第43話 死線幽導

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「さて……次は君に頼もうか。ヨノワール」
「オオオオ……」

 ジェムの傍にいるダイバとアルカ、バトルタワーで行く末を見ているブレーン達、そしていずれこの戦いを見ることになる無数の観客達のためにサファイアは次のポケモンを出す。二つの拳を構える巨漢のような姿をしたゴーストタイプのポケモンがシャンデラと共に並び立つ。

(ふん……やはりそいつが出てくるか)

 ドラコもチャンピオンを倒すべき王者として目標にし続けた人間の一人であり、サファイアのポケモンがどういう個性を持つのかは知っている。なので次の一手は予測できた。

「ヨノワール、『シャドーパンチ』」
「カイリュー、ボーマンダを守れ!」

 ヨノワールが拳を前に突き出すと同時に消える。だが見えないだけで拳は直線状に飛ぶことも知っている。向こうの狙いは『破壊光線』の反動で動けないボーマンダだ。カイリューが間に割って入り攻撃を受け止める――と同時、カイリューの体が凍り付き、巨体が地面に落ちていく。ヨノワールが拳が当たる瞬間に『冷凍パンチ』に切り替えたのだ。

「だがよもやその程度で倒せると思うなよ!『地震』だカイリュー!」

 カイリューが落下する勢いを利用して地面を揺らし、その衝撃で自身を覆う氷を砕く。『冷凍パンチ』を受けた瞬間から飛ぶのやめ『羽休め』で体力を温存しながら落下し『地震』に繋げサファイアのポケモン二体を攻撃する。特にドラコの操るカイリューの特性は『マルチスケイル』により体力がみなぎる限り受けるダメージを半減し、『羽休め』により生半可なダメージではカイリューの体力を削ぐことはできない。

「追撃しろボーマンダ、『ハイパーボイス』!!」
「ボアアアアアアアアアア!!」

 空気を切り裂くほどの力を得たボーマンダの『ハイパーボイス』はジェム達との戦いでも見せた通りノーマルタイプを超越し飛行タイプとしての性質を持つ。『地震』のような物理攻撃は見切れても本来無効であるはずの音の攻撃までは防げず、ヨノワールとシャンデラが大きく仰け反った。応戦して相手の二体が氷と炎の同時攻撃を放つが、全てカイリューが受け止め『マルチスケイル』が攻撃を殺しきる。そしてボーマンダが天空から『ハイパーボイス』を放つ。ヨノワールとシャンデラも反撃することでしのいではいるが、音による攻撃は通常の回避ができない。『影分身』や『身代わり』を操り攻撃を回避することに長けたチャンピオンのポケモンには天敵といえる相性だった。ここまでの戦いはドラコが圧倒している。

「すごい……こんなに強かったのですか、ドラコは……」

 アマノの策に嵌まり単調な攻撃を繰り返していたドラコとはまるで別人のような動きだった。いや、あのときはわざと捕まるためにそんな挙動をしていただけだったのだろう。腕の中のジェムも、戦いを見てぽつりと呟いた。

「初めて会ったときも、昨日の勝負も……本当は、私なんて簡単に勝てたのに負けてくれたのかな……」

 ジェムにとっては、それが一番苦しいことだろう。自分の心を奮い立たせ、あるいは敵になってしまっても叱咤激励してくれた人が本当は茶番を演じていただけだったと言われたのだから。まんまと騙された側であるアルカには何も言えない。そして数秒の沈黙の間にも、戦況は変化する。


「――『重力』」


 ヨノワールが両手を突き出し、放つのは上から押さえつけるのではなくブラックホールのような一点を中心に全てを吸い込む重力。『未来予知』によりボーマンダが『ハイパーボイス』を放つ直前に発動したそれはカイリューとボーマンダを一気に近づけカイリューの鼓膜を破壊した。カイリューが悲鳴を上げ耳を塞ぐ。

「ちっ……カイリュー、『羽休め』で回復だ!」
「既に君の声は届かない。シャンデラ、『煉獄』」
「ボーマンダ、カイリューを連れて逃げろ!」

 シャンデラの枝分かれした灯火が強くなった次の瞬間、地面から濃紫の火柱が上がる。ボーマンダはその前兆を見た上で回避しようとして一旦後ろに上がるフェイントを入れてから前に出る。枝分かれした腕の炎が一つ、二つ、三つ、四つと灯り、最後の頭の炎が燃えた瞬間、ボーマンダの飛ぶ方向に炎が吹きあがる予兆を感じドラコは反射的に叫ぶ。

「止まれボーマンダ!!」
「……本当にそれでいいのか?」
「っ……!!」

 ボーマンダはトレーナーの指示を信じ止まる。だがシャンデラの炎はそれを事前に見透かしたようにボーマンダの真下から炎を吹き上げた。ボーマンダが抱えていたカイリューが煉獄に焼かれ、飛ぶ力を失い地面に今度こそ墜落する。

(この私やボーマンダがフェイントに騙された? いや……)

 ポケモンバトルでのトレーナーの指示やお互いの戦略を読む行為は目で見て判断するだけでなくその前兆や相手の思考を読んで先に手を打たなければ間に合わない。ジェムとダイバもお互いの手を考えた上で指示を出していたのが良い例だ。それを誤れば、このような不利につながる。

「どうした? 君から挑んだ戦いだ。この程度で折れてもらってはこちらも困る」
「ふん……そんな気は毛頭ない。チルタリスの大いなる雲に導かれた翼を見るがいい!!」

 サファイアの挑発を迎え撃つようにチルタリスをメガシンカさせ、フィールドにメガボーマンダとメガチルタリスを並べる。同時に咆哮しボーマンダは台風のような風切り音を、チルタリスは天使のラッパのような壮麗な歌声を響かせた。飛行及びフェアリータイプとなった『ハイパーボイス』の二重奏が相手を襲う。

「二体とも『守る』だ」

 サファイアの指示によりヨノワールとシャンデラが自らの影の中に潜み攻撃をやり過ごす。影の中にいる限りはどんな強力な攻撃も受け付けない、サファイアのポケモン特有の鉄壁の守りである。『影分身』を始めとした十重二十重の回避を潜り抜けてもチャンピオンにはこの技がありよほど不意を突かなければ手痛いダメージを与えることはできない。だがドラコは笑った。

「ふん……そんなに負けるのが怖いかチャンピオン」
「何……?」
「『影分身』に『身代わり』、果ては『守る』や『ゴーストダイブ』で影の中に隠れて攻撃から逃れる。軽やかで優雅に躱すといえば聞こえはいいが派手な演出を暴かれてしまえばお前の戦いは臆病なものでしかない」
「挑発のつもりかな」
「さあな、だが私はそれを破るためにここへ来た、それだけの話だ。続けろ二体とも!!」
「ボアアアアアアアアア!!」
「ピュウウウウウウウウ!!」

 二体の竜が互いを上回ろうとするがごとくさらに強い咆哮を放つ。だがサファイアのポケモンは影に潜んで出てこずダメージはない。やはりチャンピオンは安い挑発になど乗らない。だがいつまでも影に隠れ続けることもしないとドラコは読んでいた。あまり長い膠着状態は観客を飽きさせる。それは観客を楽しませることを生業とするチャンピオンがとても嫌うことだからだ。

(恐らく次の一手はシャンデラで何かしら仕掛けた後本命のヨノワールの『冷凍パンチ』……だがチルタリスの『コットンガード』で受け止められる。そしてその隙をボーマンダが切り裂く。他の手だとしても今度は見切ってやる)

 ドラコはチルタリスにアイコンタクトを送り、あえて一旦咆哮のための息継ぎをさせる。チルタリスの動きを見逃さず咆哮が途切れる直前にサファイアが口を開いた。

「『妖しい光』」
「『神秘の守り』!」
 
 シャンデラが影から抜け出て頭の炎をチカチカと点滅させる。それはドラコの視界をも遮ったが読めていたことだ。間髪入れずに指示を出しチルタリスが神秘のベールで味方を覆い光による混乱を防いだ。そして読み通りヨノワールが拳に氷を纏わせるのに対し続けてチルタリスが自らの羽毛を体に纏い物理攻撃を弾く守りを敷く。こうしている間にもボーマンダの咆哮は相手の体力を削っている。この一撃を受けきればヨノワールとシャンデラは倒れる。
 
 はずだった。

「……ドラコ、早く指示を!!」
「何!?」

 アルカの焦った声に驚き目を瞬く。するとヨノワールの氷の腕はそもそも放たれておらず攻撃を受けた様子はないのに自分の竜たちが急に力を奪われたように地面に落ちるのが見えた。ドラコが状況を理解する前にヨノワールが拳を構える。拳に黒い怨念が集まり何倍にも巨大化していく。

「彼の拳に集まれ、私の前に敗れ去った者達の無念よ――ヨノワール、『栄光の手』」

 巨大化した腕に拳が羽毛の守りなどものともせずチルタリスを正面から殴り飛ばす。抵抗できず吹き飛ばされたチルタリスは柔らかさなど無視するように壁に凹みを作り、気絶する。チルタリスを戻しつつ苦々しく呟く。『栄光の手』と呼称された技はつまるところ思い切り怨念を込めた『シャドーパンチ』だ。相手を幻惑するサファイアが締めに使うわかりやすい魅せるための大技である。

「……『冷凍パンチ』でも倒せたであろうにわざわざ大技の一つを切るとはな」
「そんなものより種明かしが欲しかったか? 『痛み分け』だ。シャンデラとヨノワールで二体同時にそちらの体力を貰った」
「いつの間にそんな技を……まさか!」

 シャンデラもヨノワールも技を使っていたから『痛み分け』を使う余裕はなかったはずだ。だがドラコはシャンデラの『妖しい光』を見て一瞬目が眩んだ。次に目を開けてみた光景はまやかしだったとしたら?

「シャンデラのあれは最初からトレーナーを対象にした幻覚か……!!」
「幻覚というより、相手の目に一瞬の映像を焼き付けるだけだがね。君は守りに守りを重ねる行為は臆病だと言った。『痛み分け』も体力を回復させるために使われる技だが……さて、私のこの戦術は臆病かな?」
「くっ……」

 恐らく『痛み分け』はドラコの挑発に対し意趣返しとして使ったのだろう。サファイアのやり口は大体そうだ。苦戦を演じ、相手の読みを凌駕した上で逆転する。観客は最終的にチャンピオンが勝つとは思っていても挑戦者の猛攻や鍛え上げた戦術の威力に飲まれもしかしたら挑戦者が勝つのでは、と思わせる。最初の優勢もサファイアにとっては計算通りでしかない。

「……貴様のそういう対戦相手を舐めた態度が私は大嫌いだ」
「よく言われるよ。私はただ見ている観客達に笑ってほしいと願ってのことだが」

 サファイアは平然と微笑を浮かべて答える。当然ドラコもそれがわかっているから今更激昂などしない。ルールは四対四。チルタリスとカイリューが倒されこれで出すポケモンが最後になる。最後のモンスターボールを掴み、ドラコは目を閉じる。その光景にアルカやダイバ、そしてバトルタワーのエメラルドとジャックがそれぞれの感想を吐く。


「途中から急にドラコがチャンピオンの行動を見誤るようになったのは……今言ったシャンデラの幻覚のせいなのですか?」
「いや、シャンデラに限ったことじゃない。どのポケモンを出しているときでもチャンピオンは相手の読みや戦略を上回る。チャンピオンの攻撃には観客も対戦相手もみんなが騙される……」


「ほお……途中はもしや、と思ったがやっぱモノがちげーわ。相手を最初から手のひらで転がすたあ昔の派手さに拘ってた時とは別人だぜ」
「そうだね、今のチャンピオンは勝負の派手さは相手に委ねるようになった。自分が不動のチャンピオンとなった今、彼自身が派手な技で圧倒しても面白くないからって……彼へ挑戦するトレーナーはみんなたくさんの経験を重ねた手練れだ。故に彼は挑戦者を分析して相手の手を読み切ったうえで迎え撃つ。ドラコさんは彼が招いたゲストだし最初から考えなんて筒抜け同然だろうね。戦いの主導権は委譲し相手以上の異常な読みで勝ち切る。それがあの子の今のスタイルだよ」

 
 チャンピオンは相手が自分を対策してくるのはわかっているし、立場上チャンピオンに挑む前にそれなりの戦いを積み上げて挑んでくる。特にゴースト使いであり十重二十重の回避手段を持つチャンピオンを倒そうと思えば自ずと手段は限られてくる。それを読み切ってしまうことこそ二十年間チャンピオンの座を守るサファイアの強さ――

「……と言われているが。それだけではないのだろう? お前が対戦相手をここまで虚仮に出来る理由は」
「!」

 サファイアがわずかに眉を顰めた。ドラコの言葉が強い確信を持っていたからだ。ドラコはその反応に満足したように言葉を続ける。

「私自身も戦ってみるまで確信はなかったが、今ようやくわかったぞ。やはり私の感じたものは読み切るとかそんなレベルの話ではない。この私が幻覚程度で『冷凍パンチ』を放たれたと勘違いするはずがないからな」
「……大層な自信だが、現実に騙されているのは君の方だ」
「そうだな、騙されたよ。お前は相手の動きなど読み切ってなどいない」
「何が言いたい」

 ドラコはジェムをちらりと見る。やはり涙にぬれているが、それでもドラコの戦いから目を逸らすことなく黙って見ている。ならば自分はこのままいくだけだ。


「ポケモントレーナーは指示を出すために常に相手の動きから次にどうするかを考える。特にゴーストタイプばかりが相手では目で見るだけでは判断できんからな。わずかな気配や意志から読み取るわけだが――お前のゴーストタイプ達はその幽かな気配を自ら生み出している。相手に『次の一手はこうだ』と偽の誘導をする。そしてチャンピオンに挑めるほどの経験を積んだトレーナーならばその前兆に必ず反応してしまう。理屈ではなく本能的に。トレーナーとして潜り抜けた死線を幽かな気配を出すことでいいように操る……そうだな、『死線幽導』とでも呼んでやるか。これがお前が常に相手を上回った本当のからくりだ」
「……!!」

 サファイアの顔に衝撃が走った。それは的外れなどではなく、核心をついていることが誰の目にもわかるものだった。

「相手には自分の意志で戦っていると思わせ、その実最初から自分の目論見通り……このフロンティアを裏で操る貴様の性格がよく出た戦い方だ。私もこうしてお前の意志でフロンティアに来ていなければ気づけなかっただろうな」
「……」

 サファイアが顔を手で覆う。自分の表情を隠し、しばし沈黙した。誰も口を挟まなかった。自分の戦術の核を見抜かれたことへの驚きと他に何の感情を抱いているのか。誰にもわからない。

「ふ……見事だ。認めよう。次からはこれを見抜かれていると承知の上で戦わなければいけないな」
「今負けるとは思わんのか?」
「君が最後に出すポケモンは最初に出したメガリザードンX。君のエースであり強力なポケモンではあるがそれ故に誘導……いや『死線幽導』と呼ぼうか。これはタネがばれたところで防げるものではない。私にはまだ控えるポケモンもいる。負ける要素はないよ」
「……何を勘違いしているんだ?」

 ドラコは手にしたボールを見る。そこには自分の相棒が出番を待っている。これが最後に出すポケモン。躊躇いがないと言えば嘘になる。それでもドラコは、己とポケモンを信じる。

「私は確かにリザードンで奇襲を仕掛けたが、ポケモンバトルが始まってからは何も技を使わせていない。ただ使う気がないから戻しただけだ。私が最後に出すポケモンは――砂漠の精霊竜、フライゴン!!」
「ふりゃあああああ!!」

 緑色の体に、赤い複眼。四枚の羽根を開き出てくるのはホウエンの竜の中でメガシンカを使えず、同タイプのガブリアスと比較され見下されやすい存在であるフライゴン。それを見たダイバが困惑した声を出す。

「リザードンを出さないのは確かにルール上問題はない。でも、ここでフライゴンなんて……!」
「……あなた昨日バトルタワーで見下して痛い目見てませんでした?」
「そうじゃない。ドラコのフライゴンは認める。でもフライゴンの『爆音波』はあくまでノーマルタイプでゴーストタイプにはダメージがない。味方をサポートする技はあったけどチャンピオン相手じゃ無謀すぎる……」

 バトルタワーでの戦いではあくまでサポートや追撃などに徹していた。隣にいるボーマンダの体力も残り少ない。サポートするフライゴンよりも高い能力を持つメガリザードンを出した方が逆転の目はある、ダイバはそう言いたいのだろう。


「すぐにわかるさ。ダイバ、そしてジェム……貴様らに精霊竜の奇跡を見せてやろう!!」

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