しんそくバトル

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「……GB計画を知ってるかい?」
 きんのたまおじさんことグラは尋ねた。
 マスターも私も首を横に振った。そうだろうね、とグラは少し冷めた紅茶を啜る。
「誰も気づかないうちに、ガラル地方にビッグな贈り物をしようという意味が計画名に込められている。そしてもうひとつは……きんのたまの頭文字だ」
 ――ガラル・ビッグ。ゴールデン・ボール。
 なるほど、と思った。
「今まで少し露骨にやりすぎたと反省してね……ガラル地方では、今までジョウトで集めたボングリで作ったボールや、他地方で拾ったボールや珍しいアイテムを景品に配りつつ、信用を得たところでじわじわと、きんのたまを配っていこうと計画しているんだ。最初は景品に混ぜてね……」
「ちょっと待って!」
 突然マスターが席を立ち上がる。
「どうしたのかな? ガラルチャンプ」
 その様子を見たグラが目を細める。私はこのような顔をしている人間を何人も見てきた。その誰もが何か大きな野望を成し遂げようと暗躍し、世界を危機に陥れてきたように思う。
「……今の話、本筋に関係ないよね?」
 グラは、くくく、と笑う。
「君のような勘のいいガキは嫌いだよ」
 とりあえず、とグラは静かに立ち上がった。
「自己紹介するにしても、バトルで交わすのが礼儀だったね。手短にいこうかな。おじさんが勝てば君も一緒に、おじさんのきんのたまを広める。おじさんが負ければ、おじさんの知っていることを教えてあげよう」
 きんのたまおじさんの野望は、恐らくまだこのガラルの誰も知らないであろう。しかし、各地のジムを始めとして、リーグにまでその活動は及んでおり、誰にも怪しまれていないという。その作戦は緻密であり、ダンデにも気づかれていないだろう。
「勝負はシンプルイズベスト、“神速バトル”だよ。一対一の見せ合い無し。運も絡むね……なに、じゃんけんのようなものだよ。チャンプは運も味方につけないとね。あと、当然だけど、室内でのダイマックスは無しだよ」
 マスターが緊張している様子がわかる。流れ的にマスターはこのまま私をバトルに出すつもりだ。しかし、相手は世界の各地方にも渡っている。もし、その手持ちが、圧倒的に不利な相手だったら?
 相手の選出まで予知する能力は私にはない。あくまでも予想だ。
『マスター……』
「大丈夫、サナたん。きっと何とかなる」
 決まりだね、とマスターはグラと向き合う。グラがボールを構え、それを華麗なフォームで投げる。
 勝つのは、ガラルチャンプか。きんのたまおじさんか。一対一の真剣勝負だった。
「行け、タマタマ!」
「行け、伝説的スターのサナ!」
 私はマスターの前に立ち、構えを取る。対峙するのは……色違いのタマタマだ。ボールから飛び出すと同時に、色違い独特の星型の光を放ちながら姿を表す。タマタマの色違いは……黄金色であった。
「ふふふ……おじさんの“きんのたま”をよく見ておくれよ」
 一定の実力を有するトレーナーが進化前のポケモンを出すときは、何らかの布石を打ってあることが多い。きあいのはちまきか、しんかのきせきか。この場合、想定されるものは何か。
 マスターも次のグラの手を警戒しているのだろう。私のほうが相手よりも早く、おそらくムーンフォースで一撃で倒せる……と考え、私は何の戦闘用アイテムも所持していない状態であるのに気づいた。
 しまった、こだわりメガネは外しているし、精霊プレートはテーブルに置きっぱなしだ。マスターを振り返ると、焦った私の様子を見てマスターも勘づいたらしかった。
「ふふふ、大丈夫かな? すごーくかたいぞ。おじさんのはね……」
 発言の意図を考える。扇動ブラフかもしれない。しかし、タマタマの勝ち筋を考えたときに、まず私の行動を封じるはずだ。警戒すべきは、催眠術、眠りの粉。
 そして、相手の所有アイテムにもよる。発言からすればやはり、しんかのきせきか。進化前のポケモンが持つことにより、能力に大幅な向上が望める。
 対する私はアイテムを持たない。となれば――マスターの意思を読み取り、私は超能力を扱うべく意識を両手に集中させる。
「サナたん、トリック!」
「タマタマ、催眠術!」
 先に動いたのは私だ。トリックにより、相手のアイテムをそのまま私の手元に手繰り寄せる。対する相手には何も渡らない。これで、しんかのきせきを……
「どうだい? 待ちかねていたかい? おじさんのきんのたまだよ……っ」
 私は、きんのたまを押し付けられる。メリットもデメリットもない、いや、この場合は何の意味もないことがデメリットだ。そう考えているうちに正しく催眠術にかかり、急激な眠気に誘われた私は、白昼夢の中に置かれる。
 おぼろげに周囲で起きることは理解できるが、行動に移せない。バトルにおける眠り状態とは、そのような感じだ。
「サナたん……!」
 しかし、これでわかった。相手は私のムーンフォースで一撃で落とせる。マスターもそれは認識しており、私の目が覚めるまでひたすら、ムーンフォースを命じるつもりであるのが読み取れた。
「ふふふ。おじさんのきんのたまをもっと見たくて仕方がない様子だね。じわじわいこうね」
 グラが指示を出す声が聞こえる。タマタマは自らを守るポーズに入った。まるで、その全身の黄金を見せつけるかのようだ。
「まもる!」
 そして、次のターン。また守りに入り、失敗する。
「まもる!」
 そして次にまた、守る。今度は成功した。そろそろ私は目が覚めそうな気がしていたが、それでもまだ目を覚ませないでいた。
「残念だったね、チャンプ。私の作戦勝ちだよ……ふふふ」
「いったい何を……?」
 じわじわと嬲るように余裕を見せていたグラが、不敵に笑う声が聞こえる。
「いけ、きんのタマタマっ」
 グラの合図と共に、タマタマに光が集まっていき――
「だいばくはつ!」
 瞬間、キンタ――否、タマタマが破裂した。しかし所詮はタマタマであり、私の体力の3分の1も削らないまま、倒れていく。
 呆気に取られるマスターと私、そして対照的に何故か恍惚とした、何かを成し遂げたような“きんのたまおじさん”グラの姿がそこにはあった。
「え、あれ……?」
 マスターの呆気に取られた声がする。
 こうして、不毛なバトルは幕を閉じたのだった。

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【補足】グラの金のタマタマ
 グラのタマタマは、色違いの金色であり、全部で6体いる。すべて、レベル100まで育ててあるが、努力値の振り方はそれぞれ異なり、相手に応じて使い分けるようにしている。その全てが勝つことを目的としておらず、見せびらかすことにだけ特化した育て方がされている。
 今回の一体は、特防252とHP252、残りを素早さに振っている。素早さに降ってる理由は、同じ金のタマタマ使いと鉢合わせた場合、いわゆるミラーの対面で、いち早くきんのたまを押し付けるためである。
 特性は特に意味なく、葉緑素。持ち物は勿論、きんのたま(特に戦闘における効果なし)。技は、「まもる」、「ギフトパス」、「だいばくはつ」、「さいみんじゅつ」。
 戦術としては、なんとか催眠術を一回当て、眠らせるところから始まる。難しそうであれば、初手から、まもるを連発し、なるべく長く金のタマタマを見せつけることが狙い。最終的には大爆発し、相手に強烈な印象を与えて退場する。
 なお、仮に1ターン目、動く間もなく一撃でやられても問題ない。相手に、金のタマタマを一瞬でも見せられただけでも、バトルにおける役割は果たしている。
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