ、アイツら……苦手……)』
やや怯え気味の様子で話しかけてくるガチグマ。
彼はあまり人間が得意じゃないようだ。
「(……悪いな。閉店時間まで俺の部屋で待っててくれ。)」
『(……それは……出来ない……)』
「(まぁ……そうか。俺の身に何かあったらお前もタダじゃ済まないしな。)」
脳内でそんな会話をしつつ、若者たちの注文を捌くクマちゃん。
片耳で受け取った注文に相槌を返し、棚の酒瓶を並べて調合をしていく。
手慣れた作業の連続に、段々と退屈さすら覚え始めていた。

 シェイカーを振る間、その退屈さから彼は耳を傾ける。
そう……青少年たちの喧騒に。

「なんかさー……今日ウチらの高校燃えたらしいよ?」
「マジで!?1ヶ月くらい行ってねぇから知らんかったわ。」
「マジマジ、大マジだって。1階から最上階までほぼ全焼だってさ。」
「やばー、大ニュースじゃん。」
「でもテレビ、どこもやってないんだよね。行方不明がウン百人いるってのに……」

 そこで繰り広げられていたのは……あまりにも規模の大きい事件の話だった。
メディアに触れられないその手の事件といえば、クマちゃんにも心当たりが当然ある。

「(……ポケモン、か。)」
そう、ポケモンによる犯罪。
この東京で頻発する、契獣者による恣意的な事件。
無論、ポケモンの存在そのものが世間でタブーとされている以上、事件が情報として露出されることは許されない。
警察やその他政府組織の圧力により、ポケモン関連の情報は厳重に統制されるのだ。
そう……例え高校がまるごと1つ全焼する規模の事件だとしても。

「ウチの高校以外にも、ケッコー色んなとこが被害に遭ってるみたいだし。マジやべぇって感じ。」
「アレか……もしかして夜行ナントカってやつ?あの指名手配犯の!」
「あー、それか。太田のやつが、東京に居るー!とか言ってたけど……ホントかね。」
「アイツの言う事っしょ?どーせ嘘に決まってんじゃん。」

 巷で密かに話題になっている、連続放火犯・夜行百々の存在。
無論、この事件とリンクして考えられること事態は至極自然で真っ当だ。
この話を聞いていたクマちゃんですら、夜行の名前は風のうわさによって既知であった。
だから彼もその説を真っ先に考えていた……が、しかし。
「(……いや、しかし。警察に追われるような奴がこんな派手に暴れ散らかしたりするか?)」
妙な違和感を抱きつつ、彼は手元の作業が疎かになっていることに気づいた。
そしてこれ以上、難しいことを考えるのをやめたのであった。

「……っと。すんません、あと15分で閉店なんでこれラストオーダーでおなしゃす。」
「オッケー、今日もサンキューな!!」





ーーーーー結局、閉店時間のギリギリまで騒いでいた青少年の団体客。
半ば無理矢理に押し出しつつ、これで面倒事が去った……と安堵するクマちゃん。
「(ふぅ……あとはバッシングだけだな。これで今日は……)」
だが、彼はここでまた違和感に気づく。

「(いや……外、静かすぎないか?さっきまでアイツらが居たのに……?)」
そう、普通であれば騒ぎ立てていた彼らの声が遠目に聞こえてもおかしくないのだ。
が……流石に外が静かすぎる。

 なんとなく……そう思い、彼はテナントビルの階段を降りる。
案の定……右にも左にも、青少年らの影はなかった。
まるで霧のごとく、どこかに一瞬で消えてしまったのだ。

「(……嫌な予感がするな。おいガチグマ、周囲を警か……)」
頭の中で、ガチグマを呼び出そうとしたその時。


「……やぁ、君が熊野くんかな?」
「!!!?」
いつの間に、真後ろに銀の長髪を靡かせる男が居たのだ。
音もなく、彼はクマちゃんの背後に立っていたのである。
「だ……誰だアン………!?」
その疑問を投げ終える間もなく、彼の首筋に電流が走る。
男の持っていたスタンガンだ。

「悪いね……煩いのは好きじゃないんだ。」
クリティカルヒットした電流によって、クマちゃんの意識は一瞬にして奪われる。
立つこともできなくなった彼は、路上にそのまま倒れ伏した。
「やっとだ……やっと見つけたよ……熊野くん!!」
その寝顔を見て、男は口角を上げる。




『うぉおおおおおおおおおおおおおッ!!』
クマちゃんの身に危機が迫っていることを察知したガチグマ。
テナントビルのベランダから飛び降りつつ、男を取り押さえようとする。
……が、しかし。

「煩いなぁ。トウヤ、やれ。」

直後……ガチグマは腹部に鋭い痛みを感じる。
『がはっ………!!?』
上空からの攻撃は外れるばかりか、うまく受け身が取れずに仰向けに倒れてしまう。
棘が突き刺さるかのようなその苦痛に、巨体を捩らせて悶えるしかなかったのだ。

『が……お、お前は……!!』
ガチグマの視線の先……そこに居たのは、黒い甲冑を身にまとった、アシカのような青いポケモンであった。
前足の小手からは刀が生えており、今まさにこれで斬り伏せられたのだ……と、彼は瞬時に理解した。
『貴様の攻撃は隙が大きすぎる。返しは容易だ。』
『ぐっ、お前……があっ……!!』
反撃を試みたガチグマ。
しかしその手すら、追撃の峰打ちで防がれてしまった。

『……どうするかさね。このポケモン、殺すか?』
「駄目だよ。こいつを殺ったら熊野くんも死んじゃうからね。」
『……わかった。ひとまずはこのまま放置だな。』
そしてゴミでも片付けるかの如く、トウヤと呼ばれたポケモンはガチグマを道の隅に蹴り飛ばす。
『ぐっ………!』
体力の限界が訪れた彼は、そのまま透明化して消えていった。

『……しかしこの金髪。本当に合ってるのか?』
「あぁ……忘れるものか。熊野聖灰くまのあっしゅ……彼こそが……!!」
累は気絶したクマちゃんを、両手で抱き上げる。

「僕の……否、僕らの友だちになってくれる男さ!」
□ダイケンキ
……非情なる気質と太刀筋を有す。怒濤の連撃は千重波の如し。ヒスイにて進化せし稀有なる姿。

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想