第9話 ヤマブキシティ・前編

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 前略、如何お過ごしですかマチスさん

「待ってくれぇぇぇぇぇ!」

 先日は無理を通してバトルをして下さり、真にありがとうございました。

「頼む! あんたしかいないんだ!」

 さて、私はマチスさんに心から謝罪したい事があります。

「一か月、いや一週間で構わんからっ!!」

 私がひっついて、シェルダーのごとく離れなかった事についてです。

「ここの師範になってくれ!!」
「お断りしますッ!!」

 やられる側になってみると、とても面倒な相手だったのですね。大変申し訳ない思いでいっぱいになりました。

「お願いだからぁぁぁぁぁッ!!」
「放して下さいぃぃぃぃぃッ!!」

 マチスさんにそんな念波を送りつつ、私はひっついてくるムキムキお兄さんやおじさん達と、全力で格闘するのだった。





 “ヤマブキは金色、輝きの色”

 ヤマブキシティの入り口の看板を確認して、私はヤマブキに来たのだと実感する。

「ここには確か、ナツメさんがいるんだっけ」

 ナツメさんは、ヤマブキジムのジムリーダーだ。エスパータイプの使い手で、綺麗なお姉さんだとポケモンの雑誌のジムリーダー特集に載ってた。自身も超能力が使えるとは、正にポケモンと一心同体。
 会えるのが楽しみだが、あいにくとナツメさんは療養中だと書いてあった事も覚えている。運が良ければ会えるかもしれないが、どうなのだろう。

「ま、悩んでも仕方ないよね。行こうか、メロ、リン」
「スピ」
「……」

 腕に抱えているメロンパンを抱き直して歩き出した。ヤマブキシティは流石シルフカンパニー本社があるだけあって、大きな街だ。マサラやトキワなどの田舎の町とは違って、多くの住宅街が立ち並んでいる中心に、シルフのビルが建っている。石畳で整備された道を歩くのは初めてだし、こんなにも高い建築物がズラズラと並んでいるのも初めて見る光景なので、道の端っこに寄ってキョロキョロしながら歩いた。

「でっかい……」

 迷いそうだ。ゲートのところで人のよい警備員さんに貰ったヤマブキの地図を頼りに、とりあえず今夜の宿を探すことにした。それは良かったのだが————

「こっちであってるんだよね……」

「ここの角じゃない気が……」

「ええっ?満室ですか。すみません、他を当ります」

「ここどこ……いやいやここを右に曲がって左に……」

 彷徨いに彷徨った結果。

「……迷った」

 空はもう暗くなり始めており、そろそろ宿が見つかってないと非常にマズイ。入り組んだ路地を抜け、見た事のあるようなないような道を進んでいる。出会えた宿も数軒あるにはあるのだが、流石都会と言うべきだろうか。

 値段が高い。

 宿の値段が高い上に、手ごろな値段の宿は満室。更に地図の何処らへんにいるのかも分からなくなってきている以上、これはもう野宿覚悟で一度ゲートに出る道を訊ねた方が良いだろう。近くに道を訊ねる事が出来そうなところを探すと、通りの向こう側に古い看板が傾いている道場が見えた。
 道場という場所は初めて見るが、確か精神と肉体を鍛える場だと父さんが言っていた。なら、親切な人が多いんじゃないだろうか。精神的にゆとりのある人は親切だと相場が決まっているし。
 そう考えると私は通りを横切って、古い両開きの道場の扉に手をかけたが、そこで更に思い出した。こう言った歴史ある場所に入る時には、言うべきセリフがある。そう父さんは言っていた。確かにこの古さと言い、クモの巣の張り方と言い、近代的な街並みに似合わない木製の扉と言い、歴史を感じさせるものがある。私はメロンパンを一度モンスターボールに戻すと、息を整えて思いっきり扉を開けはなった。

「たのもーうッ!」

 開け放つと同時に叫ぶと、道場中から殺気が飛んできた。

「きええーいッ!」

 目の前に飛んでくる足の裏。一歩右に移動して避けると、背後で「ぎゃああああぁぁぁ……」と小さくなっていく悲鳴と何かが道を擦って行く音が聞こえた。私は聞こえなかったふりをして次の人間を迎え撃つ。

「破ッ!」
「甘いッ!」

 次に迫ったのは拳。即座に懐に踏み込んで腕を取り、胸倉を掴んで背負い投げ。「げふぁッ!」という呻き声と相手の背中が木張りの床に激突する音。それに構わず無言でメロンパンをコーヒープリンから受け取る。

「おらぁぁぁぁぁッ!」
「ふんッ!」

 突撃してくる三人目の腹に向けて、真っ直ぐにメロンパンを向けて体に力を加える。「うええええええッ!?」といいつつも止まれない相手は、そのまま差し出されたメロンパンに腹を激突させてくの字になる。悶絶している相手に目もくれず、向かってくる四人目に距離が縮まる前にメロンパンをブン投げた。

「ガごッ!」

 そして最後に、私に向かってくる五人目。しかし私は何もせずにその場に立った。

「うおおおおおおッ……うッ!」
「……」

 コーヒープリンが右の針の切っ先を五人目の喉元に当てて、五人目はあえなく両手を上げる。だが心までは屈しないとばかりに、親の仇を見るような目で私を見る。

「おのれ……ッ! 看板は貰って行っても構わん。しかし、ポケモン道場の心までは折れんからなッ!!」

 ……えーと。

「あの……看板はいらないので、道を教えてもらえませんか?」

 私が困ったようにそう言うと、五人目のおじさんは、目をパチクリさせた。

「……看板を取りに来た訳では、ないと?」
「貰っても困ります。旅の途中ですから、運べませんし」

 そういうと、おじさんはほっと胸を撫で下ろした。そして倒れた他の人たちを見てから、ガシッと私の両手を握って詰め寄る。

「ここの……ここの師範になってくださいッ!」
「……はい?」

 そして話は冒頭に至る。

「いーやー!師範なんてやりません!!」
「お願いだってばぁぁぁぁッ!」

 情けない顔で私の腰にひっついているのは、ここの道場主であるタケノリさんだ。
 この空手道場は、昔ナツメさんとヤマブキのジムの座をかけて勝負した事があるそうだ。3・4年くらい前の話なので私は知らなかったが、負けた後も返り咲く日を夢見て日々修業に修業を重ねていたとのこと。だけど、いつまでたってもナツメさんには勝てないし、門下生も続々減っていき経営は困難に。ここの道場も潰れる寸前と、状況は最悪だ。
 だが、だからといって彼等は私に道場再興をして欲しいわけではない。彼らだって部外者にそんなことを頼むのは常識外れだと分かっているのだろう。

 でも全員に勝ったからって、「師範になってくれ!」も十分常識外れだよ!

「入るぞ」

 ぎゃーぎゃー中で騒いでいると、入り口の方から誰か入ってきたようだ。私は押さえつけてくるムキムキさん達に夢中で気がつかなかったが、その声が静かに告げた。

「フーディン、念力」
『うおおおおおおおおおおっ!?』

 ぺりぺりと剥がれていくムキムキさん達と一緒に、私も宙に浮き上がる。浮き上がる身体で器用に空中で方向転換すると、入り口の人間が目に入った。

「げ」

 うららかな春の木漏れ日の陽光のような金糸の短髪。安っぽいビーズのついた三本のヘアピン。丸っこい大きな蜂蜜色の瞳に女顔。

「ようやく見つけたぞ。ユズル」

 そこにいたのは、再会したくない人間ナンバーワン・私の幼馴染ことキリであった。

「放せー!下ろせー!」
「うるさい」

 キリだと認識した瞬間から全力で暴れ出す。キリはそんな私を一睨みして道場に上がり込むと、ズンズンと私に近づいてきた。

「バーカ!ハーゲ!来んなー!!」
「うるさい」

 私の数少ない暴言ボギャブラリーを駆使してキリを攻撃するが、キリは同じ言葉を言って無視する。ほかの浮いてる人間は皆下ろされたようだが私だけ浮いた状態だ。
 てゆうか自由になったなら助けようよ! 道場のムキムキさん達!!今私大ピンチ!助けてくれたらもしかしたら師範やっちゃうかもしれないんだよ!?ねぇねぇお得だよ!

「こっち来んな女顔ー!!」
「……」

 やべ、地雷った。キリが無言だ。自業自得とはいえなんてことをしたんだ私!

 キリはこちらを睨みつけたまま、私の目の前でぴたりと止まった。誰かがゴクリと喉を鳴らす。しばし無言でこちらを観察すると、キリは口を開いた。

「……ユズル」
「……」

 キリは普段怒りながら説教するタイプなので、黙られると超怖い。久しぶりに本気で怒っているようだ。目を逸らすともっと怒られるので、無言で冷や汗を流しながらキリを見返す。

「……」
「……」

 無言で睨みあう。何だこれなんの拷問。

 そう感じながらも目は逸らさない。そうしていると、キリが突然動いた。

「……!」
「……わっ!?」

 フーディンの念力は解けたが、私には別の意味で金縛りが生じている。物理的な意味と精神的な意味で身体が動きません。状況が理解できず、目が点になっている。ええっと、つまりですね、今現在、進行形で、

 キリに抱きしめられてます。

 頭の中がぐるぐる混乱している。キリは人を抱きしめたりするようなタイプではない。ならばこの状況は何だ。キリは私よりも5センチほど背が高いので、キリの胸に顔を埋めるというよりは、キリと頭が並ぶ感じになる。力強く、息ができなくなるんじゃないかと思う程きつく抱きしめられていて、思考は完全に停止していた。

「…………無事でよかった」

 キリが安堵しきった声で呟いた。私は未だにグルグルしている。

 至近距離でして、それ以前に全力で抱きしめられていまして、それで旅しているので当然筋肉とかも男の子ですからついていてですね、キリは昔から基本的に暴言しか言わないのでここまで素直に言われたのも初めてで、その、あれ、えと————


 完全に限界だった。


「わああああああああああああああああああッ!!」
「うわッ!?」

 私は全力を持ってキリを突き飛ばすと、キリは唖然とした顔で私を見ていた。これ以上ここにいると爆発しそうな気がした私はものすごい勢いで道場の扉を蹴破り走り去る。とにかくキリの顔を見たくない一心で飛び出すと、道場のすぐ隣に“GYM ヤマブキジム”と書いてある建物がある事に気づいた。すぐに飛び込んでジム中に響くような大声で叫ぶ。

「ジム戦してください!!」

 私には、バトルしかない。バトルするしかないんだ!なんかバトルしたら落ち着きそうな気がする!!
 私の叫び声は、暗いジムの中に響き渡った。ナツメさんがいなければジムも休みで、ここが暗いのも当たり前だ。それでも普通ジムにはジムリーダー以外のトレーナーもいるはずなので、私は構わず繰り返す。

「マサラタウンのユズルです!戦ってください!!」

 もうナツメさんじゃなくてもいいからバトルしたい。バトルに熱中して何もかも忘れて遠いお空に旅立ってしまいたいんだ!!

「挑戦者か……運が良いようだな」
「え……?」

 だが幸か不幸か。暗いジムの中から靴音を響かせて出てきたのは、ただのトレーナーじゃなった。言葉と共にジムの明かりがひとりでについて、相手の全貌が現れる。

 黒くて艶やかな長い髪に鋭い瞳。彼女を支える逞しいフーディン。

「相手してやろう、挑戦者」


 そこにいたのは正しく、ヤマブキジムジムリーダー・ナツメだった。





 To be continue......?





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