戻らない水色と現れた黄金色(エミリオ視点)

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「あの装置にいた時、何かおかしかった気がするんだけど、どうしてだろう?」
 僕が目を覚ましたのは装置の中で、近くにはイツキとサリー以外の全員がいた。研究の準備がまだ済んでいない、とティナさんと同じく白衣を着たポケモン達が部屋を出て行ったあと、理由はわからないけど突然装置が壊れて自由の身になったんだ。
 装置が壊れてから思ったんだけど、どうやらあの装置にいた時は不安や苛立ちなど、負の感情が出やすくなっていた気がする。互いに声をかけあっていなければ、負の感情に飲まれて冷静な判断すらできなかったと思う。
 呟きが聞こえたのか、ちょうど僕の横を走っていたディアナが「これは推測だけど……」と口を開く。
「あの装置には、中にいるポケモンの感情を操る電波のようなものが出ていたんじゃないのかしら。わたしも装置が壊れるまで状況の分析をろくにできないまま、ただ負の感情に浸ろうとしていたから……」
 装置の中にいた時は全員が全員、どこかに棘を潜めたかのような表情をしていたことを思い出す。あれが電波のせいなのであれば、すとんと納得できるものがあった。問題は、何で装置が壊れたのか、だ。
「ゼフィールさんがイツキやサリーを探しているけど、無事に見つかったのかな?」
 彼とは無事に研究所を脱出したら、宵闇の町ではなく惑わしの丘で合流する約束でわかれている。町だと今度は警察の手が伸びるのかもしれない、という。これまでの話を考えると、確かにそうかもしれない。
「惑わしの丘で姿を確認してみないと、何とも言えないわね」
 ディアナの声が耳に届くのと同時に、後ろの方でアランがウェイン君と小さな言い争いをしているのが聞こえてきた。
「はっ、もう疲れたのかい? やっぱり子供なんだね?」
「違うよ! ぼくの体力がないんじゃなくて、アラン兄ちゃんが『体力おばけ』なだけだもん!!」
「ふん、だったら僕について来られるよう努力することだね? このまま置いていかれても文句は言えないよ」
「ぼくだって、やればできるんだ!!!」
 言い争いと止めようかどうか迷ったけど、聞いているうちに止める必要はないことに気がつく。アランはウェイン君が置いていかれないように、わざと挑発的な言葉を投げかけているんだ。
 ウェイン君が疲れたとしても僕達の誰かが背負っていけば大丈夫だと思うけど、次々とひびが入っていく建物を見るとそうも言っていられなかった。ウェイン君を背負っていったら、必然的にスピードが落ちる。彼が落ちないように気をつけるとしたら猶更だ。
 いつ建物が崩壊するかもわからないのにそんなことをしていたら、下手をすると彼らはそれに巻き込まれてしまうかもしれない。少し厳しいかもしれないけど、ここはウェイン君の「やればできる」という発言と根性にかけるしかない。
 部屋を出たすぐの場所にあった研究所の案内板の内容をすぐ頭に叩き込んだらしいディアナの声に従っていると、やがてぼんやりとした光と共に外へと出た。月の光に照らされた景色の端は、宵闇の町らしき影があるのがわかった。
 丘に行くための目印を探すために視線を彷徨わせていると、いち早く見つけたらしいアランがどんどんとある方向へと進んでいく。彼においていかれないように歩みを進めると、僕達は丘に向かっていった。

*****

 何回も確認したこともあって、一回も戻されることなく惑わしの丘へと着くとそこには既にゼフィールさんとイツキ、サリーの姿があった。皆が無事だったという事実に一瞬喜びを覚えそうになったけど、よく見るとサリーの様子がおかしいことに気が付く。
 まだ距離があるから細かいところまでは見えないけど、どこを見ることもなくただぼうっとしている。まるで人形のような印象を受けるのは、僕達を照らす月の光がそう見せているかもしれない。
 じっとサリーの方を見ていると、どこからか視線を感じた。首を動かしてみると、イツキが何か言いたそうな、でも言うべき言葉が見つからないかのような表情でこちらを見つめている。
 サリーのこともあるし、イツキにも何かがあったのかもしれない……。色々な心配が芽生えていくのを感じながら、僕はイツキのところへと近づいた。

「イツキ……、大丈夫? 一体、何があったの?」



「――ということがあったんだ」
 イツキが何度も言葉を止めそうになりながらも話してくれた内容を聞いて、僕達の間に沈黙の雨が降り注ぐ。僕達には準備が整っていないこともあって何も起こらなかったけど、イツキ達の方は既に「研究」が、「実験」が行われていたなんて……!
「でも、不思議ね。イツキ、あなたが改造されて覚えたのは『炎の渦』のはず。エスパー技は使えないのよね?」
 ディアナの言葉にイツキがコクリと頷く。その表情からは、彼自身も何でサリーがエスパーの力で暴走したのかがわからないことが読み取れた。ティナさんが他のポケモンから引き抜いた能力を移した、という可能性もあるけど、それだとわざわざイツキの能力を引き抜いた意味がない。
 アランはイツキの話を聞いてから脳内でシャールと話し合っているのか、ずっと下を向いて動かない。ウェイン君はショックが大きすぎたのか、ゼフィールさんの足元で丸まっていた。
 話の途中でイツキが「この話は少し、いやかなりキツイと思うからウェインは離れていてもいいんだぞ?」と言ったけど、ウェイン君はちゃんと真実が知りたいとそれを跳ねのけた。こちらの優しさで真実を知らされないのは、彼としては受け入れられなかったのだろう。
 ショックは大きかったみたいだけど、知りたくなかったと喚かないあたり、彼は僕達よりずっと年下であることを考えると本当に強い。それでも親に土地を追い出されたショックはまだ癒えていないみたいだから、少しずつ傷を癒せるようにしないと……。
 ゼフィールさんはウェイン君の頭を優しく撫で続け、ショックを少しでも和らげようとしてくれている。僕もそれに加わろうか迷ったけど、過度な優しさは逆に負担になってしまうかもしれない。
 思い切ってサリーに声をかけようかと口を開きかけた時、イツキが突然声をあげた。

「み、皆! どうやら俺は『炎の渦』の他にも『サイコキネシス』や『鬼火』、『ムーンフォース』が使えるらしい。だから、引き抜かれたのはその『サイコキネシス』の部分だ!」

 あまりにも突然で、まるで誰かに教えられたかのような響きを持つその言葉に僕達は思わず動きを止める。村では改造のヒトは見かけたけど、イツキのように本来覚えない技をいくつも覚えているのは初めて聞いた気がする。
「そ、そんなに覚えているのかい!? キミはそれで大丈夫なのか!?」
 アランが珍しく(と言ってはかなり失礼だと思うけど……)素直にイツキを心配している。でも、彼の気持ちもわからないわけじゃなかった。いくら改造をされているとはいっても、限度というものが存在する。
 限度を超えてまでいじられてしまったら、そのポケモンはどうなってしまうのか。未来を想像するのは難しくない。アランは、イツキがそうならないかを心配しているんだ。もちろん、僕もだけど。
 イツキはアランに心配されるとは思っていなかったのか、かなり驚いた表情をしながらもコクリと頷く。どうしてかはわからないけど、イツキは大丈夫なようだ。これは推測するしかないけど、元人間というのが関係あるのかもしれない。
「原因は恐らくそれだと思うけど、サリーは一体どうすれば元に戻るのかしら……」
 虚空を見つめ続けるサリーを見て、ディアナが険しい表情で呟く。まだ能力が抜けていないのか、サリーの目からは薄紫色の光が零れているように見えた。
 ディアナの呟きを拾ったのか、イツキは暗い顔で首を横へと振る。原因はわかっても、どうすれば戻るのかはわからないようだ。僕も無理やり入れられた能力によって変になったポケモンを戻す方法なんていうものは知らないから、イツキを責めることはできない。むしろ彼の発言で原因がわかったのだから、ここは感謝を述べるべきだろう。
 誰も何も解決策を見つけられないまま、沈黙の雨が降り注ぎ続ける。一か八か研究所に戻って、能力をサリーから引き抜きイツキに戻したとしても、彼女の心も一緒に元に戻るとは思えない。
 ウェイン君の頭を撫で続けているゼフィールさんもいい方法が思い浮かばないのか、ただ表情を曇らせてサリーの方を見ていた。僕達の周りにはどうしようもない空気がへばりつき、隙あらば「諦め」をねじ込んで来ようとする。
 旅は始まったばかり、いや、まだ旅とすら呼べるのかもわからない状態なのに、サリーを放っておくことなんてできない。僕が、助けないといけない。友達は、僕は何としてでも助けないと――、

 ――どうやって?

 考えで脳内が埋め尽くされようとしていた時に、ふと冷静な自分の声が考えを蹴散らした。助けないといけないのは変わらない。でも、方法もわからないのにどうやって助けると言うんだ?
 冷静な自分の声が、優しさに溺れようとする自分を嗤う。実際には聞こえるはずのない声に、脳内のほとんどを埋めていた考えが砂のように崩れて消えていくのがわかった。

 ――今回は、「衝動」を抑えられたみたいだ。

 あれからあまり日が経っていないというのに、また皆に迷惑をかけるところだった。何も起こらなかったことに安堵していると、ゼフィールさんに似ているけどどこか違う声が耳に届いた。

「おやおや。ボクがちょっと出かけている間に、ここは何とも嫌な場所になってしまったようだね?」

 声の方向に振り向くと、そこにはゼフィールさんとそっくりだけど目つきや雰囲気が微妙に違う――何より違うのは、体の色が腕輪なしで普通だということ――ゾロアークが立っていた。
 彼はまだ一言しか発していないけど、ここまでゼフィールさんと声や姿が似ていれば嫌でもわかる。彼こそが僕達の捜していたポケモンの一匹、ジャックさんだ。
 どうして彼がここに、と一瞬疑問が浮かんだけど、この場所は彼の家のようなもの。今まで会わなかった方が逆におかしかったんだ。今のセリフを聞く限りだと、どこかに出かけていたらしい。

「へえ。導きのままに来てみれば、なかなか興味深いことが起こってんじゃねえか」
「アンタ達、どうして――」
「…………」

 そのジャックさんの後ろから現れたのは、言葉通り興味深そうにサリーを見るアブソルと、僕達を見て驚きを隠せない様子のクレア、無言のままこちらを眺めるツンベアーという謎の組み合わせだった。

 続く

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