第16話 ふたご島・前編

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:13分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「ここは何処だ」
「ゴオオ」

 隣にいるナッツクッキ—に訊ねて見るが、ナッツクッキ—はどこ吹く風。荒れ果てた岩肌。民家なんて一軒も見あたらない。近くに唯一ある人工物、看板に駆け寄って書いてある文字を確認する。

“ふたご島”

 裏側を確認する。

“フリーザ様ゲットだぜ!”

「……フリーザ?」

 フリーザってどんなポケモンだろう。書かれた落書きに首を傾げるが、世界はまだまだ広いのだ。私の知らないポケモンの100体や200体くらいいるだろうと自己完結する。
 ナッツクッキ—がグレン島までの道を知っているというし、なみのりも使えたので任せたのだが、違う島に辿りついてしまった。

「ナッツクッキ—……ここグレン島じゃないみたいだし、もう少し行ってみようよ」
「ゴ」

 ナッツクッキ—は「嫌だ」とでも言うように首を横に振る。私の身体をぐいぐいとふたご島に向けて押してくる。

「え? え? え? こ、ここに用があるの?」
「ゴォ」

 ナッツクッキ—が肯定する。私はふたご島をもう一度見るが、なんだかとても怖そうだ。冷気っぽいものも感じて、鳥肌も立っていた。

「……どうしても行かなきゃダメ?」

 コクコクと頷くナッツクッキ—に、私は諦めて足を踏み出すのだった。





「……またあの変な夢」

 宿のベッドの上で、私は髪が爆発している頭を振って呟いた。
 どうにも、ハッキリしない。ポケモン達が人間の姿になってたことや、色々話をしたことは鮮明に覚えているのだが、大事なところが曖昧だ。例えばナッツクッキーが人の姿になっていて名前をあげた事や、メロンパンに酷い事をしてしまったけど仲直りしたこと。そう言ったことは覚えていても細かく何を話したとか、既視感の正体や、ナッツクッキーとコーヒープリンが何を話していたとかはもやもやしている。

「……準備するか」

 いくら頭を捻ったところで、内容は思い出せない。とくれば仕方ないと私は思考を放棄して、もそもそと布団から出て朝の準備を行った。窓から注ぐ日差しはまだ弱く、早い時間。着替えて顔を洗って髪を梳いて、宿の部屋を出てモーニングを取ると、部屋に戻って歯を磨いてリュックを背負い、ポケモン達にもポケモンフーズを用意して食べ終わったら戻して、モンスターボールを腰につけ準備完了。
 宿を出て眩しい太陽に目を細めていると、毎度のことながらモンスターボールから勝手にコーヒープリンが飛び出す。

「スピ」
「アハハ……今日もよろしくお願いします」

 コーヒープリンの護衛は今日も行われるようだ。旅の必需品の補給は昨日のうちに行ったので、今日はこのまま次の町に向かう。タウンマップを取りだして、セキチクシティからクチバシティへの道を確かめる。私の持ちポケに水タイプはいないし、それ以前に私はなみのりの秘伝マシンを持っていない。とくれば、グレン島に向かうにはクチバから出ている定期便を利用するしかなかった。

「結構距離あるなぁ……セキチクからも船が出ればいいのに。え、あれ?」
「ゴオオオオオッ!」

 悩んでいるとモンスターボールからナッツクッキ—が飛びだした。大きく鳴くと、私に何かを伝えるように、身体を動かして見せる。

「えっと……何かの踊り?」
「ゴ」
「あてっ! じゃ、じゃあ、バトルしたいの?」
「ゴ」
「わっ! 何が言いたいの? さっぱりだし頭もこれ以上叩かれたら馬鹿になっちゃうよ!」

 答えるたびに、「違う!」と頭を軽く叩くナッツクッキー。残念だが私には何を言いたいのか全く分からない。
 首を捻っていると、ナッツクッキーは私を抱え上げて、海に向かって走り出した。日差しを反射して海はキラキラと輝いている。早朝なので人が少なく、とても綺麗だ。

「……青春?」
「ゴ」
「あたっ!」
 
 浮かんだ一言を答えたが、また違ったらしい。

「ゴオ!」
「え、ちょ」

 ナッツクッキ—は私を海辺に下ろすと、そのまま海に飛び込んだ! ナッツクッキーは明らかに見た目からして岩タイプなのに、何を考えているんだ!!

「ゴオ」
「……嘘」

 ————と思ったのだが、ナッツクッキーは全く問題なく、海を気持ちよさそうに、私に見せびらかすように軽やかに泳いでいる。私は夢を見ているのだろうか。

「スピッ!」
「痛い! すみません夢じゃないんですよね!」

 コーヒープリンが私のほっぺたに軽く針を突き刺す。つねる手間は省けたがもっと穏便なやり方は無かったのだろうか。頬をさすりながら未だに泳いでいるナッツクッキーを見て、私は訊ねた。

「……もしかしてナッツクッキー、なみのりが使えるの?」
「ゴオオオオオオッ!」

 同意するように大きく鳴く。ぱっと私は笑顔になってタウンマップをもう一度確認した。

「じゃあ、このままグレンに迎えそうだね!」

 そしてそのままグレン島になみのりで向かうことになったのだがタウンマップで確認して指示する前にナッツクッキーは正しい道に進んでいくので、一度訊ねた。

「グレン島への道、知ってるの?」
「ゴ」

 という訳で、完全ナッツクッキーに任せる事になったのだ。





「それが何故かふたご島探検……」

 ナッツクッキーはモンスターボールに戻し、今はコーヒープリンを引き連れて洞窟の中を歩いている。まぁナッツクッキーには目的達成に協力すると約束したので、これは必要なことなのだろう。

「それは良いとして、入り組んでるなぁこの島」

 ふたご島は洞窟と違って、内部には光が所々差しこんでいるのでそこそこ明るい。フラッシュは使えないので助かったが、やたらと入り組んだ作りになっていた。しかも寒い。救いはここが前人未到の島などではなく、既に人が手を加えた島だという点だろうか。

「ナッツクッキー、今度はどっち?」

 分かれ道に差しかかったり、分からなくなるたびにボールの中のナッツクッキーに訊ねる。ナッツクッキーは用があるだけあって、一度ここに来た事があるようだった。訊ねるたびにすぐ答えてくれる。

「う、わ!」

 下へ下へと進んでいくと、海水に浸っている場所も増え、寒さも増していくように感じられた。いや、本気で冷気のようなものを感じる。
 とうとう海水で進めないと言うところまで辿りついて、私は不安になりながらナッツクッキーをボールから出した。

「本当にあってるんだよね?」
「ゴ」

 ナッツクッキーが強く頷く。それを信じて背中に飛び乗った。ここまで来て今更帰るなんて言えるものか。最後まで付き合おう。
 その時だった、何処からか叫ぶ声が聞こえた。

「スターミー! スピードスター!!」
「え? わあッ!」

 声に振りかえると、目の前に無数の星が回転しながら迫ってきていた。あまりのスピードに避ける事も出来ず、まともに攻撃を受ける。キラキラと目に優しくない星が服や顔、腕を軽く切り裂き、私は反射的にコーヒープリンに指示を飛ばした。

「リン、ミサイルバリ!」
「スピッ!」
 
 コーヒープリンが即座に反応して、幾本もの鋭い針を発射する。スターミーに乗った誰かに向かって真っ直ぐに針は飛んでいき、その人物は悲鳴を上げた。

「きゃあああああっ!? 何するのよ! 危ないじゃない!!」

 それはこっちのセリフだ!

 私は突然攻撃してきた人物をキッと睨みつける。二匹のスターミーを連れた彼女は、私よりも年上のお姉さんでビキニ姿だった。私はそのスタイルに戦慄する。

「な……ナイスバディ………ッ!」
「あら、なんだかよく分からないけど、ありがと」

 お姉さんが綺麗に微笑んだ。私はわなわなと震えながらそっと自分の胸を触ってみる。

「……」

 無言で拳を握りしめた。お姉さんが慌てたようにフォローを入れる。

「ま、まぁあなたまだ小さいし! これから大きくなるわよ!」
「ホント!?」
「そうよそうよ。今何歳?」
「11歳」

 旅だったのが10歳のときで、最近誕生日を迎えた。お姉さんは年齢を聞くとふんふんと納得する。

「それだったら大丈夫よ。もう少ししたら二次性徴が始まるから。……って待って。君、10歳って言った……?」

 それがどうかしたのだろうか。そう思いながらも「うん」と答えると、お姉さんは目を丸くしてぶつぶつと呟き始めた。

「11歳? 11歳ですって? 旅に出るのは10歳からなのに、11歳にしてふたご島の最深階近くまでいける実力って何処のチートオリ主よ。貴方まさか、「マサラタウン出身です☆」とか言わないわよね?」
「なんで知ってるんですか?」
「うそん!? 誰か嘘だと言って! オリ主なんて冗談じゃないわ! 沈みなさい、うずしお!!」
「わあああああああああっ!?」
 
 スターミーによって起こされた渦潮に引き込まれ、ナッツクッキーはグルグルとした回転の中心部へと引き寄せられていく。ナッツクッキーは流れに逆らって抜け出そうとするが、お姉さんは二体目のスターミーにも指示を飛ばした。

「“ぼくのかんがえたさいきょうのとれーなー”だとしても、二体分のうずしおには敵わないはずよ。飲みこまれなさい!」
「わああああああああぁぁぁぁぁぁ…………!」

 加速した流れに逆らえず、一気に中心部まで押し込まれて水中へと引き摺りこまれる。息を止める暇さえもなく、口に鼻にと侵入してくる海水にせき込むが、せき込んだ分だけ新たに流れ込んできて、急速に意識が遠のいていった。

「が……がぼ…………ッ! …………」

 ブラック・アウト。

 私の意識は、そこで途切れた。









 暗い場所にいた。暗くて、寒くて、寂しい場所。

「————」

 声が出ない。気泡が出ていっただけ。それでも苦しくはなかった。

「————」

 光が見える。ずっと遠い、遠くて高い場所に、光が見える。
 あそこに行きたい。ここは暗くて、冷たくて、悲しい。

『人の命とは、儚いものだねぇ』

 水を揺らして、誰かの声がした。女の人の声だ、優美で、艶のある声。聞き覚えのあるような、ないような。

 光が少し、遠のいた。

『主殿は死んでなどいない! ふざけるな!!』

 青年の声がした。さっきよりも強く揺れた水。聞き覚えは当然ある。

「————」

 何度も聞いたその声に返事をしようとして、気泡が登っていった。

 光に伸ばした手が、意思に反してゆっくりと下がる。

『……探したうちが良く知っとる。あん人は、もう』

 悲しみに彩られた少女の声。この声も聞き覚えがあるようでない声。

 誰だ。誰か分からないけれど、悲しそうな声につられて泣きそうになる。

「————」

 声が出ない。あちらからの言葉はこの耳に届いているというのに、何故こちらの言葉を届ける事が出来ない。

『このまま終わる事など、出来るものか』

 重厚な声。あぁ、彼はとても落ち着いている。また聞こえた聞き覚えのある声に、更にもがいた。 次々と現れては登って行く気泡。それらは上がっていけるというのに、私はそれに反して、どんどん底へ底へと沈んでいった。

 ————どうして、上がれない?

『なぁ、何とかならないのかよお前! 何でも願いを叶える事が出来るんだろ!?』
 
 少年の声が、必死になって懇願している。

「————!」

 少年の声が水を揺らしたとたん、闇が一段と濃くなった。何一つない海底に向けて、どんどんと身体が沈み込んでいく。光が見えない、闇しかない。

「————」

 助けて。

「————」

 こんなところで、終われないんだ。まだ足りないんだ。

「————」

 “私”と“あたし”の意識が混じり合って、想いが溢れて流れ込んでくる。


 孤独な玉座なんていらなかった。けれど自ら下る気もしないんだ。

 だって此処は最強のトレーナーが座る場所でしょう?

 最強の称号は一人だけ。けれどバトルには二人必要。

 最後にバトルに高揚感を抱いたのは、いつだっただろうか? 忘れた。

 戦って、戦って、戦って、まだまだ足りない。もっと頑張ってよ。

 こんなもんじゃないでしょ、まだ戦えるでしょ。ふざけないで。

 あぁ退屈だ。退屈だ。



 ————誰でもいい、ここから引き摺り落としてよ。



『ボクにはこれだけしかできない。あとは、彼女次第だよ』

 幼い声が水に波紋を落として、広がって行く。


 上昇する泡沫に交じって、数滴の滴が昇って消えた。




 To be continue......?





読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想

 この作品は感想を受け付けていません。