消えた銀色(クレア視点)

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 アタシのイツキに対する誤解がなくなり、じゃあコイツは一体何者なのだろうと思っていると、新たな事実と謎が浮かび上がった。……イツキは何と、アタシ達と同じ「改造」だとわかったのだ。となると、イツキは「元人間」を名乗る「改造」ということになる。ますますわけがわからない。
 シャールがアタシ達の村に行くことを提案し、エミリオやアタシは賛成した。こんな色々な意味で怪しいイツキを放っておいたら、きっと大変な目に遭ってしまう。そんなこと、このアタシが許さない。
 さて、何か面倒ごとに巻き込まれる前に、イツキを、皆を村に連れて行かなくては。アタシはぐるりと回りを見て「敵」がいないのを確認してから、皆に向かって言った。

「じゃあ、アタシが案内するよ。ついてきな」



「なぁ、その村ってなんて名前なんだ?」
 歩き始めて早々、イツキがそんなことを聞いてきた。……ここら辺に住むポケモンは、皆アタシ達が住む村の名前を知っている。それを知らないということは、やはりイツキは「元人間」なのだろう。
 あの村に住むポケモンにとって、村の名前を口にするのは極めて不愉快な行為だ。でも誰かが言わなければ、イツキは知りたがって誰かにまた尋ねるだろう。それが村のポケモンなら嫌そうな目で見られ、関係ないポケモンなら軽蔑の目で見られる。
 アタシもあの村の名前を口にするのは吐き気がするくらい嫌だけど、ここで教えずにイツキが、誰かが身勝手な理由で傷つくのはもっと嫌だ。
 ……アタシがさっきイツキにしたのも身勝手と言えば身勝手だけど、あれは誤解によるものだったから仕方ない、ということにしておこう。それこそ身勝手だ、と言われたら全力で謝るよ。正義の定義はヒトそれぞれだけど、大半が悪と決めつけたらそれは悪になってしまうからね。
 脳内で複雑に渦巻く感情と次々と込み上げてくる嫌悪感をどうにか飲み込みながら、村の名前を言おうと口を開きかけた、その時。

「あの村の名前を知らない、というのか? ハッ、キミは重度の記憶喪失か重度のバカなのかい?」

 イツキの事情を知らないシャール……いや、目つきが悪いからアランか。アランが嘲るような声でイツキに言う。イツキは少しムッとした声でアランに文句を言おうとしたのか、「おい」までを言葉にしたのが聞こえた。でもその続きはなく、代わりに聞こえたのは驚きの言葉だった。
「しゃ、シャール? 何か目つきが悪いぞ。変なもんでも食ったのか?」
 イツキは彼らと会ったのは、多分さっきが初めてだ。だから、アランとシャールは同一人物、つまり「多重人格」であることを知らないに違いない。彼にはシャールの態度(と目つき)が急に悪くなったように見え、それで驚いたのだろう。
 彼が入れ替わった時、アタシや皆も最初はかなり驚いた(イツキとは逆のパターンで、アランがシャールと入れ替わっていた)。エミリオなんか驚きのあまり混乱して、なぜか消防署に電話しそうになっていたし。
 アタシはその時のことを思い出して苦笑いを浮かべながら、イツキにアランの事情を、アランにイツキの事情を話すため歩きながら振り返る。

「イツキ、アランは――」

 いわゆる「多重人格」なんだ。そう言葉を続けようとした、その時。

「クレア、エミリオ、アラン、とアランにそっくりな誰か~! ウェインくんが、ウェインくんがどこかに行っちゃったの!」

 村のある方向からメガネをかけたグレイシア……、サリーがかなり慌てた様子で走ってきた。……さっきのアランもそうだったけど、皆アタシが何か言おうとしたタイミングと被りすぎじゃないのか?
 先ほどの村の名前を言おうとしていた時に飲み込んだ嫌悪感と、言おうと思っていたのに言えなかった苛立ちで思わず電気を発生させてしまう。これがいつものサリーなら、彼女を軽く無視(と地面への放電)をしてイツキ達に色々と教えているところだけど、サリーが言った内容が内容だけにイツキ達への情報の方を無視するしかない。
 アタシは気合と根性で電気を発生させるのを止めると、サリーの方を見て詳しいことを話すよう促した。
「えっと、ボクが海でスケートしようと海を凍らせていた時ウェインくんと会って、どこに行くのって尋ねたら、少し冒険しに行くって言ってどこかに行っちゃったの。それから結構経った頃、ボクの行動をどこかで知ったらしいディアナさんに叱られちゃって……」
 いきなりサリーの表情が暗くなった。話しているうちにその時のことを思い出したのか、よく見ると体は小刻みに震え、顔もいつもより青くなっている。……どんな風に叱られたら、こういう状態になるのだろう。
 気になるけど、知りたくはないな。サリーには可哀想だがアタシ達には心の傷を癒すことはできないので、後で面白い話を聞かせると伝えてから続きを言うよう促した。サリーは面白い話と聞いて表情を明るくすると、さっきよりも明るいトーンで続きを語りだす。
「それで、少し落ち込みながら村に帰ったらウェインくんが森に行ったまま、まだ帰ってきていないってデュークさんやサラちゃんに聞いて。それで大慌てでエリスさん達を捜したけど、やっぱりどこにもいなくて。だったらクレア達だと思って、急いで目撃情報を集めて森まで走って来たの」
 語り終えると、サリーはイツキの方をチラチラ見ながら「ウェインくん、どこに行ったのかな」と眉をハの字にした。イツキの方を見るのはイツキへの好奇心からだろう。いつものサリーだったらイツキを質問攻めにしているだろうが、状況が状況だけに質問するわけにはいかず見ているだけに留めているといったところか。
 イツキはサリーの視線にぶつぶつと何かを呟いていたが、アランの嘲りが込められた笑いでハッとしたような表情でアタシの方を見た。
「え~と、このままクレア達の村に向かう……、ってわけにはいかなくなったな。ウェインだっけ? さっさと捜しに行こうぜ」
 そう言うや否や、足早にどこかに行こうとするイツキ。イツキが行こうとした方向を見て、慌ててエミリオが彼を止める。
「ちょ、イツキ! 捜すといってもどこかアテはあるの? というか、そもそもウェイン君がどんなポケモンなのか知っているの?」
「あ、そういえばそうだな。ウェインってどういうポケモンなんだ?」
「ウェイン君は銀色の……、色違いのイーブイだよ」
 もっともな質問をぶつけ、質問に答えるエミリオの顔は、どことなく真剣なものに見える。それもそのはず。今イツキが行こうとした方向の先にあるのは、最近虫喰いの目撃情報が多い「凍てつく洞窟」。氷タイプのポケモンが多い場所に、右も左もわからないうえ相性の悪いイツキが行ったらやられるに決まっている。
 エミリオはもっともな質問をぶつけることでイツキの足を止め、凍てつく洞窟に向かうのを阻止したというわけだ。よくやった、エミリオ。
「へぇ、キミは自分で自分の首を絞めるタイプなんだ。……そういえばウェインに会って話を聞いた時、突然あそこに行きたくなったとか言ってその方向に走っていった気がするけど、ウェインもそのタイプなのか?」
 心の中でエミリオを褒めていると、アランがイツキを嗤いながらポツリとそんな疑問を零した。ウェインもイツキが行こうとしたのと同じ方向に走っていった? それをそのまま受け取るとすると、彼は「凍てつく洞窟」に向かったことになる。
「突然あそこに行きたくなった? 突然ってことは、つまり……」
 アランの疑問に、サリーの顔がまた青くなる。彼が洞窟に向かった原因に心当たりがあるらしい。アタシはこれまでに得た情報を元に、簡単な推理してみることにした。
 彼女の呟いた言葉と彼女がした行動、そしてウェインの言葉を考えると、ウェインは「サリーが凍らせた海を見て洞窟に行きたくなり、その衝動に素直に従い行動を起こした」ことになる。
 ……なるほど、元凶はコイツか。アタシはサァッと青い顔を更に青くしたサリーの方に視線を移す。
「ウェインが消えた原因はサリー、ねぇ……」
 そう呟くと、さっき気合と根性で発生させるのを止めた電気をまた発生し始めた。発生した電気を見て、サリーの顔が青を超えて白へと変わる。本当ならここで自らの業をわからせるために雷を一発落としたいけど、そうしたらまた森が火事になってしまうので、彼女を睨むだけに留める。
「どうやらウェインは『凍てつく洞窟』に向かってしまったみたいだね。あそこは虫喰いが目撃されている危険な場所だ。ウェインが危険な目に遭う前に助けるよっ!」
 イツキとエミリオは真剣な表情で、アランは仕方がないなといった感じで、サリーは石像のようになりながらもアタシの言葉に頷く。
 アタシはそれを視認すると、洞窟のある方向に向かって走り出した。皆もそれに続いているのか、遅れて足音が聞こえてくる。
「いますぐ行くから待ってろよ、ウェイン! 会ったことないけど!」
「だったら言うな。突然の大声は耳に悪い」
「……さっきからずっと思っていたけど、お前、目つきだけじゃなくて性格まで悪くなってないか!? 本当に何食ったんだ?」
「うるさい、黙れ。それに僕はシャールじゃない。アランだ」
 イツキとアランが言い争う声をBGMにしながら、森を駆けていく。アタシは一刻も早く洞窟に着くことを祈りながら、足を動かし続けた。

 続く

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