焔の町を目指して(アラン視点)

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読了時間目安:14分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 不思議な森で何とかサリーを助け出したのはいいものの、サリーとウェインが旅から外れると言い出した。何でサリーがここに残ると言い出したかはわからない。長いこと村で一緒に暮らしているとは言っても、しょせんは他人同士。ある程度の想像ができても、それが正しいかどうかなんてわかるはずがない。
 ウェインについても同様だ。「勝手についてきて、結果としてイツキ達に迷惑をかけるきっかけを作った」という発言を考えると、責任を覚えたとも取れるけど単にこのまま僕達と進むのが怖くなったと考えることもできる。
 ……いや、彼の場合は責任を覚えたのと足手まといになりたくない、という思いからの行動かな。どちらにしても、二匹の考えに僕は突っ込むべきではない。自分中心の優しさは、時に相手の道を歪ませかねないだろう。イツキはそれをわかっていないのかわざとなのか、どちらも引き留めようとしていたけど。
 それから色々あって、今後僕達が行動しやすくなるよう腕輪を作って貰った。正確には僕達も手伝ったことは手伝ったけど、やったのはせいぜい材料集めとどういうデザインがいいか教えるくらいだ。僕達にアクセサリーを作れるほどの技術と知識はない。
 皆で腕輪を眺めていると、災いの宝石ことアブソルのクォーツさんが入ってきて次の目的地である焔の町はいくつかの町を経由しないといけないほど遠いことが判明した。距離が距離だけに、僕達がいくらカモフラージュしても歩く以外方法はないだろう。
 イツキが元人間だからかここでは通用しないことを言いかけ、それに気が付いたのか途中で言葉を止めた。段々この世界に慣れていっているのだろう。エミリオが小声で常識を教えているのを聞きながら、口を開く。

「とにかく、これで僕達が今すぐやるべきことがわかった。すぐに行こうか」



 出発してから小さな村や町を超え、結構な距離を歩いてきた。そこで僕達は、腕輪の効果によって「普通」になった僕達に対し、いつもとは態度が正反対になったポケモン達の姿を見てきた。
 皆が皆、歩いて焔の町に向かうことを伝えると「大変だね」や今夜休むところは考えているのか「もしよかったらうちに……」とか。買い物をする時も何の問題もなく進み、逆にオススメの商品を買いそうになってしまった。
 さすがにそこの近くまで一緒に行ってくれる、というポケモンはいなかったものの、見た目が変わるだけでこれほどまでに態度を変えるのか、と僕は陰で嗤った。宵闇の町での反応がまるで悪夢の中の出来事だったみたいだ、とイツキが好意から貰った木の実を眺め、謎の感動を覚えている。
 その光景に、僕は何だか酷い苛立ちを覚えた。
「ハッ、これは感動を覚えるべきイベントなのかい? 悪いのはここに蔓延る『常識』じゃないのか?」
 そう告げたら、彼はハッとした表情で感動の象徴を潰した。傍から見たら奇行だろうけど、イツキからすればここの「常識」に染まらないための行動だ。それがわかっていたから、僕達だけはその行動に対して変な目を向けることはなかった。
 ああいうやつらは僕達がしている腕輪の逆バージョンを付けたらどういう反応になるのか。想像するのは難しくないものの、するだけ具合が悪くなりそうだ。
『旅がやりやすくなったんだから、あまり気にしない方がいいんじゃないの……?』
 脳内の端でシャールがぶつぶつと言葉を落とす。確かに、腕輪で手に入れた「普通」のお陰でもう焔の町はもう目と鼻の先、というところまで来た。気にしたところで状況が僕達を取り巻く状況が一変するわけじゃない。
 でも、それでも。僕は短いながらも手に入れてしまった「普通」から、今までとの違いについて考えてしまう。……シャールのように単純に旅がやりやすくなった、と喜べればどれほどよかったのだろう。
「……アラン、具合でも悪いのかい?」
 ずっと俯いて考えを巡らせていたのが、そう見えたのか。クレアが心配そうなに顔を覗き込んできた。ここはある町にある宿の一室。たまたま空いているのが大部屋だけだったから、クレアだけではなく他の皆もいる。
 腕輪は宿のポケモンが入ってくることを考え、そのままにしている。本当は腕輪も外し、心の底から休みたいのだけれど仕方がない。
「いや、ちょっと考えていただけだ。具合が悪いのは、そこにいる彼じゃないのかい?」
 顔を上げて視線を部屋の端へと寄越すと、そこには部屋に入った時と同じ光景――壁に背を預け、魂が遠いところに行った目をしたイツキと、あの手この手で魂を元のところに戻そうとするエミリオ――が広がっていた。
「イツキの場合、具合がどうのこうのというレベルを超えているから、下手に手を出したらどうなるかと思って、なかなかね……」
 そんなアタシに比べれば、エミリオは立派だねとクレアは言葉を零す。あらゆる手をやりつくしたのか、遂にどこで買ったのかわからないお札のようなものをイツキに張り出したエミリオを見ていると、立派かどうか……と口の端を上に曲げたくなる。
 僕と似たようなことを思ったのか、視界の端でディアナが小さく息を吐いたのがわかった。シャールも乾いた笑いを零しているのか、脳内で微かに音が響く。クレアは感情がわからない目を向けている。
 他の誰かがこの光景を目撃したら、奇妙な空間に迷い込んでしまったと何も知らない目でそっと扉を閉めるに違いない。そして、この光景が生まれることになったのは、イツキの体力のなさ、というよりも長すぎる道のりが原因だろう。
 休憩ポイントは何か所かあったものの、続くに続いた終わりの見えない長い道のりでイツキの体力は次第に削られたらしい。やっとここまで来た時には、それでどうやって歩いていたのか、と聞きたくなるような状態だった。
 本来の予定では、この町で焔の町の情報をある程度収集してから一泊。そして焔の町に入るつもりだった。クォーツさんが言った「町に入る面倒」が具体的にはどういうものか知らなかったからそう予定を組んだものの、イツキの状態を見てすぐに予定は変更された。
 まずはイツキを休ませるため宿を探し、彼を見ている役を決めてから情報収集。無理やり引きずるのもアレなので十分回復してから宿と町を出る、ということになった。
 幸いにもイツキの状態を見た宿のポケモンが「いくらでも休んでくれて構わない」と言っていたので、部屋は遠慮なく使える。利用できるだけ利用するとして、僕達はしっかりと情報を集めた。その時残したのがエミリオで、帰った光景がアレだったというわけだ。
 イツキについてはエミリオの奇行が実を結ぶと信じるとして、僕達は空気を入れ替えるように半分ほど忘れかけていた町での成果を報告することにした。
「僕が聞いたのは、誰か一匹は炎タイプじゃないと入れない、というものだったな。これが本当だとしたら、僕達はこの後町で協力者を探すことになるね」
 同じようなことをディアナとクレアも聞いていたようで、そう簡単に見つかるかどうかとの声が耳を通り過ぎる。アスタさんやデュークさん、サラが一緒なら解決していたのだろうけど、一方は行方不明のまま、一方は遠く離れた村にいるから無理な話だ。
 向かうまでの間に協力者を見つければそれで済むものの、今度はちゃんと協力してくれるのか、協力が終わったら何を要求されるのかという問題が浮上してくる。何も要求されないのが理想だけど、タダより怖いものはないとデュークさんが言っていた覚えがある。
「わたしが聞いたのは、アランの情報に加えて出身が焔の町であること、または出身者の関係者であること、というものだったわ。……そんなもの、どうやって確認するのかしら。口頭ならいくらでも誤魔化せるのに」
 前半はハッキリとした声で、後半は独り言だったのか小さな声でディアナが告げる。運がいいのか悪いのか、後半もしっかり耳に入ったので同じ疑問を抱くことになった。クレアは聞こえなかったのか、協力者のハードルが上がったと目を細めている。
 どこ出身なのかがわかる物を持っていること、ならとてもわかりやすいけどそれを忘れてしまったら意味がない。そこの出身ではない関係者でも同じことが言えるだろう。方法が気にはなるものの、それで止まっていたらクレアの番が回ってこない。
 チラと視線を向けると、クレアは「アンタ達が言ったものと比べると、完全に噂なんだけどね……」と前置きをする。
「アタシ達が探している残りの一匹がいただろう? そのポケモンの子どもが前々から行方不明らしくてね。その子を連れて行けば入れるというものさ。もっとも、行方不明になる前から子どもを見たポケモンはいないらしいけどね」
 噂にしては不思議なものだろう? とクレアは続ける。火のないところに煙は立たないと聞く。元々そのポケモンに子どもがいなかったのなら、そんな噂は流れないだろう。もしいないのに流れているとしたら、相当質が悪い。
 あれだけの間聞いてもこれしか出てこないということは、逆に考えると本当にこれだけしか入る方法がない、ということになる。入るのが少し面倒どころじゃない。面倒という言葉を使うのが面倒なレベルだ。恐らく、焔の町は封鎖の町なのだろう。制度を考えたポケモンに一度会ってみたいものだ。
 情報が全て事実とすると、僕達は目的地に着くまでの間炎タイプでなおかつ町の出身者か関係者、またはどこにいるかもわからない子どもを探す必要がある。難易度が低いのは前者だろうけど、その言葉が事実かどうかは実際に行くまでわからない。後者も同様だ。
 どちらを選んでも、僕達は町を目の前にして行ったり来たりを繰り返す羽目になりそうだな……。クレアがしたような遠い目になりかけていると、突然魂が飛んでいたイツキの目に光が宿り、姿勢が整えられた。そして何か話すと思った瞬間、全身を硬直させた。
 ……その気持ちはわからなくもない。彼の目の前では、段々と壊れてきたのかエミリオが謎のリズムで踊っている。今までほとんどの意識が飛んでいたイツキにとっては、謎が謎しか呼ばない光景だ。
「コレは無視していいから、話すことがあれば話したらどうだい?」
 クレアはそう言いつつ、コレこと躍るエミリオにそっと近づき、軽く電気を流して気絶させる。気絶しているのだから軽くない可能性はあるけど、あのまま踊られるよりはマシだから気にしないでおこう。
『いや、これこそ気にするべきじゃないのかな!?』
 シャールにしては珍しい大声のツッコミが入った気がした。これも空耳だとスルーすることにして、視線でイツキに続きを促す。イツキは戸惑った表情を浮かべていたものの、今の光景をスルーして口を開く。

「君達は町に入るための協力者を探すようだが、その必要はない。このまま町へ向かえば、自然と――協力者と会えるはずだ。ここで探し回る方が危険を招くだろう」

 これまでの話は聞こえていない可能性が高いのに、なぜ理解しているのか。何を根拠に会えると言っているのか。――声の調子や雰囲気が、明らかにいつものイツキではないのはどうしてなのか。
「へえ、あの間に何か悟りでもしたのかい? もしくは未来でも見てきたのかな? キミがキミじゃないように見えるよ」
 いくつもの疑問が入り混じり、いつものような言葉が口から飛び出す。ディアナは状況を分析でもしているのかじっとイツキを見つめていて、クレアは威嚇なのかバチリと電気を放った。
 ここがどこなのかも忘れ、空気が危ういものに入れ替わるのを感じていると「イツキの姿をした何者か」はどこか困ったような笑みを浮かべた。
「……やれやれ、可能であれば最後まで隠しておきたかったけれど、そうもいかなくなったな。いや、元を辿れば私が発言したせい、というよりもイツキがなかなか戻ってこないのが原因かな?」
 彼女達はまだてこずっているのかな、と「イツキ」が零す。彼女達が誰かは知らないけど、自分のことを他のポケモンのように言っている時点で彼は彼じゃない。
『もしかして、僕達みたいなパターンなのかな?』
 シャールの声が聞こえ、それに僕も心の中で首肯する。僕達以外で遭遇したことがないからハッキリそうとは言えないけど、その可能性は高いだろう。仮に違ったとしたら一種の才能だ。これまでその片鱗を全く見せてこなかったのが不思議なくらいだね。
 そんなことを考えていると、「イツキ」が「雰囲気や話し方で気付いて貰えない、というのは少し悲しいものだな……」と零した。その言い方だと、まるで「彼」は僕達が知っているポケモンのように思える。
 でも、僕達と同じパターンなのだとしたら「彼」はイツキと同じかその後に僕達と会ったことになる。仮に会っていたとしても、ここまでイツキと雰囲気や話し方が違えばそこでわかる。
 イツキではない姿の時に会ったとすれば、気が付かなくても変ではない。いや、その方向で行くと前提からして崩れるから違うと思いたい。――そうじゃないと、ある可能性を考えてしまう。
 言われてやっと気が付いた。「彼」の雰囲気や話し方は、どこかあのヒトと似ている。確かにあのヒトなら、僕達はよく知っている。

 ――でも。

 でも、それだと。あのヒトは、彼女達は今どうなっているのかが想像できてしまって。イツキの状態を考えると、彼がそれに関与しているのではないかと思ってしまって。あっという間に頭の中を黒い予想が埋め尽くしてしまう。
 どうか、どうか違っていて欲しい。そんな僕の、僕達の祈りを裏切るようにして、「彼」の口から知っている名前が発せられた。

「私はアスタ。かつてあの村に住んでいた、ブースター『だった』者だ」

 続く

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