閑話 闇の中で・そのに
しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
闇だ。夜に星が、月が現れるよりも昔、黒が支配する世界。
「……なんとなく、ここがどこなのか分かってきた気がする」
私は体を起して、闇を見渡した。離れたところに、微かな光が感じられる。あそこに多分、彼等はいる。
闇を駆ける。光は近づいてくるが弱弱しく、闇を照らす月明かりのようだ。変わらない景色の中、唯一といえる変化に安心感を覚えた。光のそばには人影が見える。焼けてない、現実感ない金髪に、黒と黄色の服。私は彼の名前を叫んだ。
「おーい! コーヒープリン!!」
名前を呼ばれた彼、コーヒープリンが振りかえる。全くの無表情は相変わらずだったが、光を映す赤い瞳はゆらゆらと揺れて見えた。
「……あんたか」
「だからあんたじゃないよ。ユズルだってば」
開口一番、前回会った時に名乗った名ではなく、あんた呼ばわりしてくるコーヒープリンの言葉に訂正を加えた。しかしコーヒープリンはふいっと私から目を逸らして、静かに言い放った。
「慣れ合うつもりはない。だからあんたでいいんだ」
「慣れ合うつもりはないって……せっかく仲間になったんだし、仲良くしようよ」
突き放したような言葉に壁を感じていると、コーヒープリンは光の元を見ながら短く拒絶した。
「結構だ」
いつも色々なところで助けてくれるし、なんだかんだでいくつもの町を一緒に回ってきた。だからもう少し仲良くしてくれてもいいと思うのだが、そうそう簡単に距離は縮まらないようである。
「邪魔していいかね」
背後から低くて重厚な、年月を感じさせる声がした。振り向いた瞬間、私は目を点にする。
「フル装備ですか」
上から下まで映画でしか見た事のない、全身甲冑のような鎧をまとった大柄なおじさんがいた。一歩歩くごとにガチャガチャと音をたて、如何にも重そうだ。おじさんは嘆息して、私と反対側のコーヒープリンの隣に座る。
「動きにくくてかなわんよ。ちょっとうるさいが、勘弁してくれ」
「それは構いませんが……貴方は誰ですか?」
名前を訊ねると、おじさんは困ったように笑った。
「名前、か。まだ君からもらっていないのだが……」
貰うって……親じゃないんだから私がつける必要はないのでは?
「だったら種族名でいいだろう」
コーヒープリンがサラリと聞き逃せない一言を放った。
「……種族名?」
「そうだな、種族名はサイドンだ」
私がおじさんの方を見て目をパチパチさせていると、おじさんは納得したようにサイドンと名乗った。
いや、サイドン?え?
「サイドンンンンッ!?」
驚愕のあまり絶叫する。コーヒープリンに引き続き、今度はサイドン?おじさんは鎧を鳴らしながら頷いた。
「そうだ。短い付き合いになるが、名前を貰いたいのだが」
「え、う……うん。名前ならもう考えてあったけど……」
寝る前に色々考えて、明日サイドンに教えてあげようと思ってた名前が。
「どんなだね?」
「ナッツクッキー」
時が止まった。
「……ざ、斬新な名前だね」
「コイツの頭の中は喰い物の事しかない」
笑顔のまま微妙なコメントをするおじさんと、あくまでも淡々としているコーヒープリン。気に入らなかったのだろうか。
「……いやだった?」
「いやいやそんなことはない! ありがたく頂戴するよ」
おじさんは慌てて首を横に振ると、懐かしむように私を見た。
「それにしても……見た目が変わってもネーミングセンスといい、中身はそっくりだな」
「え? 誰に?」
サイドン改めナッツクッキーの一言に首を傾げると、コーヒープリンがナッツクッキ—に噛みついた。
「こいつと主殿を一緒にするな。主殿のセンスの方が…………まぁ、一風変ってはいたが、少なくとも菓子には走っていなかった」
「相変わらずの主至上主義だな」
コーヒープリンに対して苦笑いを浮かべるナッツクッキー。主が誰だか分からないが、2人(2匹?)がどうも知り合いらしいということは分かった。
それであの時、既視感を覚えたのか。
ナッツクッキ—の瞳の奥に感じた既視感。あれは「旅を続けてくれ」といった時のコーヒープリンの目に良く似ていた。一人ようやく納得した私は「大体お前は甘すぎるんだ昔から。もっとだな……」とか「お前は周りが見えなさすぎる。一人を信頼しきるのも……」とか昔話に花を咲かせている二人を尻目に、目の前の白い布団を見る。布団の中には相変わらず誰かが入っていて、私はそれが誰だかもう分かっていた。
前に見たときよりも、少しだけ大きくなっている布団を撫でて中の人の名前を呼んだ。
「メロンパン、だよね?」
「……」
ピク、塊が反応した。横で話しているコーヒープリンの袖をひっぱり、確認するように視線を送る。コーヒープリンは頷いて、またナッツクッキ—との会話に戻って行く。予想は大当たりだったようだ。
「やっぱりメロンパンだ! メロンパンも人型になってるってことは、喋れるんだよね?」
「……」
興奮した私は、メロンパンの布団をポフポフ叩いて訊ねた。メロンパンはしばらく無言だったが、辛抱強く返答を待つ。
「……」
「……」
「……」
「…………」
「……」
「………………」
「……」
「……………………」
「……」
「…………………………」
「……」
「………………………………」
「……」
「……………………………………」
「……」
「……………………………………………うん」
すると長い長い、ものすごく長い沈黙の後、蚊の鳴くような声で返事をしてくれた。
「ねぇ、だったら話して! どうしてひきこもったの? 何があったの?」
「おい!」
矢継ぎ早に質問を投げかける私をコーヒープリンが制止しようとする。けれどその声が最早聞こえなくなっていた私は、メロンパンの入っている布団をゆすって次々と疑問をぶつけた。
「君は最初からひきこもっていたよね? 小さい頃に何かあったの?」
「……」
メロンパンと出会ったのはオーキド研究所だった。手伝いに来て研究所の扉を開けた時、すごい勢いで飛び出してきたメロンパンを宥めたのが始まりだ。何かに怯えるようにしがみついてきたメロンパンを落ち着かせた私を見て、オーキド博士は私にメロンパンを預けた。
「それとも理由なんてないの? 何故オーキド研究所にいたの?」
「……」
普通に捕まったんだったら、あんなにも怯える必要はない。どういった経緯で研究所に来たのかは、オーキド博士は言葉を濁して教えてくれなかった。
「どうして戦う事を恐れるの? どうして外が苦手なの?」
「……」
メロンパンが恐れた相手は分かり易く、オーキド博士のきていた白衣。オーキド博士が白衣を脱いで見せたら、一応落ち着いた。けど何故白衣に怯えるのだろう。
「どうして白衣が怖いの? どうしてトレーナーが怖いの?」
「……」
メロンパンは答えない。沈黙だけが返ってくる。
果たして答える事が出来ないのか、答える気がないのか。いつもの私だったらもう少し落ち着いていただろうが、今は言葉が止まらなかった。どうしても私は知りたいのだ。出会ったときからずっと疑問に思っていた事が、本人の口から聞けるかもしれない絶好の機会。このタイミングを逃したら次はいつ会えるか分からないし、会えるのかどうかすら怪しい。
一切答えようとしないメロンパンに痺れを切らした私は、布団を強く掴んだ。
「答えてよ! どうして黙ってるの!」
「……っ」
その時、私の腕をコーヒープリンが掴んで布団から引きはがした。噛みつかん勢いで振り返った私の目に、赤い色が飛び込んでくる。
「その辺にしてやれ」
「離して!」
「流石に哀れだ。止めろ」
————哀れ?
コーヒープリンの言葉に眉を寄せた私は、メロンパンの入っている布団を見た。布団はガタガタと震えている。酷く怯えているようだ。言葉の意味を理解した私は、頭から冷水をかけられたように一気に冷静になった。力が抜けて、興奮で浮いていた下半身が元の位置に戻って行く。
「わ……私…………」
大人しくなった私の腕をコーヒープリンが放した。呆然として自分の顔を両手で覆う。メロンパンが震えている。ずっとずっと、傷つけないように、おびえさせないように、大切にしてきた私のパートナーが私を怖がっている。
「ごめ、ん……ごめん………ごめんメロンパン…………」
もう長い事一緒にいたから、怯えられたのなんて久しぶりだった。目からぽろぽろと涙が零れて、私は嗚咽を上げながら泣いた。
拒絶されたという事実に、私は予想以上に深くダメージを負っていた。自分でも、なんでこんなにショックを受けたのか、傷ついたのか分からないくらい悲しい。でもそれ以上に、メロンパンを傷つけたという事実の方が重くのしかかっていた。
止まらない涙をぬぐっていると、そっと膝に何かが触れる。潤む視界のまま見ると、布団から出た手が膝に乗っていた。
「メロンパン……?」
その手に自分の手を恐る恐る重ねると、ためらいがちに、しっかりと握り返してきた。それが嬉しくて握り返すと、さっきよりも少しだけ強めに握り返してくれる。
「…………………………………………………………ごめん………ね…………」
小さい声が聞こえた。本当に小さくて、ともすれば聞き逃してしまいそうなほど小さな声。しかし私にはちゃんと聞こえている。泣き笑いのような顔になって、私もそっと囁き返した。
「…………ありがとう」
————握った手は、これ以上なく温かかくて優しかった。
To be continue......?