39.Give love me,Give me…

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「助けて」
 そう言っていた貴女を見た時、私は目が覚めた気がしました。元より、自分の過去なんてほとんど喪失していて、私は何者なのか。そんな自問自答は、何も齎してはくれず。ぼんやりと残る自我で、しがらみに人々を巻き込む家を見るばかり。
 でも、一応は家族だった貴女は、その時。あまりに悲惨だった。末の妹よりもしっかりとした自我は、余計に苦しめているように、見えてならなかった。
 私が拾い得たこの命。何に使うべきか、悩んでは、無気力にしていたのですが。
 だから、私は――道化師でも構わない。喩えこの姿で、中途半端な異形だとしても。貴女が少しでも笑ってくれたなら、私はきっと、最期がどうであれ満足出来る。

 あの時から、“Gimme”とそう、名乗ることにしたのです。出来ればそう。そっと、貴女に……。





 琥珀の瞳は瞬いた。あまりに、男の一言は直ぐには飲み込めないほど重たく、そして告げた男はそぐわない淡白さでしかない。
「ひと、ばしら……? 人柱、人柱って」
 頭で拾いきれなかった言葉。何かを思って、怒りをぶつけられるほど。この時のキースは、余裕も受け止めて理解しきるまでの時間も、なかった。
「イベルタルを実際に制御するならば、それこそ“テレパシー”の素質を持つ者が、その媒介者になる必要がある。つまりは我々兄妹の中の、誰かがやるしかない。無論、生きて帰れるとは限らない」
「は……? ふ、ふざけるなよ!」
 無力ながらも右ストレートは、男の顔を僅かに歪めた。何の痛手にもなっていないだろうが、キースには必要な一手だった。せめてもの抵抗であった。
「おい、分かるが落ち着け怪盗! コイツの言う事全てを真に受けるな!」
 声を上げる男を、国際警察の女は羽交い締めにして、辛うじて抑える。彼女の言う事は正しい。今ここで喚いたところで何の役にも立たない。そればかりか、この兄妹こそが、まさに捜している、末妹の生殺与奪を握ってるとも、過言ではないのだ。
 それは勿論、理性でもキースは十二分に、理解しているのだが。
「どうすればいい……どう、すれば」
 転げ落ちたボールから、勝手に登場したのはゾロアーク。彼の怪盗としての右腕である。愕然として項垂れる男に、ゾロアークは――“イリュージョン”にて化けていた。その姿は彼もよく知る、助手としての彼女。
「な、何だ、そんな姿を今見せたって!」
 直後、助手の彼女がするとは思えない、平手打ち。乾いた音が鳴ったところで、ようやく。彼は自分を叱っているゾロアークに、目が向いた。あまりに苦しそうに、彼はトレーナーの青年を殴っていたのだ。
 苦心を砕いたゾロアークに続いたのは、敵対していた女の声。
「……話を聞きなさい、怪盗の男。あたしは、何とかテレパシーで、妹に連絡をしてみる。まだあの子は死んでない。イベルタルの完全復活までに、アンタが救い出すのよ」
 自分のポケモンに慰められた情けなさと、姉の吐いた言葉。引いていく痛みの奥に、彼はようやく思考を取り戻す。自身の命すら掛けた目標を。
 まだ助かる。その言葉が、どれほど今の彼を救っただろうか。
「何だエス、お前さんまた寝返りか?」
「違いますよ。ただ……あたしにはもう、この計画は完遂出来ないと思う。“無駄なことはしない”そうでしょ? ハイド兄さん」
 静かに聞いていた長兄は頷かない。エスの言う通り、普段ならばこれ以上のリスクなど、彼は起こさない。だが、今回ばかりは事情が違うと、そんな妹を諌めようとする。
「俺には、お前の言う事こそ理解出来ない。ここまで来て、白旗を上げるとは。エス、ならばお前が、身代わりにでもなるのか?」
「そうじゃない! いい加減にしろ、サイコパス兄貴……これ以上は私達にも何の得もない! 引き下がるべきだわ、さっさとそこを通して!」
「黙れ。これが最終通告だ」
 状況を見ていた、コードネーム:レミントンは困惑する。突然、あの冷徹だった兄妹は、ここに来て仲間割れを始めたのだ。それも、一人は寝返るような台詞すら吐いて。これには、言われた当人キースですら、呆気に取られる。
「おい怪盗……お前はさっさと先に進め。コイツらがごたついてる、今がチャンスだ」
 レミントンに促され、思考を放棄していた彼はようやく頷く。ボールからはボーマンダ。“げんきのかたまり”を急いで口にやると、目に据えるは、花弁の中心部。
 飛び乗る彼に、ようやく隣にいたゾロアークは、口角を上げる。「お前らしくなった」と、肩をすくめる素振り。少しだけ、キースも無理やり作った笑顔に、鼻を鳴らす。
「すまなかった。この怪盗の僕が、目標を易々と諦める訳にはいかない。レミントン、精々長生きしろよ!」
「はっ、よく言うぜ……直前まで、あんなに錯乱してた癖によ。私の心配なんて要らん。だから、さっさと行ってこい、ロマンチスト!」
 キースとレミントンは、ここで別れることになった。男は自らの決意の為、女はカロス全土の平和の為に。姿を小さくさせていくボーマンダに、彼女は少しばかり、笑って。その命運を祈ることにした。





 暗雲立ち込める、ミアレ市街の上空。赤黒い空は不気味さを増し、禍々しく中心の花弁のみが美しく光り輝く。
 残虐なコントラストを眺め、周囲の警戒を怠らない男と一体。唐突に、彼らに話しかける声には、聞き覚えがあった。
『遅れまして、大変失礼しました。キース様。ご無事で何よりです』
「ネイティオ! 君なのか!?」
 何処からともなく降り注ぐ、女性の声。念話を手繰るあのネイティオに、違いなかった。しかし、依然として、その姿は確認出来ず。奇妙に彼が思うと、わかり切ったように、すぐさまに彼女は返答をする。
『そうでございます。私は役割柄、命を真っ先に狙われる質にあります。ですから、『コスモパワー』に加え、主神の力をお借りし。あらゆる者の目から、今は逃れている状態です』
 未来を予知し、過去すら手繰るネイティオ。彼女が齎す効果は絶大だが、故に狙われるのも明白。元より高いサイコパワーに加え、ゼルネアスが分け与えた力が、長年彼女を隠し生かしたという。
『キース様。今から貴方様と皆様を、とある場所に『テレポート』します。ただし私の力は貧弱ゆえ、たった一度しか、使用は出来ないかと』
「君の力添えは助かる。しかし、僕達を何処に連れていくつもりだ?」
 おそらく、このネイティオは、イベルタルの討伐とカロスの安全を、第一に考えている。彼が救いたい者は、切り捨てる気でも何らおかしくはない。だが、そのような怪訝を感じ取ったのか。彼女は、丁寧に語り続ける。
『いえ、貴方様の思うような、身勝手さではございません。寧ろ、キース様の大事な方こそが。救えるか否かで、カロスの未来が変わってしまうのです』
 その声は、言いくるめるとは思えぬ、真摯さであった。彼女の言う事は真実で、そして時は刻刻と迫っている。そのような緊迫を感じた。
 そうであれば、青年は頷くしかない。いよいよ迫る運命の岐路に、彼はネクタイを持つ手を固く結んでいた。
「分かった。僕らをその場所に転送して欲しい」
 音速で飛んでいた、ボーマンダにトレーナーのキース。彼らはネイティオの力により、瞬時に『テレポート』する。
 転送先は、動脈にも見える地下の薄暗い動力源。水中では、不気味な音が鳴る。ガラス張りの装置の前に、立っていた彼女らしき者に。キースは、ゆっくりと語りかける。
「イーラ、君は」
 あまりに変わり果てた姿にて、彼女は彼に振り返る。黒く長い髪はその中で漂って、奇妙な生命体は彼女を取り込み、不気味に呻く。そして、揺れている。虚ろにも漂うように。

『……ご武運を、お祈り申し上げます』
 あまりにも無責任だと、彼女は自覚しながらも呟く。自身には未来を変える力はない。こうして、いつも彼女は。ネイティオは、祈ることしか出来ないのだから。





 残った、国際警察の彼女の前には、未だ論争をする兄妹二人。遂に痺れを切らし、二人はポケモンバトルへと移る構えを見せたが、しかし。
 長兄ハイドが、自らボールを開けるまでもなく。長らく様子見していた彼は、目の前に現れる。
『おいおいおい……何してんだよ君。ほんっとうにどうしようもないね! せっかく、自分の身代わりに妹がなってくれてたのに、さ』
「ぐっ……こ、この!」
 エスを長い腕で縛り上げ、『ほうでん』で痛めつけるデンジュモク。その名前は悪神と同じ、“ロキ”。心底うんざりした様子で、もはや人間に対する仕打ちとは思えぬ、青い電気を身体を通して放つ。
『チッ……妙に白けてしまった。ネクロズマすら制御出来ないし。ハイド、こいつもう要らないよね』
 流石に普通の人間ではないからか、あれだけ電気を流されたエスは、意識を失った程度。何かを紡ぎたそうに途切れた声は、言葉にすらならない。
 しかし、デンジュモクは苛立つばかり。コードを模した触手は、今に拘束した彼女を、ミアレ市街に落とす構えを見せる。
「おい、てめー! いくら他人行儀な家族とはいえ、ここに国際警察がいることを、忘れんじゃねぇ!」
 コードネーム:レミントンはいきり立つ。裏切り者と言えど、死人を出すような真似は目に余る。先ほど奮闘したバシャーモを繰り出し、デンジュモクへと戦闘の構えを見せていた。
『はー。カロス地方の犬は、ちょっと引っ込んでてくれる? 下手すりゃ、左目以外も失うかもよ?』
 右手らしき金属部分は、紫にすら映る激しい電気を纏っていた。まともに触れれば、人間は感電死するに違いない。
 これ以上、彼女を人質に取るデンジュモクに、レミントン達は近づけない。反吐が出る行いに、彼女やバシャーモが、ひたすらに電柱を睨んでいると。
 助け舟は、思わぬところからやって来た。
「いや、もういい。分かったから、エスを離してやれ」
 何と、妹のエスと言い合っていた、あのハイドがわざわざ彼を制止していた。低い声は特に辟易したように、妹を宙ぶらりんにする、デンジュモクへと向けられている。
『え? は? 何言ってんの。明確な利敵行為を働いたのを、君は見ただろ?』
「そうだな。しかし、お前は昔からやり過ぎだ」
『いやいや、君こそおかしいよハイド。元はと言えば、エスのテレパシーさえ完璧なら。この事態も、国際警察だって……』
「もういいと言っているだろう!」
 ぴしゃりとその場を鎮めた、男の声。
 流石に電飾も、これには驚く。常に冷静な彼がこうして声を上げることは滅多になく、そして理にかなってもいない。全くもって、これまでの彼らしくないのだ。
 これではまるで、遅すぎた家族愛。紛い物の兄妹ごっこ。ロキには、不満にしかならない感情が、この場には渦巻いていたのを、薄らと感じていたのである。
『……へぇ。そうなんだ。なーんかガッカリだなー、特にハイド。君はこの中でも特にイカれてたから、だから。面白くて好きだったのに』
 ボソリと呟かれた言葉には。不思議と寂寥が詰まっていた。まるで憧れていた者に、今日日落胆したかのように。
『はっ、まるで喜劇だよ! ウケる、はは、あははははは!』
 巨大な電飾は自らの兄に向き直る。高らかに笑い飛ばす様子を見せた。狂気じみた笑いが、けたけたと場を暫し席巻するが。しかし。次には、悲痛にすら映る叫びを上げていた。
『どいつもこいっつも! こんな世界、お前が想った理想郷!! 全部全部、否定してやる。ボクが正してやる。憧れ戦いていた、かつての君の為に。手始めに……コイツを葬ってね』
 レミントンが走り寄るが、間に合わない。再三と怒りを吐き散らしたデンジュモクは、遂に妹だった彼女を。ミアレ市街の遥か上空から、落としてしまったのである。
「おい待て、エス……ロザリオ!!」
 その凶行に対し。見た事もない目をする長兄に、デンジュモクのロキは、妙な高揚感すら覚えていた。
 急速に落下をした彼女は、レミントンが手を伸ばすも、届かない。しかし、叫びすら出せない彼女を助けたのは――ズガドーンのギミーだった。
 瀕死状態にも関わらず、彼は柔軟な身体と、長身を生かし。ギリギリのところで、落下していた彼女の腕を掴む。気を失っていたエスは、その時に、初めて自分を助けに掛かる、あのズガドーンの存在に、気がついていた。
「嘘……な、何で」
 ズガドーンのギミーは、やはり笑っていた。側面の一つ目は、柔らかく歪む。彼女をひょいと引っ張り上げると、少ない体力を絞り出して、地上へと連れ戻す。
 妹のエスは困惑していた。しかし、同時に思い出す記憶があった。あの時。彼女の思いを受け止めてくれたのは。幼い自分が、切なる助けを求めていたのは――。

「そ、そんな、もしかして……貴方がずっと」

 微笑んだズガドーンは、人差し指にて、地面に燃ゆる火を、器用にも書き綴っていた。
 そして、思い残すことなど、ないように。先ほど彼女を落としたデンジュモクを、不意打ち気味に引っ張り出す。少しばかり、相棒だった彼女には振り向き、詫びるようにして。
『は? 何だい、次は……ボクに楯突くってのか』
 その時、二体を包んだ『サイコキネシス』。デンジュモクのロキは、ようやっと彼の意図を理解する。そして、醜くも喚き始めていた。

『クソ、この! 今更道連れなんて、何で……オレはただ、ハイド……!』

 幼子を諌めるように、口許に手を当てたズガドーン。『サイコキネシス』にて拘束されたデンジュモクは、彼と共に落下をしていく。

「そんなの、嫌だ……待って、待ってよ!」

 妹の声は虚しく響く。必死に手を伸ばす電飾に、ズガドーンは最期の攻撃を仕掛ける。白くて派手な頭は浮き上がり、そして光り出す。

「兄さん!!!」

 正真正銘、最期の『ビックリヘッド』。花火は凄まじい爆音を上げ、そしてしめやかに散っていった。黒焦げた二体と共に。
 項垂れ、放心状態のエスは風に揺られていた。遺された言葉は、ただ一つ。

 Smile.

 綺麗に綴られた火の願いは、風にゆらゆらと揺れて。既に、消えかかっていた。

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