凍てついた心(ディアナ視点)

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 サリーをしっかりと叱ってから村へ帰ると、ウェインが凍てつく洞窟へ向かったらしいことをデュークさんから聞き、大慌てで洞窟へと向かった。あの洞窟は最近虫喰いが出現すると言われている。そのようなところにウェインを放置して置いたら、十中八九無事では済まないだろう。
 森の中をイライラしながら抜け、洞窟内へと駆け込みやたら滑る地面に苦戦しながらも進んでいると、急に周りが明るくなった。光を放ちそうな物質が周囲にないことから、誰かがフラッシュでも使ったのだろう。
 そう分析していると、虫喰いと思われるツンベアーがウェインと見知らぬユキワラシを追っているのが見えた。その手前ではクレア、アラン、エミリオ、サリーと思われるブイズとアランに似ているけどアランじゃないリーフィアが攻撃態勢を取りながらもピクリとも動けないでいる。攻撃したいけど、したらウェイン達を巻き込んでしまうから躊躇している、といったところか。
 わたしは小さくフゥと息を吐くと、電光石火を使って滑らない岩の上を移動しながらツンベアーの前へと行くと、アイアンテールをお見舞いしようとした。
 でも、相手の方が少し上だったらしい。ツンベアーはその巨体をあり得ないほどの速さで動かすと、アイアンテールをいとも簡単にかわしてしまった。ターゲットを失ったアイアンテールはそのまま凍り付いた地面を割り砕き、破片を周囲に撒き散らす。
 ツンベアーの素早さは予想外だけど、これくらいでめげることはない。改めてアイアンテールを繰り出そうとすると、クレアらしき声が耳に飛び込んできた。

「ディアナ!」

 その声は驚きや心配など様々な感情が混ざっていたけど、震えている感じはしない。わたしがやられるとは思っていないからだろう。わたしはツンベアーの動きを見て攻撃をする素振りがないことを確認すると、アイアンテールを解除しないままクレア達のいる方に体を向けた。

「ここはわたしに任せて」



 ツンベアーはさっきの攻撃からターゲットをウェイン達からわたしへと切り替えたのか、彼らを追うことを止めてこちらを殺気の籠った瞳で睨みつけている。わたしもそれに負けないくらい殺気を込めた瞳で睨むと、シャドーボールをその顔面目がけて放った。
 しかし、その攻撃もあっさりとかわされ、シャドーボールはそのまま真っ直ぐと凍った天井にぶつかり洞窟の微かな振動と共に砕け散る。影の塊が無へと還っていく様子と相変わらずこちらを睨みつけてくるツンベアーを交互に見ながら、わたしはツンベアーの「異常さ」について素早く分析する。
 ……ツンベアーは種族として、素早さはそれほど早い部類には属さない。命中率が低いアイアンテールをかわしたのは別だとしても、シャドーボールをあっさりとかわせるほど早いとは考えにくい。虫喰いとなったことにより暴走し、通常よりも高い身体能力を発揮したとしても、速さはたかが知れている。
 となると、「誰かの手により意図的に素早さをいじられた」可能性が高い。つまり、ツンベアーはわたし達の「同類」、いや「なれの果て」だ。いつか来るかもしれないその姿にほんの少し哀れみを覚えていると、後ろから嘲りを込めた幼い声が飛んできた。

「たかが虫喰い一匹も倒せないのかよ! ダッセー!」

 突如耳に飛び込んできたその声に片眉をピクリと動かしながら振り向くと、ウェインと一緒に逃げていたユキワラシがわたしを見て嗤っているのが見えた。わたしの分析ではあのツンベアーはかなり強い部類に入る。それを「たかが」と言ってのけるのは、彼がまともに戦ってすらいない証拠だ。さっきのそれが負け犬の遠吠えに近いものと理解すると、込み上げかけていた怒りはスッと静まった。
 こういう輩は注意したところで聞く耳すら持たないだろう。そう決めつけてツンベアーに向きなおろうとした時、

「じゃあ、たかが一匹のツンベアーを倒せず、ただ逃げていたキミは何だろうね?」
「お前! 助けて貰ったのにその言い方はないだろ!?」

 さっきからずっと同じ位置にいるアランが、ユキワラシに負けないくらい嘲りを込めた声を彼に浴びせ、彼に似た誰かが憤怒の表情でユキワラシに向かって叫ぶのが見えた。二匹以外の皆、あのエミリオでさえも声には出していないものの、怒りの表情をユキワラシに向けているのがわかる。特にクレアの目つきは鋭く、わたしが背を向けた瞬間ユキワラシを丸焦げにしかねないくらいの殺気と電気を放っていた。
 洞窟内にいるほとんどのポケモンから怒りを向けられ一瞬たじろいだユキワラシだったが、わたし達の顔、いや正確には「目や体の色」をざっと見ると盛大な舌打ちをした。
「うるせーんだよ、クズ共が。さっさと虫喰いにやられちまえ」
 棘にまみれたその声が辺りに響いた時、それまで不自然なほど静かだったツンベアーの咆哮が洞窟内を振動させた。
「がっ……!」
 そして目にも止まらぬスピードでユキワラシの前へと移動すると、瓦割を小さな体に向かって放った。ユキワラシはすぐ傍の岩に体を叩きつけられ、口から鮮やかな紅色の華が舞う。華は彼の口から出て地面へと落ちると、少しずつ凍り付いていった。
「ちょっ!? あんた、大丈夫!?」
 ユキワラシが叩きつけられた岩の裏から、ぎょっとした表情のムチュールが飛び出し慌てて彼を地面に下ろす。なぜこんな危ないところにムチュールがいるのだろう。しかも、わたし達から隠れるような状態で。わたしの頭にいくつもの分析結果が出るが、どれも当てはまるとは考えにくい。
 大量の疑問符を頭に浮かべたまま二匹をジッと見つめていると、ツンベアーが巨大なエネルギー体……気合玉を彼らに向かって放った。ユキワラシは気絶しているようだし、ムチュールはユキワラシに気を取られていて気合玉に気が付いていない。命中率が低い技とはいえ、全く動かない今の状態では直撃は免れないだろう。
 ……普通なら真っ先に助けるが、片方はともかくもう片方はわたし達をバカにしたポケモンだ。少々残酷であろうとも、お灸をすえるという意味ではあえて直撃させるのも手かもしれない。
 そう思い二匹に迫る気合玉を観察していると、どこからか発射されたハイドロポンプが気合玉の進行方向を強引にずらし、何もない壁へと直撃させた。轟音と共に洞窟内が大きく揺れ、パラパラと氷の欠片が頭上から降ってきた。その冷たさに身を震わせながら、これだけ色々と直撃しても崩れる気配のない洞窟の頑丈さに微かな感動を覚える。
「君、大丈夫?」
 さきほど気合玉にハイドロポンプをぶつけた張本人ことエミリオが、心配そうにムチュールに声をかける。ムチュールは驚いた表情で気合玉がぶつかった壁とエミリオを交互に見ると、そっと口を開いた。

「あんなの私ならすぐにかわせたのに、調子乗ってんじゃないわよ!」

 ムチュールの口から出た感謝とは真逆の言葉にエミリオは酷く悲しそうな表情になりながらも、ただ一言「……ごめん」と呟く。それを聞いてサリーが口を開きかけたのを、エミリオがそっと手で制した。それを見て今度はウェインが口を開こうとしたものの、エミリオの深い悲しみに染まった目を見て静かに口を閉ざす。
 必ずといっていいほど辛い思いをするとわかっているのに、「普通」のポケモンを助けてしまうエミリオの優しさは、以前アランが揶揄したように「病気」なのかもしれない。
 わたしがそんな風にエミリオを分析していると、ムチュールが彼に向かってフンと鼻を鳴らし、再びユキワラシの方を心配そうに見つめた。エミリオに向けたものとは真逆の、まるで大切な宝物を見るような視線をユキワラシに向けるムチュールを見ながら、わたしは静かに分析する。
 彼女はこの洞窟のように凍てついた心の持ち主なのだろう。いや、彼女だけでなくユキワラシもそれに当てはまると考えて間違いない。凍てついた心の持ち主は、凍てついた心の者にしか心を開かない。温かな心のわたし達が何か言ったところで、いわゆるイタチごっこになるのがオチだ。
 それにただでさえわたし達と彼女達は「違いすぎる」。理解しろといってもあっちが願い下げをしてしまうだろう。よって、色々と言い争っても無益だ。そういう結論に辿り着いたわたしは、突然ターゲットを二匹へと変更したツンベアーを静かに見る。
「…………」
 ツンベアーは最初にわたしに向けていたものと同じ、いやそれ以上の殺気が籠った瞳で二匹を睨みつけていた。隙あらば二匹に攻撃をしかけそうだが、時々チラチラとこちらを窺うように視線を向けてなかなか攻撃しない。また攻撃をしても邪魔をされると思っているのだろうか。今まで虫喰いはそういうことは考えないと分析していたので、わたしはかなり驚いてツンベアーを食い入るように見つめた。
「…………?」
 穴が開くほどツンベアーを見つめたことで、時々ブレるツンベアーの瞳の中に、殺気だけでなく絶望が込められていることに気が付いた時。

「ディアナ、危ない!」

 エミリオの叫び声が耳に届いた直後、氷があっという間に体全体を覆い尽くし、わたしの意識を刈り取った。

 続く

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