第6話 ディグダの穴

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「……変な夢見た」

 私はぐっと伸びをすると、寝袋からもぞもぞと這いだす。洞穴の中は暗く、コーヒープリンの赤い複眼ははっきりと見える。
 ここはディグダの穴の中だ。あのままニビシティにとどまっているとキリに見つかる可能性が高かったので、カスムと一緒にディグダの穴の中で一晩泊る事になった。ディグダの穴の存在を知っている人はあまりいないそうで、そんなに人が通る訳でもないから堂々と狭い穴の中に寝袋を敷いて寝た。
 寝袋の横に置いておいたランタンのスイッチを入れ、穴の壁になんともいえない影を作っているコーヒープリンに朝の挨拶をする。

「おはよー、リン」
「……」

 コーヒープリンは無言で首肯した。その姿をまじまじと私は見詰める。

「……まさかね」

 独り言を呟いて寝袋の中から上着を取りだして着た。夢だったにせよ、夢でなかったにせよ、たとえ頼まれたって私は旅を止める気はない。何を考えてコーヒープリンが私に「旅を止めないでくれ」と言ったのか、その真意は分からない。これが夢でなかったのならば、またコーヒープリンは夢に現れるだろう。

 私はもう気にしない事にして、リュックの中から朝ごはんのおにぎりと水筒を取りだす。昨日ニビシティを出るときにフレンドリィショップで買っておいた。おかずは梅干しと昆布だ。
 パリパリの海苔を巻いて食べていると、カスムもあくびを噛み殺しながら寝袋から這い出てきた。

「くぁ……おはようさん。昨日とは違って今日は早起きやな」
「昨日あれだけ寝れば早起きにもなるよ」
「そか」
 
 カスムも自分のリュックサックから、私と一緒にフレンドリィショップで買ったサンドイッチを取りだして食べ始める。卵とハムのシンプルなサンドイッチ。私はおにぎり、カスムはサンドイッチに紅茶と、随分対照的な朝ごはん風景になった。
 おにぎりを食べ終わると、寝袋の中で一緒に寝てたメロンパンを取りだしてから、寝袋を圧縮して小さくする。折り畳み傘サイズまで小さくなったそれをリュックの中に詰め込み、メロンパンとコーヒープリンの分のポケモンフーズを用意する。

「ご飯だよー」
「スピ」
「ゼニ」

 フレンドリィショップで買っておいたものだ。いずれは自分で調合出来るようになりたいが、今は市販品で我慢してもらう。2匹が仲良く食べてるのをほほえましく眺めた後で、いつもの日課を始めた。

「あったらしーい、あっさがきた!きーぼーうのーあーさーだ!」
「元気やなぁ。若いもんにはついてけんわ」

 私より、2か月程度しか年上でないはずのカスムはおっさんくさい事を言った。その言葉を無視してのびのびと体操を終え、髪を高く結う。カスムはその様子を寝袋を圧縮しながら眺めている。

「ポニーテール以外はせえへんのか?」
「イエローさんと同じにしてるからしないよ」
「相変わらずイエローさんのこと大好きやな」

 「変わらへんなぁ」と水筒のコーヒーを飲んでいるカスムに、私は満面の笑みで答えた。

「もちろん!グリーンさんやブルーさんも尊敬してるよ!」
「でもって一番好きなのは?」
「当然レッドさん!」
「ほんまに変わってないわ」

 グリーンさん、ブルーさん、レッドさんはそれぞれオーキド博士から図鑑をもらって旅に出た、凄腕のトレーナーだ。3年前のロケット団壊滅だって大きく貢献した。イエローさんは四天王事件の時にあのチャンピオンワタルと戦って勝利したトレーナーで、事件解決にも深く関わっている。
 どの人も実力は確かだし、努力を惜しまないし、ポケモンとの息もバッチリで、レッドさんなんかセキエイリーグ優勝経験だってある。

「むしろレッドさんに至っては、憧れないトレーナーなんていないんじゃないの?」

 若干11歳でセキエイリーグチャンピオンに輝いた訳だし。

「キリはだいぶ嫌ってるみたいやけどな」
「あー……」

 キリは何でか知らないが、レッドさんの事が嫌いだ。カスムの事も嫌いだとよく宣言しているが、レッドさんに負けては特訓して再挑戦、負けては特訓して再挑戦を繰り返し、旅に出るときの言葉は「セキエイリーグに優勝して、今度こそお前に勝つからな!!」だった。一体何が原因なんだろう。

「カスムはどう思ってるの?」
「普通にええ人達やと思うとる。あんなにええトレーナーはなかなかおらへんからな」

 カスムは私の質問に答えながらコーヒーを飲み終えると、ポケモンフーズの準備をした。

「飯の時間やでー、みんなでてきてーな」

 カスムが空中に四つのモンスターボールを投げる。音を立てるモンスターボールの中からは、フシギソウ、バタフリー、ピカチュウ、ウインディが飛び出す。私はフシギソウに駆け寄った。

「久しぶり、進化したんだね」
「バナバナァ」

 擦り寄って来るフシギソウに、私はその顔をわしゃわしゃと撫でてやる。フシギソウはフシギダネの頃にオーキド研究所にいたポケモンで、カスムが旅立つときに博士からもらっていた。研究所に手伝いに通っていた私はフシギダネの時からの顔見知りになっている。

「バタフリーとピカチュウはトキワの森で捕まえたの?」
「あ゛ー……バタフリーは捕まえたって言うよりも、保護したって方が正しいで」
「保護?」

 私が眉を寄せると、カスムも同じような表情をした。

「なんやキャタピー狩り的な事がその時おこっとってな。トキワの森から命からがら『助けてくれー!』ゆうて飛び出して来たんで助けたんよ。トキワの森に帰る訳にもいかへんから、そのまま連れになったちゅー訳よ」
「犯人は?私が今すぐ始末してくる」
「あほ。今のお前が敵う相手やあらへん」

 怒りに燃える私の頭を軽くはたいて、カスムがその先を続けた。

「俺も犯人何とかしたろ思たんやけど、これがまたえろう強いねん。なんとか追い返したけど、お前が倒せる相手やない」
「やってみなくちゃ分からないじゃないか!」
「意気込むのはええけどな。なんとかしたいんやったら、実力を見極める事も大切やで」
「う……」
「根性だけで勝てるんやったら、誰も苦労せえへんのや」
「うん……」

 カスムの妙に説得力のある言葉に、私は大人しくなった。そこでふと思い出して、カスムに訊ねる。

「カスム、そういえばカスムはジムバッジいくつ手に入れたの?」
「0個や」
「へー、0個……って、0!?」
「そうやでー」

 思いがけない言葉に私は混乱しながらカスムに詰め寄った。

「ど、どうしたの?何かあったの?」
「どうどう、落ち着きや」
 
 カスムは混乱している私を宥めると、理由を語りだす。

「俺はジムバッジとかセキエイリーグとか、ぶっちゃけどうでもええねん」
「え?じゃあなんで旅なんて出たのさ」
「見分を広めて悪い事はないやろ。それに俺元々戦うの嫌いやし」

 カスムは昔からそうだ。争いごと嫌い。戦い嫌い。だから仲裁役をよくしていた。
 私はカスムの言葉に、ポケモンフーズを食べ終わったカスムのポケモンを見渡した。ポケモン達はみんな、こっちまで幸せになれそうなほどカスムに懐いていて、カスムはポケモンハーレム状態だ。その様子に予感がした私は恐る恐る質問する。

「じゃあもしかしてこのポケモン全部……」
「成り行きで一緒になっただけやな。欲しくてバトルした事なんて一度もあらへん」
「ええええええええええっ!?」
 
 予想通りか!やっぱりなのか!

 フシギソウとバタフリーは分かったとして、私はまずピカチュウを指差した。ピカチュウは「チャアー」と言いながらカスムの右肩に乗ってカスムにほっぺたをスリスリしている。

「ピカチュウは?」
「卵から孵化した時、欲しいのと違っとったみたいでなぁ。ピチューの時レベル1で呆然としとるとこ拾った」

 カスムは手慣れたようにピカチュウの頭を右手で撫でた。ピカチュウは蕩けそうに幸せな顔をしている。
 次にウインディに視線を寄こした。ウインディはクールに決めて寝そべっているが、カスムの足元で寝そべっている上に、尻尾がぱたぱたカスムの足を触っているから分かりやすい。

「ウインディは?」
「いつまでたってもガーディが進化しなくて、いらついた馬鹿が捨てたせいで暴れとるのを捕獲した」
「進化してるけど」
「捕まえてしばらくは暴れとったんやけど、腰据えて説得したらなんやふっきれたみたいでなぁ。ウインディに進化した」

 やっぱりウインディも、カスムが頭を撫でると無言で気持ちよさそうに目を細める。

「ポケモンハーレムが今ここに……」
「なんでやねん」

 カスムがピシッと突っ込みを入れるが、フシギソウ以外からそこはかとなく「俺達の主人に気安く近づくんじゃねぇぞゴルァ」という雰囲気が漂ってきている。だからハーレムで正しいはずだ、うん。
 
 まぁ普通のハーレムと唯一違っている点と言えば、カスムがポケモン達からの好意をバッチリ自覚しており、この状況に頭を抱えているという点なのだが。

「モテモテだね!カスム」
「何気に困っとるんやけどな……はぁ」

 カスムがため息をついてポケモン達をボールに戻して行く。それにならって私もメロンパンをボールに戻してランタンを右手に持った。コーヒープリンはボールに入りたがらないので戻さない。なぜかボディーガードをしてくれているようなのだ。

「真面目だなぁ……もっと肩の力を抜けばいいのに」
「……」
「そいつはどうやって出会ったん?ずっと気になっとったんやけど」

 そういえばまだカスムに紹介してなかったと思い、私はコーヒープリンをカスムの前に呼んだ。

「名前はコーヒープリンで、略称はリン。トキワの森でウツドンの生贄になりかけて逃げ出した時に、逃げた先で暗殺者のごとく奇襲を受けたけど、最終的にメロンパンで殴ってゲットしたよ!」

 胸を張って説明する私に、カスムは苦笑いする。

「他人が聞いたら卒倒しそうな出会いやなぁ。よお生きとったわ」
「でもご飯集めてくれたし、進んでボディーガー……ッうわ!?」

 コーヒープリンのフォローをしていると大地が大きく揺れて、思わずコーヒープリンに抱きつく。

「……ここら辺はイワークが通らんはずや」

 カスムが呟くと同時に揺れがますます強くなり、ついに立っていられないほど揺れ始めた。ディグダ達も焦ったように土に飛び込み、内壁が落ちてくる。

「こりゃアカン。バタフリー!」

 カスムが警告すると、何かが近づいてくるような音が聞こえ始めた。カスムはバタフリーに身体を掴んでもらって舞い上がり、私はコーヒープリンに抱きついたままだ。

「ゴオオオオオオオオオオオオッ!!」
「わああああああああああっ!何か来たー!」

 咆哮と共に横壁を崩して現れたのは、イワークっぽいけどイワークじゃなかった。ランタンの光を反射して光る頭。突き出た顎に、イワークよりよっぽどごつごつとした頭の、はじめて見るポケモンだ。だいぶ興奮しているようで、そのポケモンはギラリとこちらをロックオンすると口に炎のようなものを溜め始めた。

 それは一瞬の攻防戦だった。

「ゴオッ!」
「サイケこうせん!」

 見た事も無いポケモンが竜の息吹を吐き出すと同時に、バタフリーが虹色の光線を発射する。息吹と光線が相殺し合い、弾きあった部分が輝きながら内壁を照らしあげた。
 お互いが技と技を消され、穴の中に静けさが戻る。バタフリーは銀色の燐粉を纏いながらカスムの前に佇み、ポケモンとにらみ合っている。

「……」
「……ゴォ…………」

 数秒睨みあっていたかと思うとポケモンは、ゆっくりと瞼を閉じて、寝入ってしまった。私はカスムに駆け寄っていく。

「カスム!」
「ふぅ。何とかなったみたいやな」

 どっと疲れたようで、カスムはその場に座り込んだ。カスムは恐らく、アイコンタクトだけでバタフリーに指示を出しておいたのだろう。技が相殺されたらすぐに、“ねむりごな”を放つ様にと。私は効果が出てぐうぐう寝ているポケモンの頭部を見て、眉を寄せた。

「このポケモン、初めて見るけど……カスムは知ってる?」
「こいつはハガネール。……何処の馬鹿がカントーで放したんや、まったく」

 カスムは文句を言いながら立ち上がり、モンスターボールを投げた。しかしモンスターボールは跳ね返され、カスムは眉間の皺を深くする。

「なんや持ちポケか。危ないで一時的に捕獲しとこ思たんやけど……ちょっと先にいっとてくれへんか?俺も後から行くから、出口で待っとってや」

 カスムの言葉に無言で頷いて、私はコーヒープリンから降りて走っていった。





「ただいまー」
「お帰りー」

 出口で待っていると、予告通りカスムが帰って来た。晴れ晴れとした顔をしているところから、ハガネールのことは上手く片付けたのだろう。

「ハガネールにはお帰り願ったわ。納得もしてくれたで」
「ふぅん、ならいいけど……」

 カスムがポケモンをどうやって説得しているのか分からないが、カスムが説得したというのならばそうなのだ。説得しているところを見られたくないらしくて、いつも一人で行っているが、あとでポケモンに確認すると確かに納得している。

 カスムの謎の一つである。

「カスムって謎が多いよね」
「男は謎が多いほど格好よくなるんや」

 訳が分からん。しかし、カスムなりに「訊いてほしくない」と暗に言っているのだろうと、私はそれ以上詮索せずにカスムと穴の入口を離れてカスムに先導されていく。
 カスムは少し進んでクチバが見えると、両手を広げて笑顔を見せた。

「ここがあんさん待望の、クチバシティや!」
「おおーっ!!」
 
 目の前に広がる港町。私は歓喜の声でカスムに拍手を送る。笑いながらクチバへと歩いていくカスムの背中を追いながら、私は胸をときめかせる。


 きっとこれから先、まだまだ知らないポケモンにたくさん出会って行けるのだろうから。





 To be continue......?




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