19話 情熱の咆哮

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 気が付けば、恭介は横になっていた。視界の中央を占める円形の蛍光灯は、一番弱い黄色の灯りだ。顔を横に倒したその視界の端では、心配そうな表情で澤口美咲が恭介の様子を伺っていた。
「あ……、俺……」
「気付きました!? みんなを呼んでくるから無理に動かないでくださいね!」
 恭介の覚醒に気付いた美咲は部屋を飛び出して行った。起き上がろうとすれば、体のあちこちが痛む。ただどこか折れていたり、靭帯が切れているようなわけでは無さそうだ。痛みを堪えてなんとか上半身を起こす。
「無理に動かない方がいいわよ。さっきざっと見させてもらったけど、打ち身とか内出血してる箇所少しあるね。打ち所が悪かったら折れてたかもしれないわ。それに脳震盪は起こしてたと思う。あ、あと切り傷がいっぱいね。まあトータルで言えば細かい傷ばっかりで、病院送りは回避、って感じよ」
 美咲に立ち替わって部屋に入ってきた仁科希が、そう言って動こうとする恭介を制す。視界に入る腕には絆創膏が貼られていた。いつの間にか手当てをしてもらえたらしい。
 そこへ美咲、次いで翔が部屋に入ってくる。この見覚えのある古ぼけた感じの佇まい、どうやら翔のアパートに運びこまれたらしい。
「喋れるか?」
「ああ、まあな」
「一体何があったんだよ。突然位置情報だけ連絡されたから、車で迎えに行けば知らない大学のキャンパス内だし、そこでお前がバッタリ倒れてたんだぞ。運び込むのも苦労したんだからな」
 翔の言葉で恭介はあの時の事がフラッシュバックする。敵として対峙した、友との事を。
 言葉を一つ一つ選び、恭介は必要な箇所だけ掻い摘んで翔たちに話す。
「ダークナイトの正体が生元亮太とはねえ」
 翔は恭介のツテで亮太とは何度か遊んだことがある。少し控えめだけど、根は良さそうな。そんな表情が印象的だったのに、友人をここまで容赦なくボコボコにするとは。人格面では疑問が残るが、それ以外についての一切は恭介の話で納得がいった。鬼兄弟戦での違和感、コモンソウルが亮太に及ばなかった理由。その全てに納得がいく。
 一方で美咲と希の表情も曇っていた。まるで何か引っかかっているような、そんな様相だ。
「生元……うーん。そんな変わった苗字どこかで聞き覚えが」
「美咲ちゃんも? あたしも聞いた気あるように思うのよねえ。顔が分かればなあ」
 それなら。とつぶやいた恭介は、寝かされていた布団の隣に置いてあった自分のスマートフォンを手に取り、二人で並んで撮った写真を開いて見せる。
「あー、この子見たことある!」
「うーん、私も見覚えあるような無いような……。どこだったかな」
「ずっと葛桐さんの側にいた人よ! あたし戦ったことあるから覚えてるわ。その時は負けちゃったけど」
「葛桐さんの……? あ、確かにそんな人いましたね。私は葛桐さんから話を聞いたような気がします。なんか筋がいい子がいるとか」
 聞けば、亮太はポケモンカードの全国大会クラスを経験しているれっきとした上級者らしい。そして今ポケモンカード界で世界最強と言われる、葛桐大地(くずきり だいち)の弟子とも。
「葛桐さんの特徴は、何と言ってもデッキビルド能力よね。今どんなデッキが流行ってるのかをしっかり読み取って、その中でどのカードやデッキを使えば有利になれるか。それを読み取る力がずば抜けてて、彼が使ったデッキは葛桐流とか言われていっぱい真似されるくらいだったわ」
 翔は時折へえだのほおだの、相槌を打って二人の話を聞いていたが、恭介の耳にはそれ以上入ってこなかった。
 今でも脳裏に浮かぶ亮太の声と姿(かたち)が、恭介の胸を締め付ける。はち切れんばかりにその口から紡がれた言葉の数々。邪悪を纏ってまであいつが得ようとしているものは、果たして正しいものなのか? あいつの愛の形は歪だとは思ったが、そこは争点ではない。仮に亮太が今のまま姉と再会できたとして、姉は果たして良しとするか。普通ならば、という前提が必要だが、良しとは思わないだろう。
 別に姉と再会したい亮太を否定はしない。だが、あまりにも独善的で他者を顧みない行為や、己の都合だけで説く歪んだ愛。それにはキッパリとNOと言わなくてはならない。何か、はハッキリと分からないが嫌な予感がする。それが手遅れとなってしまう前に。
 先の戦いで翼はもがれ、牙も抜かれたかもしれない。だが、それでも爪がある。先刻までと変わらぬ闘志が、今もなお恭介の内から湧き出でている。
 しかしこのままでは、恭介は一歩もここから出ることが出来ないだろう。心配する仲間達、特に今はここにいないが風見と希、美咲を振り切ることが容易ではない。無論、これが皮肉にも独善的な振る舞いであることは否定しない。それでも本当の意味で亮太を止めるためには、翔でも美咲でも風見でもなく、この俺でなければならない。でなければまた誰かが亮太を唆し、同じ事が繰り返されるかもしれない。
 一先ず、今もなお話しが盛り上がる二人に割って入る。
「道理であいつが強いわけか。初心者ってのは嘘だってのは分かったが……いてて」
「あーもう無理して起きない! 風見君も今からタクシーで来るって言ってるから、四十分くらいすれば来るわ。そこから作戦会議しましょ」
「風見も来るんだ。今何時?」
「もう夜の一時だな」
 ということは日付を跨ぎ、九月十日になっているはずだ。聞けば翔が恭介の連絡を受けて助けに行ったのが十時半。そこから家へ連れ帰り、連絡を聞いた二人が駆けつけてくれたようだ。
「……飯あります? 晩飯食い損ねて腹減って来ちゃった」
 本来亮太と晩飯を食う予定だったのに、亮太が蒸発したせいで飯を食う機会を逃している。その旨を聞いた希は深い溜息をついて、
「ちょっとお弁当買ってくるから、動いちゃダメよ!」
 と釘を刺して部屋から出ていった。
 ここで恭介に邪なアイデアが思い浮かぶ。まさかこうも簡単に、希が翔の家から出るとは。これはひょっとすればひょっとするかもしれない。まだ、「然るべき時」は終わっていない。
 仮に思惑通り行かなかったとしても、それはそれで構わない。やるとなれば勝負は早い。次の手は五分ずらして決行する。
「あ、そうだ。美咲ちゃん、すっげー申し訳ないんだけど、エナジードリンク買ってきてもらっていい? お金は後で払うから!」
「分かりました。少しだけ出てきます」
 翔の家から弁当屋とコンビニはどちらも近くはない。美咲は頼めばすんなり動いてくれそうだったので、希が最初に出ていってくれたのがありがたい。
 恭介は布団から身体を起こして立ち上がる。
 体は痛むが、動けないほどではない。靭帯を切ったまま金メダルを取ったオリンピック選手だっているんだ。このくらい。
「待てよ」
 部屋の向こうで仮眠をとっていた翔が音に気付き、やって来る。眉間にしわを寄せ、溜息を一つ。お前は馬鹿か、と問いかけるような呆れ顔。ふざけあって遊んだりするときにもよく見たが、今回のそれは少し毛色が違う。恭介の愚行を察したのだろう、それに対して投げつける迫真の呆れ顔だ。
「ゲームじゃないんだから、そんな体でコンティニューしても結果は見えてるだろ。カードゲームは情報戦だぞ。お前は既に手の内を晒してるんだ、まだ底の見えないヤツに比べてお前は何をするつもりだ。対抗の鍵のAfまで失って、何が出来る。思い付きじゃあどうにもならないことだってあるぞ」
「翔にまさかそんな風に言われるなんてな」
「茶化すなよ」
 翔の目付きが鋭くなる。恭介は察すが、あえてその土俵には乗らない。ここは我を通す。
「亮太を止めるんだ。これ以上好きにはさせない」
 それを聞いて、翔が大股で恭介に近付きその胸倉を掴みにかかる。ボルテージが上がった翔の腹の中で、呆れが沸騰して怒りに変わった。
 曰く本気のダークナイトと一戦交えただけで傷だらけになって敗北した。なのに、それを心配する人間の心情を考えず、勝算の低い勝負に出ようとする。
 風見ならばもっと理で怒るが、翔は先に情でキレた。お前はまた負けて、今よりボロボロになるつもりか。
「今回だって俺が気まぐれで恭介の送った位置情報の場所まで向かわなければ、今もなお深夜の屋外で倒れたままだった。ラッキーで今この程度に済んでいることを分かれよ。希や美咲だって、帰る終電がないことを承知で駆け寄ったんだ。お前はもっと自分の事を大事にしろ! お前の好き勝手でこっちはこれ以上心配したかねえんだよ!」
 胸倉を掴む右手に、拳を握る左手。下手な事言ったら顔面でも殴ってやる。殴って意識を落としてでも止めてやる。こっちはそんな気でいる。なのにどうして肝心のお前は、そんなどこか寂しそうな目をしてるんだ。
「皆が俺の心配をしてくれてるのは分かってる」
「はあ? だったらーーー」
「それと同じように、俺も亮太を心配してる」
 恭介が掴まれている胸倉を握り、拘束を解く。まだ真っ赤に燃え上がる翔に、油を注がないよう言葉を選びながら恭介は語る。
「改めて感じたんだ。俺って恵まれてるんだなってさ。困ったり、傷付いたりしたら、声を上げずとも誰かが助けてくれる。すげー嬉しいよ。だけどな、そうじゃないヤツもいるんだ。困ったり、傷付いたりしても全くそんな素振りを見せずにさ。本当は助けてほしいと思ってるのに、どんどん自分で自分を苦しめる。そんな生き方しかできないヤツがいるんだ」
「それが生元亮太だと」
「ああ。あいつは残念ながら俺ほど器用じゃなかった。でも、皆が俺にそうしてくれたように、俺も誰かを助けたい。俺だってよ、誰かの為に何かが出来る、そんな生き方がしたいんだよ」
 気付けば鼻水が吹き出しそうだ。それだけじゃない、目頭が熱い。そこをスーッと何かが流れて、気化熱でそこが冷やされる。自分がいい歳こいて泣き喚いてる事に、恭介はやっと気付いた。
 翔も握り拳を解き、ポケットティッシュを差し出す。恭介は乱雑に何枚かを引き抜き、涙を拭いて鼻をかんだ。
「お前の気持ちも分からんでもない。ぶっちゃけ俺からすれば亮太は顔見知り程度だけど、お前も今の俺の立場だと考えたら少しは納得出来る。でもお前のその行為には賛成できない。やっぱり勝ち目のない戦いをする必要はないし、お前が心配なのは変わりない」
「勝ち目ならある」
「は? なんだって?」
「俺とお前のタッグで戦うんだ。後生の頼みだ、俺に力を貸してくれ」
 言葉以上に恭介の目が語る。まだ涙目ではあるが、その奥には爽やかな闘志が伺える。確かに、翔と恭介と風見の三人で遊ぶときに、変則一対二で遊んだ経験がある。その際であれば本気の風見にも、翔と恭介のタッグで挑めば食ってかかれる。情報面だって、翔のデッキも知られてはいるがタッグとなれば話が変わる。むしろ亮太のデッキを恭介が知っているだけ、僅かにこちらが有利だ。だが。
「それなら尚更今からの必要はないだろ。お前の体が癒えてからでいいじゃねえか。相手の顔はもう割れてるんだし」
「いいや、今じゃなきゃダメなんだ。今あいつに伝えないといけない言葉がある!」
 まるで子どものワガママだ。だけど、翔はその情熱の咆哮を無下にすることが出来ない。脳裏に浮かんだのは先日の風見の言葉だ。
『心しろよ、翔。その耳で聞き、その目で捉え、その心で確かめろ。いつだって本気の人間には大きな力と志が宿る』
 無論、その言葉の意味もそうだ。恭介からはそのいずれも感じ取れる。しかし翔だってこの言葉を聞いたのがあの時でなければ、今もこうして耳に残っていなかった。言葉には然るべき時が必要で、情熱と時と伝え方のどれかが変われば言葉の意味まで変わってしまう。それを学んでいた。
 それを自覚したと同時に翔の心の中では、一つ疑問が浮かび上がる。何がそこまで恭介を駆り立てるのか。身も心も傷つき、疲弊しているはずだ。それでも立ち上がり、戦わんとする。
 その横に並び立つことで、自分もまた戦う意義を見出せそうな。今目の前にある、理屈を超えた情熱に触れたい。そうした欲求が自身の内から湧いてくる。それにやはり親友の望むことをさせてやりたい、そういう気持ちもある。
 どちらにせよ、ダークナイトとは決着をつけなくてはならない。それが形式が変わり、今になっただけ、とするかどうかだが。
「まあ勝っても負けても風見には文句言われるだろうな」
「知ったことかよ。アイツは俺たちの保護者じゃない。自分のやることには自分で責任を持つ。むしろ、亮太の事であるならまだその責任(ケツ)責任(ケツ)を俺が持ててねえ」
 恭介と亮太はもう一年以上の付き合いだ。それが知らぬ間にダークナイトとなっていたことに気付けなかった。そういう所に責任を感じているのだろう。
「……分かった。二人に見つかる前に出るぞ。先に車の準備をしに行く、お前も追ってこい」
「恩に着るぜ」
 恭介は片側だけ口角を上げる。その様に、翔は呆れざるを得ない。
「お前、俺が折れることを分かって俺だけ残しただろ」
「だって俺ら付き合い長いからな。そういう翔こそそれを分かってたんだろ」
「……ったく。ああ。なんせ、俺ら付き合い長いからな」
 翔が先にアパートから抜け出し約二分後、恭介も身支度を整えてから追ってアパートを出る。と、玄関の扉を開けると目の前には美咲が立ちはだかっていた。
 思わず心臓が飛び出るところだった。翔と揉めていた時間で帰ってきてしまったか。あいつめ、折れるなら早く折れれば良かったものを。無駄な抵抗をしやがって。
「さっき翔さんが出るとこも見ましたし、希さんも予想してましたけど。やっぱり行くんですね」
「……ごめん」
 美咲は恭介の腕を見る。あちこちの切り傷、そして絆創膏。そして希が手当てをしていたときに見た、青く腫れ上がったふくらはぎを思い出す。
 美咲はそんな傷を作るような活発な子供ではなかったし、周囲には誰かしら守ってくれる人がいつもいた。だからその痛みがどれほどなのか、想像するのは難しい。それ以上に、その痛みに耐えながら戦おうとする姿勢が分からない。
「私は正直なところ、恭介さんの考えがわかりません。私は覚悟はしてるんですけど、それでもやっぱり自分が可愛いのか、そんなになってまでも戦おうとは思えないです」
「うん」
「でも、私は恭介さんを信じてます。ホワイトナイト戦で『俺たちの目的は目の前の相手を打ち負かすことだけじゃない』って、言ってくれたの覚えてますか?」
「ああ、覚えてるよ」
「恭介さんなら、それがダークナイト相手でも出来るって信じてます。……だからその」
 美咲が言葉に詰まる。口にする事が別にそんなに難しい言葉ではない。でも、意を決した人間に伝えるべき言葉なのか? 久しく使っていない言葉を前に戸惑う。きっとこんな言葉で戸惑うなんて、変だと思われそうだ。そんな気がして、コンビニのレジ袋を突き出して顔を隠す。
「頑張ってください。……それと、頼まれたドリンクです。おにぎりも一つ買いました」
「おう、サンキューな」
 レジ袋が恭介の手に渡り、視界から消えて行く。隠そうとした表情は今も露わになっているだろうか、それとも隠しきれただろうか。
「それともう一つ、その中に私からの餞別です。役に立つかは分かりませんが……」
「また後で確認しておくよ。何から何までありがとうな」
「ドリンクとおにぎり代はまた後日に。……希さんと風見さんは多分本気で止めると思うので、急いでください」
「だな。じゃあ、また後でだ」
 チラと表情を覗き見すれば、この人は笑っている。笑うような事がこのやりとりに果たしてあったのか? 何か笑われるような事をしただろうか? でも、何故かその笑顔を見ると心が穏やかになる。
 心配だけど、きっと大丈夫な気がする。そんな根拠はどこにもない。だけど本当にそうなりそうだ。
 もう彼はアパートの階段を降り、自動車に乗り込もうとしていて自分の声は届かないだろう。それでも聞こえなくてもいいから伝えたい。そんな彼に送る言葉、今度は迷わない。
「いってらっしゃい、です」



 白の軽自動車に恭介が乗り込み、シートベルトを着用した事を確認して、翔はアクセルを踏んだ。
「動き出せばもうこっちのもんだ」
「クソが。それより、どこ行きゃいいんだよ」
「あー、えっと。あいつの下宿先だから多摩の方だな」
 恭介から告げられた行き先を頭の中にインプットして、翔はハンドルを強く握る。
「ここからだとちょい遠いな。まあそれまで身体を休めろ。ただ、口は働けよ。なんたってタッグやるんだからな。ブリーフィングだけはさせてもらうぞ」
「おう」
「最初に聞きたいんだけどそもそもダークナイトを引っ張り出す算段はあるのか? 警戒して出ない事もあるだろ」
「いや、あいつは来るよ。何せお前のAfを手に入れなければあいつの願いは叶わない」
「尚更俺がいる前提じゃねーか」
「だからお前も巻き込む前提なんだよ。頼んだ相棒」
「お前この件片付いたらやっぱ一回殴らせろ」
「ハハ、丸く収まればな。それよりも亮太だ。さっきは伝えにくいことがあったから躊躇って、詳細そんな言わなかったから聞いて欲しい」
 恭介は亮太と対面した時の話を翔に語る。亮太には行方不明となった能力者の姉がいて、その行方を知るためにダークナイトとなったこと。そのためなら、人を傷つけても構わないと思っていること。
「俺だったら冗談で一回他人を本気で殴ってしまえばまあ気に病む。まあ病み方は人それぞれだから分かんないけど、あいつも決して好んで人を傷つけるやつではない。だから絶対あいつも苦しんでるはずだ」
「さあどうかね。それがお前の思い込みかもしれないぞ。人間本心は見えん」
「そう言われたらな。お前みたいに人の心読めねえし」
「読めねえよ! いい加減覚えろ。俺の能力は相手が何を感じたかの感情がわかるだけだって。それにどうも聞いた感じオーバーズによって俺の能力があいつに届かなさそうだし」
「まあそれもそうだけど、俺だって人の顔見て想像つけたりは出来るさ。あいつは無理やり怖い顔をしている感じだった。それに寂しそうな感じも見えた。推測の域を出ないけど、あいつも苦しんでるんだって思う」
 恭介には悪いが、翔としてはそこまで亮太に思い入れだのなんだのは無い。ただ顔を合わせたことがあるだけで、正体がダークナイトである以上倒すべき相手には変わりない。
 それでも、親友の願いには応えてやりたい。確かに亮太とは二人で戦う。だけど亮太に言葉をぶつけるのは恭介だ。翔がやることは、恭介の言葉を亮太に届ける力添えをしてやること。なんとなく今のやりとりで、そう感じ取れた。
「まあでも生元亮太を倒す必要があるのは違いないからな。ま、ブリーフィングやりますか。お前と戦った時はどんなスタイルだったんだ」
「大型のポケモンでこちらに無理をさせて、追い詰めるスタイルだったな。それに誘いをかけてくる。追い詰めて相手の余裕をなくし、ここぞというタイミングて誘いをかけて主導権を取る。そんな感じだった」
「なるほどね。風見とはまたちょっと違う感じだな」
 鬼兄弟戦で亮太が使っていたデッキや戦法からは完全に別のように思える。知っている相手と戦うという意識は外にやり、完全に初めて戦う敵だと認識する必要がありそうだ。
「あいつ、Afでもない非一般カードを持ってた。アンフォームド=ダークナイト・メシアっての」
「アンフォームド? 聞いた事ねえな」
 数時間前のことが遥か遠い記憶のようだ。だとしても、恭介はあの強敵のことを忘れるはずがない。まさに攻防の両方を一手にこなす最強の砦。アレを倒さなければ勝機はない。
「そのカード、EXポケモンを倒せないと現れないかなり特殊なカードだ。しかも俺やあいつが手札からカードを使う度にどんどん強力になっていく。デザイアカウンターっていうのを自分で生成して、攻撃だけじゃなく防御までしてくる」
「防御?」
「攻撃時は自分に乗ってるデザイアカウンターをすべて取り除いて、ワザの威力を引き上げる。攻撃を受ける時も、デザイアカウンターをすべて取り除いて、こっちのワザの威力を相殺してくる」
 デザイアカウンターこそ無限ではない。だが、誰がカードをプレイしてもデザイアカウンターが乗るのだ、特に気をつけなければいけないのが防御時の挙動だろう。あんなに場持ちが良すぎるカードは聞いたことが無い。
「うーん、すべて取り除いて、って所を上手く突きたいなあ。要は攻撃か防御を一度すれば、裸同然なんだろ?」
「まあそうだけど相手の攻撃に耐えながらってなるとどうだろう。どうも俺としては、ダークナイト・メシアを突破さえすればなんとかあいつに言葉が届きそうに思うんだ」
「そこまでは分かったわ。というか今更だけど、本当に亮太は出てくるのか? もう夜中だし寝てるんじゃない?」
「もう先手は打ってある。既読ついたし起きてるさ。……ん? なんだこれ」
 恭介が美咲から受け取ったコンビニの袋を漁れば、言われた通りドリンクとおにぎりにもう一つ。スリーブに窮屈に収められたカードが数枚入っていた。
 まるで今恭介が手に取るのを分かっていたかのように、恭介のスマートフォンのチャットアプリに美咲からメッセージが届く。風見からかかった通話の通知を振り払い、アプリを開く。
『ダークナイトが優れた悪タイプ使いだと聞いて、私が以前から調達していたカードです。お役立ち出来るかわかりませんが、良ければ使ってください(*^o^*)』
 スリーブの中のカードを抜き取り、恭介は送り出してくれた美咲の顔を思い浮かべる。日頃聞くより遥かに重い『頑張ってください』、だ。でも、俄然闘志が湧いてくる。
 カードを一枚一枚改めれば、基本エネルギーが何枚か、そしてトレーナーカード。最後にポケモンのカード。鋭き眼差しを秘めた蒼い獣だ。突き出そうとしている拳には、今にも飛び出しそうな迫力がある。雷タイプを主軸とする恭介が、他タイプを上手く扱いきれるかどうか。いいや、やらない理由はすぐに見つかる。もともとハイリスクな勝負に挑むんだ。むしろこいつのポテンシャルならばチャンスはある。
「おい、急に黙ってどうしたよ」
「……いや、今閃いたわ。勝算」
 横目で見えた恭介の表情は、これまたニヤリと口角を上げていた。痛々しい表情や憂い気な表情はこいつには似合わない。こいつの笑顔は勇気をくれる。
 お前の笑顔こそが勝算だ。なんて臭いセリフは、せめて事が終わってからにしよう。緊張の唾と一緒に、喉の奥へ飲み込んだ。



 亮太の下宿先の近くにあるコインパーキングに車を停め、近くの公園に移動する。
 時刻はもう午前三時。飛び交う烏の鳴き声が、まだ眠れる街に唯一響く。体は少し冷え込む。正直な所緊張もする。なのに手だけが湿って、妙に熱を帯びている。
 静寂と冷たい空気が支配する夜明け前。そんな郊外の街中の公園に、一つだけ浮かぶ暗いシルエット。間違いない、生元亮太だ。
 恭介がチャットアプリで面を貸せと呼びかけていたらしいが、本当に来るとは。一体どんな文面だったのやら。
「本当に二人で来るとはね」
「それはこっちのセリフだな。まさかあっさり出てくるなんてな」
「ハッキリ言うけど、僕の目的はあくまで奥村君の持つAfだ。Afを回収する上で一番障害だったのが、Afを持った君たちが連携することだった。でも今ならその連携はない。少なくとも今ここでAfを回収すれば、イーシャンテンだ」
 少しずつだが翔にも事情は読み込めてきた。亮太は俺と風見や美咲が結託するのを危険視していたらしい。だが、そこの連携がなければ。つまりサシの勝負でなら勝てると踏んでいる。恭介はきっと「俺と翔の二人だけだ」と喧伝し、亮太に十分勝ちの目があると思わせて釣ったのだろう。
 亮太が何もない場所を掴むと、どこからか突如大剣が現れる。間違いない、ダークナイトが持っていたという剣だ。
 亮太が大剣を地面に突き刺すと、大剣の柄が拡がりバトルテーブルとなる。もう()る気だろう。翔と恭介もバトルデバイスを広げる。
「一対二の特殊ルールか。……僕と恭介君の間での格付けはもう済んでいる。奥村君と一対一で戦う方が、君という足手まといがいない分勝率は上がると思うんだけど」
「生憎こちとら一足す一が三になるタイプなんでね。こっから先は口よりもカードで語り合うとしようぜ」
 亮太はため息交じりに息を吐く。そしてそれと同時に柔和な雰囲気が一変、肌を刺すような強烈な敵意が剥き出しになる。
「そうとまでいうなら仕方ない。また邪魔立てされないよう、二度とカードが持てない身体になってもらう」
「てめえの責任(ケツ)をてめえで拭けないバカが、これ以上ふざけた事をしないように『俺達』でその虚構をぶっ壊してやる!」



亮太「君が何度でも立ち上がるというのなら、二度と立ち上がれないように徹底的に潰すまで」
恭介「仮に体が折られても、心が折られることは無い。俺たち二人で戦えば、闘志と勇気は湧いてくる!」
翔「ああそうだ! 力を合わせるということがどういうことか、たっぷり見せつけてやる。
  次回、『戦慄のオッドアイ』。俺たちで決着をつけるんだ!」

●TIPS
アンフォームド=ダークナイト・メシア HP100 悪 (PODオリジナル)
特別ルール
このカードは自分のバトル場のポケモンが気絶して、相手がサイドを二枚以上引いた場合のみバトル場に出すことができる。このポケモンは逃げられない。
特性 デザイアアブゾーブ
このカードがバトル場にいる限り、手札からカードがプレイされる度にこのカードにデザイアカウンターを一つ乗せる。
特性 カントフリック
このカードがバトル場にいて、相手がワザを使った時に使える。このカードに乗っているデザイアカウンターを全て取り除く。このポケモンが、相手のポケモンから受けるワザのダメージは、「-取り除いたデザイアカウンターの数×10」される。
無無 リリーブフィーリング 20+
このカードに乗っているデザイアカウンターを全て取り除く。取り除いたデザイアカウンターの数×20ダメージを追加する。

弱点 闘×2 抵抗力 超ー20 にげる ー

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