水色を連れ戻せⅠ(伊月視点)

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読了時間目安:12分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 サリーの心を連れ戻すために不思議な森の中に入った俺達は、入る前に聞こえた声を頼りに木々の間を進んでいた。サリーの心がある場所だからだろうか。白くて時々水色に光る木に薄紫のモヤがかかっている光景はどこか現実味がなく、夢の中にいるかのような感覚を覚える。
 木はサリーのタイプである氷を、モヤは俺から引き抜かれたサイコキネシスを現しているのか? それだったらモヤを消せばいいように思えるものの、実際はそんなことをしても状況は変わらないのだろう。
『ええ、あくまでもこの森はサリーの心を閉じ込め、彼女を虫喰いとするための舞台にすぎない。飾りを取り払ったところで、舞台は勝手に進んでいくわ』
 頭の中でアスタのものではない声が響く。アスタと同じように俺にとり憑いている元エーフィ、エリスのものだ。他にも色違いのニンフィアだったイリアもとり憑いているようだが、今は休んでいるのか声は聞こえない。
 ……それにしても、惑わしの丘でどうして俺からエスパー技が引き抜かれたのか、という話になった途端知らない声がした時はかなり驚いた。咄嗟の判断で一瞬口を塞がなかったら間違いなく声を上げていただろう。
『文句は説明していなかったアスタに言って頂戴。とはいっても、アスタも私やイリアが自分と同じような状態になったことを知らなかったみたいだけどね』
 説明できるヒトが知らなかったんじゃ、誰も説明できないと思うんだが……というのは一旦置いておこう。それを巡ってエリスを言い合っていても何も進まないし時間がもったいない。
 この話題で重要なのは、今の俺には「アスタ」「エリス」「イリア」という、村にいた三匹のポケモンがとり憑いているということ。エリスとイリアがデータが何だかと言っていた気もするが、現実の状況が状況だったからかあまり記憶に残っていない。
 それで、それが原因となってか俺は「炎の渦」「鬼火」「サイコキネシス」「ムーンフォース」が使えるようになっている。炎の渦以外は使った試しがないが、きっと使うときになったらアスタ達が使い方を教えてくれるのだと……思いたい。
 一番の問題はそのサイコキネシス……正確にはエスパーの力がサリーに移され、その力に耐えられなかったのかサリーは暴走。虫喰いになりかけているということだ。虫喰いが現れる理由などは謎らしいから、恐らくこうなるとは誰も思っていなかっただろう。
 手遅れになる前に一刻も早くサリーの心を連れ戻す必要があるのだが、一筋縄ではいかないと俺の中の何かが告げていた。エリスが言うようにここが舞台であるのなら、乱入者は排除されることになる。
 今はこれ以上話に時間を割く必要はないと判断したのか、少し前からエリスの声が聞こえない。俺は意識を一気に現実へと戻し、木々やモヤの向こうにサリーがいないかどうかを確かめる。

「固まって捜していたんじゃ時間がかかるだけだ! ここは複数のグループにわかれて行くよ!」

 俺達が思っているよりもこの森が広く、捜すのに時間がかかった場合を想定したのだろうか。先頭を走っていたクレアが一旦立ち止まった。慌てて俺達も止まると、アイコンタクトや言葉を交わしてどうわかれるかを決める。
 その結果、俺とアラン、エミリオとクレア、ディアナとウェインのグループにわかれることになった。数が偏るでもなくバラバラすぎでもない。ちょうどいい感じにわかれたと言えるだろう。
「僕達はこっちを捜すよ」
「アタシ達が速攻で見つけて、アンタ達に知らせるから!」
 エミリオが左の方向を尻尾で指さす。クレアが見つけたらこれで教える、と電気を上空に放つとエミリオ達は木々の隙間に消えていった。
「なら、わたし達はあっちね。サリーが行きそうな方向をこれまでの経験から分析すると、こっちに行った可能性が高いから」
「ぼくも、皆の役に立ちたい! サリー姉ちゃんを助けるんだ!!」
 ディアナが一つ瞬きをしてからエミリオ達が行った方向とは逆の方……、つまり右の方向に視線を向ける。ウェインは震える体を誤魔化すように体を大きく揺すると、それに負けないくらい大きな声を出す。
 そんなウェインが心配になったのか、ディアナは一瞬視線をウェインの方に向ける。だがウェインの目が恐怖よりも、「サリーを助けたい」という思いに満ちていたのだろうか。何も言わずにウェインと共に木々の先へと消えていった。
 四匹がいなくなった場所で、アランが自らの正面をすっと見つめる。
「僕達は真ん中の道か。早く行ってさっさとサリーを見つけ出そう。……木と間違ってサリーを見逃した、なんて話が生まれないことを祈るよ」
「誰がそんなミスするか!」
 こちらをバカにしたような声音に思わずそう叫ぶ。……とはいえ、冷静な時ならいざ知らず、少なからず焦りの気持ちが混ざっている今ならあり得そうなミスに少しだけ体温が下がる。
 ……アランはこのことを考えて、あえて言ったのだろうか。そうだとしたらお礼の言葉の一つくらい言った方がいいか、と口を開きかけた時。
「僕に何かを言う時間があるのなら、その時間をサリーの捜索に使ったらどうだい? それとも、キミの頭はこの森よりもスカスカなのかな。だとしたら納得するよ」
 前言撤回。こいつにはお礼を言わなくてもいい……と言いたいが、アランの言葉も一理ある。というよりももっともな話だ。今こうして俺が考えている間にも、サリーにはどんどんと虫喰いの影が迫っている。
 口元まで出かけたお礼と文句の言葉を飲み込むと、俺とアランは真ん中の方向へと駆けだした。

*****

 走っても走っても、見えるのは白い木と薄紫のモヤばかり。あっと思う時はあっても、それは水色に光った木だった、ということが何度も続いた。アランも俺と似たような状態なのか、横から見える顔からは疲れが見てとれる。
 もしかしたら、こっちにはいないんじゃないのか。他の方に行ったのではないか。そんな考えが何度も頭をよぎるが、クレア達が見つけた場合放たれるはずの電気は一向に見えない。ディアナ達は見つけたらどうするのか聞いていないが、とりあえず合図らしきものは見えない。
 合図といえば俺達が見つけた場合もどうするのか言っていないのだが……、炎の渦や鬼火を出しても大丈夫なのだろうか。現実とは違うといっても、何か影響があったら連れ戻す以前の問題になりそうな気がする。
『……炎の渦や鬼火ではなく、ムーンフォースを使うというのはどうだろうか。それならわかりすいし、君が懸念するようなことは起こらないだろうからね』
 可能なのかどうかは別として、いざとなったは花火みたいに……と考えていた時、どこか呆れた感じの声が脳内に響く。……確かに、それなら安心だな。気付いて貰えるか不安だったらサイコキネシスで手を加えればいいだろうし。ありがとう、アスタ。
 今使える技にしか注目していなかった事実に少し恥ずかしくなるが、発想が変な方向に進む前に気が付いたのだからよしとしよう。恐らく俺だけだったら第一目標を置いてそれだけに集中し、結果としてアランに嗤われていたと思うからな。
 問題はちゃんとエリスやイリアが使い方を教えてくれるかどうかだが、これについては少し前に考えたように彼女達を信じるしかないだろう。疑ってばかりでは得られるものも得られない。
 再び意識を現実に切り替えた時、アランが小さな声で俺の名前を連呼していることに気がついた。視線をアランの方へと向けると、「やっと反応したのか。キミの耳は飾り物なのかと心配になったよ」と小声で嗤われつつある方向を見るように言われる。
 ……何かを見つけたのなら、直接見つけたものを言えば済む話なのに。どうしてわざわざ見るように言うんだ? 集中していたら気が付けないほどの声で俺を呼ぶのも理由がわからない。
 まあ、アランが見せたいものを見ればどちらの理由についてもわかるのだろう。舌の上に乗りかけた文句をかみ砕くと、また何かを言われる前に素早くアランが示した方向に顔を向ける。
 最初に見えたのは、見慣れたを通り越して見飽きてきた色の木。そして一か所に固まるようにして漂うモヤ。何だ、何もないじゃないかとアランに言いかけ、気が付いた。モヤの中に、誰かいる。
 モヤの向こうに隠れている、とかモヤのせいで少し見にくい、というレベルじゃない。まるでモヤが意思を持ったかのようにその誰かを隠している。そうとしか思えないような状態だった。
 モヤが意図的に誰かを隠している。そう思えば、向こうに見えるモヤは周囲にあるモヤと比べるとやや暗い色合いをしているように見える。色のせいで誰がモヤの中にいるか断言することはできなかった。
 だが、時折見える特徴的な飾り(のようなもの)や尻尾の形を考えると――、

「――サリー、なのか?」

 ぽつりと口の端から零れた言葉に、視界の端でアランが頷くのがわかる。アランはこれを見て俺のことを呼んだのだろう。とはいえ、まだ納得しないことがある。サリーがあそこにいるとわかったのなら、なぜ彼女を助ける前に俺を呼ぶ?
 いや、置いてけぼりにされると困るから呼んでくれたのは助かったが、呼ぶのならアランがサリーを連れてきてからでもいいはず。仮に協力者が必要だったとしても、小声で呼ぶ意味はない。
 考えても答えが出ないのであれば、もうアランに直接聞いてしまおうか。そうとも考えたが、アランにその時間があるのなら別のことに時間を使った方がいい、というようなことを言われたのを思い出し先にサリーを連れ戻すことにする。
 横目でアランを見ると、じっとサリーの方に視線をやるだけで動こうとはしない。これでは協力を頼んでもいい反応はないだろう。あっちが動こうとしないのなら、こっちだけでも動くだけだ。
 最初は一筋縄じゃいかないと思っていたが、サリーの邪魔をするのはただのモヤ。エリスの言葉を借りるのなら、舞台の飾りだ。そんな舞台の飾りを恐れ、何もしない理由はどこにもない!
 ぐっと後ろ足に力を込めると、サリーがいるモヤめがけて一直線に走りぬく! そしてサリーの首の後ろをくわえて行こうとして――、

「うおっ!?」

 バチン、という音と共に勢いよくはじき出された。驚きから受け身を取っていなかったせいで体のあちこちが痛い。どういうことだと視線を移すと、モヤがこちらを警戒するかのようにゆらゆらとしているのがわかった。
「あれは……一体」
 もしかして、あのモヤこそがサリーを虫喰いにしようとしている何かなのか? だとしたら、俺が挑もうとしたのは舞台の飾りではなく役者! あれをどうにかしない限り、サリーを連れ戻すことができない!
 焦る俺の背後で、溜め息が一つ弾ける。音がした方に顔を向けると、そこには悪い目つきを更に悪くしたアランの姿が。
「……イツキ。キミって本当にあの時まで考え事の世界にいたんだね? 僕もちょうど今のキミのようになったから、ああしてチャンスを窺っていたというのに。攻撃を加えてくる可能性もあったから、会話も小声にしてさ。それをキミってやつは……」
 いつにも増してアランの言葉がグサグサと突き刺さる。暗に、いや明確に俺が悪いと言われている。どうして俺はあんなにも集中していたんだ? 確かに合図は大事だが、周りが見えなくなるほど集中することでもないはず……。

「イツキ、前を見ろ!」

 アランの叫び声にハッと前を見ると、モヤが固まってまるでポケモンの技のようにこちらに飛んでくるのが見えた。慌てて横にかわしてから、また考えすぎていて周りが見えなくなっていることに気が付く。
「全く、キミはここに入ってから考え事が多すぎる。一体どうしたというんだい?」
 アランに集中力が足りないと言われつつ、近くの木の陰に隠れる。それは俺自身が聞きたいことなので首を横に振っていると、脳内にアスタの声が響いた。

『……それは、私達とこの空間が原因かもしれない』

 続く

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