欠けた色はどこへ行くⅡ(サリー視点)

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読了時間目安:13分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「うーん、すまない。恥ずかしながら全く心当たりがない。虫喰いについての情報ならたくさんあるんだがな」
「そうか……」
 クォーツさんの言葉にイツキさんは落ち込んだのを隠そうとしていたけど、他から見たらわかりやすいくらいに落ち込んでいた。そんなイツキさんの気持ちを切り替えようとしてか単に疑問だったのか、ジャックさんが口を開く。
「それで、ボクにも聞きたいことがあったんじゃないのかな? 仮に今のアブソルと同じ質問だったのなら、答えはノー。幻影は得意でも、言い伝えとかの情報には疎いんだ」
 同じ質問をされるのはごめんなのか、イツキさんを先制するように「鍵」についての答えを返す。だけど、イツキさんが、ボク達が彼のところを訪れようとしたのは全く違う理由からだったはず。
「わざわざ答えてくれたのは嬉しいけど、俺が聞こうとしたのはそれについてじゃない。町で目の当たりにしたけど、お前の腕輪は本当にすごい。……よかったら、の話なんだが。あの腕輪、いくつか譲って貰えないか?」
 ジャックさんはこの顔ぶれからある程度の予想はしていたのか、ただ考えている。やがて彼の中で一つの答えが出たのか、ジャックさんは静かに首を横に振った。まさか断られるとは思っていなかったらしいイツキさんはポカンとした顔をしている。
「腕輪が欲しいのはよくわかる。でも、元々ボクが腕輪を作ったのは兄さんの平和のためなんだよね。今はすっかりボクが腕輪を作っているのは『色違い達のため』だと思われているけどさ」
 う、とイツキさんが言葉を詰まらせる。ジャックさんが腕輪を作った経緯を知って、急に罪悪感が芽生えたのかもしれない。
「それに、譲ったとしてもそれは相手が一匹や二匹だけだったからだ。四匹が揃いも揃って同じ腕輪をつけていたら、どう言い訳しても怪しすぎる。一匹だけならただのアクセサリーだと言い張れるけどね」
 確かにそれだと少し苦しいかもしれない。ボクがメガネをかけているからイツキさんはわからなかったかもしれないけど、この辺りだとアクセサリーを身に着けたポケモンは意外といない。
 もう少し向こうの町なら話は別かもしれないけど、とにかくこの辺りでアクセサリー、しかも同じ物を身に着けていたら何かありますと言っているようなものだ。
 だけど、そんなことは全く知らない――いや、誰にも教えられていないイツキさんはそれを聞いて、
「え? 別に同じグループなら同じアイテムを持っていたり身に着けていたりしてもおかしくないだろ? どうして怪しくなるんだ」
 と、心の底から不思議そうな顔をしている。その言葉にジャックさんは怪訝そうな顔をしたものの、ボクが思ったのと同じようなことを説明してくれる。イツキさんは純粋に驚くと同時に、「アクセサリーについても違うのか……」と改めて常識の違いを実感しているようだった。
「なら、腕輪は諦めるしかないのか……」
 仮に腕輪をして正体を隠せたとしても、腕輪のせいで怪しまれたのでは元も子もない。二つとも掠らなかったことにかなり残念そうにしながらも、イツキさんはそう言った。彼の落ち込みようにジャックさんは何かフォローをしなければと思ったのか、わざとらしく明後日の方向を向く。
「ダメなのは『同じ』ものを身に着けているからであって、種類を変えれば譲ることも考えていいかな。ここで完全に断ったら、あとで兄さんに何か言われそうだしね」
 それを聞いたイツキさんの顔はまるでキマワリのようだった。きっとボクと同じ場面を見たヒトは皆そう言ったと思う。

*****

 ジャックさんがどうせ貴方達に譲るのだから、希望する形のものを作りたいと言ってきたのでイツキさん達はそれぞれの希望を言ってきた。完成までには数日かかるらしいものの、もう少しこの辺りの調査をしたいと言ってクォーツさんは帰る気配を見せないのでボク達もここに留まっている。
 ……きっと、少しでもボク達の別れを遅らせたいのだろう。ボクとしては留まっていてもいいのかと不安になるけど、皆の中でも特にイツキさんの顔が晴れ晴れとしているから今はこれでいいのかなと思えている。
 イツキさんはクォーツさんの言葉を聞いた時「俺がさっき決断した意味は一体!?」と覚悟をした理由を探して視線を空に向けていた。提案が先だったとしても覚悟を決めるのが遅いか早いかだけの違いだったろうから、意味がないことはない……と思う。
 ボクは皆の輪に入ることを控え、ツンベアーの隣に座ってただぼーっとしていた。遠くの方からアランとイツキさんのものだと思われる声がする。どうやらリーフブレードについて話し合っているようだった。
 アランはリーフブレードが使えたけど、イツキさんも使えたのか。あれは確か結構鍛えていないと使えないと思ったんだけど……。何でも鬼火やサイコキネシスとかも使えるらしいから、本当にイツキさんには謎が多い。元人間だから、では片づけられない領域に入りつつあると思う。
 ジャックさん、ゼフィールさんも後でそれを聞いて結構驚いていたな。クォーツさんだけは虫喰い関連じゃなかったからか、「へー。改造もなかなか謎が多いんだな」で終わっていたけど。
 ゼフィールさんといえば、新しい腕輪を付けたもののウェインくんに言っていたように町には戻らず、主にジャックさんの家で彼の手伝いをしていた。ジャックさんに見せられるまでわからなかった……というか幻影で隠されていたんだけど、丘にはちゃんと家があった。家を見せられた時は幻影のすごさを改めて教えられた気がしたのを覚えている。
 いつの間にか二匹の声も聞こえなくなり、ボクはただ空を眺めていた。澄みきった空には雲一つなく、太陽の光が容赦なくボク達を襲っている。草タイプであるイツキさんやアランは嬉しいだろうけど、氷タイプであるボクやツンベアーには少しこの日差しはキツイかもしれない。
「……戻ろうかな」
 体が温まってきた影響もあって、とてもじゃないけどぼーっとしていられない。ボクは体を起こすと、ジャックさんの家の方へと歩みを進めた。気配からツンベアーもボクに続いているのがわかる。やはりツンベアーもボクと似た状態になったのだろう。
 二足歩行のポケモン用に作られたドアを一瞬後ろ足で立ち上がって開けると、そこにはボク達とクォーツさんを除いた全員の姿があった。ゼフィールさんとジャックさん以外の前にはそれぞれ種類の違うアクセサリーが置かれている。
 ――完成、したんだ。ゼフィールさんだけではなくボクや他の皆も手伝ったとはいえ、アクセサリーを作るのはなかなか簡単ではなかった。だから、こうして完成しているのを見ると込み上げてくるものがある。ボクは早速それらを眺めてみた。
 イツキさんの前にはところどころに葉の飾りがついた、緩やかに絡むツタのようなデザインの腕輪。色は主に黄緑。色や形のこともあるから、パッと見では気づかれにくいかもしれない。どういうものなら怪しまれにくいかを考えた結果、こうなったのだろう。
 エミリオの前には半透明な青い腕輪。形は細いリング状で光を受けて小さく輝いている。色からか、ボクの頭には海のイメージが浮かんで消えた。
 アランの前には若草色で幅が狭いタイプの腕輪。ところどころ黄色い模様が描かれているのがわかる。これは想像にしかすぎないけど、模様の部分はアランじゃなくてシャールが希望したものなのかもしれない。
 クレアの前には黄色くて少しゴツゴツした感じの腕輪。まさかとは思うけど、いざとなったらアレで攻撃する気じゃ……。一瞬浮かびかけた映像を慌ててかき消すと、次のものへ視線を移す。
 ディアナの前には月の飾りがついた、緩やかに絡み合う二本のツタのようなデザインの腕輪。色は黒と白。彼女はてっきり飾りはつけないと思っていたけど、それは単なる先入観でしかなかったみたいだ。
 最後にウェインくん。ここに残るとはいえ、あった方がいいだろうというゼフィールさんの提案で彼の分も作られることになった。置かれているのは元からあった腕輪の色を白に変えただけのような腕輪。
 ……最初はウェインくんの希望も聞いて作ろうと思っていたらしいのだけど、あまりにもウェインくんが希望する腕輪の形が、その。ウェインくんらしさが爆発していたというか何というか。とにかくこれで作ったら怪しさを主張しかしない、とジャックさんにバッサリ切り捨てられてこうなった。
 ウェインくんはショックから泣いてジャックさんに文句を言いまくっていたけど、突然笑顔になったジャックさんが彼の耳元で何かを口にしてからは、まるで嘘のようにピタリと文句が止まった。その時のウェインくんの表情を思い出すと、何を言ったのかは聞かない方がいいとボクの本能が告げている。
 とにかく、これで皆の分の腕輪は完成した。もうイツキさん達がこの場に留まる理由はない。クォーツさんも同じで、ボク達もこれ以上ここにいる理由はなくなる。タイミングを見計らったようにドアを勢いよく開けてクォーツさんが入ってきた。
「よお、オマエら。どうやらこれで腕輪は完成しちまったようだが、次の行先はもう決まっているのか?」
 簡単に完成した腕輪を眺めてから、イツキさん達に向かって問いかける。イツキさんが焔の町に行く予定だと伝えると、「ほお、そりゃ遠いな……。まあ、頑張ることだな」と応援も兼ねてだろうか。数回頷いた。
「へえ。遠いって一体どのくらい遠いと言うんだい? あの村から宵闇の町くらいだというのなら、笑えるね」
 アランが口の端を僅かに上げる。どこか挑発するような言い方から、クォーツさんの言い方が気に入らなかったのかもしれない。当のクォーツさんはそれを挑発と受け取らなかったのか、天井を見て真剣に距離を考えているようだった。
「えーと、アランが言ったところの距離を基準にするとだな~。……大体、それの二倍。いや三倍近くか? あくまでもオレの感覚での距離だが、とにかく町をいくつか経由しないと無理だな」
 冗談を言っているようには見えない顔のクォーツさんに、イツキさんが「ショートカットできる方法は?」と消え入りそうな声で聞いたのがわかった。クォーツさんの答えは「ない」のみ。
「いや、実は鳥ポケモンに運んで貰うとか、走るのが得意なポケモンの背に乗せて貰うとかあるけどよ。距離が距離だけに、多分経由ポイントになる町に着いたら逃げられるなり理由をつけて断られるなりするぞ。
 焔の町は入るのにも少し面倒だからな。最悪町の名前を出しただけで断られる可能性がある。……つまり、目的の町に行くには自分達でどうにかするしかないってことだ」
 クォーツさんの言葉に皆が一瞬彫刻のように固まったのは、ボクの見間違いではないと思う。イツキさんが「飛行機やタクシーは……」と言いかけて、これも自分の常識とは違うのではと思ったのか言葉を取り消すように首を振った。エミリオが小声でそれらの代わりが今言ったようなポケモンに頼むことだと教えているのがわかる。

「とにかく、これで僕達が今すぐやるべきことがわかった。すぐに行こうか」

 距離が距離だけにこうしてはいられないと思ったのだろう。短くお礼の言葉を口にしてから、アランが腕輪をつけてすぐに家から出ていく。他の皆もそれぞれお礼の言葉を言うと慌てて腕輪をつけ、アランに置いていかれないようにと続くように出て行った。
「やれやれ、何かと騒がしいやつらだったな」
 クォーツさんはゆるゆると首を振ると、今まで泊めてくれたお礼を口にしてからボクとツンベアーに声をかけた。……そういえば、ボクはクォーツさんの住む場所の名前は知っているものの、どの辺りにあるかというのは知らない。
「…………」
 なるべく近いところだと思うことにしよう。そう考えていると、ふと視線を感じた。主を探すと、ウェインくんがこちらをじっと見ていることに気が付く。ボクも彼らに、ウェインくんに言葉をかけないといけない。
「ジャックさん、ゼフィールさん。ありがとうございました。……ウェインくん、また会おうね」
 ずっと会えないわけではないのだから、さようならを使う必要はない。ボクは精いっぱいの笑顔でそう告げると、クォーツさんとツンベアーに続いて家から出た。

 続く

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