第8話 クチバシティ・後編
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
「バトル————開始!」
カスムが宣言すると同時に、私はメロンパンをライチュウに向かってブン投げた。
先手必勝!
前話でなんか良い事言ったけど、やっぱりひきこもって出てこないのです!!
「いッ!?避けろライチュウ!!」
「ライ!」
予想外の攻撃にマチスさんは焦ったが、そこはジムリーダー。すぐにライチュウに指示を出して余裕で避けた。
「速い!」
私がブーメラン的に帰って来たメロンパンを抱きとめると、マチスさんは不敵に笑った。
「電気タイプは速さが売りだぜ!それはそうとして危ないから離れろ!審判!ありゃいいのか!?」
「ニビジムの審判もOK出したんやし、ええんとちゃいますか?」
カスムの冷静な言葉に、マチスさんは頭を抱えてた。
「Fuck! じゃあトレーナーがついてんのは!?」
「トレーナーとポケモンは一心同体!実践風バトルという事で!!」
今度は私が答える。マチスさんは私の言葉に、黒い笑みを漂わせた。
「へ……っ!じゃあ遠慮なくトレーナーも攻撃させてもらうが……文句はねぇな!?」
「当然!文句なんかある訳ないよ!!」
即答すると、マチスさんは犬歯をむき出しにして愉快そうな顔をした。ライチュウもそれに呼応するかのように電気を鎧のように纏い、帯電を始める。
「覚悟しな!ライチュウ、十万ボルト!!」
「どりゃああああッ!」
不味いと踏んだ私がカーブを描くようにライチュウにメロンパンを投げると同時に、電気の奔流が向かってきた。電光石火の速さでライチュウと私の間を一直線に結び、本能的に動いた身体のすぐそばを稲妻が走り抜けた。
「……は……っ……はぁ……」
地面に黒い痕を残して、稲妻は過ぎ去った。無意識に止めていた息に苦しさを覚えて、脂汗を流しながら浅く呼吸する。
電撃を放った直後なら当るかもしれないと投げたメロンパンも軽々と避けられてしまい、ライチュウとマチスさんの余裕の表情は崩れない。
「ハッハァッ!どうだこの威力!これが実力の差って奴だ!!」
「……」
帰って来たメロンパンを無言で受け止める。今のままじゃ、勝てない。その事実が胸に重くのしかかった。
「……それはそうとして、それは何のポケモンだ?」
マチスさんがふと真顔に戻って訊ねたので、私は淡々と返した。
「ゼニガメです」
「なんでからにこもってるんだ?」
「ひきこもりなんです」
一瞬の沈黙。私の一言を理解するのに時間がかかったらしく、観衆も、みんな沈黙していた。
「……ハァッ!?」
沈黙を最初に破ったのはマチスさんだ。違う意味で崩れた余裕に微妙な気分になる。
「待て待て!何でひきこもってんだ!?」
その質問に、私はマチスさんの目を見て、恥じる事なくはっきりと言った。
「分かりません。ですが私の相棒は、誰が何と言おうとこの子です」
「なんでそんなに拘る。もっと戦いやすいポケモンなんていくらでもいるはずだぜ。そのポケモンで挑む必要性が何処にあるってんだ?」
あの男を思い出す。止める間もなく、メロンパンを焼きメロンパンに変えてしまった男の事を。
「私は旅立ってすぐに、ある男のピカチュウによってゼニガメを瀕死にされました。その男は、ゼニガメの事を“役立たず”と言った。もし私がゼニガメで戦う事を諦めてしまったのなら、あの男の言った言葉を認めてしまう事になる」
シンと静まっている観衆。マチスさんは神妙な顔で聞き、カスムはいつもと変わらない顔で聞いているように見える。
「だから私は、必ずマチスさんに勝ってみせます。この子と、一緒に」
マチスさんは「くだらねぇな」と呟いた。
「おめぇがどんなもん背負ってようが。俺には関係ねぇ」
マチスさんの声は、静まり返った中に良く響いた。一度閉ざされた口が、重々しく開く。
「ただ全力を持って、叩き潰すまでだ!」
————ワアアアアアアアアアアアアアッ!!
盛り上がる観衆。マチスさんは真剣な眼差しで私を見る。その目にさっきまでのバトルとは違うものを感じ、口角を上げたマチスさんに姿勢を正した。
さて、大見えを切ったは良いが、現状追い詰められているのは変わらない。メロンパンがひきこもっている以上、使える技は“こうそくスピン”モドキのみ。しかもメロンパンは水タイプで、ライチュウは電気タイプと相性は最悪だ。
どうする————
「頑張れ!」
「へ?」
知らない人からの声援に、私は思わず首を傾げて見渡した。とたん、増えていく応援の声。
「負けるな!」「根性見せてやれ!」「ひきこもりの底力舐めんなッ!」「男前だぞ!」「いてまえーッ!」「ここで終わる気かー!」「ファイトー!!」「少佐!大人げないですよー!」「格好良いぞ!」「良い覚悟だ!!」「感動したぞー!」「イケるイケるッ!」「きっと勝てるぞ!!」「マチスがなんぼのもんじゃーッ!!」
一つ、また一つと増えていく声、声、声。一部声援じゃないものも混じっていて、マチスさんが「ンだとゴラァッ!今言った奴出て来い!」と叫んでいるが、ほとんど応援だ。
かつて、これ程までの声援を受けたことがあっただろうか。みんな何年たっても出てこないメロンパンを見て、「諦めろ」と、「無駄だ」と、「そんなポケモンで勝てる訳ない」と言った。そのたびに私は震える声で、「そんな事はない」「きっといずれ治る」と精一杯声を張り上げた。
まるで自分に言い聞かせるかのように。
この声は、いくつもの応援は、私とメロンパンに向けられたものだ。
「……行くよ。メロンパン」
大きく振りかぶる。幾千、幾万の願いを込めて。きっと今は虚勢もいらない。必ず届くと祈って、私は投げる。
私が投げようとしているのに気がついて、マチスさんがライチュウに指示を飛ばす。“十万ボルト”だ。全力で相手すると宣言した通り、尻尾をたてて空気中の電気をかき集め、最高の一撃を放とうとしている。
ライチュウの身体の表面で胎動する電流。それが一気に膨れ上がり、私へと差し迫って来るのと同時に。私もメロンパンをブン投げた!
「十万ボルトォォォォォォッ!!」
「ロイヤル・スピン・アタァァァァァァック!!」
ほとんどさっきと一緒だ。稲妻が、真っ直ぐに私に向かう。唯一異なるのは、メロンパンの飛来速度が段違いに速くなっているところだろう。驚愕するマチスさんに、完全に急所にヒットして吹っ飛ぶライチュウ。投げることに集中しすぎて稲妻直撃コースの私。
……アレ、これ死ぬんじゃね?
視界を真っ白に染め上げる雷光に、意識が飛びそうになる。あまりの眩しさに閉じた瞼。それでも消えない発光。
白が意識を、染め上げた。
「勝者、挑戦者!」
————ワアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
「あれ?」
カスムの宣言と大喝采を上げる周囲に、私は閉じていた目を開く。
「スピ」
「コーヒープリン?」
私を持ちあげて鳴くコーヒープリン。多分だけど、電撃が直撃する直前に、コーヒープリンが助けてくれたのだろう。
私が目覚めたので、コーヒープリンは私をそっと地面に下ろした。生きている事に胸を撫で下ろしながらマチスさんを探すと、気絶しているライチュウをモンスターボールに戻しているところだった。私が駆け寄ると、顔を上げる。
「ほらよ、オレンジバッジだ」
「わわわっ!」
投げて寄こされたそれは、私が喉から手が出る程欲しかったものだ。空中で危なっかしげにキャッチして、バッジを観察する。
太陽の形を模したそれは、陽光を受けてオレンジ色に輝いていた。
私はバッジを握りしめてマチスさんに頭を下げる。
「ありがとうございました!!」
「へっ! ————おいお前ら! 時間が押してんだ。出航すんぞ!!」
マチスさんは照れ臭そうにそっぽを向くと、観客になっていた船員たちに激を飛ばす。船員たちはとたんに背筋を伸ばして船へと走って行った。
マチスさんもその流れに乗って、まだ頭を下げている私に背を向ける。顔を上げてその背中を見送っていると、マチスさんは振り返らずに手を振って見せた。
「負けんじゃねぇぞ!」
力強い言葉。嬉しくなって、満面の笑顔で叫び返した。
「————はい!」
「え?じゃあカスムとはここでお別れになるんだね」
宿の一室。それぞれ別にとるよりも、二人で取った方が安上がりなので、一室だ。二段ベッドの下に腰かけている私に、カスムは頷く。
「あぁ。元々あんさんとはニビで偶然出会っただけや。すぐに連れ戻されるやろ思たしな」
「ひどっ!酷い子がここにいるよメロ!!」
膝に乗せていたメロンパンを抱きしめて泣き崩れて見せる。しかし今回はカスムにスルーされた。
カスムの言う事には、ニビには補給に立ち寄っただけで、私の家出騒動には関わる気がなかったそうな。それでも協力してくれたのは、私がグレーバッジを自力で手にし、止めても無駄な雰囲気を感じ取ったかららしい。
「ちなみに負けたらどうなってたの?」
「ニビの目立つ所に縛りつけといて、キリに連絡でもしとったなぁ」
「華の乙女になんてことをしようとしてるんだ」
さらっと恐ろしい事を言うんじゃない。さらっと。
「まぁキリもバッジ2個持ってたら今更「帰れ!」だの無理やり連れ戻したりだのせえへんやろ」
カスムの言葉に反応して、コーヒープリンが私に寄り添った。その様子を見てカスムは喉の奥で笑う。
「こわーいボディー・ガードもついとるみたいやしな」
「ははは……」
これに関しては、私は苦笑いをした。あの夢が本当なら、コーヒープリンは私を連れ戻そうとするキリに容赦しないだろう。下手したら毒針でも打ち込みそうで、頼もしいけど少し怖い。
「私はこれからヤマブキに向かおうと思ってるけど、カスムは?」
「……俺は15番道路でしばらく調べもんや」
「15番道路?なにかあったの?」
私の問いかけに、カスムの雰囲気が変わった。何か、感情が吹き出るのを抑え込んでるような感じがする。カスムは奥歯を噛み締めて、絞り出すように返答した。
「最近メタモンが乱獲されすぎて、野生のメタモンが絶滅しかけてるらしいんや」
メタモンのカントーでの主な生息地は、15番道路。メタモンの数を調べるにはうってつけの場所だ。カントーで異変が起きているというのは本当の事らしい。トキワのことと言い、一体何が目的なのかさっぱりだ。
「許さへんで……絶対に……」
「…………カスム?」
私が首を捻って考えていると、カスムが何か呟いた。何を言ったのかは分からないが、ただならぬ怒りを感じて恐る恐る声をかける。
「ッ! ……何でもない。明日も早いし、あんさんも疲れとるやろ?寝るでー」
カスムはハッとしたように表情を変え、笑顔でベッドの上に上がって行く。私は心配ではあったが何を言えばいいのか分からずに、無言で頷いてベッドに潜った。
カスムが部屋の明かりを消し、静けさが部屋を支配する。眠れずに何度も横になっていると、カスムが独り言のように言った。
「……俺には俺の、あんさんにはあんさんの旅がある。人の旅に首突っ込むんやないで」
いつからか決して名前を呼んでくれなくなった友人の言葉に、私は無言で枕に顔を埋める事しかできなかった。
To be continue……?