欠けた色はどこへ行くⅠ(サリー視点)

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 気が付くと、ボクは見知らぬ丘にいた。周りには皆となぜか色違いに戻っているゼフィールさん、ゼフィールさんに似たゾロアーク、アブソル、本来ここにはいないはずのクレアの姿が見える。ボクはさっきまで何をしていたっけ?
 曖昧な記憶に手を伸ばそうと少しだけ目をつむる。しばらくしてまぶたの裏に甦ってきたのは、昔の思い出とそこで別れた友達の姿。そして――。
「……あ」
 ぽつりと言葉が地面に落ちる。思い出した。ボクのせいで、アンナは。ボクが、ボクが「変わり者」だったせいで、アンナが――。
「っ!」
 小さく体が震えるのがわかる。アブソルがずっと大声で何かを言っているせいか、二匹のゾロアーク以外はどこか心が現実から離れているようだったからか。誰もボクの変化には気付いていないようだった。
 気が付いて貰えなくて寂しいと思うと同時に、気づかれなくてよかったという思いがボクを支配する。結果としてアンナをああいう目に遭わせることになったボクが、誰かに心配される資格なんてない。
「ここに残ろうかな……」
 ふと、頭に浮かんだ言葉がフィルターにかかることなくそのまま口から零れた。この場所に残ったところでボクにできることはないだろう。でも、このまま皆についていって第二、第三のアンナを生み出してしまうよりはずっとマシだ。
「サリー、今なんて……?」
 偶然呟きを聞いてしまったのか、イツキさんの声が耳に飛び込んできた。振り向くと、やや青ざめた顔をしているのがわかる。どうして青ざめているかはわからないけど、勝手についてきたヒトが勝手に残ると言ったのだから聞きたい気持ちはわかる。
 自然と下がった視線を戻すに戻せないまま、ボクは呟いたものと同じ内容の言葉を口にした。

「――ボク、ここに残ろうと思う」



 しばらくは静寂が場を支配したものの、そんなものはすぐに崩れる。あっと言う間に丘の上は質問の嵐で大騒ぎになった。ボクはあのことを言わずにただ村には戻らず、またイツキさん達にもついていかない意思を示した。
 ……再び人間とポケモンが仲良く過ごせる世界を夢見て、まずはポケモン同士が仲良くなれることを目指したボクがあんなことを起こしたとは知られたくなかった。知られてしまったら、ボクはただ自分の夢に酔いしれて実際は逆のことをしている愚か者のように思われると思ったから。
 他の知らないヒトからなら慣れたも同然だったから耐えられる。でも、もし村のポケモンである皆やイツキさん達がそうしたら? ボクはただ「夢に夢を見ていただけのやつ」だと言われてしまったら?
 ……耐えられない。耐えられる、自信がない。それこそアンナのことでダメージを負った心に止めを刺すような行為だ。逆にそれで吹っ切れることができたのなら、どんなによかっただろう。ボクは、ボクが思っているよりも心が弱いポケモンだったみたいだ。
 誰が何を言っても変わることのないボクの考えに何か考えることがあったのか、リュックと必死に格闘していたアブソルが口を開く。
「だったらよ、サリー。オレのところに来ないか? ちょうどオレ、助手が欲しかったんだよ。ちゃんと元に戻ったかも調べたいし、オマエが気にしている何かとじっくり向き合ういい機会にもなる。どうだ?」
 突然すぎる提案と謎の一文にポカンとしていると、慌ててアブソル本人となぜかゼフィールさんではないゾロアークが自己紹介を始める。どうやらアブソルことクォーツさんはデュークさんの話に出てきた「災いの宝石」で、ゾロアークことジャックさんは「幻影に魅入られし者」だったらしい。
 探していたポケモンに一気に会えたことに驚いたけど、更に驚くべきことが彼らの口から告げられた。……どうも、ボクは知らない間に虫喰いになりかけていたらしい。クォーツさんは虫喰いの研究をしているとも言っていたから、恐らく虫喰いになりかけたボクを調べたいのだろう。
 まだ会ってから少ししか経っていないヒトのところに行くのは――、とためらいかけたけど、それはここに残ったところで変わらない。丘に残ったらジャックさんに迷惑をかけるだけだけど、クォーツさんについていけば少しは役に立てるし彼の言うようにアンナのことを受け入れ、先に進めるかもしれない。
 それに、本当にボクが元に戻っていなかったら、近いうちに皆を危険に晒してしまう可能性がある。ボクの答えは決まっているも同然だった。
「……わかりました。クォーツさんについていきます」
「サリー!?」
 ボクがそう答えるとは予想していなかったのか、イツキさんが「気になるのはわかるけど、もう光は消えているんだし……」と呟く。表情からもボクを引き留めたいというのがよくわかった。
 他の皆も他者多様な反応だったけれど、唯一浮いていたのはウェインくんだった。どこか迷うような仕草をしながらボクやクォーツさんを交互に眺めている。
「……どうしたの? ウェイン君」
 同じようにウェインくんのことが気になったらしいエミリオがそう尋ねると、彼はこちらに近づいてからゆっくりと口を開いた。

「ぼくも、ぼくもサリー姉ちゃんと一緒に行っちゃダメかな?」

 え? とボクの声に重なるように複数の声が広がる。ボクが同意するのはともかく、ウェインくんがついていくことを提案するのはさすがに予想外だったらしい。クォーツさんが眉をハの字にした。
「ウェイン、だっけ? 悪いがそれはオススメできないな。サリーほどの年齢なら大丈夫だが、オレがやっているやつは少し子どもには危険なことが多すぎる。しばらくしたら耐えらなくなって逃げ出すのが関の山だ」
 それを聞いてウェインくんはビクリと震え、やっぱり行かないとクォーツさんから目を逸らした。視界に僅かに映る目が細かく揺れているのを見て、彼なりの「危険なこと」を想像したのがわかる。
 ウェインくんみたいな子には危険な研究って、一体……。他には言えないような危ないことをしているのでは、という想像がよぎってやっぱり止めようかなという気持ちになる。ボクの心変わりを察したのか、慌ててクォーツさんが説明を始める。
「いや、別にティナがやっていたような怪しいことは何もしていないって! ただ、オレの研究対象は虫喰いだろ? データを取るためにバトルこともよくあって、そういう意味で危ないっていう意味だから!」
 それを聞いて、確かに虫喰い相手なら戦いなくしてデータを取ることは難しいだろうと納得する。反応がなさすぎてもはや空気となりつつあるツンベアーは非常に珍しいケースだと思う。
 ……というか、ボクの記憶では町に着いてからは一度もツンベアーを見ていないのだけれど。一体いつここに来たんだろう。ボク達の後をついてきていたのなら少しは記憶にあるはずだから、もしかするとクレアと一緒に来たのかな?
 そうそう、と言い忘れていたことを付け加えるように、クォーツさんはツンベアーの方を角でさし示す。
「コイツも虫喰いみたいだけど、オレが全く見たことのないケースだから一緒に連れていくからな」
 クォーツさんから飛び出す嵐のような提案の数々に、ボクはもちろんイツキさん達も驚きを隠せないようだった。とはいえツンベアーについてはある程度予想がついていたのか、ボクやウェインくんの時ほど驚きの度合いは大きくない。
「……俺達と一緒についてきても、そいつにとって大きな意味になる確率は少ない。だったらお前が連れていってくれた方が希望はある。問題はツンベアーがどうしたいかだがな」
 かなり考えるような仕草をした後、イツキさんはそう言った。そしてイツキさんはツンベアーの姿を探し、しばらくしてから姿を視界に捕らえる。ツンベアーは相も変わらず反応がない……ように見えたけど、小さくコクリと頷いた。そんな風にボクの目には映った。
 ボクとツンベアーがクォーツさんと一緒に行くことに決めたことで、イツキさん達は何を言っても変わらないというのを知ったのだろう。サリーがそうしたいなら、無茶はしないことだね、いつかこうした理由を話して欲しい……といった言葉をかけてくれた。
 ウェインくんもボクに対して言葉をかけてくれたものの、目の奥にはどこか迷いのようなものが見てとれる。やっぱりボク達についていきたいけど、クォーツさんの言葉があるから行くに行けない……といった感じなのかな。
 そんな彼を見てか、ゼフィールさんがそっとウェインくんに近づいてその頭に優しく手を乗せる。
「どういう心の変化があったかは尋ねません。もしイツキさん達と一緒に行くのを止めるのでしたら、ワタシ達と一緒にいるのはどうでしょう? カフェがああなったうえ、ティナさん達の手により町の方々にワタシの正体を知られた可能性があるので、基本この丘にいることになってしまいますが……」
 クォーツさんと同じように驚きの提案だったけど、ゼフィールさんの提案はウェインくんのことを一番に考えたものだった。……いや、決してクォーツさんが自分のことを一番に考えていると言っているつもりはないんだけど。ゼフィールさんの提案は優しさに満ち溢れている、って言いたかっただけで。
 ウェインくんは少しだけ迷う素振りを見せたものの、クォーツさんのところに行くよりはいいと判断したのだろうか。自分の頭に手を乗せたままのゼフィールさんの顔を見上げ、小さく頷いた。
「ウェイン……どうして」
 イツキさんはウェインくんがそうする理由がどうしても気になるのか、一度に何匹も離れるのを受け入れたくないのか。揺れる瞳をウェインくんへと向けていた。アランやディアナが止めようとするのを、エミリオが静かに止める。
 何で止めるのかとアラン達が聞こうとしたのを、エミリオが視線で答えに誘導したのが見えた。ボクもつられるように視線を移動させると、そこにはウェインくんの姿が。ウェインくんはじっとイツキさんの方を見て、ちゃんと自分の言葉で理由を伝えようとしているのがわかった。
「――ぼくは、ぼくは勝手についてきて、結果としてイツキさん達に迷惑をかけるきっかけを作っちゃった。だから、修行するの」
「そんなの、俺達は気にして……」
 イツキさんが言葉を続けようとするのを、今度こそアランとディアナが止める。
「ウェインの意思は強い。それはキミも彼の目を見て気が付いただろう? それとも、キミは心にモヤモヤを抱えたままの仲間を引き連れて自己満足するような、とんでもないやつだったのかい?」
「……言い方はアレだけど、わたしもアランの意見に大方賛成よ。今のウェイン、そしてサリーを連れていっても単なる自己満足にしかならない。覚悟を決めて、今は別れを告げるべきね」
 アラン達の言葉はボクからするとどっちもキツイ言い方に入りそうだったけど、ボクやウェインくんのことだけでなくちゃんとイツキさんのことも考えている。そう思えた。じゃなかったら、厳しさの中に優しさが隠れた眼差しなんて向けられない。
 イツキさんは「少し前にも決断したばかりなのに、もう次の決断があるのかよ……」と暗い眼差しで呟く。でも、それをずるずると引きずるようなことはしなかった。軽く頭を振ると、こくりと頷いてボク達との一時的な別れを決意する。
「それで、次はどこに行く――って。もう決まっているも同然だよな。その前にクォーツとジャックに聞きたいことがあるし」
 ……既に会っていたのに、まだ聞いていなかったんだ。会った時の状況が状況だったみたいだから聞けなかったのも納得だけど、何だかいい流れを絶たれたような、そんな微妙な感覚になった。

 続く

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