水色を取り戻せⅢ(伊月視点)

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読了時間目安:13分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 別れたのは少しだけ前のはずなのに、酷く懐かしい気がした。声が、足音がする方向へと目を向けると、そこにはだんだんと姿が大きくなってくるクレアとエミリオの姿が。すぐ後ろにはディアナとウェインの姿も見える。
 よくここがわかったな、と思いかけた時先ほどの会話の中でイリアが他の皆にも伝えてくれていたことを思い出した。あれはちゃんと伝わっていたのか。合図から来るまでの間はそれだけ距離があったということだろう。
 ディアナが遠くから俺達(主にアランだろうが)を見て無理をさせてはいけないと判断したのか、もうしばらく休んでいるようにと告げる。クレアがバチリと電気を放ち、エミリオもざっと戦闘態勢をとる。ウェインは俺達を守ろうとしているのか、ちょうど木々の間に立つ。
 ……ちょっと待て。クレア達は俺達がピンチなのを状況から察している。目の前にいる「何か」が原因だということもわかっている。じゃあ、あの中に目的であるサリーがいることは?
 今のあれでは中に誰がいるのか、そもそもいるのかどうかさえわからない。つまり、クレア達は化け物がサリーでもあることに気が付いていない! 慌てて木の影から半身を乗り出し、皆に向かって口を開く。
「ま、待ってくれ、皆! あれには――」
 サリーがいるんだ! そう言いかけた時には、既に始まっていた。最初はエミリオが放つ大量の水だった。暗い紫の塊に砕かれてもなお勢いを落とさない水が、化け物の体を一気に襲う!
 化け物の表面を滑った水が地面に落ちきる前に、激しい音を立ててクレアの電撃が襲い掛かる! 視界が白一色に染まるほどの激しい電撃のせいか、こちらまで痺れてくるような錯覚を覚える。声も何もないので効いているのかどうかわからないが、化け物はツルを激しくうねらせていた。
 お返しとばかりに化け物がブンとツルから放った小さめの塊を、ディアナが鋼鉄と化した尻尾で叩き消す。エネルギーのぶつかりあいで大きさに見合った爆発が起こるが、ディアナはそれを気にせずツルの一本に攻撃を叩き込んだ!
 場所が場所だけに現実味がないことと、エミリオ達の流れるような息の合った攻撃に、一瞬何かのショーを見ているかのような気分になる。そのせいでついエミリオ達を応援したくなったが、このままでは大変なことになるのを俺は知っている。
 クレアが体から電気を出し始めたのを見て、攻撃が再び始まろうとしていることを察する。今はまだサリー自身に攻撃の影響はないと思うが、違う方での影響は間違いなく出始めるだろう。
 クレアの目つきがひと際鋭くなり、電気もまるで彼女を守るバリアのように広がっていく。攻撃開始までもう時間がないことを悟り、バチバチという音にかき消されないよう大声を絞り出した。

「クレア、それに皆! あの化け物を攻撃しちゃいけない! いや、攻撃した方がいいとは思うけど中心は控えてくれ。中にサリーがいる!!」

 サリーがいる、という言葉に反応してか一旦クレアの電気が勢いを落とす。クレア達の隙を狙っているらしい化け物がその瞬間を見落とすわけがなく、ツルの一本を素早く振り下ろしてくる!
「くっ、でも本体を攻撃しないとアタシ達がやられちまう! それに、化け物をどうにかしないとサリーも何とかならないだろう!?」
 クレアは電気を一点に集中させ、それこそバリアのようにすることで攻撃を防ぐ。……俺も、俺が言ったことでは何の解決にはならないことを知っている。むしろ事態を悪化させかけない提案だ。
 だが、だがそれ以外に一体どうやれと言うんだ!? 化け物を攻撃し続けたらサリーがやられる。かといってツルだけを攻撃していても相手には大したダメージにならず、いつかクレア達がやられてしまう!

『……中心の一点だけを攻撃して、空いた穴からサリーを助ければそれで済むのではないだろうか?』

 どう考えても化け物を攻撃してはいけない、で落ち着いてしまう自分の思考回路に苛立ちを覚えていると、どこか呆れたようなアスタの声が脳内に響く。なるべく口出しはしないつもりだったが、俺の様子を見て言わずにはいられなかった……といったところか。
 つい先ほど頼りすぎるのはよくないと考えたばかりなのに、早速これでは色々と心配だな……って、暗くなっている場合じゃない。アスタが言うようにすれば最悪のケースは回避できる。
 攻撃方法を考えるのは後回しだ。作戦を成功させるには、まず皆の協力が必要不可欠。俺は声をかけると、手早くアスタが言ったことを伝えた。皆はそれを聞いて、なぜ今まで気が付かなかったのだろうと目を丸くしている。
 ちょっと考えてみればすぐにわかりそうなのに、アスタに言われるまで皆が皆気付いていなかった。俺達が無意識のうちに焦っていたから……というのもあるかもしれないが、空間の影響も少なからずあるのだろう。
 次がないことを祈るが、もし次があるのなら何かしら対策をしていた方がいいかもしれない。クォーツにもしっかり話さなければ、と心のメモをとってから現実に意識を集中させると、誰が攻撃を担当して誰がサリーを助けるのか、という話に入りかけていた。
 ディアナは状況を分析して誰が最適かを考えると言い出し、クレアは電撃で穴を開けて自分が助けると言い放つ。アランとウェインはサポートに回るといい、エミリオはどちらに行こうか迷っている。今のままだと話し合いは平行線を辿りそうだ。
 ふと、俺達がこんなにも無防備に近い状態だというのに化け物からの攻撃が全くないことに気が付く。そちらに視線を移してみると、全てのツルが中心にぐるりと巻き付き繭のようになっている。まるで、何かの羽化を待っているように。

 ――羽化?

「っ! サリー!!」
 思考の書き換えという見えない糸に絡み取られたままの皆は、一見頼もしそうに見えて頼れない。俺も糸に絡まったままだが他よりは動けるはずだ! 木の陰から完全に出ると、手足に可能な限りの力を込めて走り出す。後ろから制止の声が飛んでくるが、構っている時間がもったいない!
 もはや攻撃する必要はないと判断したのか、化け物の正面に躍り出てもツルはピクリとも動かなかった。ありったけの力を込めてムーンフォースを放っても、表面上の変化は見られない。
 そもそも物理攻撃は聞くのだろうか。いや、相手が地面に穴を開けたり叩いたりしてこようとしてきたのだから、効くはずだ。クレアの電気で防げるのだから、実体はあるはず。エスパーなんだから不可視の力で攻撃しろよ、というツッコミはもうしない。むしろ、今更されたら何もできなくなってしまう。
 化け物改め繭は衝撃に強いらしい。ならば、他の手を試すだけだ。炎の渦や鬼火……は繭がどうにかなる前にこちらがどうにかなってしまうので却下。技ではない物理で解決しようにも繭の厚さがわからないのと、与えられるのは衝撃なため耐える可能性がある。却下。
 アニメや漫画のように敵をスパスパ切れたらカッコいいが、今の俺が使えるのはリーフィアらしくないやつだけだし……。考えれば考えるほど、思考の糸に絡め捕られていくのがわかる。こうなったら一か八か、「多分こういう技だったはず」というイメージでそれらしい技をぶつけるしかない!

「リーフ、ブレード!!」

 ムーンフォースを地面にぶつけ、その爆発で宙を舞いながら尻尾が剣になったイメージをしてそのまま眉に叩きつける! 叩きつける状態を間違えたらただ尻尾を叩きつけるだけだが、ちょうどよく平べったい……刃となる方を振り下ろすことに成功した。
「いっ!?」
 尻尾から伝わるのは、氷のような冷たさ。まるで巨大な氷を切りながら進む感じで、早くも尻尾の感覚が消えつつある。俺は今まで繭はエスパーの力だけで作られていると考えていたが……、実際は氷の力も入っているのかもしれない。攻撃は一切加えられていないというのに体に力が入らなくなっているのが何よりの証拠だ。
 あまりの冷たさに攻撃を止めてしまおうか。そんな考えが頭をよぎる。草タイプに氷は厳禁。このまま進めたら尻尾は無事じゃないかもしれない――。

「――んなことで、諦められるかぁぁ!!」

 思考の糸すらも断ち切るようにそう叫ぶと、体の底から無理やり力を絞り出して刃を進める。尻尾の感覚は完全に消え、もはや進んでいるのかどうかもわかったものじゃない。だが、ここで諦めたら本当に終わってしまう!
 冷たさが血液に乗ったのか、全身が寒い。これだとサリーを助けると同時に俺は終わるかもしれないな。サリーを虫喰いの手から守れるのなら、それはそれで悪くないかもしれないが……。
 寒さで鈍った頭で少しおめでたいとも取れることを考えていると、

「……やれやれ、僕達はそんなに頼りなく見えるのかい?」

 近くでアランの声がして、顔を動かすと彼は緑の光を帯びた尻尾……リーフブレードを叩きつけているのがわかった。その横にはディアナがアイアンテールを叩きつけているのが見える。
 二匹とも何だかぼんやりとした光に包まれていて、いつもより力に溢れているようにも見えた。なぜだろうと考えてみて、一つの結論に辿り着く。同時に、体の底から力が溢れてきていることに気が付いた。
 これは、ウェイン、クレア、エミリオがしてくれた手助けだ! 技の威力が強まった状態なら、きっと行ける! 感覚が消えたはずの尻尾がどんどんと繭を切っていくのがわかり、同じタイミングでどこからかピキピキとガラスが割れるような音が響く。
 もう少しでいける! と更に尻尾に力を込めた時、ガラスが砕けたかのような音と共に繭が消え、繭が壊れた衝撃か技の衝撃でサリーの体が転がっていくのが見えた。俺は崩れたバランスを尻尾で取りながら、必死に手を伸ばす。

「戻ってこい、サリー!!」

 伸ばした手がサリーに触れかけた時、ガラガラと何かが崩れる音が聞こえた。それから目の前の景色がまるでパズルのピースのように――。

*****

「――い! おい、オマエら大丈夫か!?」
 突然、ガンガンと鼓膜が揺さぶられた。頭がキーンとなるような大声に、思わず頭がクラクラとしてくる。今の声は森にいたやつらのものじゃない。森に入る前、俺達を機械で送ってくれたポケモン――クォーツのものだ。俺達は、戻って来れたんだ。
 慌ててサリーの姿を探すと、少し離れたところにサリーがいた。目からはもう薄紫色の光は漏れていない。俺達、ちゃんとサリーの心を戻せたんだ……!
 ふと、森に入る前はあったはずの感覚……装置を被っている感覚がないことに気が付く。サリーや彼女以外のメンバーに目を向けても、誰も装置を被ってはいなかった。
「機械で意識を送ってからしばらくは何もなかったんだけどよ……。しばらくしたらあっちは呻くわ、こっちは疲れたように呼吸が荒くなるわ、最後は機械が壊れるわで心配だったんだぞ!?
何度も何度も様子を見に行きたい衝動に駆られたのを、機械を操作するのが大事だからと言い聞かせるのに必死だったんだからな!? もう機械が壊れたから、こうして装置を回収してオマエらに話しかけているんだがな!」
 ……なるほど、装置がないのはそういうことだったのか。機械が壊れる前に戻せて、本当によかった。
 その後もクォーツが何かわめいていたが、安堵ですっかり緩んだ俺の脳には内容が一切固定されず右から左へと通りすぎていく。他の皆も安心でいるのかクォーツに何か話しかけることはなく、しばらくはクォーツの大声が丘に響き渡っていた。
「……兄さん、今のうちに家に入らない?」
「ジャック、うるさいからといってこの場から逃げ出すのはよくないと思いますよ」
 ゼフィールとジャックの会話をぼうっと聞いていた時、久しく聞いていなかった声が耳元を通り過ぎる。その意味を脳がようやく理解した時、俺の頭から一気にぼんやりとしたものが追い出された。
「サリー、今なんて……?」
 口元がわなわなと震えるのを感じながら、サリーに問いかける。サリーはくるりとこちらを振り向くと、少しためらうように視線を下げた。

「――ボク、ここに残ろうと思う」

 サリーが紡いだその言葉は、小さくとも俺の耳にはしっかりと入っていた。そして皆の耳にも入っていたのだろう。一気に耳が痛いほどの静寂がこの場を支配した。
 俺は、俺達はすぐには反応できず、ただただサリーを見ることしかできなかった。

 続く

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