水色を取り戻せⅡ(伊月視点)

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 俺の考え事がいつもより多いのは、アスタ達とこの空間が原因? 意味がよくわからず、小さく首を傾げる。後者は俺達を妨害して目的を果たそうとしているから、と何となく想像がつくが、前者は全く想像できない。
『君の考え事が多いのはどちらかといえば普通に近いが、それでも誰かに呼ばれたり何かがあったりすればすぐに気づける程度のものだった。これは現実と架空のバランスのつり合いがきちんと取れていたからだろう』
 地味に俺はしょっちゅう色々と考えていると言われた気がするが、この世界は考えることが多いのだからそれも仕方がないのだと思う。……思うことにする。注目すべきは現実と架空のバランスとやらだろう。
『現実と架空のバランス……。これは私達が勝手に言っているものなのだが、現実は文字通り現実に対する意識の大きさのこと。架空は脳内……つまり考え事やイメージに対する意識の大きさのことだ。この意識には無意識も含まれる。私達との会話は架空の方に分類されるだろう』
 確かにアスタ達は俺にとり憑いているから実体がなく、脳内でやりとりしている。架空とは少し意味が違う気がするが、やっていることだけに注目すれば間違いなく架空に入るのだろう。
『君だけだった時や私が加わった時はまだ、このバランスが取れていた。だがエリスやイリアまでもが私と同じ状況になっていたことがわかり、天秤が一気に架空へと傾いた。……彼女達が悪いわけではないから、そこはわかって欲しい』
 今の話を聞いてエリス達が悪いだなんて考えるわけがない。むしろ頼もしい――かどうかはまだわからないが――仲間が増えたという思いだ。
『そう言ってくれると嬉しいわね。現に私はこうして話している間にも、こっそりイツキの体を動かして迫りくる攻撃を逸らしているのだから、もっと言ってくれてもいいのよ?』
『わ、ワタシだってちゃんと役に立ったんだからね!? エリスと少しだけ代わって上空に放ったムーンフォースをサイコキネシスで凝縮してから爆破させて、ちゃんとクレア達が気付くようにしたんだから!』
 今こうして話している間にも現実ではどうなっているかと思っていたりいなかったりしていたが、そんなことになっていたのか。言われてみれば、本来無防備であるはずの体が勝手に動いている感覚がある。
 かつてのアスタの言葉からてっきりエリス達は会話か力を貸す以外何もできないと思っていたが、とり憑いた者の体を動かすこともできるのか……。テレビや小説、漫画ではそういうやつがよくあったが、本当にできるんだな。
『……彼女達に代わって感謝を述べる前に言われてしまったが、続けよう。君はあまり意識していなかったかもしれないが、無意識下では彼女達のことも気にしていたのだろう。バランスが崩れた原因はそれにもある。とはいえ、気にするなというのもアレだからこれもあれこれ言うことではないだろう』
 アスタ達からしても、俺が全く気にしないで空気のような扱いをされるというのは辛いだろうからな……。気にしすぎもよくないから、ちょうどいいポイントを見つけるのを頑張るとするか。
『私達についてはそういう方向で考えてくれると嬉しいよ。もっとも、私達も君にばかり任せるのではなく、必要な時以外は出てこないようにするなどの努力はするつもりだが』
 アスタ達も何かとしてくれるのなら助かる。必要な時以外は話せない可能性があるのは少し寂しい気もするが、あまりにも頼りすぎるのもアレだしな。そのくらいでちょうどいいのかもしれない。

『――確かに、それも原因ではあるんだけどね。本当のことを言うと』

『さて、次の原因について話そうか』
 ……今、明らかにイリアが何かを言おうとしていたが、それをアスタが遮ったように思えた。イリアにもう一度言って貰うことも考えたが、アスタの声には聞いてはいけないと思わせるような力が入っていた。
 それに、俺が言いたいことはわざわざ口に出さなくても、こうして考えているだけで相手に勝手に伝わってしまう。だというのに誰も何も言おうとしないというのは、今は――もしかするとずっと――触れない方がいいのかもしれない。
『次の原因――この空間についてだが、これは大方君が考えた通りだ。君が彼女を助けられないよう、思考回路を一時的に変えているのだろう』
 やっぱりそうだったか。だが、俺だけを狙った理由がわからない。狙うのだったら俺以外にもっとそうするべき相手がいたはずだ。例えばディアナとか、クレアとかな。
『いや、変えられたのは君だけじゃない。考えてみるといい。普通、仮に手分けをする必要があったとしても、あんな状況でグループわけやどっちに行くかをのんびりと決めるだろうか。わざわざ他のグループが行ったのを見届けてから行くだろうか?』
 アスタの声にハッとなり、改めて当時のことを思い出してみる。当時はあまり気にしていなかったが、確かにグループをわける時も別れる時も、サリーが陥っている状況を考えればゆっくりすぎる。
 アランも俺に色々と言っていたから普通だと思っていたが、俺と一緒にクレア達やディアナ達が行くのを見届ける必要はない。普段のアランだったら「キミは何をずっと見届けているんだい? グループはしっかりとわけたはずなのに、いつの間に留守番というグループに入ったのかな?」くらいは言いそうだ。
 もしかすると、サリーも案外近くにいたのにこれらが原因でなかなか見つけられなかったのかもしれない。さすがはこの空間を生み出しただけあって、全ては虫喰い……の原因の思いのままということか。
『果たして、本当に全てがそいつの思いのままなのだろうか。仮に君の言う通りだとしたら、君達はどうしてここに来ることができた? もし全てがそうだとしたら、そもそも来ることすらできなかっただろう』
 ……あ、そうか。アスタの言う通りだ。全てを全て、本当に思い通りにできる存在はそうそういない――と俺は思っている。多くいたら逆にどうやっているのか聞いてみたいレベルだ。
 いくらあっちが有利だったとしても、こっちが全て不利というわけじゃない! 暗雲が立ち込めていたような現状に、すっと一筋の光が入り込んだかのような感覚だ。まだサリーは虫喰いになっていない。それなら希望はある。こっちが諦めなければ、必ず勝機は巡ってくる!
 その時、パリンという音と共に苦しげなエリスの声が脳内に響き渡った。

『くっ、もう力が使えない……! 今はイリアがどうにかしてくれているけど、そろそろイツキに体の主導権を戻さないと危ないかもしれないわ!』

 エリスの言葉に、もう悠長に話している余裕はないことを知る。いや、悠長にしている余裕は最初からなかったが、それをエリス達はどうにかしてくれていたんだ。彼女達の苦労に報いるためにも、後は俺がなんとかしなければ!
 エリスと入れ替わるようにイリアの短い悲鳴が脳内に響き、同時に意識が現実に引き戻される。体が自由に動くのを確認するよりも前に、俺の視界には先ほどよりも遥かに大きな塊が迫ってくるのが見えた。
「うおっ!?」
 右や左に避けても意味がない大きさに、一か八か尻尾を地面に叩きつけてその力で避けようかという考えがよぎる。だが、俺の尻尾はバネブーのようにはなっていない。尻尾が痛くなるだけなのはすぐに想像することができた。
 ならば、どうすればいいのか。考えている間にも塊はぐんぐんと近づいていき、時間がないことを告げている。サイコキネシスで逃げようにもエリスが力を使えなくなったばかりなので不可能だ。
 もう炎の渦をコントロールして壁のようにするしか手はないのか、と覚悟を決めようとした時。

『ちょ、ちょっと! 直前まで頑張っていたワタシの存在を忘れないで!! 力なら貸してあげるから!』

 若干、いやかなり焦った様子のイリアの声が響き、ムーンフォースのものであろう技のイメージが頭の中に浮かぶ。焦っているからかやや浮かんでくる絵が粗いが、大まかなものがわかれば十分だろう。
 ピンチをチャンスに変える方法はわかった。問題はこの技をどのように使うかだ。ムーンフォースをぶつけて中間で爆発させれば何とか、と思ったが目視できる距離だともろに影響を受けてしまう。勢いよく吹き飛んで木にぶつかるか、地面とお友達になるのが関の山だろう。
 ぶつけるのがダメなのだろうか。いや、そんなはずはない。攻撃技を放っておいてどこにもぶつけないなんて選択肢はない。ぶつける場所の問題だ。塊にぶつけるとダメなら、地面にぶつけるのはどうだろうか。
 どこにぶつけたところで、技の力で吹き飛ぶことに変わりはない。ならば、地面にぶつけて空中に逃げた方がいい。
 考えがまとまってからの行動は、俺自身が驚くほどとても早かった。一定の大きさのムーンフォースをすぐに作ると足元にぶつけ、エネルギーが爆発する力を利用して塊を回避。落下のダメージを防ぐために受け身を取ると、無事だった木の後ろに避難。
 その直後に、塊が地面に当たるなどして爆発したのだろう。決して小さくはない音と共に吹き抜けた風で枝が大きく揺れた。
 俺が避難した木の近くに、疲れ切った様子のアランがいるのが見えた。恐らく今まで技を連発するか逃げるかしていたのだろう。俺を見て「あれだけ大暴れしておいて、キミは元気なものだね……」と遠くの地面に視線と落とす。
「……うわ」
 つられて視線を移すと、視界に飛び込んできたのは一体どんなバトルがあったんだ、と聞きたくなるほど変形した地面だった。あれをエリス、イリアがやったのだとするとすごすぎる。アランが大暴れと言うのも納得だ。
 ……これだけの変化があったのなら、サリーを取り巻くあれにも何かしらの影響があったんじゃないのか? わずかな期待を込め、モヤがある場所を探す。いつの間にかモヤはあれだけになっていたから、見つけるのにそう時間はかからなかった。

「嘘……だろ?」

 ガラガラと期待が崩れる音が聞こえた気がした。俺の目に映ったもの。それは記憶にあるよりもずっと色が濃くなったモヤがサリーを中心にモンジャラのツルのようになり、まるで生き物のようにうねっている光景だった。サリーの姿は、もはや色の濃すぎるモヤで見ることができない。
 こんなにも変わっているのにどうして。そう疑問を抱きかけて、やっと気が付いた。エリス達は攻撃から逃げるのに力を使い果たし、モヤを攻撃することはできなかったのだと。アランの「大暴れ」は「派手に逃げ回っていた」という意味だったのだろう。
 モヤは引き抜かれたエスパーの力を現している。エスパーが物理的に攻撃してどうする? そんなどうでもいい疑問が浮かんだが、エスパー技でも物理に入るものはある。気にするだけ時間の無駄だろう。今気にしなければいけないのは、モヤ――いや、もうあれはモヤではない――化け物を倒す方法だ。
 ムーンフォースで攻撃するにしても、果たして火力が足りるかどうか。炎の渦はやはり心配で使う覚悟ができない。……凍てつく洞窟の時は少し迷ったとはいえ、ちゃんと使えたというのに。この空間の影響があるかもしれないとはいえ、情けない話だ。
 目に見える光景とアランの言葉を考えると、俺の体にはあまり力が残っていない可能性がある。今は自覚がなくてもいざという時に影響がないとは言い切れない。
 アランと力を合わせて攻撃する――のも、少し難しいかもしれない。視線を移すと目に飛び込んでくるのは、かなり疲れている様子のアラン。よく観察してみると、呼吸もやや乱れているのがわかった。……仮に協力して貰っても、無駄にエネルギーを消費させるだけで終わる可能性がある。
 だとしたら、一体何が残る? 俺はダメかもしれない、アランもダメかもしれない。そうなると、残るのは――。
 目の前の状況に気をとられ、すっかり記憶の向こうに忘れかけていた存在について思い出した時。遠くから声が聞こえてきた。

「イツキ、アラン! まだ諦めるんじゃないよ!!」

 続く

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