第60話:ちっちゃくたって――その3

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 得たチャンスを確実に活かすこと。さもなければ――。命をかけた旅路で、救助隊キズナは戦闘の極意をシビアに学ぶことになった。そんな彼らがチャンスを手にした瞬間、勝負は決まった。
 煙幕を使って視界を奪ってチャンスを掴んだヴァイス。敵の人質作戦が失敗して味方が増えるというチャンスが舞い込んできたシアン。2人は有利な状況を最大限に生かし、スムーズに戦闘に勝利した。シアンに加勢したブレロとブルルは、小さなポッチャマの背中が前よりも大きく見えたことに驚くのであった。
 しかし、命懸けの戦いが彼らに残したのはメリットばかりではない。足枷となる経験も、容赦なく心に刻まれてしまった。
 命をこの手で奪う感触。焔で崩壊してゆく、命だったもの。憎悪に支配されてしまう自分。戦うたびに、それはホノオの心に絡みつき、闘志を感情の海の底へ沈めてしまうのだった。

 気絶寸前でエテボースの“くすぐる”から解放され、ホノオは膝をついて身体を起こそうとする。笑い転げて疲れ果て、攻撃に必要な力が入らない。全身をいじくられて刺激に敏感になり、痛みを強く感じてしまう。こんな身体で、炎も扱えないままで、どう戦えば良いのか。ホノオが迷いながらもなんとか立ち上がると、無傷のエテボースは余裕たっぷりにホノオが態勢を整えるのを待ってやっていた。敵は勝ちを確信している。悔しくて腹が立って、頭が真っ白になってしまった。

「待ったよ~お猿ちん。まだ戦える? 大丈夫~?」
「舐めやがって……!」

 エテボースの“挑発”にまんまと乗ってしまい、攻撃・防御力が下がっていることを忘れてホノオは突撃してしまう。身のこなしには自信があり、エテボースの攻撃を避けながら一撃打ち込むことは可能と考えていた。が。

「“スピードスター”」

 エテボースはしっぽの両手から、無数の星型の光線を発射する。ホノオは血の気が引く。回避など不可能なスピードで向かってくるそれは、全身を打ち抜くように痛めつけた。

「くっ……!」
「あれれ~、お得意の炎技はどうしたの、お猿ちん。俺、特殊攻撃なんて得意じゃないし、こんなの“火の粉”で撃ち落とせばいいじゃな~い」
「う、うるさい……!」

 特殊攻撃は得意ではないと強調するエテボースだが、彼の特性は“テクニシャン”。“スピードスター”のような威力の低い技を鋭く繰り出すことに長けている。さらに、ノーマルタイプの攻撃はエテボースの専門分野だ。その一撃は無抵抗で受けるにはあまりにも手痛い。
 炎を想起させられるたびに、ホノオは苦しそうに顔を歪める。それに気づいているからこそ、エテボースは容赦なく、炎タイプの技さえ使えれば突破できる方法でホノオの心身を追い詰めた。

「もういっちょ、“スピードスター”!」
「うあっ!」
「それ、もう1回!」
「うぐッ……!」
「痛いでしょ? やめて欲しい? でも、やめないよん!」
「ああッ……!」

 エテボースは“スピードスター”を連射する。ホノオが相殺するチャンスをあえて与えるように、一撃一撃に間隔を空けながら。全身の痛みに加え、情けなさと、思うように戦えなくなってしまった恐怖と。心身ともに傷だらけになり、ホノオはとうとうふらりと倒れ込んでしまった。

「何があったかは知らないけどさ。弱いままでいいの? 俺、これからお頭に加勢しに行くよ。お猿ちんのせいで、セナちんがピンチになっちゃうよ?」

 エテボースは満身創痍のホノオの罪悪感を煽る。――オレのせいで、セナが。ハッと立ち上がろうとしたホノオだが、エテボースの“ダブルアタック”で後頭部を殴られて気を失ってしまった。


 チャンスに乗っかり一気に勝負を決めたヴァイスとシアン。受け取ることが不可能なチャンスを敵に与えられながらも、なすすべがなく倒れてしまったホノオ。そんな仲間たちの激闘と同時に、セナは手堅くハッサムに立ち向かっていた。
 以前の戦いでハッサムに肩を痛々しく引き裂かれたことを、セナは鮮明に覚えている。その痛みを思い出すだけでゾッとしてしまう。だからこそセナは、うまく“ハイドロポンプ”を使用することで、常にハッサムと絶妙な距離を保つ戦法を採用した。“ハイドロポンプ”を使う強さを得たからこそ、新たな戦い方ができるようになった。自らの成長に対する喜びが湧き上がりそうになるのを、セナは冷静にこらえた。喜ぶのは、勝ってからにしなくては。
 水技で距離を支配しながら、セナは優位に立ちまわる。ハッサムの唯一にして不得意な遠距離攻撃“かまいたち”は“守る”で防ぐ。接近は“ハイドロポンプ”で撃退。そして遠距離から“水の波動”で攻撃し、着実に体力を削っていった。
 すぐにハッサムの呼吸が荒くなるのが、離れていてもわかった。セナとて大技をふんだんに使用して呼吸は弾んでいるが、身体には傷ひとつない。このままハッサムを倒して仲間と合流すれば、キズナはグッと戦闘を有利に進められる。そうすれば、盗みをはたらいた盗賊団スライをまた警察署に送り込み、また更生施設へ――。
 ――はて。これで本当に良いのだろうか。お尋ね者を倒して更生施設に送り込む。それは救助隊の大事な仕事。だが、更生施設を経由しても盗みを繰り返すスライが目の前にいる。本当に、また同じように施設に送り込むだけで“良い”のだろうか。
 セナはハッサムと距離を保ったまま、攻撃を中断して話しかける。

「なあ。お前たちはオイラたちキズナに捕まったあと、更生施設にぶち込まれたんだろ? ランクの高い救助隊が警備しているあの施設から、まさか脱獄なんてできないはずだ。ちゃんと反省して、施設から出てきたんじゃないのか? どうしてまた、 同じことを繰り返すんだ?」

 相手を理解しようとすること。相手の心を知ろうとすること。旅路で傷つきながらも仲間と触れ合い、歩み寄ってもらえる安心感を身をもって感じ、セナはその経験を自分の力に変えたいと願ってしまった。ハッサムを理解したい。誠心誠意それが伝わることを願って、柔らかな声でハッサムに問う。
 戦闘は、命のやり取り。逃亡の旅でその認識に染まってしまった心が、日々の休養と睡眠と、愛おしいポケモンとの接触によって柔らかく修復されつつあることを、セナは自覚した。

「話したところで、貴様に理解ができるかな」

 突き放すようなハッサムの言葉に、セナは「教えてもらえなきゃ分からないよ。理解できるように、頑張るから」と声を大きくする。ハッサム“だけ”をまっすぐに見つめるセナの背後を見て、ハッサムはニヤリと笑う。

「そうだな。では、俺たちが署で学んだことをひとつ披露してやろう。チームワークの大切さ、だ」

 ハッサムの視線は自分より少し遠くの“誰か”に合図を送っている。セナはハッと気が付いたが、その時には遅かった。背後をとっていたエテボースが、しっぽを巻きつけるようにセナを拘束する。すぐさまセナは“高速スピン”でエテボースを振りほどこうとする。しかし、ビリリと弱い電流が身体を流れ、痺れに身の自由を奪われてしまった。

「ふふふ~。“電磁波”まで使えちゃうなんて、我ながら器用さに惚れ惚れしちゃうね」
「くっ……!」

 エテボースが誇らしげに言うと、セナは悔しさで顔を歪める。勝敗を決する前に、相手に歩み寄りたいとはやる気持ちを抑えられなかった。その衝動が大きな隙を生んでしまい、容赦のないハッサムとエテボースの連携プレーの餌食になってしまった。エテボースが今ここにいると言うことは――きっとホノオも、炎を使えない弱点を突かれて倒れてしまったのだろう。
 悔やんでも仕方がない。今はとにかく、あがくしかなくなった。セナは宙ぶらりんになった足をじたばたするが、痺れで緩慢な動きではエテボースを振り払うことができない。

「さてと。これでようやく、お前をズタズタに引き裂けるってもんだ」

 ハッサムが迫る。セナが身じろぐが、抵抗が無駄であることを思い知らせるように、エテボースがきつく身体を締め上げてくる。ならば。
 苦しいが、呼吸はどうにかできる。それに希望を見出して、セナはなるべく深く息を吸った。締め付けで思うように身体に空気が入らないが、仕方がないと割り切ることにする。息を止めた直後、ハッサムを狙って“ハイドロポンプ”を繰り出した。
 しかし。身体の動きが制限された今、水流の微調整が全くできない。精度が悪く“水鉄砲”程の勢いもない攻撃がハッサムに当たるわけもなく、難なくかわされてしまった。

「おっと。諦めが悪いなぁ。その根性、嫌いじゃないよ。へし折るの、最高に楽しいもんね」

 エテボースが言うと、先ほどの比ではない強さの電撃がセナを襲う。“10まんボルト”。かつてボルトから受けたそれに比べれば随分と弱いものの、水タイプのセナを怯ませるには十分だった。セナは激痛に目をつむって耐える。電撃が止むとぐったりと目を開けたが、彼に安堵は与えられなかった。ハッサムはすでに、目の前に迫っていた。
 無防備に露出されたセナの左肩を、ハッサムは切りつけた。以前に比べて、随分と浅い傷。それでも、じわりと溢れる赤色を自らの手で止められないことが、セナを焦らせた。まずいぞ。これは、本当にまずいぞ。
 焦るセナだが、身体は動かすことができない。再びハッサムがセナにハサミを向ける。腕か、肩か、顔か、喉か……。どこが狙われるか分からぬ恐怖が頭を凍り付かせるが、セナは無理やり深呼吸。ほんの少しだけ冷静になれると、名案を思い付いた。ハッサムが自分に危害を加えるためには、自分に接近しなければならない。それならば、こちらの攻撃も当てやすくなるはずだ。――肉を切らせて骨を断てば良いのだ。
 ハッサムがハサミを引いて振りかぶる。セナは傷つく覚悟をしながら、ハッサムから目を離さずに睨みつけ、狙いを定め続けた。ハッサムは振り上げたハサミをセナに向け――なかった。

「ざーんねん。キミの狙いなんてお頭はお見通しだよ、セナちん」

 ハッサムが攻撃するフリを止めた直後、エテボースが全身から電気を放ちセナを襲う。“10まんボルト”は傷ついた身体を内側から貪るような激痛を与える。敵に弱みを見せぬように虚勢を張っていたセナだが、何度も弱点を突かれて心身が耐えきれなくなった。

「うわあああっ!!」

 敵を喜ばせる屈辱をひしひしと感じながらも、セナは苦しみを抱えきれずに悲鳴を放った。

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