40.その名は、不死鳥フレースヴェルグ

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 悩んだ末に選択した一人が、あまりに抱えきれない罪に呵責し。また一人が、望まない姿での再会に、目を見張る最中。
 それでも、時は流れる。風は止まない。無情にも、ミアレ市民を混乱に陥れる状況は、加速する。
 光厳なフルール・ド・リスは、中央に禍々しい結晶体を添えていた。花から結晶体へ、注力されたエネルギーは、遂に。“死体を飲み込む者”を完全に甦らせる。カロスの死の象徴。大風を起こす災いの神。
 その名は、不死鳥フレースヴェルグ。
 泣き叫ぶ声は亡者の如く。ひとたび風を起こせば、そこには屍が転がると云う。その死体すら飲み込む者――古ノルド語では、そうして名を授かった。研究が進んだ、今の名をイベルタル。

 ミアレ市街のシンボルにて、その暗澹が咲く姿を見ていた、作業着姿の青年が一人。丸眼鏡は何度動かそうと、赤く大きな翼と不死鳥の放つオーラを映す。
「またあの惨劇は、繰り返させません。ミアレの誇りにかけて……!」
 この青年は、プリズムタワーの動力操作と点検を、元より一人で行っていた。途端に、摩天楼とミアレ市街には、最低限の電力以外の供給が止まる。
 国際警察及び、ミアレ市警の緊急事態発令により、ミアレ市民の多くは狼狽えながらも、発電所のある近隣・ヒヨクシティに避難を命じられている。スムーズとは言えないが、その先達を進んでやっているのは、彼の妹であった。
「皆、混乱しないで! 子供達を優先に、手持ちがいる人は、危険だからヒヨクまでは、必ず一緒に行動をして!」
 ミアレのジムリーダーである少女は、エレザードやデデンネと共に住民を誘導する。そして、とにかく落ち着くように自らが率先して、ミアレ市民に語りかけた。彼女、ユリーカの姿は、多くのミアレ市民を安心させた。だがその一方で。
 何も、全ての人間並びにポケモンが、必ず避難を出来た状況ではない。医療に関わる者、ポケモンの管理に携わる重要職の人間。また、ミアレ市警そのものや、果てはミアレ市街内外に複数存在する、野生のポケモン。
 未だ残る、彼らはどうするのか。無論その中に家族を持つ人もいる。そもそも、ミアレ市内に被害は留まるのか。その声は、憤怒や悲観を帯びて、時折撒き散らされていた。ユリーカですら、他人事ではない。彼女の兄シトロンは、自ら、プリズムタワー内に、残留する意志を見せたのだから。
 段々とミアレ市街の声は、彼女やミアレ市警では、抑えられなくなってきた。イベルタルが、本格的な姿を見せたのが、決定的であった。
 自身も、不安に押しつぶされそうになりながら、ユリーカは、とにかくまた希望となる言葉を出そうとした、その時。

 不死鳥・イベルタルは、目覚めの一打を、まさに撃たんとしていた。長兄ハイドの説明とは違い、人間による、意思の制御は確認出来ない。イベルタルは自身の思い向くままに、目覚め、そして憤怒に塗れた邪悪さにて。雄叫びを上げていたのだ。
 破壊に溢れる光線。そして、命すら吸い取る大風。『デスウイング』。それはまさに、彼女達ミアレ市民へと、矛先が向いていたが――。

「カイリュー、『はかいこうせん』」

 攻撃態勢のイベルタルを不意打ちし、留めたのは橙の翼竜。勇ましい目付きでイベルタルを見据え、命令主のマントをたなびかせる。さながら英雄のように。“ドラゴン使い”の異名を持つ男は、堂々と不死鳥へ、向かい立っていた。
 涙を飲み込んだユリーカに、肩に手をかけていたのは、よく見慣れた女性だった。
「大丈夫よ。あなたのお兄さん、あたし達に任せて」
 ガブリアスへ半身を乗せる、金髪の女性。今の男の攻撃による火の粉は、彼女のガブリアスが優に防ぎ切る。常人には捉えきれぬ俊敏さで、崩落した事物を全て粉々にしたのだ。

「うわーん、シロナさーん!」
 涙声のユリーカが抱きつく。あれほど絶望に暮れていたミアレ市民も、二人の登場には、思わず湧いていた。歓声。一時の安堵による、英雄への賞賛。
「カントーのワタルと、女帝シロナだ!」
「ワタルさんが、イベルタルと戦ってくれてる!」
 そんな声はどこ吹く風。金のサイドヘアーを揺らす彼女は、カイリューを操る彼に、声を上げて忠告していた。
「ねえワタルくーん! お得意の『はかいこうせん』はいいけれど、ミアレの景観まで壊さないでよねー!」
 振り向く、赤髪の彼の顔は厳しい。
「オレは手加減しませんよ! 何せ、ここで潰さないと、悲劇は繰り返されるばかりだ!」
 ため息がちに、シンオウの女帝は彼に賛同する。相棒は黙って彼女に付き従う。何も確認することなど、もはやないように。彼女とチャンピオンは、いつだってそうであったから。
「カロス全土の平和の為に……このドラゴン使いのワタル、推して参る!」
「私達もいきましょう、ガブリアス。ふふ……こんな状況だっていうのに。少しワクワクしてるあたしもいる。癖なのかしら、でも早くシンオウに帰りましょ」
 不敵に笑う、彼女。賛同するガブリアスに、黒い髪留めは、不穏なる大風に揺れていた。
 しかし、彼女達は、チャンピオンとしての威風を持ったまま、混沌極まるミアレ市内へと、切り込んで行ったのだった。





 場面は変わり、こちらはまさに混沌の渦中にある、箇所の一つ。人呼んで、ハクダンの森。野生のコフキムシに、ホルビー達は、突如現れた禍々しい鎖に、混乱して逃げおおせるばかり。
 ミアレの装置に繋がる鎖は、周りの草木を容赦もなく枯らし、朽ち果てさせていく。ハクダンの森の生態系そのものを、喰らい尽くすような崩壊の一途を見せている。
 その中で、颯爽と現れた者は、混乱するポケモンを束ねた。
「皆、一目散に離れろ。この大都会に繋がる供給源は、我らが“三剣士”が役目を賜った。あの不死鳥による一打も、可能な限りは我らが対処しよう」
 そして、勇敢な剣にて、鎖を断ち切らんとする。コバルトの身体は鋼のようで、“せいぎのこころ”は黒金より硬し。ハクダンの森に棲むポケモン達にそう告げたのは、コバルオン。その勇姿は、野生でもにわかと知る。
 多くのポケモン達は、群れの隊列を保ち、コバルオンの指示に従っていた。メイスイタウンに繋がる道路や、小さな洞窟に身を寄せることにしたのだ。
 一方で、コバルオンは忌まわしい鎖と、格闘する中。とある懸念と共に、常に感じる気配があった。それは、避難に急ぐ野生のポケモンにも、一部感じていたようだ。
 小さな地鳴り。追随するのは、地底より幾千もの気配。ネイティオより聞かされた、神話通りならば。これに値するは一神のみ。
「……完全復活すると云うのか、守護神よ」
 コバルオンは、憂慮がそのままであることを願う。ジガルデが完全復活し、あのイベルタルと衝突するならば。それはもはや、イベルタル一神以上の、被害を出すのではないか。
 剣士はそれ以上の憂いは止める。別所にて、共に闘う同胞を、思い出していたからだ。彼らの為にも、一刻も早い遂行を選択したのである。





「ギミー、お前」
 風に吹かれていた、緋色髪の彼女は呟く。彼が選択した答え。守り抜いた信念とその妹は――項垂れたまま、何も言う事が出来なかった。彼女には、唐突過ぎた。自分に課せられた罪も、気が付けなかった愛情も。
 不祥なる風は止まぬまま、彼女に吹きすさび、遂に時は迎える。最も近しい目撃者達は、閃光に当てられ。その眼に焼き付ける。
 不死鳥の復活を。望まぬ暗澹の再臨を。結晶体の繭は、晦冥が産んだ人間の罪を――まざまざと空へ放つ。
「イベルタル……」
 コードネーム:レミントンは、忌々しき不死鳥を目にする。10年前と違うのは、フラダリの時のような抑え込む装置も、人間も居ない点だった。それはつまり、彼ら目論見通りには、ならなかったという意味でもある。
 場に混乱するよりも、彼女は動く。静かにその復活を見守っていた、元凶の男に。
「ハイド・イーストン。罪状は、言いきれんほど多いから省略するが。国際警察本部の命により、お前の身柄を拘束する」
 彼女が突きつけた拳銃に、長身の男は何も抵抗はしない。静かに両手を上げ、一言。
「……好きにしろ」
 そのまま、両手を後ろに括られた。ミュウツーとネクロズマが場にいた頃とは、別人に見えた。そればかりか、先ほどは、あれほどに妹と口論をしていたはず。
 理由は分からないが、先ほどのズガドーンとデンジュモクの末路が、全てのトリガーなのは間違いない。
「さて、捕まえたからには、始末に働いてもらう。アレを止める手段を吐いてもらおうか!」
「俺がするまでもない。そこにくずおれている、妹に訊け。元よりアイツは、お前の部下だったのだろう」
 思わず首根っこ掴み、男へ鉄拳制裁の『とびひざげり』でも口に出そうか、悩んだレミントンだったが。彼の言う事はおそらく正しい。彼女はこの一連の出来事の前に、兄を止めようとしていた。
「しゃーねぇ。お前は、目的の為に、嘘をつく可能性もあるし。ガオガエン、応援が来るまでコイツを見張っててくれ」
 ボールより呼び出された、ガオガエン。男の肩をガッシリと掴み、睨みを効かせるが。彼はまるで動じない。とうに自分の命など、どうでもいいかのように。しかし、自暴自棄には見えぬ冷静さは、不気味に彼を保たせるばかり。
 先ほどの戦闘にて、負傷したファイアローやボルケニオンを、回復させる中で。彼女は横目に、元々は部下だった女を見ていた。
「あたしってば……また……」
 彼女は何度も、同じことを口にしていた。初めて見る、涙すら顔に伝っていた。途方もない喪失に暮れる妹に、レミントンは近づいてみる。
「おい、泣いてる暇なんてねーぞ。お前の動き次第で、お前以上に悲しむ人間が生まれる。それも多数、果てしない数だ!」
 自己嫌悪に塗れた顔で、エスはレミントンを見ていた。しかし、上官だった彼女は、敢えて歩み寄らない。そして、叫び飛ばしていた。

「何より、死んだお前の“兄貴”が悲しむんだぞ! それでもいいのか、コードネーム:ロザリオ!!」

 張り手を喰らった気がした。頭に重たい衝撃を受けたように、一瞬思考は手放される。彼女の肩は震えるのを止めた。必死に立ち上がった女は、衣服にて涙を拭く。
 その時彼女を支えたのは、モンスターボールより勝手に出てきた――“ロザリオ”のハピナスだった。ハピナスは、何とも哀しい笑顔を、トレーナーに向けていたのである。
「まだ……その名で呼ばれて、あたしは、いいんですか」
 腕を組んで見下げる彼女は、やはり何処か常人離れしている。複雑な心情を、底に沈めているのだろう。
「さあな。それは上層次第だ。しかし、私は呼び慣れてる方がいい。エスってのはやっぱこう、しっくりこない。だから、この事態は――お前が止めるんだ“ロゼ”」
 仕方ないように、眼帯の彼女は手を伸ばしていた。暫し、迷ってから。腕を取ったのは、コードネーム:ロザリオ。あの時の彼女だった。
「分かりました。あたし達の起こした失態、出来る限り“この名”を背負います……レミー、先輩」
 再び握られた手。見ていた長兄は、どことなく、さめざめとしている。しかし、妹は彼に振り返っては、問うてきた。
「ハイド兄さん。最後に聞かせて欲しい。アンタはやっぱり、“復讐”がしたかったの?」
 冷淡に、そして必要最低限に。彼は答える。
「全く違うな。コードネーム:ロザリオ。俺は、お前達の兄貴で居たくなかっただけだ」





 おそらく、最終兵器の動力源である場所に。キースと彼女は、再び対峙していた。一人はもはや人間なのか、分からぬ姿にて。
「何で、貴方がここに」
 黒いガラス質の生物に、覆われた彼女は呟く。元は暗いグリーンだった瞳は反転するように紅くなり、長い髪の一部は、透明色の生物の中で漂う。
 彼は言葉を失っていた。未だ意識があることには驚いたが、こんな事態は初めて見たからである。隣にいたゾロアークは、彼を呼び戻すように強く服を引っ張っていた。
「イーラ、君だよな……?」
 その名を呼ばれた彼女は、強い拒絶を見せた。不気味に濁る音を立て、黒い生命体は動き出す。彼女を中に捕らえたまま。
「来ないで! 私をその名前で……呼ばないで!」
 半ば泣き叫びそうに、彼女はこんな身体であろうと、自ら戦う意思すら見せる。飛来する『パワージェム』。キースの腕を傷つけたのは、ポケモンの“わざ”に、間違いなかった。
 キースは引きちぎれそうな心の中に、必死に思い出す。共闘していた国際警察官曰く、“UB:PARASITE”・ウツロイドは、人間に深く取り憑いた事例がある。その際、被害者は自分の欲望を、神経毒にて増幅され、ウツロイドの都合のいいように操ることが可能である。そのような報告が、彼女の上司からは、過去に存在した。
 もしや、彼女は。既に兄だった二人のような、惨憺たる末路を辿ってしまったのか。そうも考えられる。しかし、彼らとは違い、彼女はそうして“取り込まれる途中”にも見える。僅かながら、希望は潰えていない。
「戦うしかないのか。君と」
 覚悟を決め、彼はボールを構える。
「なんで……今更、私の前に……来て欲しくなんて、なかったのに」
 短くも、重たい一言。そうも言われる覚悟を、彼はしていたが。いざ聞いてしまうと、やはり覚悟は揺らぎを見せる。しかし。必死にそれを遮るように、キースは叫んでいた。
「いい加減にしろ。僕と向き合え、逃げるんじゃない!」
 滅多に聞かぬ、彼からの叱咤。それを聞くのは、二度目であった。
 ウツロイドに取り込まれた、彼女はやはり何処か普通では、ないものの。その一言には、僅かに人間らしく反応を見せる。

「君に言いたいことがある。これから、山ほどね」


 怪盗の男と、助手だった彼女は、遂に再会していた。それは、思いもよらぬ、本音をぶつけ合う場となり――この物語の終幕となる、ラストバトルの開戦の合図だった。

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想