創られたもの

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:13分
 バトルが終わった後、散らかった部屋を片付けていく。
 室内で大爆発なんてしたものだから、どうなるかとは思った。が、周囲が焦げるわけでもなく、卵の中身が飛び散ったということもない。
 直接意思を持って矛先を向けたものが対戦相手のポケモンの場合、そこに集中的にダメージが及び、フィールドにはほとんど被害を及ばさない。場合によっては周囲に影響を及ぼすこともあるらしいが、そういうことらしい。
 物理法則的にありえないと言われることもあるが、そもそも、質量を無視してボールに入ることがありえないと言う見方もできる。ポケモン研究の権威の博士が私たちのことを“不思議な生き物”と揶揄するが的を射た見方だと思う。
 不思議の当事者の私は、マスターとひとまずは勝利を喜んだ。
「よくバトルに勝利したね。これは、おじさんからの賞品だよ」
 そして、きんのたまを強引に2つマスターに渡す。
「有効活用してくれよ。なにせ、おじさんのきんのたまだからね!」
 バトルに負けたというのに、グラの顔はこの上なく幸せそうだった。負けても全力を出し切った場合などに、負けた側が清々しい表情を見せることはあるが、グラの表情はそれとはちょっと違う。達観したような、ナニか別のことをやり遂げたような、誤解を恐れずに言えばいやらしさのようなものが入り混じった、そのような表情なのだ。
 バトルに勝っても勝った気がしない。むしろ何か別の意味で負けたような気持ちになり、釈然としないまま、私とマスターは少し散らかった部屋を片付けた。

 ※

 ある程度片付いたところで、私たちとグラはまたテーブルに向かい合って座っていた。
「それで……きんのたまの話だったかな?」
「いいえ、ダークライの話です」
 マスターにしては珍しく、汚物を見るような目でグラを見ていた。あんな目で見られたら、私だったら泣く。
「ダークライか……単にダークライだけでいうと、シンオウ地方に渡ったとき、ミオシティというところの古い言い伝えで聞いたことはあるよ。悪夢にはまり込んだまま眠りから覚められなくなった人がいて、それは暗黒を司るダークライの仕業だった……とね。でも、今回の話の根っこはそういうことじゃないよね」
 そして、テーブルの上の精霊プレートに目を移す。
「そのプレートも、シンオウ地方でたくさん見たよ。ポケモンのタイプの数だけあった。キミもたくさん持っているのかな?」
「今のところ、これだけしか見たことが無いよ」
「そうかい。残りは多分ね、アルセウスが絡んでいると思うよ。シンオウではこのプレートはアルセウスのためにあったよ」
 ――アルセウス。シンオウ地方の伝説には、創造主とある。
「アルセウスが現れるとき、多分このプレートも何らかの形で出て来るんじゃないかな。まあ、アルセウス自体が珍しいから会えるかはわからないけどね」
「グラは会ったことがあるの?」
 そんな発言をするからには、会ったことがあるのだろうと思う。

「あるよ。ただ、それは“不自然な”アルセウスだったんだ。レベルは100、色違いで、なぜかマスターボールに入っていた。しかも、基礎能力値の高い個体だったんだ。普通は大事にしたいよね、貴重だもの。その貴重なポケモンであるはずが……名前が“ちん○ん”だったんだよ。神聖なシンオウ神話のポケモンにそんな名前をつけるなんて、いけないことだよね。そもそも、ポケモンで下ネタを言うなんて、おじさんは許せないよ」
 もはや、口を挟む気にもなれなかった。マスターの顔をそっと見てみると、なんとも言えない、例えるなら生理的に受け付けない何かを寝起きに見てしまったようなとんでもない表情をしている。
「そして、それが、レベル10のビッパと交換したい、ということでグローバル・トレード・システム(GTS)に大量に出されていたんだよ」
 グラは話題を変えよう、と言った。
「神と呼ばれるポケモンは通常は唯一無二の存在だよね。それが複数存在することの意味わかるかな? おじさんの仮説は2つだよ。1つは似たような世界が平行して存在している。これはおじさん、アローラ地方で似たような話を聞いたよ。ウルトラホール理論ってね。また興味あったら調べてみて。しかし、今回の色違いのダークライは……違う」
「でもさ、グラ……」
「待ちなさい」
 グラは手で制止するポーズを見せ、片目をウインクさせた。
「おじさんのことは親しみをこめて、きんのたまおじさんと呼びなさい」
 しかし、マスターは無視した。
「ガラル地方では、色違いポケモンは巣穴レイドでコツを掴めば会えるから珍しいことじゃないの。コツを掴めるのは一部の才能を持った人だけなんだけどね。他の地方はわからないけど、ガラル地方で色違いはそんなに珍しくないんだ」
 マスターはワイルドエリアのことを言っているのだが、グラは首を横に降る。
「そうだね。ぜひ、タマタマもレイドに出て欲しいと思っているよ。……まあ、いくらそうだとしても、色違い伝説ポケモンって、そんなにポンポン出て来るもんじゃないんだよね。キミも気づいているだろう?」
 あの日、悪夢を見せられたときのことを思い出す。レイドの巨大ピカチュウと、ダークライがいつの間にか入れ替わっていた。そして、ダークライは色違いだった。
「色違いのダークライも、そのアルセウスと一緒ってこと?」
「“その”じゃわからないねえ。ちゃんと、つけられていたニックネームも言ってもらわないと。言ってごらん? 『ち』から始まるよ」
「あ、あの……ちんち――」
『マスター! 言わなくていいです!』
 はっとした顔でマスターは我に返る。
「余計なことを……おっと、失礼したね。可能性の2つ目、要するにそのダークライは意図的に作り出されたものじゃないかと、おじさんは思うんだよね」
 そういえば……ワイルドエリアの外れに隠されている魔晄炉(まこうろ)でマッシュが似たようなことを言っていなかったか。あのヤマダのムゲンダイナはどうか。同じ存在なのではないか。
「神の真似事をする集団がこの世界にいるんだよ。おじさんも詳しくはないけどね……申し訳ないね。おじさんが知っているのはそれだけだよ。最後に……おじさんの本当のきんのたまを――」
 もう話は終わった。私はテレポートの応用でグラをホテル・ロンド・ロゼの外に飛ばした。
 部屋に静寂が訪れ、私とマスターは顔を見合わせ、ほっとため息をついた。なんだか異様に疲れる時間だった。その割に実入りのある情報は無かったように思う。

 しばしの無言の後、マスターは口を開いた。
「疲れたね、サナたん。寝ようか……」
 そして、今日はそのまま布団に潜り込んだ。どうか夢の中に先程のおじさんが出て来ませんように。そう祈りながら寝る準備をした。

 *

 一夜明けた。
 昨夜はそのまま寝てしまったので、軽くシャワーを浴びると、ホテル・ロンド・ロゼをチェックアウトした。
 マスターと向かったのは、ここシュートシティで大人気のブティック。私がガラルに来た初日に行った店舗だ。
 相変わらず、年齢と不釣り合いな立派な店にマスターは堂々と入っていく。今ならわかるが、上客であると同時に、このガラルでは知らぬ人の居ないチャンプなのだから、広報の観点から見ても店側からすれば願ってもいない存在なのだろう。
『マスター、今日はまたどうしてここに?』
「気分転換に着替えとこうかなって思って。ちょっと暑いとこに行きたくなったしね」
 そして、奥の更衣室へ入っていく。チャンプの持っている服の数々はブティックで預かってくれているようで、預かりリストから選べばすぐに用意してもらえるようになっていた。
 壁に貼られたモデルさんのポスターを手持ち無沙汰に眺めていると、店員さんが隣に来て話しかけてくれた。
「あれは、バウタウンのジムリーダーにしてカリスマモデルのルリナさんよ」
 恐らく店員さんは普段からポケモンに対して話しかけているのだろう。私が返事ができるかどうかわからなくても、距離感を縮め、親しく話しかけてくれている。
「ほら、これがジム戦よ」
 雑誌のバックナンバーを持ってくる。そこには、ジムリーダー用の衣装に身を包んだルリナがいた。モデルのときのファッションで無くとも彼女は綺麗だった。
「これがあなたのご主人とルリナさんね」
 バトル終了後に熱い握手を交わす二人が掲載されていた。誌面の見出しには“期待の新星、ついにバウタウンスタジアムを制覇!”と書かれており、マスターはチャンプになる前から注目されていたのだと知り、感心する。
「あなたのご主人は凄い子よ。あの若さには無い、強さを秘めている。このガラルの危機を救ったのも頷けるわ」
 返事しようか悩んでいると、別のお客が来たようで、店員さんは入り口へと向かった。

「ここにチャンプが来たよね?」
 ……男の声だ。聞き覚えのある。
「……ご要件は? お召し物をお探しでしょうか?」
「服を買いに来たんじゃないよ。チャンプに会いに来たんだよ。入らせてもらうね」
「お客様でないのならご入店は……ひっ」
「みんな結局はこれがほしいんだろう。世の中“これ”だからね。だから、2つあげよう――おじさんのきんのたまをね」
 それは、あの男――“きんのたまおじさん”グラだった。
 店内にいた別の客が何やらスマホロトムで通話し始める。その会話に意識を集中させると、「あの、て、店内に変質者が、その、あの、キンノタマを……」などと述べており、通報したのだろうとわかった。
 グラは私の姿に気づくと嬉しそうに微笑んだ。
「やあ、キミか。まちかねたかい? きんのたまおじさんだよ……今日キミたちがこの街を去ると聞いてね。餞別の品を渡しに来たんだよ」
 その手には、黄金色の玉が握られていた。
 そして、私を押しのけると、マスターの入っている更衣室の扉を開けようとしたところ、ちょうどマスターが出て来た。
 不意をつかれたマスターは、何か肥溜めの底から出て来たベトベトンを見るような目で、身構えた。
「ふふ、バウタウンのジムのコスチュームかい。おヘソが出ていてかわいいね」
 マスターは一変して、身軽な服装になっていた。先程、雑誌で見たルリナと同じ格好だった。例えるなら、泳ぎに特化したようなデザインで、身軽に動ける分、手足とお腹のあたりが露出しており、涼しそうだ。
「そんなキミに、これをあげよう。おじさんのきんのたま――」
「ガラル警察だ! 直ちにそこの少女から離れなさい! 婦女暴行未遂の容疑で逮捕する!」
「え?」
 わらわらと3名の警官が駆け寄ってくる。
「おとなしく警察署まで同行願おうか」
「ちょっと待って、おじさんは、きんのたまをだね」
「うわ!? やめろ、そんなモノ早くしまいなさい! 言い訳は署で聞こうか!」
 そして、警官3名に引きずられるようにして、きんのたまおじさんグラはフェードアウトしていく。去り際に決め台詞を残して。

「おじさんが倒れても、第二のおじさんが必ずや現れるよ……おじさんが渡した、きんのたま。有効活用しておくれよ。なにせ、おじさんのきんのたまだからね……」
 こうして、一連の騒動はきんのたまおじさん逮捕という結末を迎え、幕を閉じたのだった。

 *

 ブティックを出て、マスターは次の目的地をバウタウンにしたと私に伝え、すぐにスマホロトムでアーマーガアタクシーを呼んだ。
 ジムリーダーのルリナとは気が合うらしく、無性に一緒に泳ぎたくなったのだという。
「あたしはホウエンの南の島で生まれたんたけどさ。海が大好きで嫌なことがあったりしたら、泳ぎたくなるんだよ」
 嫌なことの指すものを私はすぐに察した。汚いものを触ったらすぐ手を洗いたくなるような感じかもしれないな、と思う。
「バウタウンの海はいいんだよ。ルリナさんと泳ごう! あと、ついでに情報収集もね?」
 足の向くまま気の向くままに生きているように見えるマスターではあるが、一応は考えて行動しているようだ。
 今回のガラル巡りの目的を、彼女のなかで、光るダークライに始まる一連の不自然なポケモンに関することを調べる、という風に決めているらしかった。
 こうして、私たちは、海の香り漂う港町、褐色の肌のジムリーダーの住むバウタウンへと向かうことになった。
【Season2】黄金の意志――完。

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想