第60話:ちっちゃくたって――その2

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 広場を訪れたヒノアラシとワニノコ――ゴールドとシルバー。2人を迎えに来たホーホーのホーム。彼らが嵐のように去っていくとキズナとブレロ、ブルルはしばし呆然としていた。なんだか現実感のない出会いだったように感じる。

「とりあえず、一件落着だね」
「じゃ、おれっちとブレロはここらで失礼」

 仲裁に入っていたブレロとブルルは別れを切り出すと、ちょうどホームたちが向かった方へと去って行った。

「ふう、全く。お前たちは心の底からガキだよな。ヒヤヒヤさせられるぜ」

 セナが、ホノオとシアンを呆れた表情で睨みながら言う。確かにゴールドたちは失礼な発言も目立ったが、喧嘩を先にふっかけたのはホノオとシアンだった。明らかにこちらが年長であるというのに。

「ごめんなさい……」

 ホノオが珍しくシュンとする一方で、シアンは「だって、嫌なことを言われたらイラっとしちゃうヨ」と不満げ。そんなシアンを一瞥しながらヴァイスが言い放つ。

「ホント、シアンはお子様だよねー。自分ではしゃいでアイスを落としたクセにさ、ボクらのアイスをねだった挙句落とすしさ」
「ごめんなさい……」

 シアンがシュンと委縮するのを横目で見つつ、セナとホノオは確信した。ヴァイス、アイスを落とされたことをまだ根に持ってるな……と。食べ物の恨みは恐ろしい。

 そんな雑談から、彼らの一日が再び平凡な日常に傾きかけたときだった。非日常なトーンの声が、彼らを呼ぶ。

「おーい! キズナのみんな!」

 慌ててこちらに駆けてくるのはブレロとブルルだ。キズナの元にたどり着くと、切迫した声で事情を訴えた。

「た、大変なんだ! さっきのポケモンたちが――」


 至急セナたちは、ブレロとブルルに問題の場所へと連れられた。道中で状況の説明を受け、キズナの面々は息を呑む。広場を抜け、木々の間を駆け抜けると、そこには。
 怯えたヒノアラシとワニノコの子供をかばうように、ホーホーが小さな翼で彼らを覆っている。そんな小さな3人を、キズナにとっては宿敵とも言える4人組が取り囲んでいた。即座にセナは理解する。なぜ、ブレロとブルルがキズナを選んで助けを呼んだのか。そこには、かつて悪名を轟かせ、多くの救助隊を苦しめた盗賊団の姿があった。

「お前たち……盗賊団スライじゃないか!」

 セナが叫ぶと、振り向く4人組。真っ赤な鋼の身体のハッサム、無口で不気味なスリーパー、余裕のあるヘラヘラ笑顔のエテボース、羽が恐ろしい目玉のような模様のアメモース。不敵な笑顔を浮かべて、リーダーのハッサムが応じる。

「これはこれは。ヒーロー気取りのちびっ子救助隊、キズナの諸君」
「お前らこそ、一度更生施設にぶち込まれたのに、懲りずに悪者気取ってんじゃねーよ。とっととホーホーたちを解放しろ!」

 ホノオが叫ぶと、猿――もといエテボースが応じた。

「相変わらず短気だねえ、お猿ちん。俺たち、まだこの子たちに何にも危害を加えていないよ? ただ持ってる地図をもらおうとしていただけなのにー」

 内心、ホノオは焦る。以前スライを倒したキズナが駆けつければ、スライは大人しく撤退するだろうと甘く考えていたのだ。しかし、彼らの態度は強気だ。このままでは戦闘は避けられない。――勝てるのか? 今のオレが。炎の技を使えないのに。

「そういうのを泥棒って言うんだろ! お前ら、またオイラたちにやられたいのか?」
「フッ。自分ひとりでは俺に勝てず、お友達に俺を倒してもらった弱っちいリーダーが良く言えたものだ。お前こそ、今度は本当に腕を引き千切られたいのか?」

 セナとハッサムが睨み合い、険悪な雰囲気。もはや戦闘は避けられない。ホノオの鼓動は駆け足。目を泳がせる。するとホノオの視界は怯えるゴールドとシルバーを捉えた。――ここでこいつらを助けて、オレたちがすごい救助隊だってことを示してやりたい。小さな2人のがっかりを取り消したい。そして何より、こいつらを助けたい。やるしかないのだ。

「逃げなかったことを後悔しな! また捕まえてやるからよ!」

 声の震えを押さえつけるように、ホノオは大声を上げる。そして自ら、戦いの合図を作ってしまった。もう、引き返せない。

「ブレロにブルル。ホームたちを守ってあげて!」

 ヴァイスが言うと、キズナはホームたちを巻き込まないように距離をとる。キズナとスライ。両者とも混戦は好まぬようで、4対4は自然に1対1の4セットになる。以前も戦った宿敵と、それぞれが向かい合った。

 セナとハッサム。
 ハッサムがハサミを掲げ、セナを切りつけようと迫ってくる。セナは敵を睨みつけながら、大きく息を吸う。“水の波動”でハッサムを狙い打つ。が、ハッサムは右に飛んで回避。セナに迫り、今にも切りかかろうとした。セナはうつ向きフッと笑う。

「“ハイドロポンプ”!」

 激流で地面を思い切り叩きつけた。セナの小さな身体は軽々と宙を舞う。ハッサムは攻撃を空振りした挙句、滝のような水流に叩きつけられた。セナの高度が下がると共に、ハッサムを叩きつける水流の源も、真上から斜め上へと変わる。ハッサムは地面に引きずられた。

「ぐっ……」

 水に塗れていくらか滑るとはいえ、地面と身体が激しく擦れて、摩擦熱が生じる。熱が苦手なハッサムを苦しめる、有効な手段だった。

 ヴァイスとスリーパー。
 ヴァイスは戦闘開始早々に火炎放射を放つ。戦闘を進めにくい無口が相手でも、雰囲気にのまれてはいけないことを彼は学んでいた。スリーパーは特性“予知夢”でヴァイスの攻撃を予測し、素早くはない身体でも難なく回避してしまった。

(またか……!)

 以前戦った時も、この特性のせいでなかなか攻撃を当てられず苦労した。ヴァイスが慌てて策を練るが、隙をスリーパーに狙われる。振り子を揺らすと、スリーパーは“サイコキネシス”を放った。

「うわっ!」

 しびれと痛みが同時に走り、ヴァイスはダメージを受けてうずくまる。

(どうしよう……。エスパー技って避けにくいよ)

 炎や水技と違って、エスパー技、特にサイコキネシスは攻撃の軌道が見えにくい。どんなに警戒を重ねても、回避は難しそうだ。敵には攻撃を回避されてしまうのに。
 考え続けていると、ふと、ヴァイスに名案が思い浮かぶ。こちらが回避できないなら、あちらに攻撃を外してもらえばいい。この技すらも回避されるかもしれないが――それならば、かわしきれないように連射すればいい。ヴァイスは深く息を吸った。そして。

「“煙幕”」

 黒い煙が詰まった小球を口から連射。一撃目はひらりと回避される。が、次の球がスリーパーの顔面に直撃。たちまち球が弾けてスリーパーに煙がまとわりつき、その視界を奪う。チャンスを掴んだヴァイスは大きく息を吸った。

「“火炎放射”!」

 スリーパーが怯んでいるうちに、大きな一撃を打ち込んだ。

 シアンとアメモース。
 宙に浮く敵に、シアンが選択した技は。

「“バブル光線”!」

 シアンの泡は勢いよく上昇し、風に乗ってアメモースに迫るが。

「“銀色の風”」

 アメモースが鱗粉を乗せた強風を吹かせ、泡もろともシアンにぶつけた。

「キャッ!」

 自ら放った泡に当たり悲鳴をあげると、風に乗った鱗粉を吸い込んでしまう。シアンはしばし咳き込んだ。やっと呼吸を整えたが、シアンはぷりぷりと不満げ。

「もーッ、卑怯だヨ! 地面に降りてきて!」

 アメモースを見上げて抗議する。泡ならともかく、水流を扱う技は重力で勢いが落ちてしまうのだ。この状況では、シアンの攻撃は当たりそうもない。

「はいはい、分かりましたよー」

 アメモースはシアンの言葉にやけに素直に従い、高度を下げる。シアンがホッとしたのも束の間だった。アメモースが降り立ったのは、被害者のゴールド、シルバー、ホームと、彼らのそばにいるブレロとブルルの背後だったのだ。彼ら5人を盾にして、アメモースはニヤリと笑う。

「さあ、これでも攻撃できるかな? シアンちゃん」
「むーッ! もーっと卑怯だヨ! それに、シアンは男の子だヨーッ!」

 アメモースに挑発されて怒るシアンだが、人質をとられていては身動きもとれずにもどかしそうにしている。

「ふふふ。じゃあこっちからいくよ?」

 アメモースが少し高度を上げ、羽に力を込める。ブレロたちの頭上付近から“銀色の風”を吹かせようとした時だった。その羽を、鋭く尖った“種”が射抜く。バランスを崩したアメモースに追い討ち。“ゴローンの石”が顔面直撃。

「へぶっ……なんだ!?」

 慌てて舞い上がり、アメモースは攻撃が飛んできた方を見る。そこには敵意むき出しの、ハスブレロとブルーがいた。――ブレロが“種マシンガン”を放ち、ブルルが“ゴローンの石”を投げたのだ。アメモースは状況を理解する。人質をとって攻撃を封じたが、今回もその人質に一撃喰らわされたのだ。――今回は、某プラスルほどには凶暴ではないようだが。

「僕たちをなめてもらっちゃ困るね」
「命懸けの旅で身に着けた力、見せてあげるよ」

 ブレロとブルルの不敵な笑みに、つられてシアンも得意げに笑いアメモースを取り囲んだ。勝負の風向きが大きく変わったことを悟り、アメモースは明らかな動揺を見せていた。

 セナ、ヴァイス、シアン。加えて、ブレロ、ブルル。仲間たちが善戦している一方で、ホノオはエテボースと対峙する。

「“瓦割り”!」

 覚悟を決めて、ホノオはエテボースの懐に突撃する。瓦を粉々に砕くように、拳を思い切りエテボースにぶつけようとしたが、手応えがない。間一髪でかわされたようだ。

「ひゃー。お猿ちん、怖いなぁ。俺、格闘技苦手なんだからさー」

 おどけた口調のエテボースの言葉に、ホノオはハッとする。そうだ。ノーマルタイプのエテボースには、格闘タイプが効果抜群だったのだ。炎など扱えなくても、格闘技で戦えば良いのだ。
 ホノオは希望を見出した。それしか見えなくなってしまうリスクに気付かず。

 ホノオはエテボースの背中に回り込み、素早く拳を繰り出す。“マッハパンチ”だ。エテボースの背中を狙ったそれは、しかしエテボースが身をひるがえして回避してしまう。すかさずホノオは、利き手ではないながらも右手でエテボースを追跡した。エテボースに拳が直撃するかと思ったが。
 パシッ。ホノオの小さな拳が、エテボースのしっぽについている大きな手のひらにすっぽり収まった。エテボースは器用に衝撃を吸収しながらホノオの拳を掴み、ダメージを最小限に抑えてしまった。

「おっおい。放せよっ」

 前傾していた身体を後ろ向きに踏ん張って手を振りほどこうとするが、びくともしない。エテボースのしっぽの手に強く掴まれ、ホノオは手首を痛めてしまった。
 顔をしかめるホノオに、エテボースは得意げに、まるでホノオの弱みをすでに握っているかのように語りかける。

「どうしたの、お猿ちん。“炎のパンチ”を使えば、簡単に脱出できるじゃない」
「……! それ、は……」

 ホノオは嫌でも想像してしまう。この右手に炎を宿し、エテボースの“しっぽの手”を炙ったら、エテボースは熱がって手を放すだろう。でも、でも……。もしも火加減を間違えてしまったら? この大きな手が焼け焦げ、どろどろに溶けてしまったら――?
 フッとホノオが脱力してしまうのを、エテボースは肌で感じた。

「やっぱり、噂は本当だったんだね」
「うわ、さ……?」
「お猿ちん、炎タイプの技が使えなくなっちゃったんでしょ? 俺、知ってるよ」
「……」

 心の急所を抉られ、ホノオは黙りこくってしまう。この瞬間に炎で抵抗できない事実を見抜かれ、強がって反論することもできなかった。遠い目をして震えるホノオを、エテボースは嬉々として追い詰める。グッとホノオの右手を引いて引き寄せると、両方のしっぽの手でホノオの脇腹を“くすぐる”。

「本当の本当に、炎タイプの技が使えないのかな~? 試しに……こちょ、こちょ、こちょ……」
「ひゃあ! ん、くっ……! やめ、ろっ……バカ……ッ!」
「やめて欲しかったら、“火炎ぐるま”で俺を焼けばいいじゃな~い」
「んんっ……! 焼かれ、たく……なかったら……あうっ、やめ、やめろってば!」
「やめな~い。だってお猿ちん、どうせ使えないんでしょ? “火炎ぐるま”」

 ホノオが脱出の術を持たないことを理解しているからこそ、エテボースはさわさわと加減してホノオを責めている。必死に暴れながら言葉だけは強気に発するホノオだが、それでも炎を放てないことが彼の弱みを暴いていた。

「つまりお猿ちんは今、抵抗ができないおもちゃに成り果ててるってことだね。物理攻撃しか使えないなら、このままもっと攻撃力を下げちゃえば……もう勝ち目、なくなっちゃうんじゃない?」
「くっ……う、うるさい! あふっ……ひゃあ! う、うぅーっ……!」

 炎タイプの技さえ使えれば簡単に脱することができるピンチを、エテボースはわざと演出して粘着質に責め続ける。自尊心が踏みにじられて腹立たしいのに、こみ上げる笑いに蹂躙される屈辱で、ホノオの理性が弱ってゆく。下ごしらえを整えると、エテボースは全力でホノオの攻撃力と防御力を下げにかかってきた。

「あーあ。せっかく逃げるチャンスもヒントもあげたのに~。お猿ちんが逃げないなら、遠慮は要らないよね。ほれ、ほれ!」
「うひゃああ! あひゃははははは!! やめろっバカぁ!」

 エテボースの器用な指がお腹や脇腹でうごめくと、ホノオは弾けるように笑い転げる。こそばゆさに全身の力を抜かされ、へにゃっと足の力が抜けてしまった。ふにゃふにゃになったホノオをうつ伏せに押し倒すと、エテボースはホノオのしっぽに気を付けながら馬乗りになって抵抗を封じた。身じろぎも視野も制限されたところで、ホノオの腰に両側から指を突き立ててぐりぐりと震わせて責める。びくん! とホノオの全身が跳ねて刺激を拒否するが、抵抗が許されず、暴力的なくすぐったさに虐められ続ける。理性が破壊されそうになり、笑い声が悲鳴に変わってしまう。

「ひゃあああああ!! やだぁーっ、やあああーっ!!」
「あっはっは! どうお? くすぐったいでしょ〜、お猿ちん。炎の技さえ使えれば、こんなに苦しい思いをしなくて良かったのにね~」

 ぼろぼろと涙を流して悶えながら、呼吸を制限されて意識が遠のきそうになる。ホノオには必死に息を吸って気絶を回避することしか抵抗の術が残されていなかった。

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