幻影と災い(クレア視点)

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読了時間目安:13分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 アタシが怒りのままに叫んであの場から去った後、心配したエミリオ達が話をしに来た。だけど、アタシがアレを嫌いになった理由の重さに比べたら、アイツらの話なんて紙の一枚よりも軽いように思えた。
 アタシが無言ながらも行く意志はないことを伝えると、エミリオ達はイツキ達のことが心配になったのかどこかへと行ってしまった。小さくなるエミリオ達を眺めながらしばらく虚無に浸っていると、遅れたように心配がやってくる。
 イツキ達は本当にあんな奴らのところに行くつもりなのだろうか? いや、アタシはあの中の誰とも会ったことはないけど、ああいう異名を持っているということはろくでもないやつに違いない。
 でも、本当にそうなのだろうか。周りが勝手にそう言っているだけで、本人は至ってまとも、なんて可能性もあるのではないのか。アタシが色眼鏡で見ているに過ぎないのではないのか。
 イツキ達は村に着くまでの間にも散々な目に遭ったというのに、宵闇の町まで無事に着くことができるのか。道中心ない連中に襲われて、旅をするどころじゃなくなっているんじゃないのか。
 落ち着いたら言った通り言い伝えについて調べようと思っていたのに、心配事が次から次へと溢れて止まらない。こんな気持ちでは、いざ言い伝えについて調べ始めても何も頭に入ってこないだろう。
 何をすることもないままただ地面に座り込んでいるだけのアタシのところに、全てを察しているかのような表情でデュークさんがやってきた。デュークさんはアタシの隣にゆっくりと座ると、無言のまま空を見つめる。
 一言も発せられていないというのに、なぜだかアタシは行った方がいいと言われているような気がした。実際そのポケモンに会ったら冷静でいられるかわからないけど、そんなものは会ってみるまで考えないようにするしかない!!
 体からバチバチと電気を出すと、アタシは電光石火を使って町を飛び出した。

*****

 それからしばらくして、アタシの後をツンベアーが恐るべきスピードでついてきていることに気が付いた。素早さを改造されているからこそ為せる業、といったところか。アタシがツンベアーの存在に気が付いたのは、村を出てからだいぶ後のことだ。
 虫喰いは話が通じない敵だ、という認識が定着している中、なぜかアタシ達には攻撃しようとしないツンベアーはイレギュラーな存在だ。見つかったら誰に何をされるのか、わかったもんじゃない。
 帰るように言おうかどうか悩んだけど、きっとコイツは一度帰るフリをしてもすぐに追ってくる。アタシはため息と共に悩みを吐き出すと、時々ツンベアーがついてきているかどうかを確認しながら歩みを進めた。
 やがてもう少しで宵闇の町に着く、という時。斜め横の方向からすごい勢いで誰かが走ってくるのが視界に映る。ワイルドすぎる運動会か何かでもやっているのか? 巻き添えを喰らいたくないからすぐに逃げようとしたものの、こちらの動きに合わせて誰かも進行方向を変えている。
 これはもしかしなくても、アタシかツンベアー目当てだね? だったら容赦はしない、と空気中に電気を放出し始める。ツンベアーは何もする気配がない。まだ相手が敵かどうか判断できていないのだろうか。
 一番威力が出る距離まで来たらこれをお見舞いしてやろうと考えていると、ソイツはその距離ギリギリ手前の位置で止まってこう言い出した。

「よお、アンタ珍しい虫喰いと一緒にいるみたいだな? オレを導いたものがそう囁いているぜ?」

 ああ、コイツはアタシが嫌いなやつだね。言葉の節々や態度から滲み出る雰囲気からそう判断すると、遠慮なくソイツに雷を落としてやった――はずだった。
「あっぶね! おいおい、いくらオレが『災いの宝石』と呼ばれているからって、出会って早々その仕打ちはないだろ。オレはこの名前に誇りを持っているんだぜ?」
 何と、ソイツ……パンパンに膨れたリュックを背負ったアブソルは、雷をギリギリのところでかわすとそんなことを言ってのけた。コイツが、イツキ達の捜しているやつの一匹だって? ああ、アタシが考えていた「可能性」は間違っていたんだね。
 中二野郎に興味はない。今もまだブツブツと言い続けているアブソルを無視して、アタシは先へ進もうとした。けど、それをアブソルは頭の鎌で邪魔をする。
「待った待った! こっちも初対面で何かと細かいことを言い過ぎた、それは謝る。あ、オレはクォーツ。もう知っているかもしれないけど、虫喰いの研究をしているもんだ」
 鎌でアタシの歩みを止めながら、アブソルことクォーツは見事なまでに爽やかな表情でそう告げた。……今なら、外れないだろう。初対面ながらのこの反応、悪いやつではないとは思うけど、どうしても不満をぶちまけたい。

「こっちの機嫌を無視してべらべら喋るんじゃないよ! この、中二病が!!」

 言い終えるのとほとんど同時に落とした雷は、先ほどのやつに比べたら大して溜めてもいないのにかなりの大きさを誇っていた気がした。

*****

「うう、クレアはちょっと喧嘩っ早い気がするな?」
「出会った瞬間あんなことをぶちまけるからだよ。反省しな」
 無事に雷を落とすことに成功した後、アタシはクォーツ、ツンベアーと一緒に惑わしの丘を目指していた。クォーツは一緒に来なくても大丈夫そうなのに、アタシが向かう先に行けと導きが出たとかあまり思い出したくない言葉を吐いてついていくことを言っていた。
 このメンバーだと正直町は危険だから、直接丘を目指すことに変更した。でも、何なんだろうね? 丘らしきものは見えるのに、何度そこに行こうとしてもいつの間にか元の場所に戻ってしまう。
 それを何回、何十回を繰り返すうちにいつの間にか日が暮れてしまった。野宿を考えていると、アタシ達をずっと観察していたのか偶然通りかかったのか、この丘に家があるというゾロアーク、ジャックに声をかけられた。
 このチャンスを逃すわけにはいかない、と丘まで案内するという提案を受け入れたアタシ達はジャックと共に丘を登った。丘のことを知っているポケモンと一緒だからか、日が暮れるまで行けなかったことが嘘のように進んでいく。
 やがて丘の上に着いた時、アタシの目に見慣れた姿が飛び込んできて、理由はわかっていたのに思わずこう言葉を零していた。

「アンタ達、どうして――」



 アタシの存在にイツキ達も驚いて、少しの間固まっていたようだった。でも、サリーの異変に疑問を零したらこちらにも事態を把握させようと思ったのか、ジャックの提案でかなり広い家に入るまでの間にエミリオが早口ながらも説明をしてくれた。
 それを聞いて、アタシはティナとかいう研究者に激しい怒りを覚える。場所がわかり次第懲らしめに行きたいところだけど、ディアナ曰く研究所はサリーの暴走で崩壊しているだろうから行かなくてもいいだろう、とのことだった。ふん、自業自得だね。
 「バカ兄」と呼ばれていたことから、ジャックの兄であることがわかったゼフィールという色違いのゾロアークがサリーを戻すいい方法は思いつかないかと聞いてくる。ジャックはそれに対して深いため息を吐き出した。
「いくらボクでも、彼女の戻し方はわからないよ。幻影で表面上だけを普通に見せたいのなら可能だけどさ。……『幻影に魅入られし者』なんて、耳にするのも恥ずかしい名前をつけられるくらい幻影が得意だからね」
 かなり言いたくなさそうにしながらも紡いだその言葉に、アタシは目を丸くする。まさかジャックもイツキ達が捜していたポケモンの一匹だったなんて……! この調子だと残りの一匹もどこからか出てくるんじゃないんだろうね? そんな奇跡、アタシはあまり歓迎しないよ。
 誰かの影から残りの一匹が出てくるのではないかと警戒していると、視線が縫われているのかと思うくらいサリーにくぎ付けだったクォーツがゆっくりと口を開いた。
「そのことなんだがよ……。オレなら何とかできるかもしれない、なんて言ったらどうする?」
 その発言にアタシだけではなくイツキ達も驚き、まるで合わせたかのように同じタイミングで「ええ?!」という声が飛び出してくる。心なしかツンベアーもどこか驚いた表情でクォーツを見ている気がした。
「オレは虫喰いの研究者なんだが、昔はティナと一緒に研究をしていたんだ」
 ティナと一緒に研究をしていた。そう聞いた途端、アタシを含む数匹が攻撃態勢に入る。一気に敵意を向けられたクォーツは、「おいおい。話は最後までちゃんと聞くもんだぜ?」とため息を零しながらも話を続ける。
「最初は何とか上手くやっていたんだが、段々とアイツのやり方が気に食わなくなってオレはアイツのところから出て行ったんだよ。研究所も文字通り潰れたようだし、天罰が下ったのかもしれないな」
 そこで一旦言葉を切ると、笑顔で「だからオレは危ないポケモンじゃないぜ?」と警戒するのを止めるよう言ってくる。ティナのやり方が気に食わないと言っている時点で敵ではないと思ったようで、アタシに続いて他の皆も攻撃態勢を止める。
「それで、ここからが本題だ。オレはティナと一緒に研究をしていた。つまり、研究所の装置やアイツのやり方を少しは知っている、ということだ」
「なるほど。仕組みを知っているからそれを応用して心も戻せるかもしれない、ということか。なかなかやるみたいだね?」
 感心したようなジャックの声に、「最後にそれで決めようと思っていたのに……」とセリフを取られて悔しそうにしながらも、クォーツはコクリと頷いた。それから重そうなリュックを下ろすと、あのリュックの中にどうやって入っていたんだ、と思う大きさや量の機械を取り出していく。
「オレの長年の研究から考えると、そこのサリーというグレイシアは虫喰いになる一歩手前の状態だ。虫喰いの状態から元に戻すことはまだ成功していないが、虫喰いになっていないのなら希望はある!」
 虫喰いになる一歩手前。思っていた以上に深刻な事態だったことに衝撃を受けると共に、言葉の端からクォーツは虫喰いを普通に戻す試みをいていたことが窺えた。今のところ、虫喰いになったポケモンはデリート――そのポケモンを消すしか方法がない。
 それは虫喰いになる原因を取り除く方法がないに等しいため、一度虫喰いになると元に戻せないからだと聞いたことがある。サリーの場合、原因は実験による強制的な能力の獲得に違いない。
 一体どうやって戻すつもりなのだろうと様子を見ていると、慣れた手つきで機械を組み立てていく。見る見るうちに家の中に謎のオブジェができていくのを見てジャックは複雑そうな顔をしていたけど、クォーツはそれを軽くスルーしてヘルメットのような装置をサリーに被せる。
「よし、今からこの装置を通してサリーの『心』を連れ戻すぞ。オレは機械を操作するのに忙しいし、サリーのことは全然知らない。話を聞いてみる限りでは、アンタ達の方が適任だろう」
 機械をいじりながら、クォーツはアタシ達の方をチラと見る。ジャックやゼフィールも同じことを思っていたようで、少しだけ視線をこちらに向けていた。アタシ達もそれを誰かに任せる気はなかったからすぐに頷く。ウェインだけは迷っていたようだけど、小さく頷くのが視界の端で見えた。
 それを確認したクォーツは、サリーに被せている装置と似た装置をアタシ達に渡してくる。全員被ったのを見ると、クォーツは機械をいじり始めた。
「じゃあ、少しだけ目を閉じていろ――」
 言われた通りに目を閉じると、一瞬だけ足元の感覚がなくなる。そして明らかに家の中とは違う感覚が足に伝わってきた。
「……ここは?」
 恐る恐る目を開けると、そこには白くて、水色で、薄紫のモヤのようなものがかかった森の前だった。まさかこんな場所に着くとは思わなかったため、アタシや他の皆はどう反応していいのかわからず固まってしまう。
 とりあえず辺りを見回していると、どこかから聞きなれた声が耳に飛び込んでくる。

「皆……、どこにいるの……?」

 ――間違いない、これはサリーの声だ! アタシ達は互いに頷きあうと、サリーを探すため森の中へと飛び込んだ。

 続く

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