第5話 『秘密基地』へようこそ! ボクとキミと腕自慢

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:18分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

第2章 『紅鋼』
ギルドハウスから離れた森――ひときわ目立つ大木。
その大木を利用して作られた、ピカチュウの秘密基地。

「これって誰が作ったの?」

ボクの質問にピカチュウが胸をそらせる。

「全部アタシ! すごいでしょ!」

高いところに色々運ぶのは苦労したよ、と自慢げに続ける。

どれだけ背を反らせても視界に入りきらないほどの大きな木。
他の木々と比べて1回りも2回りも太い幹。
ボクの今の身体がリオルということを差し引いても、その大きさは圧倒的だ。

はしごが1本かけられていた。
ここから巨木の上部に行けそうだ。

長い長いはしごを登っていく。
その真ん中あたりで下をのぞいてみた。
ボクに続いてはしごを上がるピカチュウ。
そして、遥か下に見える地面――目がくらみそうになった。

「リオル! 下を見ちゃダメだよ」

「うん。次から気を付ける……」

そこからは黙って、絶対に視線を落とさないよう上を見ながらはしごに手をかけていった。
ついに昇りきり、秘密基地の全容があらわになる。

「おおー……ぉ?」

ピカチュウがソワソワとした様子でボクの顔をのぞく。

「どう? どうどう? アタシの秘密基地!?」

秘密基地は、思ったより――



「秘密基地が狭い?」

巨木の下でボク達は昼食をとっている。
ピカチュウがクラボの実をほおばりながら訊き返してきた。

「そんなことないと思うけどなあ」

「今のボク達の状況を見てみなよ。何で家があるのにその外でご飯を食べなきゃいけないんだよ?」

リザードンのギルドハウスを飛び出して、ボク達はピカチュウの秘密基地まで家出してきた。

最初、秘密基地を見せられた時は、他の木々と比べ物にならない巨木の上に建てられた基地と言うことでボクも興奮した。
でも木に登って秘密基地を構成する建物の1つ1つを見ていくと、2匹で生活するにはそれらが小さすぎると感じた。

寝るためのベッドが置かれた小屋。
たくさんの本が置かれた小屋。
巨木のてっぺんに建てられた物見小屋。
その他もろもろの用途不明の小屋。

どれも、ボクとピカチュウが中に入れば、肩と肩がぶつかりあってまともに動けないくらい狭かった。

「広い目で見たらこの木の下だって、秘密基地の一部だと思うよ?」

反論するピカチュウ――眉間に少ししわができている。

「ご飯は普通屋内で食べない?」

「ニンフィアはよく外で木の実をつまみ食いしてたよ」

「……妙に食い下がってくるね」

ピカチュウがほほをふくらませた。

「そりゃ、頑張って造った秘密基地を、誰かさんが小さいってバカにしたからね!」

あからさまにそっぽを向かれる。

「別にバカにしたつもりはないよ」

「……」

返事もしない。

丹精込めて作り上げたであろうものを、遠回しにけなされたように感じたらしい。
利便性にこだわるあまり、ピカチュウの感情を考えていなかった。

「じゃあさ、こう考えてみてよ」

ボクが話の方向を少しずらす。

ピカチュウは明後日の方を向いたままだ。

「ここで探検隊として生活するってことは、誰かをここに招くこともあるってことだろ?」

「そうだね」

ボクに視線を移すことなく返事をする。

「今のままだと、リザードンみたいに大きなポケモンだと、家に入れられない。それって客に対して失礼だと思わない?」

「……確かに」

「だから、大きなお客さんが来た時の為に、ボク達は秘密基地を大きくしないといけないんだ」

うーん、と考え込むピカチュウ。
やがて、ゆっくりと顔をこちらに戻した。

「……なんか、リザードンみたい」

どういう意味かよく分からなかった。

「何でもないよ。キミの言う通りだし」

「賛成してくれる?」

「うん。でも、家を造るには木がいるから、今日はギルド村に買い出しだね」

歌うように言うピカチュウ――なんだか楽しそうだ。

ギルド村。
確か、ニンフィアがその言葉を使っていたのを思いだした。

「ギルド村って?」

「他のギルドから、たくさん食べ物や珍しいアイテムが運ばれてくるところ。色んな物やポケモンが集まる楽しいところだよ!」

ギルド村に行くのが楽しみらしい。

「はやく朝ご飯を終わらせて行こうね!」

木の実を一心不乱にほおばるピカチュウ。
どうやら、機嫌が直ったようだ。

「うん。ボクも行ってみたいと思ってたんだ」

「リオルは確かギルドの外出身だよね。村に行くついでに、アタシがこの辺りの案内をしてあげる!」

「よろしく頼むよ」

それと、とピカチュウが目を輝かせる。

「困ってるポケモンがいたら助けてあげようね。アタシ達は探検隊なんだから!」

「自称、だけどね」

「自称だろうと何だろうと、探検隊は探検隊だもん」

ピカチュウが最後の実のひとかけらを口に放り込む。

食後だから、ボクはしばらくゆっくりしたかったけど、ピカチュウはもう出発する気満々だ。

早く早く、とピカチュウが急かしてくる。

「村は夜明けから開いてるから、今の時間だともうポケモンでにぎわってると思うよ!」

強引に手を引かれる。

あることを思い出して、ボクはピカチュウを引き留めた。

「どうしたの?」

「おでこのケガは、何かで隠した方がいいと思う」

ボクはピカチュウのひたい――『かまいたち』にえぐられた傷を指さす。

ヌメルゴンの薬と治療のおかげで、傷口はもう乾いている。
それでも、何も知らないポケモンが見れば、悲惨な怪我に驚くことだろう。

「それもそうだね。昨日の今日なのにもう忘れてたや」

誰もが振り返るであろうほどの大怪我を忘れるだろうか、普通。
ヌメルゴンに『ひだまりのもり』に入るなと言われたことを、忘れてたボクが言えることではないかもしれないけど。

ピカチュウが首のスカーフをほどいた。
鉢巻きのように頭に巻く。

「はい! 包帯代わり」

「包帯巻いてればよかったのに」

ヌメルゴンが丁寧に巻いた包帯を、ピカチュウが自分で取り去る場面を思い出した。

ピカチュウが苦い顔をする――あえて考えないようにしていたらしい。
ギルド村に行くのをあんなに楽しみにしていたのも、家出の際のいざこざを意識しないようにするためなのかもしれない。

「……言ったでしょ。もうリザードン達のお世話にはならないって」

スカーフの位置を微調整するピカチュウ。

「これで大丈夫! ギルド村に出発ー!!」

「オー!」

……早く仲直りしてくれないかな。



「……うわあ」

思わず感嘆の息を吐いた。

初めてやってきたギルド村――その活気、にぎわいに飲み込まれていた。

ところどころから聞こえる売り文句。
たくさんの足音、会話。
多種多様なポケモンが入り乱れて、目が回りそうだ。

「ね、スゴイでしょ!?」

「うん。どこからこんなにたくさんのポケモンが?」

「リザードンのギルドに加入してる地域のポケモン皆が、ここを使えるの。この為にギルドに入るポケモンもいるんだって!」

ギルドハウスと秘密基地を結んだ中間に位置する丘。
その丘に整然と並ぶ店々。
店頭には雑多な品々が並ぶ。

「……その気持ち、分かる気がする」

「でしょー!?」

まるで自分のことのように嬉しそうに笑うピカチュウ。

近くの店をいくつか覗いてみる。
何かの枝が並べられた店。
みずみずしい木の実がカゴに乗せられた店。
売られている品はそれぞれ異なっているけど、どの店も、ポケモンの肉球を模した模様がどこかしらに描かれているのは共通していた。

その中で、1店だけ、何も商品のない店があった。

「これ、何の店かな?」

「? 『腕自慢大会』って書いてあるじゃない」

「『腕自慢大会』?」

ほら、とピカチュウが肉球模様を指さす。

「リオル、読めないの?」

「これって文字なんだ」

「そっか、リオルは記憶喪失だもんね。何書いてるか知りたいときはアタシに聞いて」

そもそも、ポケモンが文字を使ってることが驚きだった。
当たり前のように言葉を使って会話してるのもそうだけど。

ここで、1つの疑問が浮かんだ。
どうして文字は理解できないのに、言葉は理解できるのか。
光と音。
文字列と発音の組み合わせ。
視覚的情報と聴覚的情報。
この2つを別った違いは一体?

もしかすると、このあいまいな境界線上に、ボクがポケモンになってしまった秘密が隠されているのかもしれない。

「リオル、参加する?」

「ボクが?」

腕自慢大会の会場は、丘の頂上らしい。
色々なポケモンがそこに集まって、叩くなり、頭突きをするなり、様々な方法で木に衝撃を与え、木の実を落としている――落ちた木の実の数で競っているようだ。
集まっているポケモン――大会の参加者は、ドッコラー、ゴーリキー、ラムパルドなど、自分のパワーに自身のありそうなポケモンばかりだ。

渋るボクの背中をピカチュウが押す。

「大丈夫! バンギラスにやったあの技使えばいいんだよ」

「『はっけい』のこと?」

『はっけい』――バンギラスとの戦いで完成し、エレザードを倒した技。

「木が傷まないか心配だなあ」

「そんな弱っちい木なら腕自慢大会なんてしないって! 参加しなよ!」

グイグイ背を押され、店の前――大会受付らしきところまで来る。

「この子が参加しまーす!」

ピカチュウの言葉に受付のロゼリアが応答する。

「それでは、こちらにサインをお願いします」

そう言って肉球文字が書きなぐられた紙を差し出してくる。

「あ、ピカチュウ」

ボクの声にピカチュウがうなずいた。
ボクが文字を書けないことをロゼリアに説明し、代わりにピカチュウが紙にサインする。

「参加するポケモンはあちらの列にお並びください」

列――どれも屈強そうなポケモン達が並ぶ。

「リオル、ファイト! アタシあっちで観てるからね!」

ピカチュウは観客席に歩いて行った。

……秘密基地の資材を買いに来たはずなんだけどな。
ピカチュウは楽しそうだし、ボクも楽しんでるから問題ないか。

列が少しずつ前へ進む。
司会らしきポケモンの声が聞こえてくる。

「さあさあさあさあ! 現在1位は木の実を12個落としたダゲキさん! このまま逃げ切り、豪華景品を勝ち取るのかー!?」

景品なんてあったのか。
ピカチュウに全力でやるよう言われたし、どうせなら景品狙いでやってみようか。
周りのポケモンと比べて、半分くらいの背丈しかないボクだけど。

列が更に前進する。
司会のポケモンの姿が見えた。
色とりどりの羽根、音符を思わせる頭の形――ペラップ。

「1位は引き続きダゲキさんで断トツ12個、2位は8個のラムパルドさん、3位はニョロボンさんの7個です! ダゲキさんの牙城を崩す猛者は現れるのかー!?」

早口の大声でまくしたてるペラップ。

ついにボクの番がやってきた。

「おっとー!? 次の挑戦者は小さな子供だー!」

腕自慢に使われる木は、秘密基地の巨木ほどではないにしても、他の木々と比べて太く、皮はぶ厚く、確かに堅固そうだった。

これなら、どんなに強く殴っても大丈夫そうだ。

「小さなチャレンジャーにエールを送りましょーう!!」

ペラップの声援に、観客も続く。
ピカチュウの声もそれに混ざっていた。

心を静める。
周りの音が遠くなる。
右腕を引き、腰を低く構える。
バンギラスとの戦いを思い出す――ほほを鈍い痛みが包んだ。

「っらああああ!!」

全力の『はっけい』。

爆発みたいな打撃音が周囲の声を飲み込む。
誰もが目を丸くする。
木が大きくしなり、木の実が何個も落ちてきた。

「……、あ、早く数えて!!」

我に返ったペラップが周りのポケモンに催促する。

ペラップの部下らしきポケモンが落ちた木の実の数を数えていく。

「10個です!」

「10個!?」

観客がざわつく。

ペラップが、先ほどにもまして熱のこもった声で、

「10個!! とんでもない記録を叩き出しました!! 1位には届きませんでしたが、暫定2位の好記録! 小さなチャレンジャーに盛大な拍手を!!」

波のような歓声と拍手がボクに向けられる。
1位を抜くことはできなかったけど、それでもいいかな、と思った。



腕自慢大会が終わった。
ボクの最終順位は4位――手に入ったのは参加賞のリンゴ。

腕自慢大会の受付前でボク達は合流した。

ピカチュウが目をキラキラさせながら、

「すごかったよリオル! 木を殴ったときのあの音!」

「すごかったのは音だけだけどね」

「そんなことないよ。周りは大人ばっかりだったのに3位だもん! リオルってもしかしてとんでもないポケモンだったりするのかな」

「記憶が早く戻ってくれたらいいんだけど」

身体も元に戻ってほしいな、と心の中でぼやく。

「オマエさん達」

背後から呼びかけられた。
振り返ると、見知らぬポケモンが立っていた。

鈍色に輝く甲殻、装甲を連想させる四足歩行――コドラ。
右前脚に見慣れた青のスカーフが巻かれている。

「コドラおじさん、久しぶり!」

「久しぶりだな、ピカチュウ。前に会ったのはライボルトの荷物を届けたときか」

ピカチュウがボクに説明してくれる。

「リオル、このポケモンはコドラ。リザードンの探検隊のメンバーなんだ!」

「手が足りないときの補欠要員だがな。いつもはギルド村の運営を一任されている」

オマエさんは、とコドラに尋ねられたので、ボクは軽い自己紹介をした。

「ふむ、そうか。早く故郷が見つかるといいな」

「コドラはさっきの見た!? リオルの技!」

ああ、とコドラが首を縦に振る。

「間近で見させてもらったよ。まだまだ子供なのに大人顔負けのパワー。探検隊になればきっと大活躍できるだろう」

「ありがとう」

ふと、バンギラスに殴られ、木に叩きつけられたときも、木の実が落ちてきたことを思い出した。
あのときはどれくらい落ちてきただろうか。
数えきれないくらい大量に落ちてきたはずだ。

バンギラスの言葉――『次はちゃんと戦ってやる! 借りはその時返してもらうぜ!』

バンギラスが本気で殴れば、木の実を落とすどころか、木を木っ端微塵にするくらいのことはできるはずだ。

いつか来るであろう借りを返すとき――それはまだ果てしなく遠い。

「リオルはもう探検隊だよ!」

ピカチュウが明るい声で返す。
コドラが、おお、と感嘆の声をあげる。

「あのリザードンに認められたのか。懐疑主義の塊みたいな奴なのに」

「違うよ。リザードンの探検隊じゃないの」

「? じゃあ誰の? ライボルトか?」

ピカチュウは、エッヘン、とでも言いたげな顔で、

「アタシの探検隊!!」

「何言っとるんだ、オマエさん?」

コドラはピカチュウの言葉の意味が理解できないようだ。

ピカチュウが自慢げにあごをクイっと上げる。

「自分で探検隊を作ったの」

「……もしかして、家出してきたのか」

「だって、いつになっても探検隊に入れてくれないんだもん。だったら自分で作るしかないじゃない」

コドラが、はあ、と息を吐いた。
何か言おうとして、言葉を飲み込む。

コドラが言いたいことは何となく分かった。

優しく力強い、諭すような口調で、

「確かに、オマエさんはいつも探検隊になりたいと言っていた」

ピカチュウの顔から表情が消える。

「探検隊になって、リザードン達に恩返しがしたい、とな」

ピカチュウの唇がへの字に曲がる。

「でもな、そんな強引な手段で探検隊になって、リザードンが喜ぶと思うか?」

ついにあからさまに不愉快そうな顔になる。

「なによ。皆してアタシに説教して!」

「いいかピカチュウ? 探検隊に必要なものを心技体と呼んでだな……」

「ストップ! その言葉をリザードンに教えたのってコドラ?」

「いや、そうじゃないが」

「シンギタイとかってのそんなに大事? 探検隊になりたいポケモンが探検隊になるんじゃダメなの? そっちの方が1匹1匹の負担が減るのに……」

ピカチュウが口をとがらせる。

コドラがピカチュウの真意をくみとった。

「確かにリザードンの探検隊は他所と比べて隊員が少ない。それが原因の問題も多い」

「……!」

黄色と黒の耳がピクンと動いた。

「だがその分、1匹ずつの実力は折り紙付きだ。リザードンはもちろん、ヌメルゴンは『本部』出身のエリートだし、ニンフィアは頭の切れる参謀だ」

「……」

ピカチュウは何も言わない。
耳をピンと立てたまま、うつむいている。

押し黙って会話を聞いていたボクは、『本部』という言葉が気になった。
ギルドの『本部』ということだろうか。

コドラが話を続ける。

「3匹とも文句なしの手練れだ。だからオマエさんは腰を据えて下地を整えて……」

「待って!!」

ピカチュウがまたコドラの言葉をさえぎった。

絶叫みたいな大音量に、コドラもボクも飛び跳ねそうになった。

「ど、どうしたの、急に」

ボクの言葉には返事をせず、ピカチュウはバッと振り向き、店の並ぶ道の向こうを見つめる。

「そっちに何かあるのか?」

コドラも聞くが、やはり返事はない。

ボクもピカチュウが見ている方向を向く。

左右を埋める店。
道を歩くポケモン達――かすかに聞こえる悲鳴。

「誰か叫んでる」

「何?」

悲鳴が大きくなってきた。
どんどんこちらに近づいてくる。

「ドロボーだ!!」

誰かの声――直後、ポケモンの壁をかき分け、1匹のポケモンが飛び出してくる。
鋭いかぎづめ、切れ長の目、左側だけ赤い耳――ニューラ。
何かを腕に抱いている。

確か、腕自慢大会の優勝賞品のセカイイチだ。

「ドロボー!?」

ピカチュウが身構える――4足歩行に。
ボクも腰を深く下ろし臨戦態勢に入る。

でも、そんなことをしているうちに、ニューラは疾風のようにボク達を素通りしていった。

ボク達は示し合わせたように同時に背後を見る。
ニューラの姿は、はもう点のように小さくなっている。

「追おう!」

ピカチュウが駆ける。

「うん!」

ボクも走る。

「ま、待て! 危ないことはするんじゃない!」

コドラも後に続く。

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想