第11話 タマムシシティ・前編
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
輝くビル群、水の噴き出す噴水、舗装のされた道。
「こ、これが……タマムシシティ………ッ!!」
眼前に広がる街並みは、正に近代都市。ヤマブキシティも中々だったが、目の前に広がっているタマムシシティには及ばない。背の高いビルが立ち並び、大通りと細い裏道が交差し合い、大勢のトレーナーや買い物客でにぎわう道々。夜になれば、ちかちかと光るネオンサイトでまた違った顔を覗かせるのであろう。
私は目をキラキラさせて、町の入り口から走りだそうとした。そのとたん、すぐに伸ばされた手が私のポニーテールを引っ張る。
「痛い痛い痛い!」
「また迷いたいのか馬鹿」
背後から聞こえた声に、立ち止まって涙目で振り返る。キリが呆れかえった顔で私のポニーテールを掴んでいた。
私が立ち止まったためポニーテールから手を放したキリに向かって、全力で抗議の声を上げた。
「なんでポニテばっかり掴むの!」
「動きやすい位置でぴょんぴょん動いてるからじゃないのか?」
私の抗議にキリは口元を上げて即答した。その答えに何かデジャウを感じて首を傾げたが、すぐに思い出して手を叩いた。
『痛い痛い痛い!なんで髪ばっかり引っ張るの!』
『そりゃ掴みやすい位置でぴょこぴょこ動いとるからやないの?』
私はキリの顔をじっと見つめた。まさか見ていたわけじゃあるまいし、ここまで同じセリフと行動を取るとは。
「……なんだよ」
「いや、キリとカスムって仲良いなぁと思って」
「はぁ!?」
私の一言に、みるみるうちに不機嫌になっていく。苦虫を噛み潰したような顔で、私に向かってすごい勢いで叫んだ。
「僕はあいつが大っ嫌いだ!! 仲が良いだって? 何をどう曲解したらそうなるんだよ!」
そのままキリは肩を怒らせて、タマムシの街中に向けて歩き出す。私はその後ろ姿を追いかけながら、困ったような苦笑を口元に浮かばせるのだった。
ヤマブキシティでのバトルの後、キリはカスムの言った通り、私の旅をもう止めなかった。ドキドキしながら身構えていた私は、キリの「連れ戻さない」という言葉にホッと胸を撫で下ろした。
「良かったぁぁぁぁ……今度は逃げ切れるか分からないし」
「僕は実力のないポケモンを連れていると危ないと言ったんであって、バッジを手にできる程の実力を持っているなら、問題ないと考えたまでだ」
「またそういうこと言う」
「事実を述べたまでだ」
「実力の無い」のくだりでメロンパンを横目で見たキリに、ムッとしながら反論すると、きっぱりと返された。黙って聞いていた自称ブラッキー少女がむすっとした顔で私の後に続いて反論をする。
「進化できる程に力を持てたんだから、そろそろ認めても良いはずだろ。アッタマ固いよなぁアンタ」
私は昨夜、ブラッキー少女の家に泊まった。家と言っても少女の両親がホテルの経営者で、少女がバトルの邪魔をしたお詫びにとただで止めてくれたのだ。最初は辞退したのだが、少女が「それじゃ俺の気が済まないよ!」と言ってきたのでお言葉に甘えさせてもらった。昨夜は遅くまで話し込んで、私たちはすっかり仲好くなっていた。
何で私の事を知っていたのかについては、言葉を濁されたので深く突っ込まなかったが。
そして今は、他の宿に泊まっていたキリとヤマブキの公園で話している訳である。
「進化してようが、ひきこもってたら意味無いだろうが」
「それは確かにそうだけど、頑張りは評価してやっても良いはずだ。貶すばっかじゃ伸びねぇよ」
「……」
少女の言葉に、キリは無言でメロンパンを見た。思案するように顎にしばらく手を当てていたかと思うと、ぽつりと言う。
「……まぁ、進化したことは認めてやっても良いがな」
「え……」
キリがメロンパンを褒めたことに、私は目を見開いた。ブラッキー少女もダメもとのつもりだったのか、びっくりしたような顔をしている。キリは少しだけ恥ずかしくなったのか、そっぽを向いて咳払いをした。
「それはそうとして、お前はこのまま他のジムも目指すんだろ。それだったらタマムシに向かうのが良い」
「それはそうだけど……」
「だったら、僕もついていく」
「……へ?」
キリの思ってもみなかった言葉に、私はポカンとした顔になった。少女がそれにすごい勢いで反発する。
「何言ってんだ! お前が行くんだったら俺も行く!!」
「ええっ!?」
「……構わないが、親の許可は取れるのか? 明らかにまだ10歳にはなってないだろう」
「う゛……」
キリの冷静な突っ込みに、少女は言葉を詰まらせた。そのまま首を捻ってうんうん考え込んでいたが、やがてうなだれた。
「無理だ……てか、なんでお前はユズルちゃんと一緒に行こうと思ったんだよ。その年で不純異性交遊なんてお母さんは認めませんよ!」
ふじゅんいせいこーゆーってなんだ?
難しい言葉に私が悩んでいると、顔を真っ赤にしたキリが少女のほっぺたを目一杯に引っ張った。
「誰がするかそんなもん! そしていつからお前は僕の母親になったんだ!!」
「ひでででででででッ!いひゃいいひゃい!!」
べしべし少女がキリの手を叩くと、キリはぱっと手を放す。赤くなったほっぺたを擦っている少女はキリをギラリと睨んだが、何も言わなかった。
「僕がついていこうと思ったのは、タマムシに僕も用事があったからだ。ついでだついで」
「ふっう〜ん?ついで、ねぇ……」
「……なんだその含みは」
「べっつにー」
少女が怪しむ様にキリを見上げると、キリは目を逸らした。少女はくるりと振り返って私の方を向くと、手をがしっと握りしめる。
「ユズルちゃん、男はけだものだから気をつけてね!」
「けだもの?」
「変な事を吹き込むんじゃないッ!!」
キリは少女からひったくるようにして私を少女から遠ざけると、当社比2割増くらいに眉間のしわを増やして、今度は青くなっていた。赤くなったり青くなったり、忙しい事だ。
「話をいちいち脱線させるんじゃない!とにかく、ユズルは僕と一緒にタマムシへ向かう。子供は家で留守番でもしてろ」
「へぇへぇ……あ、そうだユズルちゃん」
「なに?」
少女がポケットから何かを取りだして、私に渡す。しずくの形をした白い入れ物に、とても澄んだ色の水が入っていて、キラキラ光っている。その輝きに目を奪われていると、少女が得意げに笑って見せた。
「それさ、“しんぴのしずく”って言って、水タイプの技の効果を高めてくれるんだ。いつかメロンパンのひきこもりが治った時、つけて上げると良いよ」
「いいの? こんな高価そうなもの貰っても……」
「いいよいいよ。俺はブラッキーしか使うつもりないから必要ないし、メロンパンが使うまではユズルちゃんがつけてて」
少女に貰ったしんぴのしずくを首から下げると、少女は嬉しそうな顔で頷いて、キリに向かってニヤリと笑った。キリがそれに反応して眉間のしわをますます深くする。強引に私の腕を取ると、ピジョットを繰り出した。
「さっさとタマムシに行くぞ! 来い!」
「ええええええっ!? 急ぎすぎじゃないの!?」
「そうだよ! 男の嫉妬は見苦しいぞー?」
「誰が嫉妬だ! もう黙れお前!!」
少女が茶化すと、キリは爆発しそうなほど顔を赤くして怒鳴った。無理やりピジョットの背中に私を乗せると、ひらりと自分も乗る。
「ピジョット、タマムシまで飛べるか?」
「ピジョッ!」
ピジョットは力強く声を返し、すぐに飛び立とうとする。羽ばたこうとするピジョットの周りに風が発生し、私は慣れない感覚にびくびくしながらも、初めてポケモンで空を飛ぶということに胸が高鳴った。
「ユズルちゃん、じゃあね! またヤマブキにも来てくれよ!!」
「うん! 絶対行くからね!」
風に巻かれて黒髪を風になびかせる少女は、だんだんと小さくなっていく。こうして私はキリのピジョットで、タマムシシティに向かったのだった。
と言う訳で、現在に至る訳だが。私とキリはエリカさんのいるタマムシジムに、キリの案内で来ていた。一度宿でチェックインしてから、エリカさんのいる時間に連れてきてもらった。エリカさんはタマムシ大学で教鞭もとっている忙しい方だが、出来るだけ挑戦者の相手を出来るようにと、いつも決まった時間にはジムにいるらしい。キリはもうタマムシのバッジはゲットしたらしく、分かりにくい位置にいるタマムシジムの場所を知っていた。
「ここがタマムシジムだ」
「……キリ」
「何だ」
私はタマムシジムの前にいる人物を凝視した。枯れ木のような身体に、ラフな格好。頭髪はとっくに失われたらしく、僅かに残った毛が白く染まっている。
「あのおじいさん、何やってるの?」
老人は「フヒヒ」とにやつきながら、タマムシジムの中を覗いていた。
「覗きだろう。気にすることはない」
いや、気にするって。
「タマムシジムの方からも何度か注意したらしいがな。相手が老人だから強く出る事も出来ず、もう諦めているそうだ」
諦めちゃいけない事もあると思うんだが。
微妙な顔をしている私に、キリは達観した目できっぱりと言った。
「気にするな。気にしたら終わりだ」
「……分かったよ」
私はなんだか微妙な気分になりながら、タマムシジムに入っていった。
……なんだか後ろで「今日はポニテの女の子も見れるのか! ええのう」とか聞こえた気がするけど、気にしちゃいけない。
「こんにちは! タマムシジムに挑戦にきた、マサラタウンのユズルです!!」
ジムの入り口で声を張り上げると、奥から「はーい」と女の人の声がして、ここのトレーナーであろう人が出てきた。
「挑戦者ですね……って、キリくんだ!!」
「げっ!」
長い髪の女の人はキリの名前を叫ぶと、逃げだそうとしたキリの首根っこを高速で掴んで奥に向かって大声で叫んだ。
「みんなー! キリくんだよ!! 来て来て!!」
声に反応して、色んな女性の声が奥から返ってきて、数人が急いで飛び出してきた。
「え? キリくん!?」「ほんと!?」「うっそぉ!」「待って待って今行く!」「お化粧道具見つくろっとくわ!」「ちょうどよかったわね」「買い物した後だったしね」「この服とか良いんじゃない?」「きゃあ可愛い! 絶対似合う!!」「ちょっと行ってくる」
「放せ! 今すぐ放せーッ!!」
キリがじたばたと暴れているが、女性は「めんどくさいなぁ」と言って、バタフリーを繰り出した。
「バタフリー、ねむりごな」
「なにす……ッ……すー……」
「これで大人しくなった」
女性はねむりこけているキリに満足そうな顔で頷く。私はものすごい勢いで流れていく展開についていけず唖然としていたが、そこでやっとハッとして、キリを奥へ連れて行こうとしている女性陣を引きとめた。
「ちょ、ちょっと何しようとしてるんですか!?」
「あら、挑戦者の子ね。申し訳無いけど、エリカさんはもうちょっと待ってね。すぐ来るそうよ」
「あ、どうも……じゃなくて!!」
女性の言葉に流しかけたが、幼馴染を見捨てるのは人としてアレなので、慌ててキリを引っ張っている女性の肩を掴んだ。キリはねむりごなでぐっすり眠ってるし、いつも通り私の斜め後ろで無言で控えているコーヒープリンは助ける気ゼロ。ここは私が何とかしないといけなさそうだ。
「大丈夫ですよ。彼の事は」
後ろから綺麗な声が聞こえて、私は勢いよく振り返った。肩口で切りそろえられた黒髪に、柔和な頬笑み、上品な物腰。まさに淑女といった雰囲気に、私は女性の肩を掴んでいた手を思わず放す。なんか後ろの方でキリが運ばれていったが、私は気にしている余裕はなかった。なんだか女性としての理想形を見ている気分で、顔を少し赤くして姿勢を正し、ぺこっと頭を下げる。
「マサラタウンのユズルです。タマムシジムジムリーダー・エリカさんですよね?」
「えぇ、そうですよ。本日の挑戦者ですね。こちらへ」
にこやかに笑って私の手を取り、バトルフィールドへと連れて行く。私はほわーとその歩き方まで優雅な様子に感動を覚えながらも、運ばれて行ったキリの事を思い出して、エリカさんに訊ねた。
「あの……キリは大丈夫なんでしょうか」
「はい、大丈夫です。ごめんなさいね、彼女達キリくんがお気に入りになってしまったようで……」
「いや、それはいいんですけど……」
まぁ、エリカさんが大丈夫だと言っているのだ。本当に問題は無いのだろう。
ここのタマムシジムは綺麗な女の人がたくさんいるし、連れて行かれた(というか拉致)キリも男の子なんだから、綺麗なお姉さんに囲まれて悪い気はしないだろうし。
バトルフィールドに着くと、審判の女の人がエリカさんに頭を下げる。エリカさんは私の事を軽く紹介すると、バトルフィールドに入って行った。私もそれに続く。
「これより、タマムシジムジムリーダー・エリカVS挑戦者・ユズルの試合を開始します」
私はコーヒープリンに振り返って訊ねた。
「リン、出たい?」
コーヒープリンは無言で首を横に振る。出る気は無いらしい。
「使用ポケモンは2体の入れ替え戦。一匹が戦闘不能になった時点で試合終了とし、戦闘不能にした方の勝利とします」
私はメロンパンのモンスタボールを腰からとった。しかし、そこでふと我に帰る。
メロンパン進化前→体長・0.5m、体重・9.0キロ
メロンパン進化後→体長・1.0m、体重・22.5キロ
…………投げられるだろうか。
冷たい汗が背中を流れた。しかし、試合はもう始まってしまう。今更そんなこと考えても遅いと、私は覚悟を決めた。
「試合————開始!」
私はメロンパンを繰り出す。相変わらずのひきこもりっぷりに涙が出そうだ。エリカさんは「まぁ……」と少しだけ驚いた顔をしていたが、すぐに余裕の笑みに戻る。
「タケシから聞いていますわ。何でも、変わったトレーナーが現れた、と」
「変わったトレーナー、ですか」
なんだか変な評価を受けている気がする。
「ふふ、楽しみにしてますよ。私の使うポケモンは————これです!」
エリカさんが高くモンスターボールを投げる。空中で軽やかな音をたててモンスターボールが開かれ、中からポケモンが飛び出す。私はそのポケモンを見た瞬間、思考が停止した。
私の背丈よりも大きな、黄色いつぼ状の身体。
ピンク色の口元。
大きな3枚の葉っぱ。
くねる長いツル。
「あ……あぁ……あああああああ……」
足ががくがくと震え、顔からは汗が噴き出した。血の気が引いて真っ青になる私の脳裏に、あの出来事が蘇る。私の目の前にいる、あの、ポケモン、は————
『ギョエエエエエエエエッ!』
『キョエエエエエエエエッ!!』
正しく、ウツボット。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」
ジム中を揺るがすのではないかと思われるほどの絶叫が口から飛び出す。
トキワの森の悪夢の、再来だった。
To be continue……?