5話 対峙する眼差し

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 仁科が加入してから十日。お盆ど真ん中のこの日頃、Af集めは順調と言っていいほど進んでいた。
 仁科の加入以後に翔が一枚、恭介が一枚、風見が二枚、仁科が一枚。これでジャイアントミラージュ、ファルスレポートを合わせて、翔達のAfは計七枚に達した。インターネットでは大型掲示板での話題だけでなく、裏サイトでの取引にまで繋がっているが、その情報は概ね都市部に集中している。
 Afはバトルデバイスによるカードスキャンが行われる際に、通常とは違う挙動を見せる。その挙動を見せたバトルデバイスの、デバイス自体がもつ衛星測位機能(要はGPS)によって位置を割り出し、翔たちが現場へ駆けつけて各個撃破する。という流れだ。
 そして今宵もまた翔は風見からの連絡を受け、Afの回収に向かっていた。
「バシャーモでルチャブルEXに攻撃。ブレイズキック!」
 飛びかかるルチャブルの攻撃を、バシャーモは左足を軸にひらりとかわす。ターンの勢いをそのまま乗せたまま、炎を纏った脚で上空高く蹴飛ばす。これで翔のサイドは0枚。勝負が決まった。
「なかなか手こずったけど、勝てればどうとでも言えるな」
 相手から回収したAfを、入れるところが無いのでとりあえずデッキポケットに突っ込んでおく。
「ノルマ達成したし、帰るぞ恭介。飯どっかで適当に行くか」
「そうだなー、地元ついてから飯?」
「どっちでも」
 首を回し腕を回し、疲れを労わりながら恭介のバイクへ向かう。今回は家からなら行き道に四十分もかかる、見知らぬ土地の河川敷。たまたま昼間にいた場所からだと十五分で来れたが、今から家に帰るとなるとさらに疲れそうだ。
「ん?」
 誰かの視線を感じる。暗がりでよく見えないが、水色のシャツに白のチュールスカート。そして紫の髪をバレッタでまとめ上げ、清楚な印象を受ける女の子と視線があった。
 ただ単に見られているわけじゃない。醸し出す雰囲気とその視線だけでわかる。向けられているそれは、明確な敵意だ。
「恭介、風見に連絡だ。もう一戦あるかもしれない」
「え? ああ、分かった。……気をつけろよ」
「当然」
 恭介の背中を軽く叩いて、一度後ろに退かす。向こうも翔の戦闘態勢を察してか、河川敷にまで下りてきた。
「Afを集めているのはあなた。……ですね」
「だとしたらどうする?」
 敵なのか、味方なのか。こういう駆け引きは風見の方が絶対上手いのに。そう心の端で考えていたさながら、その子がバトルデバイスを構える。
「ならば戦うまで! 付き合ってもらうわ」
「ちっ、こうなったら仕方ねえ!」
 右手にはめたままの指貫グローブの感触を確かめ、翔も応じるようにバトルデバイスを宙に放る。
 翔も、向かいの女の子も左手首に巻きつけたデッキポケットのモニターを起動させ、デッキポケットとバトルデバイスをBluetoothで接続させる。
『ペアリング完了。対戦可能なバトルデバイスをサーチ。パーミッション。ハーフデッキ、フリーマッチ』
「戦う前に一つ、名乗っておきます。私はチーム『イエローリング』の澤口美咲(さわぐち みさき)です」
 イエローリング……。どこかでその名前を聞いたことがある。翔はおぼろげな記憶を手さぐりで探すものの、イマイチしっくりこなかった。
 チームといっても、別に公式的なものではない。単に意思だったり目的が同じ人たちが集団で集まっただけで、チームでも繋がりが強いチームであったり弱いチームであったりと、多様だ。
 翔達にしてみても、翔、風見、恭介、仁科も同じ目的で戦っているから、四人がそうであると言わないだけで、傍から見ればチームであるとも言える。
「俺は奥村翔だ」
「私はAfは人の欲望を増幅させると聞いています。そんなカードはこの世に存在してはいけない。ポケモンカードはあくまで人と人を笑顔でつなげる架け橋。だからこそ、Afは破棄されなくてはいけない!」
「破棄ってまさか」
「もし私が勝ったら、その場でAf全てを破棄してもらいます」
 確かにこの子が言っていることは正しい。Afは無いに越したことはない。しかし、まだこのカードを破棄するわけにはいかない。
 あくまで風見がAfを回収せよと言っているのは、二度と同じことが起きないようにAfを解析するため。そして、最初にAfをばらまいた事件の真犯人を追うためだ。
 ここで負けてしまえば、その手がかりの多くが失われてしまう。いくら相手が正しいことを言っていたとしても、俺たちにはそれを上回る信念がある。
「悪いが、そういう訳にはいかない! 俺たちにとってこのAfは必要なカードだ」
 背後から「翔!」と相棒が俺の名を叫ぶ。
「風見が十分程で来れるらしい。頼むぜ」
「ああ。行くぞ!」
 バトルデバイスが自動で決めた先攻は、翔からだ。最初に七枚の手札を引き、そのうちのたねポケモンをセット。向こうもセットが確認されると、同時にそれがオープンされる。翔の最初のポケモンはアチャモ60/60。対する相手は──
「マジかよ」
 想定外のそのシルエットに、開いた口が塞がらない。対峙する澤口のバトルポケモンは、ミュウツーEX170/170。出だしからEX、本気で俺を潰しに来るつもりだ。
「まずは俺のターン。グッズ『炎のトーチ』を使う。炎エネルギーを捨て、二枚ドロー。アチャモに炎エネルギーをつける。さらにポケモンの道具『固いお守り』をアチャモにつける」
 翔は相手の感情が微かに分かる能力、コモンソウルを通じて、澤口を捉える。思わず身の毛もよだつほどの敵意と、勇みを感じる。手っ取り早く勝負を決めに来るつもりなのだろう。向こうがそのつもりなら、こちらも出し惜しみは出来ない。
「勝利の轍、高らかに! 駆け抜けその手に栄光を! 光来せよ、ビクティニEX!」
 対EXポケモンに特化したビクティニEX110/110で迎え撃つのが理想だ。ただ、それにはミュウツーEXのHPは高すぎる。差し違える覚悟で戦わないといけないだろう。
「私のターン。私はミュウツーEXに超エネルギーをつけ、サポート『大好きクラブ』を発動。山札からたねポケモンを二枚まで手札に加える。私が加えるのはテラキオン(130/130)とシンボラー(90/90)。この二体をそのままベンチに出す」
 どれもHPが高いたねポケモンばかり。倒すのにはなかなか骨が折れそうだ。
「続けてスタジアム『次元の谷』を発動」
 空が極彩色に塗り替えられていく。翔と澤口、そして恭介がいるところまでで、大地が円形に抉り取られて浮上していく。いいや、あくまでこれはホログラムによる映像だ。浮上したように感じるだけで実際は周りの景色が遠ざかったかのような映像表現をしただけだ。
 流動的に色が変わっていく空を見ていると、どことなく心が落ち着かない。遅れてくるように周囲から多数の浮島が現れ、時折空から飴粒大の色の塊が浮島の付近を周回する。
「この谷の中では超タイプの持つサイコエネルギーが増強。つまり、互いの場の超ポケモンのワザエネルギーが無色一つ分少なくなります」
「エネルギー軽減カード!」
「ミュウツーEXで攻撃。Xボール」
 体を折り曲げ、腕を交差させたミュウツーが溜めこんだ力を解放する。空間にX字の裂け目が現れ、そこから球体のエネルギーがアチャモ目掛けて飛んでいく。
「Xボールの威力は、互いのバトルポケモンのエネルギーの数×20となる。今、お互いに一枚ずつエネルギーがあるため受けるダメージは40!」
「アチャモがつけている固いお守りの効果で、アチャモが受けるダメージは20軽減される!」
 あたふたと右往左往するアチャモに代わってエネルギー弾の攻撃を固いお守りが弾き飛ばす。しかし、空間の裂け目から二発目のエネルギー弾が現れる。二発目のXボールが地面スレスレを走り、必死に逃げるアチャモを追いかける。風圧で抉られた地面が砂や小石を巻き上げ、アチャモの脚に当たる。健気に逃げたアチャモ40/60のバランスが崩れ、Xボールが直撃する。
「たかが20ダメージ! 俺は手札の炎エネルギーをアチャモにつける。続けてグッズ『不思議なアメ』を発動。アチャモをバシャーモ(120/140)に進化させる。そのままバトルだ。ブレイズキック!」
 このワザはコイントスを一度してオモテなら30ダメージ追加。ウラなら相手を火傷にする。コイントスの結果はオモテ。基本威力の40に30を加えて与えるダメージは70だ。
 炎熱を纏い、一度の跳躍でミュウツーの眼前にまで接近する。鈍角を成すほど高く振り上げられた右足が、ミュウツーEX100/170の横っ腹に鋭く叩き込まれる。外力を受け横に飛ばされるミュウツーだが、それでもなお膝を着かせるまでには至らない。
「私の番です。グッズ『びっくりメガホン』を使います。相手の場のポケモンの道具を全てトラッシュする」
 空中に現れた赤いメガホンが、クラクションに似た轟音を鳴らす。耳を塞いで倒れ込むバシャーモの脇から固いお守りが落ち、そのまま消えていく。
「私はミュウツーEXに超エネルギーをつけ、『学習装置』をベンチのテラキオンにつける。バトル! バシャーモに攻撃、サイコドライブ!」
 ミュウツーの右腕に楕円の形を成したエネルギー体が形成される。ただのエネルギーの塊じゃない、その周囲の空間がひしゃげてしまってるほどだ。
 前傾姿勢になり、ミュウツーが一歩踏み出す。と同時、ミュウツーの姿が掻き消えてバシャーモの背後に現れる。振り返ったバシャーモが果たしてミュウツーの姿を捉えられたか、零距離で攻撃を受けて爆発と同時に黒煙が舞い上がる。
「ぐっ……! Af無しでこのインパクト、なんて力だ」
 翔の羽織っていたシャツが、巻き起こる爆風で乱雑に翻る。煙が晴れた先に、バシャーモの姿はもうなかった。
「サイコドライブのコストとして、ミュウツーについているエネルギーを一つトラッシュする。そしてサイドを一枚引くわ」
「俺はビクティニEXをバトル場に出す」
 今の攻撃、サイコドライブの威力は120。バシャーモの残りHPを丁度残すところなく削っていった。あのびっくりメガホンがなければ今の一撃は耐えれていただろうに。
「その程度ですか」
 分かりやすい挑発的な物言いだ。しかしこうも圧倒的な力を見せつけられた今、それは単に挑発以外も意味する。
 コモンソウルの能力をもち、元より人の動向を察する力に長けている翔は鋭敏にそれを嗅ぎ取れる。実力の差を憐れむそれだと。
「貴方のビクティニにはエネルギーが一つもついていない。次の私の番、もう一度サイコドライブで攻撃すればそれで終わりですよ。使わず終いでいいんですか、Af」
 分かってて言っているのか、カマをかけているだけなのか。確かに翔の手札には先ほど回収したばかりのAfパワーシャッターが存在する。このカードは相手の攻撃を受けたときに使え、手札のカードを二枚までトラッシュすることで、トラッシュした枚数×10だけ受けるダメージを減らす防御カード。これを使えばHP110のビクティニもサイコドライブを耐えることが出来る。
 とはいえただ憐れむだけならまだしも、今の一言は翔の青筋を立てた。
「そりゃいい忠告をどうも! だが俺は信用している人の事しか聞かないんでな」
 腹の中で何かが暴れるような衝動。それでいて異様に落ち着き冴える心。烈火のように紅に染まった眼が紡ぎ出す、二律背反な境地。これこそが翔のオーバーズ、レイジングハートだ。
「赤いオーバーズ……」
「俺のターン!」
 引いたカードはエーススペック。戦況を一枚で塗り替える正真正銘の切り札だ。
「俺からも一言言わせてもらおう。そのミュウツーの後衛、もう少し育てておくべきだったってな。俺はエーススペック『ビクトリーピース』をビクティニEXにつける。これはビクティニEX専用のポケモンの道具。このカードがついている限り、ビクティニEXはエネルギー無しで全てのワザを使うことが出来る!」
「よし、いいぞ! これならエネルギー三つ必要なワザもすぐ使えるぜ!」
「今こそ限界を超えた力を解き放て! ビクティニでミュウツーに攻撃。ライジングバーン!」
 ビクティニの頭部のVを象る輪郭に沿うように、大きな炎が浮かび上がる。
「このワザは相手がEXポケモンの場合、威力が50上昇する。元の威力50に加え、与えるダメージは100!」
 空中で回転しながら、ビクティニは頭から突進する。真正面からミュウツーもサイコパワーで受けきろうとするが、叶わず。衝撃をそのまま受けてミュウツーEX0/170は大火に飲みこまれていく。
「EXポケモンが気絶したため、俺はサイドを二枚引く」
 これでサイド差はひっくり返った。しかし澤口の表情には何の驚きも感じられない。むしろ、想定通りと考えているかのような。
「テラキオンにつけた学習装置の効果。自分のポケモンが気絶したとき、そのポケモンのエネルギーを一枚テラキオンにつける。私は超エネルギーをテラキオンにつけ、バトル場に出す」
 捲土重来の雰囲気も、一気に冷え込むような。そんな空気の流れの変化を覚える。
「私のターン。手札の闘エネルギーをテラキオンにつけます。そしてサポート『アイリス』を発動。この番相手に与えるワザの威力を、相手が既にとったサイド一枚につき10増やす。これで全ての準備は整いました。中々に肉薄する攻撃に少しは驚かされましたが、その次の手なら既に用意されています。テラキオンで攻撃、かたき討ち!」
 鈍重な巨体を揺らし、テラキオンがビクティニをめがけ突っ込んでくる。恭介が翔の名を叫ぶ。
「かたき討ちは元の威力は30ですが、前の番に相手のワザによって自分のポケモンが気絶させられたとき、その威力は60プラスされる。それにアイリスの効果も加算。貴方がとったサイドは二枚なので、威力を更に20増やす!」
 その全てを合わせると、30+60+10×2=110ダメージ。ビクティニEX110/110の体力を削りきる。
 まさかミュウツーEXが倒されることを予見してここまで? いや、違う。ミュウツーが倒されなければそのまま倒し、ミュウツーが倒されればかたき討ちで仕留める。どちらにでも対応することが出来たのだ。とどのつまり、彼女は追い詰められたとは微塵も思っていなかった。
 まだ手はないか。相手への賛美は後だ。思考を一度リセットし、左手の手札を見る。あった。Afダメージシャッター。これがあれば耐え、次の番にチャンスを回すことが出来る。しかしそれでいいのか? いや、使おうと使わなかろうと負ければAfは破棄されてしまう。それなら!
「手札からAfダメージシャッターを──」
「リューノブレード!」
 よく知った声が響く。上空からガブリアスが右ひれを構え、突っ込んでくる。互いにビクティニの手前でぶつかり合い、砂煙を巻き起こす。
「間に合ったようだな」
「風見!」
 翔たちがいる浮島より高く位置する浮島から、バトルデバイスを起動させた風見が現れる。攻撃を中断されたテラキオンは一度元の位置に下がり、ガブリアスも一度二匹から距離を取る。
「これ以上はこの俺がさせない」
「姑息な手段ですね、風見さん。貴方をそんな人だとは思っていませんでした」
 澤口は翔から目を離し、きつく風見を睨みつける。流石にこれは想定外なのか、動揺が見てとれる。
 緊張が解けたのと同じく、翔のオーバーズも効果が切れる。
「本気でAfの破棄などと言っているのか。破棄したところで何の意味がある」
「人間には大きすぎる力です。そしてその力は必ず破滅を招くんです!」
 今まで大仰なリアクションの無かった澤口が、手振りを使い感情的に叫んだ。今までの落ち着いた雰囲気とは違い、まるで喚く子どものようだ。
「まだあいつのことを引きずっているのか」
 初めて澤口の口撃が止まった。それどころか、少し手が震えているように見える。
「なあ、あの二人知り合いなのか?」
 恭介が翔に近づき、耳打ちする。知らんとだけ翔は返すが、どう考えても訳アリなのは間違いないだろう。
 目の前の相手と本気でぶつかりあったときだけ、しかコモンソウルは発動しない。今澤口が戦っているのはもはや翔ではなく、風見だ。そのためコモンソウルを使って澤口の感情を読み取ることは出来ない。
「前も電話越しで伝えたはずだ。破棄するにしても、根源から絶やさなければ意味はない。目の前にあるものに固執するだけでは大局は見えないと」
「……分かりました、ここは一度風見さんに免じて退く事にします。しかし次は保証できません」
 澤口がバトルデバイスを強制終了させる。景色も元の河川敷に戻り、全てのポケモンの映像が消えていく。
 言葉を残さず立ち去ろうとする澤口の背中は、戦っているときよりも小さく見えた。翔達はその姿が見えなくなるまでただじっと、立ち尽くしていた。そしてようやく恭介が口を開く。
「はーっ! もうダメかと思ったぜ」
 尻餅をつき、恭介はそのまま大の字になって寝転ぶ。なぜお前がそんなに疲れるんだ、という言葉を飲み込んで翔は風見に尋ねる。
「あいつは知り合いなのか?」
「ああ。結構古い知り合いだ。実は事前に俺たちに手伝ってほしいと連絡をしていたんだが断られていてだな。恭介の連絡を受けて飛んできた」
「なるほど。一応凌ぐことは出来たつもりだけど、その先を何も考えて無かったから助かったよ。ありがとう」
「そういう時は何も言わずにただありがとう、と言うのがいい。俺たちもいつまでもここにいても仕方がない、帰ろう」
 恭介が立ち上がり、砂を払う。翔もバトルデバイスを直し、河川敷を後にする。
 風見は、澤口は俺が決着をつける。お前たちは気にしなくていい、と言っていた。しかしあの実力差。あの対戦内容が深く記憶に刻まれる。
 いつも誰かが助けに来てくれるわけではない。本来なら自力で敵を捻じ伏せなければならない。己の実力不足を痛感する一夜となった。



──次回予告──
恭介「ビリヤードで遊んでるってのに、やけに騒々しい奴がやってきた」
翔 「わざわざ向こうから来るってことは自信アリってことだな。気をつけろよ。
   次回「Print the moment!」」
恭介「敵さんからわざわざ来るとは! 腕が鳴るぜ」

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