第7話 クチバシティ・前編
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
「えーこれより、クチバジムジムリーダー・マチスVS挑戦者のバトルを開始します」
————ワアアアアアアアアッ!!
カスムが宣言すると観衆が大きな声援を上げて応えた。クチバの町民・通りすがりのトレーナー・マチスさんの船の乗務員などなど、他にもサントアンヌ号から騒ぎを聞きつけて降りてきた人たちもいる。
観衆が円を描くように取り囲んでいる中、中心に対峙しているのは私と一人の男。迷彩の軍人服に皮のグローブとブーツ。引きしまった大柄の体格に刈り込まれたツンツンの金髪で、黒いサングラスをかけている。
空は快晴。雲ひとつなく、風も穏やかな絶好のバトル日和。
だというのに、目の前の男————マチスさんは顔を手で覆って脱力していた。
「Shit! 何でこんな事になってんだか……」
そんなマチスさんに、カスムがのほほんと告げた。
「諦めが肝心や言いますし、こいつに捕まったんが運の尽きや思て下さい」
「お前もこいつのツレなら止めねぇか!なに協力してんだ!」
「面白い方へ流れるんは、人の常やと思いまへんか?」
「fucking kid! 最近のガキの躾けはどうなってんだ!!」
マチスさんが青筋を立ててカスムに怒りをぶつけたが、カスムの言葉に周りの人たちは仕切りに頷く。マチスさんはガリガリと頭を掻き毟った。
「マチスさん!腹を括ってください」
私がマチスさんに向かって真剣に訴えると、マチスさんは唸った後にちゃんと向き直してくれた。
「分かった分かった!相手してやるさ。かかってきなlittle girl!」
「りとる・がーる?まぁいいや!行きます!!」
ジム戦が、始まる。
「サーント・アーンヌごーう!ひゃっほーう!!」
「テンション無駄に高いなぁ」
私はクチバについてまず最初にした事、それは————
「カスムー!カスムー!」
係船柱又はビットに足をのせる事である。平たく言うなら船着き場にある、足をのせたくなる出っ張りの事だよ!
「へーい!」
指を顎にあてて決めポーズをすると、カスムは鼻で笑って私を指さした。こう、「ビシィッ!」と効果音がつきそうな感じで。
「……甘いッ!コンデスミルクに砂糖と蜂蜜ブチ込んで煮詰めるよりも甘いであんさん!」
「そんなにっ!?聞いただけで吐きそうになるほど甘いよ!」
カスムは宣言すると、近くにあるビットに片足を乗せ、私と同じポーズを取って見せた。しかしポーズは一緒でも、何かが決定的に違うと感じさせるその空気。
「そのポーズは————こうやるんやっ!!」
「なん……だと……っ!?」
足の乗せる位置、曲げる角度、腰にあてた手に、顎につけた手の形。その全てが美しく、完璧に見える。カスムは歯を光らせて私に告げた。
「どれをとっても申し分ないはずや!アマちゃんは引っ込んどくんやな!!」
「ま……負けた……!」
膝を屈する私。敗北に唇を噛んでいると、影が差した。
目の前に立っているのは、カスムだった。
「あんさんはまだ発展途上や……これから磨いていけばええんちゃうか……?」
「カスム……いえ、師匠!」
カスムから差し出された手に、私はうるうる瞳を潤ませて————
「スピッ!!」
「あたーッ!?」
————手を重ねる前に、コーヒープリンの手痛い突っ込みの針を受けた。
私が痛みに悶絶しながら転がっていると、カスムは甚く感動したようで、コーヒープリンに拍手を送る。
「おおっ!ナイス突っ込みや。こんなにええ突っ込み見たんは久しぶりやで」
「くおおおおおおおお……痛い……ッ!」
ごろんごろん転がる私と、笑顔で拍手を送り続けるカスム。コーヒープリンは無言で私を見下ろしていた。
「やっぱ突っ込みのキリがおらんと、ボケ重ねになってしまらんなぁ。リンゆうたか?あんさんおってほんまに良かったわ」
「ううう……トレーナーに容赦なく手を上げるポケモンて……。嬉しいような悲しいような……」
「ええやん。遠慮のない関係ちゅーことで。……ん?」
涙目で立ち上がって頭をさする私を尻目に、カスムは目を細めてクチバの港を見つめた。ビットの上に立って、背伸びをしながら遠くを観察している。
「今船に乗ろうとしとるの、マチスさんちゃうか?」
「どこどこどこどこ!?」
「ほれ、あれや」
カスムにビットを降りてもらって、代わりに乗って目を細めた。するとカスムが指差した先には、確かに今正に船に乗り込もうとしているマチスさんの姿が!
「出かけるとこみたいやなぁ。このままだとバトルできなく……は?」
カスムが残念そうに言う時には、私は既にそこにはいなかった。マチスさんに向けて全速力で走りだしていたからだ。
「マーチースーさーんッ!後生ですから待ってくださぁぁぁぁぁぁいッ!!」
「うわっ! なんだなんだ!今どっから現れた!?」
ぱっと見、テレポートしたかのような素早さを発揮して、私はマチスさんの腰に突撃した。驚いて慌てているマチスさんに、ヤドランに噛みつくシェルダーのごとき根性でしがみついて哀願する。
「バトルー、バトルー!ジム戦してくださいぃぃぃぃぃ……!」
マチスさんは困惑した様子だったが、言いたい事に気づくとしっしと手を振って船への階段を登ろうとした。
「What? 悪いが、今から出かけるとこでな。諦めな」
しかしここで「はい、分かりました」と引き下がってはシェルダーのユズルの名が廃る!私はマチスさんのでかい身体をよじ登ってへばりついた。
「ばーとーるぅぅぅぅ……!バトルしてくれるまで離しませんよぉぉぉぉ……!!」
「ひっ!? 何処のghostだよ!帰ったらバトルしてやっから、今は離れな!」
その言葉にピクッと反応して、問い返す私。
「いつ帰るんですか?」
「未定」
その言葉に思考が停止する。
未定、みてい、ミテイ、MI・TE・I……!?
ユズルの脳内会議中…………結論が出ました。
私はガシッとマチスさんの肩に手を伸ばす。
「逃すかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「ぎゃあああああああああああああああッ!?」
私はものすごい勢いでマチスさんの背中によじ登り、両足でがっちり腰をロックすると、両腕で首に巻きついた。マチスさんは必死で私を剥がそうとするが、私も必死なのでそう簡単には剥がれない。
結局、五分ほど争った結果。マチスさんはとうとう折れて、バトルを承諾した。
マチスさん、ゲットだぜ!!
「使用ポケモンは2た……」
「Just a moment! 」
カスムのルール説明を遮って、マチスさんが叫んだ。ちなみにカスムが審判をやっているのは、審判さんが風邪でお休みしてるからだよ!
「俺は急いでんだ。どうせならone on oneでやってもらおうか」
「わん・おん・わん……!?」
私はその言葉に戦慄し、マチスさんはニヤリと笑った。私は隠しきれない焦りを見せて、カスムに顔を向ける。
「カスムー!」
「なんやー?」
カスムは審判の旗を両手に持って答えた。私は真剣に問いかける。
「わん・おん・わんってなに?」
マチスさんがずっこける。だって外国の言葉なんて知らないよ。
カスムは私の言葉に驚くことなく丁寧に説明した。
「1対1でバトルすることや。つまり使用ポケモンは1体の、一発勝負やな」
「ありがとー!」
「さっさと構ええやー」
私は手を振ってカスムにお礼を言うと、コーヒープリンを見た。ここはやっぱりコーヒープリンを出すしかないだろう。
そう思っていると、先にマチスさんがポケモンを繰り出した。
「ライライッ!!」
オレンジ色の毛並みに茶色の尖った耳、長い尻尾の先の鋭いギザギザ。バヂッバヂッと電流をほっぺたから迸らせて、こちらを楽しそうに見据えてくる。
マチスさんは自信満々に笑った。
「こいつぁ俺の相棒のライチュウだ!すぐに片付けてやるぜ!」
相棒。
その言葉は、鋭い棘のように私の心に突き刺さった。私は腰のモンスターボールとコーヒープリンを交互に見詰める。
私はレッドさんに「メロンパンと旅を始めたい」と語った。それはメロンパンのひきこもりを治すという目的以上に、メロンパンが初めてのポケモンで、私の相棒であると思っていたからだ。
しかし、今の私ときたらどうだ?
勝負になるとコーヒープリンばかりに頼って、メロンパンを蔑ろにしてはいなかっただろうか。心のどこかで、メロンパンを疎ましく思っていたのではないだろうか。メロンパンのひきこもりを何とかしたいと思いつつも、仕方のないものだとも思っていたのではないだろうか。
私はメロンパンの入ったモンスターボールをぎゅっと握りしめる。マチスさんは自信を持ってライチュウの事を「相棒」だと宣言した。
私はあれくらい自信を持って、メロンパンの事を「相棒」だと、言えているのだろうか。
『役立たず』
脳裏に蘇るあの男の言葉に、掌に詰め痕が残るほど拳を強く握り締める。
「行け!メロンパン!!」
私はコーヒープリンを出さずに、メロンパンを出した。マチスさんは不思議なものを見る目でメロンパンを見る。
「なんだそりゃ?」
周りを取り囲んでいる観衆も、どよめきながら「あれはなんだ?」「ポケモンか?」「多分ゼニガメじゃないか?」と囁き合っている。
私は背筋を伸ばしてマチスさんに相対した。
私はこの先あの男に会った時、メロンパン抜きで勝てたとしてもきっと嬉しくない。それは、メロンパンの事を『役立たず』だと認めたも同然の勝利だ。
だから私は今、私は胸を張って答えよう。
「私の大事な、相棒です!」
————再びあの男にあいまみえたその時、本当の意味で勝つために。
To be continue……?