126話 重圧

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 俺は弱い。だからこそ、強くなりたい。もう負けたくない。負けるなんて真っ平だ! 勝って失うものがあるとしても、負けたらもっとたくさんの大切なものを失ってしまった。もう泣きたくない。もう誰の泣き顔も見たくない。
「決めた。もう俺は誰にも負けない。負けたくない。これ以上目の前で大事なモノを失いたくない。だから、勝つ。エンテイにも、自分自身にも」
 そう宣言した途端、それを待ち構えていたかのようなタイミングでヤツが……。エンテイが再び俺の前に姿を現した。
「ほう。なかなかどうして、言ってくれるじゃないか」
 聞き覚えのある声に振り返ると、いつの間にか近くにいたエンテイが俺を見下ろしていた。
 右手を横に出し、恭介と薫へ手出しをさせまいとすると、何がおかしいのかエンテイがくつくつと笑い出す。
「安心しろ。まずはお前からだ。今度こそ邪魔はさせない。確実に息の根を止めてやろう」
「お断りだ! 俺こそもう二度と負けない。負ける訳にはいかない!」
『対戦可能なバトルテーブルをサーチ。パーミッション。スタンダードデッキ、フリーマッチ』
 背中に暖かい声を受けながら、目の前の敵と対峙する。敵と味方がどうかなんて話はどうでもいい。誰が相手でも、もうあんな惨めな思いだけはしたくないんだ。
「行くぞ!」
「その前に一つだけしておかなければならないことがある」
 疑念の声が出るよりも早く、俺と恭介、薫の間に火柱が噴き出した。その一つに収まらず、俺とエンテイの戦うフィールドを長方形の形で囲むように火柱が並び立つ。
 これは確か、姉さんとエンテイが戦っているときもあった。外からの俺たちの声が、まるで姉さんに届いていないかのような……。いや、実際届かないように出来てあるんだろう。
 俺と二人はこれで完全に隔絶されてしまった。もっとも、わざわざそうするエンテイの意図はすぐに分かったけど。
「もう同じ偶然を、みすみすと我が目の前でさせる訳にはいかないのでな。それ相応の処置だ」
「安心しろ。負けるつもりはさらさらねえよ」
「言ってくれる」
 互いの最初のポケモンはエンテイがビリリダマ40/40のみ。そして俺がバトル場にドーブル70/70、ベンチにヒノアラシ60/60。先攻はエンテイからだ。
「前回は見なかったポケモンか。だが結局は同じこと! 我がターン。まずは手札からポケモン通信を発動。その効果によって手札のエレキブルと山札のライコウ&スイクンLEGENDの下パーツを入れ替えて、山札をシャッフルする」
 HPの低いビリリダマをほったらかしたままLEGENDを手札に加えにいくってことは、やつは最初から速攻で俺を潰しに来るつもりだ。
 その布石をこの番から行ってるってことは、次の次……。もしくは速いと次の番にライコウ&スイクンLEGENDが姿を見せるかもしれない。
「手札の雷エネルギーをビリリダマにつけ、サポートカードチェレンを発動。山札からカードを三枚引く。続けてエレブー(70/70)をベンチに出し、ビリリダマで攻撃。マグネボム!」
 マグネボムはエネルギー一つで使えるワザの割には威力が20とかなり高い。しかも追加効果まである。コイントスをしてオモテなら、相手に10ダメージ追加。ウラの場合自分が10ダメージを受ける。
「ウラだ。……いずれにせよドーブルには20ダメージを受けてもらう」
「今度は俺の番だ! まずはドーブルのポケパワー、似顔絵を発動。この効果で相手のサポートを使う!」
「我のサポートを使う、だと?」
「似顔絵は相手の手札を確認し、その中にサポートがあればそのサポートの効果を似顔絵の効果として使う。……俺は坊主の修行を使う」
 エンテイの手札にはライコウ&スイクンLEGENDはセットで揃ってはいなかったが、既にマルマイングレートが手札にいる。やっぱり速攻を喰らう確率はかなり高い。それが耐えられるように今のうちにバリケードを立てなければならない。
 坊主の修行の効果は山札の上から五枚を確認し、そのうち二枚を手札に、残り三枚をトラッシュする。俺は炎エネルギー二枚と、ポケモンコレクターをトラッシュする。
「手札からレシラムをベンチに出す!」
 ベンチの一枠から火柱が舞い上がり、その中からレシラム130/130が現れる。レシラムを見上げたエンテイは、ほう。と小さく息をつく。
 バトル場のビリリダマは確実に次の番にマルマイングレートに進化してくる。そして進化すればほぼ確実にエネエネダイナマイトを決めてくるのは目に見えている。
 エネエネダイナマイトはマルマインを気絶させる代わりに、山札の上から七枚を確認してその中のエネルギーを自分のポケモンに好きなようにつけ、残りを全てトラッシュする大型エネルギー加速のポケパワーだ。それを決めれば今までエネルギーのついていないポケモンも一気に攻勢に転じることが出来る。
 でもそれが来ると分かっていれば無理して中途半端なダメージを与えてターンを無駄にすることは避けれる。
 向こうがエネルギーを一気に溜めてくると分かっていれば、こちらはそれに備えてバックの強化だ。
「手札の炎エネルギーをベンチのレシラムにつけ、俺の番はこれで終わりだ」
「攻めてこないか。……おおよそエネエネダイナマイトが来ることを読んでか……。さあその判断が当たるか外れか、今から確認してみるか」
 唾が喉を通り抜け、腹の中が重くなる。乾いた唇を離し、奥歯を噛みしめる。
「手札から坊主の修行を発動。我はその効果で手札に二枚加え、残りのクラッシュハンマー、セキエイ高原、デュアルボールをトラッシュする。……さっきの判断、当たりのようだな」
 当たり……てことは来る!
「前回がああだったからと言って、今回に油断。ましてや慢心などはしない。出し惜しみする気は微塵もない! 手札のライコウ&スイクンLEGENDを一組組み合わせ、ベンチに出す。現れろ!」
 青い光と黄色い光の二色が地面から天に向かって伸びていく。大地が震え、空が鳴き、突然頭上に黒い雲が集まってくる。
 間もなくポツリポツリと雨が降り出すと、雷が耳を裂くようなけたたましい音と共にエンテイの目の前に突き刺さる。
 光が焼付いた目が辺りを見れるようになれば、ベンチでライコウ&スイクンLEGEND160/160が雄叫びを上げていた。
「まだまだ終わりではない。我はビリリダマをマルマイングレートに進化させ、マルマイングレートのポケパワー、エネエネダイナマイトを発動」
 マルマイン90/90の体が白く発光し、爆発する。HPバーが0/90まで一気に落ち込んだマルマインからは黒煙が舞い上がる。
「エネエネダイナマイトの効果で山札を上から七枚確認する。……雷エネルギー二枚をライコウ&スイクンLEGENDに。そしてさらに雷エネルギー二枚をベンチのエレブーにつけ、残りのカードをトラッシュする」
 残りはエレブー、アララギ博士、ジャンクアームの三枚。まさか七枚の半分以上がエネルギーだなんてすごい引きだ。
「けどマルマインが気絶したことで俺はサイドを一枚引く」
 バトル場のマルマインが気絶する。実はまだこれには利点が一つ隠されている。それはいちいちバトル場のポケモンを逃がさずとも、すぐにエンテイ&スイクンLEGENDをバトル場へと動かすことが出来るということだ。
 事実、エンテイはすぐにそうしてきた。ドーブルの目前に巨体が二つ並び立つ。
「ライコウ&スイクンLEGENDに手札から水エネルギーをつけ、ドーブルに攻撃。オーロラゲイン!」
 スイクンが口から冷凍光線がドーブルに放たれる。攻撃を受けたドーブル0/70からは逆に七色に輝く光がスイクンの方へ吸い寄せられていく。
 オーロラゲインは確か威力が50で、水無無で使えるワザ。さらに効果で自身のHPを50も回復させる能力まである。
「サイドを一枚引いて我が番は終わりだ」
「っ……。だったらバトル場にレシラムを出す!」
 マルマインの気絶は一見ディスアドバンテージにも思えるが、そこから間髪無く飛んでくる攻撃ですぐにそのサイド差をひっくり返してくる。
 そうすれば流れも丸ごと持っていくことが出来る。エンテイはサイド一枚以上を得た、と言ってもそれほど間違いではない。でも気持ちで負けたらお終いだ!
「まだまだ、俺のターン! 手札から炎エネルギーをレシラムにつけ、さらに不思議なアメを発動。その効果でベンチのヒノアラシを一気にバクフーングレート(140/140)に進化させる! そしてポケパワー、アフターバーナーを使ってレシラムに炎エネルギーをつける」
 アフターバーナーはトラッシュの炎エネルギーを自分のポケモンにつけたのち、そのポケモンにダメカンを一つ乗せる。
「そうか。ドーブルの似顔絵で坊主の修行を使ったときに既に二枚炎エネルギーをトラッシュしていたのか」
「さらに手札からポケモンコレクターを使う。山札からたねポケモンを三枚加える。俺はロコン(60/60)、ヒノアラシ(60/60)、ゾロア(60/60)の三枚を加え、三体ともベンチに出す!」
 もうあのライコウ&スイクンLEGENDに負ける訳にはいかない。こんなに序盤に出てくれているんだ。
 余裕があるうちに叩く! 無理して手札のポケモンキャッチャーで、相手のベンチにいるエレブーをバトル場に引きずり出して気絶させてサイドレースに張り合う必要はない。どっちにしろあのLEGENDを倒さない限りどうひっくり返ってもエンテイに勝つことは出来ない。ならばやることは一つ!
「レシラムで攻撃。蒼い炎!」
 レシラムの尻尾が赤く燃え始め、レシラムは大きく息を吸い込んだ。そして口から高温の余り蒼く灯る炎がほぼ直線状にライコウとスイクンに襲い掛かり、包み込んでいく。
「蒼い炎の効果で、俺はレシラムについている炎エネルギーを二枚トラッシュする。その代わりライコウ&スイクンLEGENDが受けるダメージは120だ!」
「何!?」
 蜂谷の件以来、エンテイの驚きに満ちた声が聞こえる。
 ただダメージが多いことだけではない。この120ダメージにはもう一つだけ大きな効果がある。
 それはライコウ&スイクン40/160のオーロラゲイン以外のワザ、雷電の槍を封じたことだ。雷電の槍は相手に150ダメージを与える大技だが、自身に反動として50ダメージが飛んでくる。
 つまり雷電の槍で攻撃すればレシラム120/130は倒されてしまうが、ライコウ&スイクンLEGENDも同時に気絶してしまう。
 かといってオーロラゲインではいくらレシラムが水タイプが弱点だろうが、受けるダメージは100。なんとか耐えきったレシラムが次の番にもう一度蒼い炎で攻撃すればライコウ&スイクンLEGENDは気絶。
 どっちにしろこの時点でライコウ&スイクンLEGENDは倒すことが出来たとほぼ同じだ。
「なるほどな。先の敗北から何も学んでいないことは無い、ということか」
「いくらどう足掻こうが、これはもうひっくり返せないはずだ。エレブーをいくら進化させたところでレシラムを倒す能力はない!」
「その判断、決して悪くはない。悪くはないが、焦りでもしたか。はずれだ」
 希望に満ちて火照っていた体が、湯冷めかのように芯まで冷えていく。そんなバカな。一体どうして。
 嘘だ、ただの虚勢だ。と心は意地を張りたがるが、相手が相手だ。このエンテイが無意味にそんなことを言う訳が無い。……あるんだ。
「我はエレブーをエレキブル(100/100)に進化させ、エレキブルに雷エネルギーをつける。そして手札からグッズカードを発動、プラスパワー!」
「なっ……!」
「プラスパワーは相手にこの番与えるワザのダメージをプラス10するグッズカードだ。我がデッキにプラスパワーが入っていないと言った覚えはない。残念だったな。……レシラムに攻撃だ。オーロラゲイン!」
 スイクンが発する冷凍光線を受けた後、レシラム0/130からエネルギーが逆流してライコウ&スイクンLEGEND90/160に吸収されていく。
 ダメだ。ここで一発の策がこんな簡単に打ち砕かれるなんて。エンテイがサイドを一枚引いたことで、エンテイの残りサイドは四枚。俺のサイドは残り五枚。初めてこの対戦でサイドの枚数を抜かれた。
「奥村翔。どうしてLEGENDポケモンは倒されるとサイドが二枚引けるか分かるか」
 先ほどとは違った、まるで諭すかのようなエンテイの声が聞こえる。しかし、とてもそれどころではなかった。
「それは二体以上でかかってこないとLEGENDポケモンに太刀打ち出来ないからだ。確かにレシラムの一撃は強大だ。ああすれば雷電の槍を防ぐことが出来るという発想にたどり着いたのは見事だ。しかし、それだけで倒せるというのは思い上がりも甚だしい。自惚れるのも大概だ!}
 確かに、冷静に考えれば勝負に焦っていたところはあった。強くならないともう何も守れない。だから、強くならなきゃいけないのは間違いない。でも、一体だけ。一人だけじゃどうしたって限界があるんだ。
 友や、仲間ってのはその限界を飛び越えるためにいてくれる。一人じゃ出来ないなら皆でやる。実際そうやって俺は今まで生きてきた。
 なのに今はレシラムの力にだけ頼って、レシラム一体だけでライコウ&スイクンLEGENDを倒そうとしていた。
 そうじゃない。そうじゃないんだ。レシラムで倒せないなら、全てのポケモンの力を集めて倒す、それが普通なんだ。それこそが俺の求めていた本当の強さなんだ。
 それをエンテイに気付かされたのは癪ではあるんだけど……。
「ならば俺はバクフーンをバトル場に出す」
 バクフーンのワザ、フレアデストロイではライコウ&スイクンLEGENDは倒せない。ならば皆で時間を稼いで、皆でブッ倒す。
「俺は手札からポケモン通信を発動。手札のロコンをデッキに戻し、キュウコンを手札に加える。そしてベンチのロコンをキュウコン(90/90)に進化させ、新たなレシラム(130/130)をバトル場に出す。ここでキュウコンのポケパワーを発動!」
 キュウコンのポケパワーの炙り出しは、手札の炎エネルギーをトラッシュすることで、デッキから新たにカードを三枚引くポケパワー。その効果で引いたカードは炎エネルギー、アララギ博士、ゾロアークの三枚。
 ……そうか。これならうまくつながればワンチャンスはある!
「ゾロアをゾロアーク(100/100)に進化させ、手札の炎エネルギーをゾロアークにつける。さらに手札からアララギ博士を発動。自分の手札を全て捨て、山札から七枚カードを引く」
 俺の手札は炎エネルギー一枚のみ。それをトラッシュして一気に手札を七枚まで増やしていく。バトルテーブルのデッキポケットがせり出してきた七枚のカードを受け取り、左手で扇のように広げて目を通す。
 最後のピースはその中にきちんとあった。今度こそ行ける!
「バクフーンのアフターバーナーで、トラッシュの炎エネルギーをゾロアークにつけてダメカンを一つ乗せる。そしてグッズ、ポケモン入れ替えを使わせてもらう。ゾロアークとバクフーンを入れ替える!」
「そんな貧弱な一進化ポケモンで楯突くつもりか」
「貧弱かどうかはその目で確かめてみろ! 俺はゾロアークのワザ、イカサマを使う」
 ゾロアーク90/100の姿が一瞬でライコウの姿に変わっていく。表示名とHP以外は完全に向かいにいるライコウ&スイクンLEGENDのライコウを鏡で映したかのようだった。
「馬鹿な、変身しただと!?」
「イカサマの効果は相手のバトル場にいるポケモンのワザを一つ選択し、あらゆる条件を無視してそのワザを使用することが出来る。俺が選択するのは雷電の槍! 俺だけじゃない、姉さんや蜂谷の受けた痛みをそっくりそのままお前にも帰してやる。行けぇ! 雷電の槍!」
 分厚い雲がライコウ&スイクンLEGENDの真上に現れる。ライコウになったゾロアークが雄叫びを上げながら体から大量の電気を、一まとめにして雲に放出。すると雲の中で倍増された電気が雷の槍と化してライコウ&スイクンLEGEND0/160に降り注ぐ。
 決してゾロアークだけでは届かなかった。レシラムがHPを削ってくれたから。キュウコンのポケパワーでゾロアークを偶然引き当て、ここまでの展開を思いついたから。バクフーンのアフターバーナーでゾロアークにエネルギーをつけられ、イカサマを使えるほどまでエネルギーをためられたから。
「これが俺たちの力だ。これが俺の、俺たちの強さだ!」
「やってくれる……!」



翔「今回のキーカードはゾロアーク。
  イカサマはどんな条件が必要なワザでも使うことが出来る。
  相手が強ければ強いほどこのカードも強くなる!」

ゾロアーク HP100 悪 (BW1)
悪 わるだくみ
 自分の山札から好きなカードを1枚選び、手札に加える。そして山札を切る。
無無 イカサマ
 相手のバトルポケモンが持っているワザを1つ選び、このワザとして使う。
弱点 闘×2 抵抗力 超-20 にげる 1

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