虫喰いと蒼い月(伊月視点)

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読了時間目安:10分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 クレアの案内で彼女達が住んでいるらしい村に向かっている途中、何やかんやあってウェインというポケモンを捜すことになった。俺達が向かおうとしていた村の名前、シャールの目つき(と性格)の変化、次々と出てくる誰かの名前など知りたいことは山積しているが、そんなのはウェインを助けてからだ。
「どうやらウェインは『凍てつく洞窟』に向かってしまったみたいだね。あそこは虫喰いが目撃されている危険な場所だ。ウェインが危険な目に遭う前に助けるよっ!」
 クレアがオッドアイの目を鋭くしながら俺達に向かって言う。虫喰いって何だ? と思いつつも、真剣な顔で俺はその言葉に頷いた。その際視界に入ったシャールの態度が気になったが、それは後で問い詰めるなり何なりできるので今は何も言わない。仮に今言ったとしても、またバカにされるだけだと思うし。
 サリーの表情もある意味気になるが、どうやらその原因は俺ではどうにもできないようなので、胸の痛みを覚えながらもスルーしておく。
 俺達が頷いたのを確認したクレアが、洞窟があるらしい方向に走り出し、俺達もそれに続く。俺は自身に気合を込めるため、走りながら思ったことをそのまま叫んだ。

「いますぐ行くから待ってろよ、ウェイン! 会ったことないけど!」



 しばらく走っていると、ふとなぜか隣を走っているシャール……、いやアランの背負っているリュックが気になった。あんだけ大きいと走っているうちにバテないか?
「おいアラン。それどっかに置いてかないか? じゃないと洞窟に着く前に力尽きるぜ?」
 本気で心配しながらそう尋ねると、アランはチラリとこちらを見てから少しだけ口角を上げた。
「僕がこのリュックの重さに屈するとでもいうのか? キミは本当にバカだな。確かにこのリュックは重いが、これを背負ったまま森を抜けるくらいで力尽きるほど、僕は体力なしじゃない」
「…………」
 その返答に、俺は言葉を失った。一目見ただけでかなり重いとわかるリュックを背負っていても、森を抜けられる? 何コイツ。体力底なしなの? それともこの世界のポケモンは皆体力が底なしなの? だとしたら俺、単なるお荷物?
「い、イツキっ。アランの体力の多さは最早伝説か神レベルだから! 普通のポケモンはそんなに体力ないから! だっ、だから落ち込まないで!」
 アランの化け物並みの体力に軽く落ち込みかけていると、その様子を見ていたらしいエミリオが息を切らせながらも俺に向かって叫んだ。そのせいでアランにギロリと睨まれてしまったが、その表情はどこか穏やかだ。俺に真実を伝える、という小さな目的を達成できたからだろうか。
「そろそろ洞窟に着くから、スピードを落としておきな! じゃないと洞窟に入った途端
滑って壁の一部になるよ!」
 俺のせいですまない、とエミリオに小声で謝っていると、クレアがそう告げてから減速し始めた。壁の一部にはなりたくないので、俺やアラン達も倣ってスピードを落とす。そうして皆のスピードが最初と比べると半分よりも更に遅いレベル、つまり徒歩レベルになった時、木々の向こうにある岩壁が姿を現し始めた。
 その姿がハッキリしてくるにつれ、目的地としていた洞窟の存在も明らかになってきた。内側が少し白っぽいのは、名前の通り凍てついているからだろうか。俺、リーフィアだけど寒いところ大丈夫なのかな? そんなことを考えている間に、いつの間にか洞窟へと足を踏み入れたらしい。周囲が急に暗くなり、ヒンヤリとした空気が体に纏わりついてきた。
 皆が入ったのを確認したクレアが立ち止まり、続いて俺達も立ち止まる。……といっても地面がところどころツルツルと滑るので、止まった位置で停止したやつはサリーを除いて誰もいない。俺を含め、多くのやつは地面が滑らないところで止まっていた。
 その結果、出入り口付近で止まったはずなのに結構奥に進んだ形になってしまった。
「当たり前だけど、ここは暗いね。近くにいれば姿がわかるけど、遠くから敵が現れたら行動が遅れるかもしれない。ちょっと明るくするよ」
 そう言って、クレアの体が眩い光を放つ。おそらくフラッシュを使ったのだろう、周囲がかなり明るくなった。でもフラッシュって、技マシンプログラムを使わないと覚えないよな。この世界にもプログラムがあるのか。だったら俺も何かカッコいい技を覚えてみたい。
 いや、でも待てよ? プログラムで覚える技は、現実世界で人間がポケモンに組み込まない限り使うこと(覚えること)ができない。つまり、この世界で技マシンの技を覚えることは不可能に近い。ということは、クレアは元々人間のポケモンだったということになる。いや、中二病の人間を嫌っているらしいことから、薄々そうなんじゃないかとは思っていたけど。
 容赦なく襲ってくる冷気に震えながらもそんなことを考えていると、眉間に少しシワを寄せながらこちらに向かって歩いてきたサリーが、耳を動かしつつそっと俺達に囁いた。
「ねぇ、何か声が聞こえない? うめき声……、いやどちらかと言うと唸り声かな」
「唸り声? サリーにはそんなのが聞こえるのか? アタシには草タイプ組が歯をガチガチ鳴らす音しか聞こえないけど……」
 クレアが俺とアランをチラリと見つつ、不思議そうな顔をサリーに向ける。誰かが目で歯を鳴らすのを止めろと言っている気がするけど、草タイプは寒さに弱いから歯が鳴るのは仕方がないんだ!
 正体のわからない誰かに向かってそう弁解していると、多分奥の方から叫び声と何かがぶつかり合う音が響いてきた。サリーが言っていた唸り声の主か? でも唸り声を上げていたにしては結構元気そうだな。
 サリーから聞いた情報と現在進行形で耳に入ってくる情報の違いに首を傾げていると、奥の方からユキワラシと銀色のイーブイが洞窟の壁にぶつかりながら走って来た。ユキワラシは知らないが、銀色のイーブイは十中八九ウェインで合っているだろう。
「ウェイン! 皆が――」
 捜していたぞ。そう続くはずだった言葉は、二匹の助けを求める声にかき消された。
『た、助けてっ! 虫喰いに追われているんだ!』
 虫喰い? その単語ってさっきも聞いたけど、一体何なんだ? 頭にクエスチョンマークを浮かべていると、逃げる二匹の後を追うように一匹のツンベアーが姿を現した。ツンベアーの見た目は一見普通だが、よく見ると時々その姿がブレている。
「っ! 虫食い……!」
 ツンベアーを視界に捉えた途端、クレアがそう呟いて周りに電気を発生させた。何だかよくわからないが、あのツンベアーが「虫喰い」と呼ばれる存在らしい。
「ボク、タイプが同じだけど何とかなるかな?」
 続いてサリーが不安そうな顔をしながらも、周囲に雪の結晶を舞い踊らせる。アランとエミリオもツンベアーを睨むと、無言で攻撃態勢をとった。俺もとりあえず見様見真似で攻撃態勢をとる。だけど、攻撃はしない。いや、できない。ウェインとユキワラシが逃げてきているのに攻撃したら、確実に巻き添えを喰ってしまうからだ。
 ツンベアーだけに攻撃するためには、特殊じゃなくて物理の攻撃をしなくてはならない。ピンポイントで攻撃できれば特殊技でも希望はあるが、氷柱や岩といった障害物が多いうえターゲットとなるツンベアーは移動している。俺だけを狙って雷を落とすという驚異の命中率を見せたクレアでも、これは難しい範囲に入るだろう。
 だったら物理技を使えばいいじゃないかと言われるだろう。俺もそう思う。できれば今すぐ実行したい。それなのに、体はさっきからピクリとも動かない。俺がいくら動そうと努力してもだ。
 俺の体に何が起こっているんだ? と思っていると、クレアやサリー達の困り果てたような声が俺の耳へと飛び込んで来た。どうやらこの現象は、俺だけに起こったものではないらしい。となると、これはポケモンの技のせいかもしれない。動きを封じる技……、パッと思いつくものは黒いまなざしとかだろうか。でも、ツンベアーって何をどう頑張っても黒いまなざし覚えないよな。だとしたら違うか。
 そう結論付けて別の技の可能性を考えていると、俺から見て少し奥にある岩の影から一匹のムチュールが姿を現し、ニヤリと笑った。ムチュールは黒いまなざしを覚えることができる。なるほど、こいつが犯人か。
「おい、ムチュール。何でこんなことをするんだ? 悪戯にしては――」
 度が過ぎるぞ。そう続けようとした時、ムチュールが慌てた様子で岩の後ろへと隠れてしまった。え、何で隠れるんだ? 不思議に思いながらムチュールが隠れた岩の方を見つめていると、洞窟内に獣の咆哮が鳴り響いた。咆哮を聞いて、俺は一瞬忘れかけていたウェイン達のことを思い出す。
 そうだ、今俺達は黒いまなざしで動くに動けず、技を放つにもウェイン達に当たる可能性があるから使えず、それに加えて虫喰い……ツンベアーがウェイン達を追いかけてこちらに向かって走ってきているという、かなりやばい状況に陥ってたんだ。
 いきなり絶体絶命じゃねぇか、俺どんだけ運ないの? と思っていると、後ろから黒い影が飛び出してウェイン達の傍を通りすぎ、ツンベアーに向かって鋼の尻尾を振り下ろした。だがツンベアーはそれを巨体では考えられないほどの速さでかわす。
 目標を失った尻尾が凍った地面を割り、辺りにその欠片を撒き散らした。
「ディアナ!」
 クレアにディアナと呼ばれた切れ長の目をした色違いブラッキー……、ディアナは鋼の尻尾を戻さないままこちらを振り返ると、凛とした声で言った。

「ここはわたしに任せて」

 続く

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