7話 震霆のストロングボルト

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 仁科が風見宅に来てから六日が経った頃、恭介は風見に呼ばれて風見の家にいた。突然レクチャーをしてやる、と言われて何事かと思っていたが、話を聞く限りEXポケモンとの戦い方についてらしい。
 リビングにあるテーブルの上にプレイマットを広げ、お菓子作りが趣味だと言う、仁科の作ったブッシュドノエルを食べながら話を聞いていた。
「EXポケモンは実際に強力だが、その分知ってのとおり気絶すればサイドを二枚引くことが出来る。理想はEXをこっちが使わずに倒せれば大きなアドバンテージが取れる」
「でもそんな簡単に出来るのか?」
「たとえばこのシンボラーは特性でEXポケモンの攻撃を全て無効にしたり、このバッフロンのようにEXが相手だとワザの威力が上昇する。完全にEXをメタしているカードは多い」
「なるほどね」
 風見はケースから取り出した二枚のカードをテーブルに置く。
「どっちか好きな方をやろう」
「マジ? じゃあバッフロンにしようかな。ちょっとシンボラーはクセが強くて俺じゃあ使いにくい」
「じゃあそれをデッキに組み込んで実戦練習しよう。希、相手になってやれ」
「はーい!」
 仁科は右手を高く掲げて首を軽く右に傾げると、テーブル脇においてあったデッキを手に取る。
 残されたシンボラーのカードを風見はケースに仕舞うと、恭介の隣に腰かけた。
「お、お願いします」
「別に今回はなんにもないんだし、そんな気張らないで大丈夫よ」
 恭介としてはどうしてもこの前戦った時のイメージが払拭できないでいた。あの張りつめた空気とは一変した緩く和やかな感じには違和感しか感じていない。
 風見もそういう真剣に取り組んでいる時とのギャップが大きいと思う所がある。強い人は皆こうなのだろうか。恭介は軽く尻目で風見を睨んだ。
 それから十試合程度仁科と対戦を繰り返した。時折対戦中に風見からのアドバイスを受け、プレイングの調整も行っていけば以前よりもぐんと戦いやすく感じる。とはいえ、まだまだ勝率は低い。
「お前のそのシビビールだってそうだが、シナジーの強いデッキは強力だ。しかし同時にそのシナジーこそが弱点の露呈。たとえばお前のシビビールが倒されればデッキの機能は著しく落ちるだろう。それと同じようにそういう相手にはシナジーの源となるカードを潰すんだ」
 例えば希の場合はフレフワンが軸だ。そこを潰すだけで戦局は大きく変わる。そう力説されてもう一度対戦するが、今度はフレフワンを倒している間に育てられたゼルネアスEXにボコボコにされる。
「フレフワンに進化する前に倒せればもっと理想的なんだがな。まあでもいざ殴り合いとなると、まだ幾分苦しいな」
「そうね、恭介君がバッフロンが引けなかったのも大きいと思うんだけど。ピン刺し(デッキに一枚だけカードを入れること)でサイド落ち(サイドに目当てのカードがあること)だと目もあてられないし。やっぱ二の矢、三の矢があった方がいいんじゃない?」
「そうだな。……いや、そういえばいいものがある。俺が使っていないカードなんだが、少し待ってろ」
 そう言うと風見はリビングを出て行った。やはりカード歴が長いことと、モノを捨てられない性格であるためか、風見家にはカードだけを収納している部屋がある。そこから探すとなると恐ろしく時間がかかるだろう。
「手伝いに行きますか」
「ほんと二人は仲が良いのね。ちょっと妬きたくなるなぁ」
「は、ははは……」
 結局その目当てのものが見つかるまでに、三人がかりで四十分はかかった。しかしそのカードの驚異的な力は恭介のデッキにまさしく革命を引き起こした。



 恭介のバトル場にはゼクロム(雷雷雷:130/130)、ベンチにはAfポイズンアディクションの効果で毒から回復しないバッフロン(50/100)、ベンチには二体のシビビール(90/90)。
 向き合うロドニー・タマウチのバトル場はAfポイズンアディクションをつけたドクロッグEX(超超:160/170)、ベンチには大きなマントをつけたヨノワール(超:140/140)。どちらもまだ一枚もサイドを取っていないが、すぐにその均衡は崩れるだろう。
「ゼクロムで攻撃。雷撃!」
 ゼクロムが尾のタービンを回し、青白く発光する。腕を一振りして放った電磁波がドクロッグを逃がさぬように縛り付け、火花を散らしながら突進をかます。
 重い一撃をドクロッグ40/170に与えた直後、溶接時のような強い白い光が視界を覆う。あまりにも強力な一撃は、リスクとしてゼクロム90/130自身にも40のダメージを残す。
「なかなか懲りずに攻撃してくるね。Drop dead!(目障りだ) まずはそこの暴れ牛からだ。バトル終了と共に毒の判定を行う。三倍毒、スタジアム『タチワキシティジム』の効果によってバッフロンは50のダメージ」
 目まぐるしく体を駆け巡る毒に、バッフロン0/100の巨体が崩れ落ちる。これでこの対戦で初めてのサイドはロドニーが先取。
 とはいえ次の番に三倍毒を打たれても、ゼクロムの残りHPではまだもう一度攻撃するチャンスが残される。同名カードは二枚までしか入れられないハーフデッキでは、ゼクロムの攻撃を永遠と躱しきるのは不可能だ。
 コンボを断つか、ゴリ押すか云々の前にまず攻撃の手を緩めて考える余裕が無い。もっと余裕を持って周りを見れればいいものを!
「ミーのターン。ヨノワールのアビリティ『シャドーホール』を発動し、ドクロッグについているダメカンを十三個全てヨノワールに付け替える!」
 ドクロッグの体力がこれで全て回復。しかし、ヨノワール10/140には何故かエネルギーがついている。まんたんの薬、いいぎずぐすりにしろ体力を大幅に回復するカードとはミスマッチだろうに。しかしもっと不可解なのはロドニーの表情だ。コンボが回っているはずなのに、もどかしげな様相を呈している。
「That does it !(我慢できないネ) いくら親友のくれたデッキとはいえ、いつまでも毒だけで攻めるのはあんまりにも面白くねえ」
「何をする気だ?」
「ドクロッグEXの超エネルギーを一つトラッシュ。そしてベンチのヨノワールと入れ替える!」
「はぁ!?」
 眉を潜める恭介の後ろで、一体なんなんだと困惑した翔が呟く。しかし亮太だけは真剣な面持ちで場を見つめ、何かあると言う。
「Life is too short. (人生は短いんだ) 男ならちまちま性に合わないことをするよりも、短い人生ででっかくド派手な花火を打ち上げるべきだ。そう思わねえか?」
「え? いや、まあ分かるけど」
「ヨノワールにダブル無色エネルギーをつけ、バトルだ! いたみのつぶて!」
 ヨノワールの両手にほのかに赤く発光する小粒のエネルギーが、数多く。いや、十三個現れる。そしてそのまま腕を振りかぶり、ゼクロムに打ちつける。連続攻撃にゼクロム0/130のガードはすぐにはがされ、翼で覆ったはずの胴体に複数の攻撃がヒットする。
「痛みのつぶてはヨノワールに乗っているダメカンと同じだけのダメカンを相手に乗せる。ヨノワールに乗せたダメカンをそのままそっくりお返しだぜ。これでサイドを一枚引かせてもらう」
「お、俺はシビビールをバトル場に出す」
 マジかマジかマジか! 俺の計算が狂ってきた。毒を受けても返しのターンで殴り続けるつもりが捨て身の覚悟で攻めてきた? 予想していた策が全て流れて消え去ってしまった。
「Cheak the moment!(この瞬間を確かめろ) というよりはチェックメイトと言ったところかな?」
 しかも非戦闘要員のシビビールしか残らなかったことが、じわじわと思考回路に響いてくる。次の番で戦闘用のポケモンか、それをサーチするカードを引いてまずはヨノワールを倒さなければ。
 腰のデッキポケットに手を重ね、目を閉じ一つ深呼吸。そして間髪入れずにカードを引き抜く。首を僅かに回して尻目に引いたそれを視界に入れる。
「俺がもっと大きな花火を打ち上げてやるぜ! 俺はベンチにこのポケモンを出す。理想を抱えし黒き龍。暗雲切り裂き光を放て! 招雷せよ、ゼクロムEX!」
 スラリと伸びる腕の先には広い手。腕と同じ箇所から伸びるのは、体格ににつかわない小さな漆黒の翼。コンクリートの地面に降り立つ屈強な脚のすぐ後ろに、円錐型の発電機を担う大きな尾。黒一色の身体から、赤い眼光が場を睨む。これが風見から譲り受けた新兵器、ゼクロムEX180/180。
「Well. I never.(こりゃ驚いた) 事前にもらったデータではEXは未使用だったんだがな。やってくれるじゃないか。だがエネルギーはまだ無しときた」
「忘れてもらっちゃこまるぜ。シビビールの特性『エレキダイナモ』を発動。トラッシュにある雷エネルギーを自分のベンチポケモンにつける。二体分の効果を使い、ゼクロムEXに雷エネルギーを二つつける。更に手札からも雷エネルギーをゼクロムEXにつける。続いてグッズ『ポケモン入れ替え』を発動! ベンチとバトル場のポケモンを入れ替える。もちろんゼクロムEXをバトル場に出すぜ」
 早くもエネルギーを溜めきったゼクロムが意気揚々とバトル場に繰り出される。尾のタービンも回転を始め、体がところどころ青く光を放つ。
「ゼクロムでヨノワールに攻撃。輝くツメ!」
 帯電した爪をヨノワール0/140に振り下ろす。ダメージをこれ以上受けきれないヨノワールは、浅く吹き飛ばされそのままフェードアウトをしていく。
 これで恭介もようやく一枚目のサイドを引ける。しかし何れにせよ残り一匹となったドクロッグを倒せば、それで決着だ。
「やるね! だがこれでミーも終わりじゃない。ミーは手札の超エネルギーをドクロッグにつけ、サポート『フラダリ』を使うぜ。そのエフェクトにより相手のベンチポケモンを選び、バトル場に出す。もちろんシビビールに出てもらおう。ゼクロムにはご退場願うぜ」
 超エネルギーが二枚。これで三倍毒の発動条件を満たしたことになる。更に、シビビールのHPは90/90。毒を喰らえば一瞬で回るのは必至だ。
「ドクロッグで三倍毒だ!」
 毒を埋め込まれたシビビール40/90が、ポケモンチェックで50もの毒のダメージを受ける。
「次のユーのターンが終われば、毒のダメージ50を受けてシビビールは気絶。そうすればゲームセットだ。分かっているとは思うがドクロッグにつけたAfポイズンアディクションによって、お前のシビビールの毒はどうやっても回復しない。つまり、これが正真正銘ラストターン」
「分かってるさ」
「さあ、どんなサプライズを見せてくれるかな!」
 ロドニーは白い歯をキラリと見せつけ、半身のまま恭介を右手でビシリと指さす。
 先ほどから感じていた違和感の正体を、恭介はなんとなく感じ取れた気がする。
 このロドニーは追手ど言えど、真剣にAfを追い求めているわけではない。単に刺激が欲しいだけなんだろう。だからこそ雇い主が用意したと思われる戦法に異を感じてヨノワールで攻めてきた。そういうシンプルなヤツ、嫌いじゃない。
「だったら見せてやるぜ。俺のターン。まずはエレキダイナモを発動してゼクロムEXに雷エネルギーをつける。更に手札のダブル無色エネルギーをシビビールにつけ、それをコストにベンチのゼクロムEXと入れ替える」
 これで臨戦態勢は整った。問題は170もあるドクロッグEXのHPを一撃で削り取るほどのパワー。流石のゼクロムEXでもそれは出来ない。しかし、その状況をこの時まで温存していた一枚で覆す。
「ポケモンの道具『力のハチマキ』をゼクロムEXに装備。これがある限り、相手バトルポケモンに与えるダメージは20追加される。さあバトルだ! ドクロッグEXに攻撃。震霆しんていのストロングボルト!」
 ゼクロムEXが、体から電撃を天井に向かって解き放つ。ワンテンポ遅れてドクロッグの真上に現れた雷雲から、倍増された稲妻がドクロッグEX0/170を貫く。
「Wonderful! I printed this moment.(この瞬間を焼き付けたぜ)」
「ストロングボルトの元々の威力は150。それに力のハチマキを20加えて170だ!」
「よっしゃ! ナイスだ!」
 勝利のブザーが鳴り響き、ホログラムが消えて元のビリヤード場に戻っていく。恭介と翔は拳をぶつけ、静かに勝利の喜びを分かち合った。
「負けたぜ。これは渡しておく」
 Afポイズンアディクションを、恭介はロドニーから受け取る。そして二人はその流れのままようやっと握手をする。
「正直の所、親友に頼まれただけであってポケモンカードはまだ日が浅いんだ。でもユーとの一戦で、今度は本気で鍛え直す事に決めた」
「そん時はいつでも相手になるぜ。……ところでその親友ってのは一体誰なんだ?」
「鬼兄弟。ちょっとイカツイ兄弟だ。ユー達の連れなら知ってるかもしれないぜ」
 きっと風見の事を指しているのだろうか。それだけ言い残すと、もう用無しさと言わんかのようにロドニーは踵を返し、ビリヤード場を後にした。



 その日の帰り道。翔と先に別れ、亮太を駅に送る途中で亮太が切り出す。
「今日戦ってたあのロドニーっていう人なんだけど」
「ん? どうかした?」
「前に言ってた話だと、Afを使うと衝撃が大きくなって怪我が出るかもしれないって」
「そうだけどそれがどうしたんだ」
 ふと亮太の足が止まる。つられて歩みを止めた恭介は、神妙な面持ちの亮太を見つめる。
「あの人がAfを使っていても、そういう衝撃的な何かを感じなかったんだけど」
「そういえば確かにそうだ」
 他のAfと以前戦った時は、確かに相手のAfによって恭介自身もダメージを負った。しかし今日の対ロドニーでは、Afこそ使われていたがそれ以外は至って普通の対戦と同じだった。
 ダメージを負う時と負わない時、その違いはどこにあるのか。Afの謎は深まるばかりだ。



──次回予告──
翔「行く先々にどんどん現れる新たな追手。息つく暇すら与えてくれない。
  薫、追手は俺が相手する。お前はそこで待っててくれ!
  次回、『漆黒の鎧』」
薫「二人目の追手!? 翔だけに苦労はかけさせないんだから!」

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