戦火の勇気 4

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

今回の第三章4節には、冒頭から災害の表現があります。
もともとの原稿は311以前に書きあがったものなのですが、ご気分を害される方がいらっしゃるかもしれません。
また当然ながら、特定の災害被害等について冒涜する意図は一切ございません。
ご了承のうえ、お読みいただければ幸いです。
 その昔、救助・探険『基地』のメンバーの大勢が、脱退するという事態があった。ルカとカイナが『基地』を完成させてから、半年ほどの月日が経ったころだろうか。
 発端は、『基地』とは遠くはなれた未開の地『竜翼の山海』で起こったおおきな地震だった。
 それは当時を生きたどのポケモンも体験したことのないようなすさまじい地震で、樹上に住むポケモンは木々の下敷きにされ、川に住むポケモンは流れとともに地割れに飲み込まれ、ほら穴に居を構えていたポケモンは生き埋めにされ、空を飛ぶポケモンすら、大地が悲鳴をあげたように巻き起こった電磁波に羽ばたくのを忘れ、地面に叩きつけられた。
 震源地はその未開の地に隣接する海の、沖合い三十浬ほどの距離だった。
 このとき大規模な不幸と魂の等価交換は、まだ始まったばかりだった。
 地震のショックで呆然とし、家族を、仲間を突然見失ったポケモンたちは成すすべもなく津波に飲みこまれた。
 津波は地震の衝撃に耐えきった『竜翼の山海』に立つすべてを一瞬で、削りとっていった。
 竜の胴体のように細長い半島の片側は平地、もう一方は山という土地が、海に囲まれている『竜翼の山海』は、このときに地獄の象徴となってしまった。
 この地震は『基地』にまで届くほどの揺れだった。
 『基地』リーダーのルカリオは近くに住むナマズンに、震源の方角を聞いた。ナマズンは地震が起こる際にその予知をする能力があるらしく、ルカが救助の際に情報を求めたことがあったポケモンだった。
 彼の協力から方角と大まかな距離を割り出したルカは、地震の規模を疑いたくてたまらなくなった。どう計算しても、少なくとも数千のポケモンが被災している結論にたどり着いてしまうから。
 急遽、『基地』内外のポケモンによる災害派遣チームが組まれることになった。
 ルカは基地内のポケモンだけでは頭数が足りないと判断し、ある程度腕が立つポケモンに報酬つきの協力をみずから要請した。遠い地の悲劇を知ったポケモンたちも、快くそれに乗ってくれた。
 こうしてルカを含む計十二匹の三チームが『竜翼の山海』に向かうことになった。
 カイナ、ルイ、ユウは基地に残って留守を守ることになった。完成して間もなくの『基地』の内情として、リーダー二匹が離れられるほど成熟していなかったし、同じく発足したてのチーム『LUCKS』もまだまだ経験が浅かったためだった。
 『竜翼の山海』を目指し始めたルカ一行の道のりは易しいものではなかった。
 仲間には『基地』で『救助』の経験を積んでいたポケモンもいたが、半数はボランティアとも言える無関係のポケモンたち。当然ルカはそのすべてに細やかな指示を出しながら行動する必要があった。そのうえ、未開の地という長い長い距離を進むあいだには用意したどうぐも次々に消費してしまうため、途中現地調達しなければならなかった。
 それでも援助物資用として各自のカバンにありったけ詰め込んだ食料は絶対に減らないよう、道中のきのみやリンゴはなるべく採集していき、痛みはじめたものは順に食べて力を維持し、一行はすこしずつ、『竜翼の山海』を目指した。
 半月後、ルカたち三チームが被災地に到着する。
 そこで彼らが見たものは、想像を超えた異様な光景だった。
 森であったろうそこは、木々が幹から引き裂かれ、倒れ、地面には一面に黄土が露出していた。
 ポケモンたちは荒れ果てたこの地で、かろうじて残ったわずかな食料を奪いあっていた。力尽きたものはその場で動かなくなり、競り勝ったものは別のポケモンに襲われ、お互いの命を終わることなく削っていた。
 その間を縫うように、地震が起こるまでそれぞれのすみかで生活していたであろうポケモンがぽつぽつと、そこかしこに座り込んでいた。傍らには動かなくなったポケモンの体に身を寄せ、じっとうずくまっている者もいた。力のない瞳で、空の一点を見上げているポケモンもいた。
 絶望と渇望が濃縮した光景。誰もが生に必死なポケモンで、死に必至なポケモンだった。
 ルカは心苦しいという言葉でさえ嫌悪感を覚えるほどの『竜翼の山海』のありさまに、しばらく立ち尽くすことしかできなかった。
 他のメンバーもルカに声をかけることをしなかった。一様に、ルカと同様の思いだった。その場に崩れ落ちるメンバーもいた。
 ルカがようやくのことで前に一歩を踏み出すと、他のメンバーも、操られるように無言でそれに続いた。
 争いを、やめてくれ。
 ルカはそれを自分の口に出せたかどうか、覚えが無い。
 一匹一匹が大荷物を背負っている一団に気づいた『竜翼の山海』のポケモンたちは、しばし動きを止めて注目していた。
 食料はここにある、だから――
 それも、ルカは言えたのか、自信がなかった。
 瞬く間に、その場にいたポケモンがルカたちに流れこんだ。
 怒号と絶叫が入りまじり、誰が何を言おうとも、誰の耳にも入らない。
 ルカたちは食料を手に入れようとする『竜翼の山海』のポケモンたちに全力で攻撃され、瞬時に力尽きるメンバーもいた。
 ルカは自分とメンバーを守るため、やむなくはどうを攻撃に用いた。
 放射状に吹き飛ぶ『竜翼の山海』のポケモンたち。一瞬だけ静まりかえったその隙に、ルカはひとつの命令を出した。
 荷物は全部捨てて、俺と逃げろ。
 さらに一撃で開いた逃走路を、負傷し倒れたメンバーをかかえて一同は全力で駆け抜けた。
 『竜翼の山海』のはずれまで逃げ切ると、ルカは一度だけ、自分が吹きとばしたポケモンたちに振りかえった。が、自分たちが置き捨てた食料やどうぐに群がるポケモンに飲まれたのか、その様子はわからなかった。
 救助活動をともにしてくれた仲間に向き直った。
 全員が、涙を流していた。
 自分の無力さに対してほぞを噛むことすら贅沢だと思えて、ルカも顔を背けずにはいられなかった。
 救助用のバッジごと全ての荷物を手放したルカたちは、もと来た道を帰っていった。
 そして『竜翼の山海』に向かった倍の日数をかけて『基地』に戻ると、ボランティアで加わったポケモンは報酬も受け取らずにどこかに消え、『基地』所属だったメンバーも全員が辞めていった。
 ルカはその後、この『竜翼の山海』で起こった大地震とその救助活動について、カイナ以外のどのメンバーにも話すことはなかった。

 火山独特の臭気がただよう『峰炎の間』で、ギャロップがリンに狙いを定めた。ブラッキーのブラム、エーフィのフィリムがその後ろにつづく。
 ブラムの額が光った。ブラッキーの内からあふれるエネルギーが、ギャロップを包み込む。己の力を他のポケモンのわざに相乗させる『てだすけ』だ。
 ギャロップのからだが奮えた。大地を余すとこなく駆け巡るために発達した脚に、はちきれんばかりの圧力が加わる。その巨体がリンめがけて『とっしん』した。
 リンが構えた。
 その場にいる者の聴覚が狂いかねない風圧が起こった。
 リンの足からすさまじい衝力を押しつけられた地面が二本の筋となってえぐれる。リンは押されながらも真っ向から『とっしん』を受け止めた。が、『てだすけ』で勢いが増した『とっしん』はリンの力を押し切っていた。ギャロップの角が胸筋にうずまり、リンの表情がくもった。
「リンさ――」
 悲鳴を上げかけたイブが、ギャロップの影からいきなり目の前にあらわれたブラムが放った『あやしいひかり』を浴びる。さらにブラムの後ろにフィリムがつづく。
 初撃の激しさに虚をつかれたミロトだったが、ブラムとフィリムの集中攻撃を防ぐため、すぐにイブの援護に動いた。
 しかしそれは叶わない。
 イブの元へたどり着く前に、ミロトの体は地面を転がった。
 そのままイブにニ撃目を打ち込むかと思われたブラムは駆けつけようとするミロトに方向転換をし、『でんこうせっか』を放っていた。その後ろで今度はフィリムが、ブラムのわざを『てだすけ』していた。
 どうにか受身をとり、体勢を立て直そうとしたミロトはブラムのわざをかろうじて回避し、自身へのニ撃目を拒否した。
(こ、こいつら……連携がハンパじゃない……!)
 ミロトは一歩後ろに間合いを取り、追撃の手を切った。しかし、『こんらん』しているイブからは遠ざかってしまっている。
「茶綿、どーした! 足がすくんだのかよ、目が虚ろだぞ。向こうの奴もすぐフィリムにやられちゃうだろうし、それもしょうがねーか、ははは」
 ブラムが調子よく笑いながら、ミロトを嘲った。くらやみが恐くてべそをかいているような、水が恐くて泳げないような、そういうポケモンを見下すような目つきだった。
 あいつを信じよう。イブ自身の戦闘能力だって、けっして低くはない。いつだってキツイ試練をいっしょに乗りこえてきたパートナーなんだから。イブから目の前のブラムに視線を戻しながら、ミロトはため息をついた。
「ああごめん、大丈夫。笑いをこらえるのに大変でさ。そのセンスのない呼び方のせいで」
 ブラムに同調するように、ミロトの口元もおもしろおかしく歪んだ。それはブラムの挑戦に余さず応えることを示していた。
 ブラムの毛が逆立った。口がかたく結ばれる。
「ぶちのめしてやる!!」
「やってみろ!!」
 二匹のするどい咆哮が共鳴し、『峰炎の間』にあたらしい戦場音楽を重ねる。

 『とっしん』のダメージを感じさせず、リンは間断なく攻撃をつづけた。
 ギャロップに反撃を避けられたと同時に、さらに前脚めがけて『きりさく』を繰り出す。
 しかし、簡単には捉えられない。
 リンに劣らない体躯を縦横に運び、ギャロップはリンをかく乱した。
「力押しのわざだけで私は倒せないぞ」
 ギャロップも応酬の構えを見せる。
 しかし、ギャロップにとってもリンの攻撃は簡単には避けられなかった。
 空を切ったはずのリンの鋭利な爪は、ギャロップの首元に痕を刻んでいた。
「すばやいだけでも俺はやれねーよ」
 ギャロップは反射的に間合いを離した。リンの表情を読む。
(好戦的な性格だと踏んだが、激昂するでもない。むやみに突っ込んでくるでもない。意外と冷静に戦っている)
 首の傷からくるちりちりとした刺激がギャロップの意識に警告を発する。
 ベテラン、なのだろうな。もう一度、リンにめがけて『とっしん』する。
 リンが受けとめる構えをみせた。
「力技には真っ向勝負か! また受けとめてみるがいい!」
 ギャロップが加速した。ブラムから受けた『てだすけ』の効果は切れてしまったが、それでもその勢いは大きな破壊力を生む。
 リンとの間にふたたび轟音が響く――いや、ギャロップの予想は裏切られた。
 両の腕でギャロップの角を掴まんとしていたリンは、身体の軸をずらして『とっしん』をいなした。
(このリングマ、柔軟さも持っている! だが――)
 手ごたえはあった。リンはギャロップの身体をすべて流せたわけではなかった。ギャロップの右前脚に残っている衝撃の余韻が、リンのわき腹をかすめたことを物語っていた。
 緩めるものか、みたびの『とっしん』を決意しリンに振りかえったギャロップは気付く。
 リンの辺りで震える地面、膨張する熱気、全身を揺さぶる重低音。
 目を見開いたギャロップは戦慄するよりも先に己の全力をわざのエネルギーに変え、『ほのおのうず』を吐き出した。
 リンを中心とする炎の柱がそびえ立つ。直後にその赤熱は鮮やかな光をはなち、爆裂音を発した。リンの『はかいこうせん』が、『ほのおのうず』のエネルギーと反応しはじけたのだった。
「はははははは! やるじゃねぇか!!」
 柱の中心にゆらめくその影から、楽しげな声が聞こえた。並のポケモンであれば泣いて許しを請うであろう渦中にあっても、リンの様子は乱れていない。
「こちらの台詞だ、戦闘狂め。しばらく笑っているがいい」
 ギャロップは一息だけ大きく吐くと、次の手を考える。この戦いで受ける重圧はひどくある。だが臆してもなく、敗北する気も依然まったく起きない。
 『ほのおのうず』からリングマはすぐには出てこられないだろう。だが他に目を向けることもできない。お互いに隙を狙い合っている、この状況では。

 有利な間合いを奪わんと、ブラムが『あやしいひかり』を放った。
 ミロトがブラムの視線を読み、くぐり抜ける。その動きのまま地を蹴った。限界まで引き絞った弦から放たれる矢のように、空を切るミロトの『とびげり』がブラムを捉えた。衝撃で後方に運ばれたブラムの後ろ足に、連結攻撃。『ピヨピヨパンチ』が続けて命中した。
(よし、チャンス!)
 体勢をくずしているブラムに、ミロトがさらなる追撃の姿勢を見せた。
 それに対するブラムの反撃は浅ましく思えるほどに単調だった。『あやしいひかり』を乱射し、執拗にミロトの動きを止めにかかってくる。
「そんなメチャクチャな攻撃が当たるほどノロマじゃないっつーの!」
 ミロトはそのすべてをかわし、後ろに回りこんだ。食らうと『こんらん』して圧倒的不利となる『あやしいひかり』だが、視線を読んでしまえばこちらに恵まれるリターンは大きい。すでにブラムのわざのクセも染み付きつつあった。
 勝てる。完璧なタイミングで後方を取った今、『とびげり』がクリティカルヒットすれば勝負は決まる。ミロトは迷いなく、ふたたびその足で空気を切り裂いた。
 鋭い曲線をえがいた踵が、顎にヒットする。頭の芯まで揺さぶるその蹴りは、目にうつる景色に白い光を閃かせた。
 地に落ちた身体は、ミロトのものだった。
「……!?」
 ブラムは後ろから迫るミロトに、後足を蹴り上げ『だましうち』を決めたのだった。
 ちかちかと明滅する視界に残った黒い体めがけて、ミロトはもういちど『ピヨピヨパンチ』を放った。
 手ごたえはない。代わりのごとく腹部にはしる鈍痛。ミロトは一時的に呼吸を忘れ、その場にくずれ落ちた。
「『だましうち』食らってから『カウンター』までもらいに来るなんて相当アレだな、茶綿」
 ブラムはそう嘲笑しながら、動けないミロトにドス、と攻撃を重ねた。
「ぐ……やるじゃん、まっくろ……」
 うつ伏せて苦悶でゆがむ顔からどうにか口元だけを上げ、ミロトが言った。
「強がるなよ。相当効いただろ、今の」
 動きを止めたミロトに、ブラムが近付いた。
「とどめをさされる、降参する・・・・・・どんなふうに負けたい?」
「……とどめ」
「あっははは! 勇敢な茶綿だな! まぁおびえるなよ、殺すことだけはしない。知ってるんだぜ。このバッジがあるおかげで、気を失えば帰れるんだろ?」
 ブラムはミロトが提げるカバンを前足で小突いた。そこに付けられたバッジが、こつこつと鳴る。
「だけどおいらたちに挑んだからには今日は帰さない。預かっておいてやる」
(帰さない……?)
 ブラムがミロトのバッジに爪をひっかけ、引き剥がしにかかる。
 カバンのひもに引っぱられて、ミロトの身体が仰向けになった。その姿がゆがみ、霞となって消える。
「!?」
 ブラムの身体が衝撃に震えた。くらりと揺れる頭。どうにか倒れるのをこらえ、攻撃された方向をにらむ。
「負けたら負けたでいさぎよく帰ろうと思ってたんだけど。オマエたち、本当は何が目的なんだよ」
 とん、とミミロル独特のステップで『こうそくいどう』を踏んだミロトが、闘志をさらす。
「オレの攻撃が効いてるのだって知ってるんだよ! そう簡単にはいかないぞ!」
 ブラムが、感覚が戻ってきた後ろ足で、『峰炎の間』の岩肌を削った。
「――そうだったな。まだ『後悔』させてなかった」
 ミミロルとブラッキーのわざの応酬は、止まらない。

 イブが『こんらん』から回復した。
 周りの様子は熾烈そのものだった。ミロトもリンも、相手のブラッキーやギャロップとの交戦で、しのぎを削っている。
 目の前には、そのような状況などまったく意に介していないかのようなエーフィが一匹、イブを見据えていた。いや、見据えていたというよりも、見守っていた、と勘違いしそうになるほど、静かにその場にたたずんでいる。
 イブは困惑した。フィリムと呼ばれていたそのエーフィには、殺気がまったくないように感じられた。
「あ、あの……」
 沈黙に耐えられず、イブはフィリムに声をかけた。
 しばしの間をおいて、フィリムの尾が一度だけ振れた。
「……」
 そう、しぐさだけで応えたフィリムの瞳は、まるで彫刻のようにイブに向かって一点を結んでいる。
 避けられる戦いなら、したくない。イブはひるみそうになる心を奮いたたせ、言葉を続けた。
「どうしてここに……? ボクたちはギャロップさんたちと戦いたいわけじゃないんです。ただ、ボクの記憶の手がかりがここにあるって聞いて、『石碑』を調べにきただけで……」
 イブのすがるような声に、フィリムはゆっくりと、口を開いた。
「……キミのやろうとしてることは、実らないと思う」
「えっ、ど、どうして……」
 イブは面食らった。初対面の相手なのに、考えを見透かされているのだろうか。
「アルセウス様はすべて御見通し。キミに起こったこと。キミの目的。キミの、正体――」
 イブの心臓が、これまでとは違う暴れかたをした。このエーフィは、これまでイブが必死になって追い求めてきたものすべてを握っているかのように話す。
「フィリムさんは、ボクのこと、知ってるんですか……? ボクの正体って……?」
 明らかに震え出したイブに、フィリムが憂うような視線を送った。

「おいらとフィリムは、お前らの救助隊にめちゃくちゃにされた故郷を救ってくれた、アルセウス様に恩返しするためにここに来たんだ!」
 ブラムの『でんこうせっか』を避けたミロトが着地した。ブラムの持っているわざはほとんどが敵対者をかく乱するトリッキーなものだったが、彼の能力は対個の戦闘でもまったく引けを取らない。それだけではない。ブラムの攻撃から、ミロトへ向ける気迫がこれでもかというほど伝わってくる。
「救助隊って……オレらの『基地』の?」
 ミロトが息を整えながらブラムを問いただした。
「はん、何も聞いてないんだな。昔、お前たちのリーダーのルカリオが、大震災に見舞われたおいらたちの地にずかずかと入り込んできたかと思えば、生き残ったおいらたちを大混乱させて逃げ帰った。おいらたちのかーちゃんは……かーちゃんは、混乱して暴れまわったポケモンたちに巻き込まれて命を落とした……! おいらたちを守るために、自分の分のたべものまでおいらたちに食べさせてくれたかーちゃんが……!」
 言葉のひとつひとつにこれまで積み上げてきたであろう感情を乗せて、ブラムは前足をかたく踏みしめた。
 さすがのミロトも、衝撃を受けた。感謝されこそすれ、よほどのことがない限り憎まれることなど無いと思っていたカイナさんたちの『基地』に、そんな過去があったなんて。
「食べ物をさがしに出かけたかーちゃんを見つけたときには、もう……!」
 ブラムは隙だらけだった。
 しかし、ミロトはこのような相手との戦い方を知らない。自分が戦うためにひそかに誇りとしていた『ポケモンを助ける』という道義を揺るがさんと怒る相手との、戦い方は。
「アルセウス様はひどいありさまになった『竜翼の山海』を、もとの自然があふれかえる温かい場所に戻してくれた。それでもかーちゃんは帰ってこなかった。しばらくしておいらたちは師匠に拾われて、戦う術と意思を教えてもらった」
 ブラムの身体が、地面に押さえつけられるようにしなった。前かがみになり、全身の毛を逆立てるその姿は、最大の敵意をミロトに叩きつけていた。
「お前たちは所詮、目のとどく範囲だけに偽善をふりまいて、都合が悪くなる部分は見ようとしない集団なんだよ。目的のために誰かを傷つける、上手くいかなかったら逃げ帰るのが当たり前のポケモンたちに正義なんてあるか……!!」
 ブラムの旋を描いた後足が迫る。ミロトは、無意識のうちに構えを解いてしまっていた。

 イブに聞こえたのは、震え上がるほどの怒りを乗せたブラムの言葉と、目の前にいるフィリムが経たであろう凄惨な過去だった。
 その間もやはりフィリムは動かなかった。ブラムの昔話をイブに聞かせるためだったのか、自らのつらい思い出に耐えるためだったのかはわからない。
「……同情してもらいたいわけじゃない」
 イブの様子を見たフィリムが、静かに声を発した。
「ただ、わたしたちはアルセウス様に賜った御恩と、ギャロップさんの深い善意は忘れない」
 イブの思考は追いつかない。乱暴者のドサイドンを従えるという『神』が、こんどは慈悲深い存在として語られている。
「キミたちが行っていること。キミたち自身は、どう思ってるの?」
 まだ直接会ったことがなくとも、イブのなかで理想の存在として形づくられていた『基地』のリーダー像が、あやふやなものとなる。
「キミがしてきた『救助活動』で救われたポケモンって、本当に、いた?」

 カイナさんや『LUCKS』――『基地』のみんなにしてもらったこと。
 傷つき迷うポケモンからの依頼と、与えられた任務。
 救助したポケモンの泣き顔、笑い顔。
 戦ったポケモンの苦い顔、悔し顔。
 ボクたちがしてきたことって?

「わたしたちの今の目的は、石碑を占拠して、キミと、そこのミミロルを添えてアルセウス様のもとへ送り届けること。それに全力をつくすつもり。できるなら、キミたちにはおとなしくなってほしい」
「ボクと……ミロト、くん……?」
 いつの間にかイブの頬をつたう涙。本当に、ボクって泣き虫で、すぐにうろたえて。会って間もないころに、ミロトくんにいわれたとおり。
「キミたちがすでに目にしてる、『石碑』にあったとおりだよ。この世界にあらわれ出している歪みを正すため、ミミロルにはいけにえになってもらう」
 ようやくイブは我に返った。ミミロル。いけにえ。エーフィは淡々と、耳を疑うような言葉を口にしていた。 
「な、なんで……ミロトくんは関係――」
「あるのよ、大いに。それにあなたは――」

 ズダン!!

 イブとフィリムの間に、何かが激しく叩きつけられた。
「ミロトくん……!?」
 それはミロトの身体だった。すでに全身は戦いによる擦り傷だらけだった。
「そろそろ終わりか、茶綿」
 横から、ブラムの声がした。ミロトくんをここまで――
 どうすれば。もう、ダメなのかな。イブの戦意が消えてしまいそうになる、そのとき。
「イブ、ミロト!!」
 『PLUCKS』の名前を呼んだのはリンだった。ギャロップの放つ激しい炎を振り払いながら、その声はイブの心を支えんと、力強く、『峰炎の間』に鳴り響いた。
「ごちゃごちゃ考えるな! 俺が保証してやるよ! お前らがやってきたことは、山のてっぺんで、胸張って、笑いながら叫んだって何恥じることねェことなんだよ!!」
「り、リンさん……」
「いってェ……」
 ミロトが起き上がった。ぶるぶると腕を震わせながら、懸命に立とうとしている。
「だってよ、イブ。まだ頑張れるか?」
「うん、うん……!」
 リンさんも、ミロトくんも、こんなにぼろぼろになっている。それがどういうことなのか。イブは自らを叱咤した。
「フィリムさん、ブラムさん。ボクは救助隊なのに弱虫だし、すぐあわてちゃうし、自分が満足するために救助隊をやってるだけのダメなポケモンなのかもしれません――」
 でも。イブがミロトを助け起こす。そしてその前に盾のごとく立ち塞がり、つづけた。
「ボクが知ってる『基地』のみんなは、いつだって、見も知らないポケモンのことをいちばんに考えてました。そんな仲間を……ボクを仲間って言ってくれたみんなを傷つけようとするなら、ボクは戦う!!」
 フィリムとブラムが、目を細めた。
「黙らせてからのほうが運びやすそうだな、フィリム」
 そう吐き捨てたブラムの気迫はいまだ衰えない。
 フィリムもそれに合わせ、姿勢を戦うためのそれに変えた。
「――お兄ちゃん」
 そして、『兄』に目配せした。ブラムがうなずくと、フィリムも一歩、前に出た。
「こうしてキミとおしゃべりしてたのも、キミがほかの二匹を邪魔しないようにしてただけ。キミたちは必ず倒す」
「させません!」
「……キミはわたしには勝てない。今のわたしは、お母さんを守れなかったあのときのわたしを消し去れるほど強いから」
 『峰炎の間』の戦いは、終盤を迎えていた。
 イブが戦火の中に見出したこの勇気は、結果的にギャロップたちの目的を惑わすことになる。

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