112話 必勝無し

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 有瀬が開催するアルセウスジムに参加した俺たちは突如見知らぬ草原に飛ばされ、皆と離れ離れになってしまった。
 俺、奥村翔と姉さんは偶然出会った斎藤さんと行動を共にするが、その折にかつて斎藤さんが下したことがあるという元能力者の宮内誠司と対戦することに。
 しかし逃げればエネルギーが削られ、攻めれば状態異常に苦しむ。宮内の状態異常コンボに、じりじりと追い詰められていた。
 今の俺のバトル場には火傷状態でダブル無色、炎エネルギーをつけたリングマグレート10/120、ベンチにはキュウコン90/90とバクフーングレート90/140。残りのサイドは五枚。
 そして宮内のバトル場には超、ダブル無色エネルギーをつけたベトベトン20/100とベンチにはベトベター60/60、アンノーン50/50、ジュペッタ80/80、特殊悪エネルギーをつけたヘルガーグレート110/110。向こうもサイドの枚数は五枚。
「どうした、お前の番だ。次のポケモンチェックで火傷のダメージを受けるのが怖いならベンチに逃がせばいい。今までと同じようにな」
 確かに俺の番の後のポケモンチェックで火傷のダメージを負えばリングマは気絶してしまう。とはいえ宮内の言うようにリングマをベンチに逃がしたところでベトベトンを気絶に追い込むようなワザを使えるポケモンはいなくなる。
 ここでもしリングマを逃がしたとする。ベンチのバクフーン、キュウコンのどちらを出してもワザエネルギーは三つ必要だ。しかし手札のエネルギーとバクフーンのポケパワーを使ったところで俺の番では最大二枚しかつけられず、攻撃出来ない。
 そうすればまた宮内の番にヘルガーかベトベトンで状態異常にされてしまい、泥沼の底の底まで落ちてしまう。となると、生き残る道は唯一つ!
「俺はキュウコンのポケパワー、炙り出しを使う。手札の炎エネルギーをトラッシュして山札からカードを三枚引く。……ヒノアラシ(60/60)とヒメグマ(60/60)をベンチに出す」
 手札にはアララギ博士、エネルギー回収、フラワーショップのお姉さん、ピィ、キュウコン。それなら一気に手札を替える。
「サポート、アララギ博士を発動! 手札を全てトラッシュして山札から新たに七枚カードを引く。そしてベンチのヒノアラシに炎エネルギーをつける。さらにバクフーンのポケパワー、アフターバーナーでバクフーンにトラッシュの炎エネルギーをつけた後、バクフーンにダメカンを一つ乗せる!」
「さあリングマを逃がせ。そうでなければリングマは火傷で気絶するだろう」
「俺は、バトル場のリングマ──」
「そうだ、さあ逃がせ!」
「──でベトベトンに攻撃! 打ち砕けっ、アームハンマー!」
「何だと!?」
 両拳を合わせたリングマが、ベトベトン20/100の頭部めがけて振り下ろす。いくらディフェンダーの効果があるとはいえ、リングマのポケボディーの効果を含めて30+60-20=70ダメージ。これでベトベトンは気絶だ。
「多少は捨て身にならないと、いつまで経っても勝機は掴めない! そしてアームハンマーの効果で相手の山札の一番上のカードをトラッシュする」
 トラッシュしたカードはオーキド博士の新理論。ラッキーというところか。サイドを一枚引いて、これで残り四枚。
「なら俺はジュペッタをバトル場に出す。お前の番が終わったことで火傷の判定をしてもらおう」
 もしここでウラが出れば20ダメージを受けて気絶してしまう。……が、ここは間一髪オモテ。
「ちっ、耐えたか。ならば俺は、ジュペッタに超エネルギーをつけてチェレンを使用する。その効果で山札からカードを三枚引かせてもらう。……ここは、ジュペッタのワザを使う。ロストクラッシュ。コイントスをしてオモテなら、相手のエネルギーを一つロストする」
「ロストだって!?」
「……オモテ! リングマについているダブル無色エネルギーをロストする」
 ロストされロストゾーンに送られたカードは以後対戦中に使用する事も出来ず、対戦中に手札や山札などに戻る事もない。トラッシュに送られれば再利用出来るが、こうされてはもう手が出せなくなる。
「さらにリングマの火傷の判定だ」
 緊張の判定だが、ここはまたしてもオモテ。首の皮一つ繋がった。しかし、
「参ったな……」
 リングマ10/120の逃げる、或いはワザエネルギーは三つ。しかしダブル無色エネルギーをロストされ今リングマについているのは一つだけだ。
 手札から一枚つけたとしても、バクフーンのアフターバーナーはダメカンを一つ乗せる効果があるため使えばその時点で気絶。逃がすには時間がかかってしまう。
 ロストクラッシュでエネルギーを剥がしたのは意地でも火傷で倒すための保険ということか。一度深呼吸をして落ち着けよう。
「……なあ、どうしてアンタは斉藤さんとそこまでして再戦したいんだ?」
 時間稼ぎのつもりで言ったが、宮内は手札をテーブルの上に置いてまでして話に応じてくれた。
「そうか。お前は何も知らないんだったな」
「知らない?」
「どうしてあの男とお前が共に動いているかは知らないが、斉藤の盾になるような価値などどこにもないぞ」
「それでもアンタもこうして俺と戦ってるじゃないか」
「俺はお前を消してでも、あの男を消さねばならない」
 宮内の鬼気迫る声に思わずたじろぎ、困った俺は振り返って斉藤さんを見る。
「オレをそうしてまで消したい理由? 知りたいねえ。生憎心当たりが無いもんでね」
「とぼけても無駄だ! お前はアルカニックのメンバーだということは前戦ったときに分かっている」
「アルカニック?」
 体の向きを戻して、聞き覚えの無い単語を反復して頭を傾げると、宮内の眉間に皺が出来る。
「奥村だったか。本当に何も知らずにこの男についているんだな。アルカニックは他人のカードを賭け勝負やシャークトレードという名目で奪っていく卑劣な集団だ。俺の友人はこいつに賭け勝負に付き合わされて、やられたんだ」
「おいおい、奪うとは人聞きが悪い。賭け勝負を提案したのはオレだが向こうも同意した以上正当な報酬さ。それにどれが誰のかなんてことも一々覚えてないね」
 話についていけない。宮内と斉藤さんの顔を交互に見ているのは俺だけでなく姉さんもらしい。まとめると、俺たちに協力していた斉藤さんは賭け勝負とかでカードを奪う集団に属していて、宮内はやられた友人の仇討ちを果たそうとしているということか? いや、宮内は一度斉藤さんに負けたとか言っていたはず。つまりリベンジマッチを望んでいるってことだろうか。
「ブーバーンのカード。忘れたとは言わせない」
「ああ、アレねアレ。今でも大事に使わせてもらってるよ」
「ぐうう! 貴っ様ァ!」
「歯を剥き出すほど俺と戦いたいなら、さっさと彼を倒してしまえばいいだろう? そうしたら前に友人のなんだと言ってオレに挑んできた時と同じように倒してやるよ」
「ちょ、ちょっと貴方ね、人のことを何だと思ってるのよ!」
 姉さんが斉藤さんに突っかかる。それでも、斉藤さんはさも何事もなかったかのように言い返した。
「なんとも思ってないね。翔クンのことも。雫さんも。宮内も。……そしてオレ自身も」
 絶句した姉さんは虚を突かれ、ただただ呆然と斉藤さんを見上げている。何か言いたくても言えない、その歯痒さが俺にまでじんじんと伝わってくる。
「これで分かったか奥村。お前はハメられていたんだ。大方わざわざ俺とお前を戦わせたのはこの対戦で互いのデッキの内容を把握して、勝ち残った方に牙をかけるためだ」
「へぇ。そこまで分かっていてわざわざこの勝負に乗ったのか」
「俺は言ったように奥村を消してでもお前を消す覚悟がある。それにお前を倒すとっておきも残してある。……俺の未来予知を破った以上お前にも何かしらの能力があるかもしれないことは想像がつく。それが如何様な物でも捻り潰してくれる!」
 宮内の言葉に斉藤さんはパッと目を見開き、右手を口元に当てて関心するように小さく息を漏らす。
「案外めざといんだな。それはともかくまずは翔クンに勝ってみろ。全てはそれからだ」
「ということだ。さあ奥村、カードを引け!」
 斉藤さんにハメられた……? ならこの勝負は無意味じゃないのか? でも、宮内は俺を消してでも斉藤さんと戦おうとしている以上、勝負を中断させようにも応じてくれないだろう。くそっ! 戦うしかないのか。
「……俺も有瀬に会って問い詰めるまでは負けられない! 俺はヒノアラシに炎エネルギーをつけて、マグマラシ(80/80)に進化させる。さらにバクフーンのアフターバーナーで、トラッシュの炎エネルギーをマグマラシにつけた後ダメカンを一つ乗せる。これで俺の番は終わりだ。そして引き続いてポケモンチェック!」
 コインの判定は……ウラ、つまりリングマに20ダメージが! 炎に包まれたリングマ0/120は膝を着き、やがてうつ伏せに倒れる。
「ようやくか。粘った方だ。サイドを一枚引かせてもらおう」
「くっそ……! ならばバクフーンをバトル場に出す」
 相手の番の後のポケモンチェックで気絶したなら、次のポケモンで素早く攻勢に回れるが、自分の番の後にやられれば新しく出したポケモンは次の相手の番で一撃もらって来ることになる。想定した中では最悪の状況だ。
「俺はジュペッタにダブル無色エネルギーをつけ、ポケモン通信を発動。手札のドラピオンを山札に戻して、山札のベトベトンを手札に加える。そのままベンチのベトベターを進化させる」
「またベトベトン(100/100)か。倒してもキリがねえ」
「さらにグッズ、デュアルボールを発動。コイントスを二度行い、オモテの数だけ山札からたねポケモンを手札に加える。……ウラ、ウラ。まあいい。ベンチのヘルガーのポケパワー、バーニングブレスを発動。コイントスをしてオモテなら相手を火傷にする。……オモテ。喰らえ!」
 灼熱の息がバクフーン80/140に襲いかかる。本当に状態異常でない時の方が短いじゃないか!
「これで終わりと思うなよ、ジュペッタで攻撃。ブレイクダウン!」
 ジュペッタが腕を真っすぐに伸ばすと同時、突然俺の手札一枚一枚が赤く光り出す。驚く間もなく各光から光線がバクフーンめがけて放たれ、背中にそれが直撃して砂煙が巻き起こり、姿が見えなくなる。
「ど、どうなってんだ」
「ブレイクダウンは相手の手札の枚数だけバトルポケモンにダメカンを乗せる。今のお前の手札は六枚、よってバクフーングレートに乗せるダメカンは六つだ」
 砂煙が晴れ、バクフーン20/140はふらつきながらもなんとか立ち上がる。しかし、またしてもピンチ。
「俺の番が終わったことでバクフーンは火傷の判定をしてもらう。ウラが出れば20ダメージだ。もしウラならばお前のポケモンは置物と化したキュウコンと、進化しきれていない雑魚だけになる」
「ああ、それくらい分かってる。ここが勝負の分岐点だ! ……オモテ、火傷は回避!」
「命拾いしたな。だが、次の番そのバクフーンをベンチにでも戻さない限り火傷は回復しない」
「丁寧にご教授どうも! 俺はまずチェレンを発動。山札からカードを三枚引く」
「手札を増やせばブレイクダウンのダメージが増えるわよ!」
 背後から姉さんの声が飛んでくる。
「分かってる。もうブレイクダウンは打たせない!」
「うん? 何をするつもりだ」
 問いかける宮内に向けて、右手で拳を作って叫び返す。
「ただ真正面からブッ倒す! まずはベンチのヒメグマにダブル無色エネルギーをつけ、リングマグレート(120/120)に進化させる。そしてグッズカードのジャンクアームを発動。手札を二つトラッシュしてトラッシュにあるジャンクアーム以外のグッズを手札に戻す。俺はポケモン通信を二枚トラッシュしてプラスパワーを加え、それを早速使わせてもらう。さらにアフターバーナーを発動し、バクフーンにトラッシュの炎エネルギーをつけ、ダメカンを乗せる」
「何!? バクフーンの残りHPはこれで10だ。自ら残りHPを減らしに行くだと?」
 これも想定外だったのか、宮内が慌てて大きな声を出す。
「小事を恐れて大事は成せず。さっきのリングマの件で吹っ切れたぜ。そのお礼代わりに、受け取れ! フレアデストロイ!」
 右手に炎を宿したバクフーン10/140が駆け出し、ジュペッタ80/80を殴りつける。ジュペッタに触れると同時に爆発を起こし、黒煙が立ち込める。
 フレアデストロイの威力は70。それに加え、プラスパワーの効果で威力は上昇し、ジュペッタが受けるダメージは70+10=80ダメージとなる。
「いっ、一撃だと……」
「フレアデストロイの効果でバクフーンの炎エネルギーをトラッシュ。そしてサイドを一枚引くぜ」
「俺はベトベトンをバトル場に出す。ジュペッタこそやられはしたが、バクフーンはまだ火傷の判定が残っている!」
 火傷のコイントスの結果はウラ。健闘したリングマとは違い、バクフーンは持ちこたえることが出来なかった。またしても俺の番の終わりに気絶するのは辛い。
「サイドを一枚引かせてもらう」
「くっ、リングマをバトル場に出す!」
「俺の番だ。ベトベトンに超エネルギーをつけ、サポートを発動。オーキド博士の新理論! 手札を全て山札に戻しシャッフル。そして六枚カードを引く。……そうだな、グッズのディフェンダーをベトベトンに発動してベトベトンのワザ、引きずりヘドロを発動。お前のマグマラシをバトル場に引きずり出して毒、混乱にする」
 やはりまたしてもベトベトンで状態異常コンボをするつもりか。宮内の番が終わったことでポケモンチェック。マグマラシは毒のダメージを受け、HPは70/80に。
 確かに状態異常になったとき、グッズのなんでもなおしなどや、一部のワザやポケパワー、ポケボディーの効果か逃がすことが解決策になる。状態異常を回復させる類の効果を持つカードは持ってない以上、逃がすことが一般的なことだ。しかし他にも回復策は残っている。
「俺は、マグマラシをバクフーングレート(130/140)に進化させる! そして進化することで毒と混乱は回復する」
 宮内の眉の角度が僅かに上がる。これまでの宮内を考えると、リアクションが小さいということはあくまで想定内ということか。
 たとえバクフーンに進化させたところでベトベトンは倒せない、と考えているのだろう。事実、ベトベトンはディフェンダーをつけたことで受けるダメージを-20してくる。ワザを威力70のフレアデストロイしか持たないバクフーンではどうあがいても倒せない、か。
「まずはバクフーンに炎エネルギーをつけ、ポケパワーのアフターバーナーを発動。その効果でトラッシュの基本炎エネルギーをリングマにつけ、ダメカンを一つ乗せる」
 リングマ110/120にダメカンが乗ったことで、そのポケボディー、暴走が発動する。ダメカンが一つでも乗っていればワザの威力を60増やす、パワー性抜群のポケボディーだ。
「ここでグッズカード、ポケモンキャッチャー。相手のベンチポケモン一匹を相手のバトルポケモンと入れ替える! 俺はアンノーンをバトル場に引きずり出す」
「くっ……」
 どこからか飛んできた網がアンノーン50/50を捉え、バトル場に強制的に引きずってこられる。
「ディフェンダーはベトベトンについているカードでアンノーンについているカードではないから効果を発揮しない! もっとも、たとえ発揮したところで意味は無いけどな。バクフーンで攻撃、フレアデストロイ!」
 渾身の一撃を受け、アンノーン0/50は間もなく気絶した。そしてフレアデストロイの効果でバクフーンの炎エネルギーをトラッシュ、気絶させたことでサイドを引く。これで残りは二枚。宮内とは一枚の差をつけた。
「新たにバトル場にヘルガーグレート(110/110)を繰り出す。そしてお前の番が終わったことでディフェンダーは効果が切れる。……正直なところ奥村、お前は強い。底が見えるようで見えない、今まで戦った相手の中でも特別な何かを感じる。もうここからは斉藤が見ていようと、俺の全てを持ってお前を倒してみせる」
「……来い!」
 新たなバトルポケモンとしてさっきまでベンチでポケパワーだけを使っていたヘルガーが前に出る。これが宮内の言っていたとっておきなのか? 飲み込んだ唾が音を立てる。並ならぬ宮内の威圧感が怖いくらいだ。
「俺はサポート、チェレンを発動。山札からカードを三枚引く。そしてグッズ、エネルギー付け替えを使う。ベトベトンの超エネルギーをヘルガーに付け替え、さらに手札の特殊悪エネルギーをヘルガーにつける。ここでポケパワー、バーニングブレス! ……オモテだ。さあ火傷を喰らえ!」
 やはり息つく間もなく状態異常に。しかし前回よりは余裕がある。リングマで上手くやれば、ヘルガーに大ダメージを素早く与えてうまく展開することも可能だ。
「今までは好き勝手泳がせていたが……、今度はそうさせない! 喰らいつけ!」
 早足でバクフーンの前までやってきたヘルガーは、そのままバクフーンの足に噛みつく。
「喰らいつくの威力は70だが、特殊悪エネルギー一枚につきさらに10ダメージ追加でダメージを与える。よって90ダメージだ。そしてそれだけではない。喰らいつくの効果は、このワザを受けた相手のポケモンを逃げられなくする!」
「うっ、嘘だろ!」
 バクフーン40/140がどれだけじたばた足掻こうが、ヘルガーは決して離さない。自由な腕で引き剥がそうとしても同様だ。
 今までの宮内の戦法は特殊状態にして相手に逃がさせ、エネルギーを削るか、特殊状態によるダメージを稼いでいく。という二択戦法だったが、ここにきて後者に絞って来た。おまけに特殊悪エネルギーでワザの威力も挙げて来ている。
「ポケモンチェック。バクフーンの火傷の判定をする。……ウラ」
 これでバクフーンの残りHPは20/140。まさかさっきの無意味そうに思えたベトベトンの毒による10ダメージは、ここまで考えてのことだったのか?
 逃げられない以上状態異常を回復させる術が無い上に、次のポケモンチェックの火傷判定でウラを出せば気絶してしまう。とにかく、この俺の番でなんとかしないと!
「俺はサポート、フラワーショップのお姉さんを発動。トラッシュの炎エネルギー三枚、ヒノアラシ、マグマラシ、バクフーングレートを山札に戻しシャッフルする。そしてキュウコンのポケパワー、炙り出し! 手札の炎エネルギーをトラッシュして山札からカードを三枚引く。そしてリングマに炎エネルギーをつける」
 一応バクフーンのエネルギーは三つ、リングマにはエネルギーが四つついているため両者ともどのワザを使える。バクフーンのアフターバーナーが残っているが……、一応念のために使っておこう。
「アフターバーナーでベンチのキュウコンにトラッシュのエネルギーをつけ、ダメカンを一つ乗せる。そっちがその気ならこっちも攻撃だ。フレアデストロイ!」
 炎を纏った一撃を足元のヘルガーにぶつける。爆発と共に拘束が離れ、ダメージを受けたヘルガー20/110が宮内の元まで転がっていく。
「フレアデストロイの効果で、互いのエネルギーを一つトラッシュする。バクフーンの炎エネルギーと、ヘルガーの特殊悪エネルギーをトラッシュ!」
「ぐっ。だがそっちには火傷の判定が残っている」
「言われなくても分かってる。……ウラだ」
 バクフーン0/140の体が一気に炎に包まれ、火はすぐに消えたもののダメージからか膝をついてそのまま倒れてしまった。コイントスは実力でどうにかなるものではないけど、二分の一を外したか。
「サイドを一枚引かせてもらう。さあ次のポケモンを出せ!」
「……リングマ(110/120)をバトル場に出す」
「だろうな! さあ俺の番だ。ヘルガーに特殊悪エネルギーをつけ、バーニングブレスを発動! ……ウラ」
 折角フレアデストロイで特殊悪エネルギーをトラッシュさせたのに、また付けられたらさっきのは徒労じゃないか。
「火傷は無くとも大打撃を与えられれば十分だ。行けぇ! リングマに喰らいつく!」
 右足を鋭い牙で噛み付かれたリングマ20/110は苦しそうな声を上げて天を仰ぐ。リングマがいくら足をジタバタ振ろうとしても、振れば振るほど余計にがっちりとホールドされていってしまう。
 リングマの声は痛々しいが、それでも火傷状態にならなかったのは不幸中の幸いだ。もしも火傷状態になっていれば先のバクフーンの二の舞になってしまう。
「っし、次は俺の番だ」
 このドローは分岐点だ。ここで次に繋げられるカードを引けるかどうか。
 目を瞑り、深呼吸で息を整え、そして山札に手を乗せてから全神経を右腕に集中させて力いっぱいドロー!
「っ!」
 引いたカードはロコン。ダメだ、予想できる中で最悪のカードっ……。改めて残りの手札を見直す。マグマラシが二枚とバクフーングレート、不思議なアメ、エンジニアの調整。もしもここでヒノアラシを引けたなら、次の番には不思議なアメを使ってバクフーングレートに進化出来た所だったのに。
 しかもロコンを引いたはいいが、もう一枚のキュウコンはトラッシュにある。約十ターン前に使ったアララギ博士のコストで送ったっきりだ。しかしだからってロコンを出すわけにはいかない。攻撃力も大してない低HPポケモンをみすみす出せばむしろ餌食となってしまう。
「ここはリングマで攻撃だ。唸れ、アームハンマー!」
 振り上げた両の拳を足元のヘルガーに振り下ろす。巻き起こる砂煙で二匹の姿が見えなくなるが、間も無く砂煙も晴れて、リングマの足元ですっかり伸びたヘルガー0/110が露(あらわ)になった。
「アームハンマーの効果で相手の山札の一番上のカードをトラッシュする。そしてサイドを一枚引く」
 今引いたサイドはジャンクアーム。宮内がトラッシュしたカードはデルビルか。そして次のバトルポケモンにはベトベトン100/100が繰り出される。これで俺の残りサイドは一枚。残り二枚の宮内と比べて有利だ。
 しかもあのベトベトンはエネルギー付け替えを発動していたがために今はエネルギーがついていない。そしてベトベトンがワザを使ってこなければ、次の番リングマのメガトンラリアットで一撃で倒すことが出来る。メガトンラリアットの元の威力は60だが、暴走の効果で60+60=120ダメージまで高められている。
 一方で、もしも次の番宮内がリングマを気絶、或いは攻撃不能な状態に追いやると俺が窮地になる。俺のベンチには炎エネルギーを一つつけただけのキュウコン80/90がいるだけだ。
 キュウコンのワザはエネルギー三つが必要なのに、ワザの威力は低い。つまりこのリングマを倒されるか、倒されないかがこの勝負の分かれ目。
「とっておきを使ってもここまで窮するか! お前の実力は認めるが、退けぇ! どうしても俺は斉藤を倒さねばならないっ!」
「俺にだって都合があるんだよ! それに、バトルベルトから降参の文字も消えてやがる」
「何……?」
 普段ならバトルテーブルの右上に小さく降参のパネルタッチがあるはずが、こっちに来てからは一切表示されてない。他の場所に移った様子も感じられない。
「つまり、一度戦いが始まったらもう終われねえんだよ!」
「ちっ。斉藤、貴様の仕業か!」
 急に矛先が向いて驚いた斉藤は、自分を指差してひどく狼狽する。
「はぁ!? なんでもかんでもオレのせいにしてんじゃねーぞ! オレだって今知ったくらいだ」
 宮内はまだ疑り深い目で斉藤を見つめていたが、やがて目を伏せて自分の山札からカードを引く。
「……ならば奥村、そろそろ決着を付けるとしよう。オレは手札の超エネルギーをベトベトンにつけ、さらにグッズカードのポケモンキャッチャーを発動。その効果でキュウコンをバトル場に出させる」
「ってことはまさか」
「そう、そのまさかだ。ベトベトン、引きずりヘドロでリングマを攻撃だ」
 ベトベトンのヘドロの腕がリングマを掴み、無理やりキュウコンを押し出してバトル場に立たせる。このワザにダメージは無いが、これを受けたポケモンは毒と混乱状態に。
 宮内の番が終わったことでポケモンチェックに入り、リングマは毒のダメージを受けて、残りHPは10/120。つまり俺の番でリングマを逃がすか、次の番で勝負を決めないとリングマは気絶してしまう。
「さあお前の番だ」
「ああ、分かってる」
 前の番と同じように、ここでヒノアラシを引けば再起の可能性はまだ残されている。……が、引いたカードはアララギ博士。
「っ、どうすりゃいいんだ……」
 もしもこの番、これからメガトンラリアットでベトベトンを倒すことが出来れば俺は勝ちだ。しかし混乱状態のポケモンはワザを使うときにコイントスをして、ウラだった場合はワザを失敗することになる上30ダメージを受けることになる。ウラが出た時点でリングマは気絶。
 だからといってこの番リングマを逃がしてキュウコンをバトル場に出しても、エネルギーカードが手札に無い以上ベトベトンにダメージを与えることも出来ないし、次の番再び引きずりヘドロでリングマが毒になり、そのすぐ後のポケモンチェックで気絶してしまう。残されたキュウコンでベトベトンに立ち向かうのは無謀、は言い過ぎでも苦戦してしまうのは目に見えている。
 今引いたアララギ博士を使って残り八枚となったデッキからヒノアラシを引き当てたい。そしてバクフーンに繋げられれば。いや、アララギ博士を使うと今の手札を一度全てトラッシュしなくてはならない。手札にあるのが最後のマグマラシ二枚と不思議なアメ。アララギ博士を使って山札を引いたとき、手札にジャンクアームがあればその効果でトラッシュの不思議なアメを手札に持ってこられるが、さっきサイドを引いたときに得たジャンクアームが俺の山札にいれてある最後のジャンクアーム。だからその線も断たれてしまう……!
 ダメだ、何を考えても百パーセント勝つ方法が見つからない。目の前にあるのはいつ崩れるか分からない橋一本のみだ。どうすればいい? いや、考えてこうなんだからもう腹を決めるしかないだろ!
「考えても無駄だ! 諦めろ」
「諦めねえよ! 策が尽きようと、山札が尽きようとも! どんな苦境に立たされても、俺は奇跡が起きることを信じてるんだ! 俺の根性舐めんなよ、リングマで攻撃!」
「攻撃だと!?」「翔っ!」「へぇ……」
 三者三様に反応しつつも、皆コイントスの表示に目を集める。
「ここで混乱の判定だ。オモテが出ればワザは成功、ウラが出れば失敗してリングマは30ダメージを受ける」
「うおおおおおおおおお! オモテだっ! 食らえ、メガトンラリアット!」
 宮内は目を見開き右足を一歩後ろに引き、開いた口を塞ぐのも忘れてリングマの攻撃を受けるベトベトンを静観していた。強烈なラリアットを受けてベトベトンは体を保てず崩れ落ちていく。
「俺は最後のサイドを引いて、……これで勝ちだ」
 倒されたベトベトンを含め、全てのポケモンの映像が消えていく。騒がしかった音も絶え、辺りも風で草が靡くだけの草原に戻った。会場入場時につけられたブレスレットに、1の文字が刻まれる。勝利数をここに記す、ってことか。
 ブレスレットから視線を外し、バトルテーブルを片付けようとしたときだった。突然、宮内が地面にひざをつき、自分の両手を見つめる。
「な、なんだ……。体に、力が、入らない」
 様子がおかしいなんて言うまでもない。宮内の体から橙色の光の粒が大量に天に向かって放たれていっている。光の粒が抜けるたび、宮内の体が透けていく。
 あんまりな光景に、俺や斉藤も絶句し、姉さんは手で顔を覆って背を向けてしまっている。どうやら消えていくのは宮内だけでなく、宮内のバトルテーブルやデッキも全て透けていく。
「……後は任せろ」
 宮内の元へ向かい、そう言うと、宮内は目を閉じて小さく息をついた。そして穏やかな表情で俺を見る。その顔はもうほとんどが透けていて、向こうの景色まで見えている。
「それを聞いて、安心したよ。……悪いな」
 握手だろうか。伸ばされた右手に応じようと、こちらも手を差し伸べるが……。
「あっ……」
 手が触れる感触を得る前に宮内が消えてしまった。体の底から凍てついたようだ。正直、恐ろしい。俺が宮内をこうしてしまったし、何よりこんなことをさも平然とやってのける有瀬に。
「ぐっ! どうしてこんなことに!」
「どうして? それは君が宮内を倒したからに決まってるじゃないか」
 斉藤が俺に近づきながら、神経を逆撫でる様に語りかけてくる。こいつ、わざと言ってやがる。性格が悪いなんてものじゃない。
 俺が振り返り、睨み上げても眉一つ動かさない。
「今から俺と戦え!」
「いいよ。この際正直に認めよう。確かに宮内の言う通り、オレが君たちと手を組もうとしたのは君たちのデッキの中身を予測して確実に仕留めるため。本当はもう一戦くらい見ていたかったがこの際仕方ない。翔クンと雫さんを潰して二勝は頂く」
「しょ、翔!」
 姉さんが近づいてこようとするのを、右手を前に出して制する。これは宮内とも約束した勝負なんだ。
「お前にだけは絶対に負けない!」
「ふっ、思い上がりも甚だしい。オレに適わないことを教えてやる」



翔「今回のキーカードはヘルガーグレート。
  全てを捕らえる牙と、全てを焼き焦がす炎。
  二つを駆使して勝利を掴め!」

ヘルガー HP110 グレート 悪 (L2)
ポケパワー バーニングブレス
 自分の番に1回使える。コインを1回投げオモテなら、相手のバトルポケモンをやけどにする。このパワーは、このポケモンが特殊状態なら使えない。
悪悪無 くらいつく  70
 次の相手の番、このワザを受けた相手のバトルポケモンは、にげられない。
弱点 闘×2 抵抗力 超-20 にげる 1

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