第4話 ニビシティ・前編

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 重い。

 身体が重い。

「う……んがっ!?」

 何か丸い物体が大量に顔に落ちてきて、私は眠い目を擦りながら目を覚ました。ぬっと現われる影。目の前には、真っ赤な複眼に、黄色い肌、黒くて長い触角が————

「ぎゃああああああああああああっ!!」

 森中に響き渡るかと思われる悲鳴を上げて、私は完全に覚醒した。





 叫んでいると、スピアーの右針から発射された何かが頬を掠り、過ぎ去っていった。その複眼は無言で「黙らんかい」と言っているように見える。私は両手を上げてコクコクと頷いた。

 そうだった、スピアーは私がゲットしたのだった。

 しかし勝手にモンスターボールから飛び出してくるとは、心臓に悪い。私はとりあえず身体を起こして頭を振った。

「うおう……」

 それだけで視界が揺れ、くらりとした感覚が襲ってくる。体中が痛いし、おなかも減りすぎて気持ち悪い。体中が悲鳴を上げているのがよく分かった。それでも、気絶していたとはいえ長い事眠っていたのだから、頭はずっとクリアになっている。

 そう言えば、トキワの森で気絶してたのによく生きてたな私。

 周りをぐるっと見渡して、私は目を覚ました時以上に驚く事になった。空は相変わらず木々に覆われているためあまり光は差し込まず暗いままだが、私を取り囲むように、木々に糸が縦横無尽に張り巡らされている。出入り口にしているのか一方向だけ糸が張られていない場所があったが、ここまで念入りに張ってあると、他のポケモンは入ってこれないだろう。私の近くには、木の実がたくさん転がってもいた。ついでにメロンパンも同化しつつ転がっていた。
 木の実を見て、喉を鳴らす。空腹はとっくの昔に限界を突破していた。メロンパンもメロンパン(食物)に見えかけてるもの。
 危険を察知したのかメロンパンは頭や手足を出して、よたよたとこちらに向かってきた。いや、食べないから安心していいよ。
 しかし、メロンパンもおなかが空いているようだ。目が私と木の実とスピアーと移動しながらせわしなく動いている。それでも食べないのは私やスピアーに遠慮をしているのだろうか。メロンパンと一緒にスピアーを物欲しげに見つめると、スピアーは「どうぞ」と右針を振った。

「いただきまーすっ!!」
「ゼーニッ!!」

 多分集めたのはスピアーであるから、本人に了承を得た以上遠慮容赦なく木の実に食らいつく。見た事のないものもあるが、そんなこと気にしていたら限がない。私と同じくメロンパンも、恐ろしい勢いで木の実を口に詰め込んでいる。一匹と一人はしばらくの間、食事のあいさつ以外無言のままただひたすらに食欲を満たしていた。





「い、生き返ったぁぁぁぁ……。本当にありがとう!」
「……ゼニ」

 満腹にはなれなかったが、腹八分目くらいにはなる木の実の量があって、スピアーに私とメロンパンは御礼を言った。メロンパンはまだ慣れないのかすぐにからにこもってしまったけれど、スピアーに対して警戒心が薄らいでいるのは確かなようだった。ご飯ってすごい。

「スピ」

 スピアーが短く返事を返す。人心地ついた私はリュックサックを手に取ろうとして、ない事に気がついて叫んだ。

「あああああああああっ!リュックサック!!」

 恐らくウツボット達に攫われた時に落とした。私は3秒ほど頭を抱えたが、スピアーが目の前に放り投げてきたものを見て目を丸くした。私の悩んでいた正にそのもの、私のリュックサックだったのだ。

「リュックサックゥッ!会いたかったよ!良かった!!会えてよかった!!」

 リュックサックと熱い抱擁をして、私はスピアーにも抱擁しようとした。残念ながら避けられたが。
 それはさておき、私はリュックからタウンマップを取りだしてニビシティまでの道を確認した。拡大縮小を何度か繰り返しながら確認を終えると、立ち上がって準備体操を始める。

「あったらしーいあーさがきた!きーぼうのーあーさーだ!」

 前にテレビでやっていた準備体操をうろ覚えながらにすると、身体全体がばっきんごっきん音を立てる。普段からよく動いてるから筋肉痛にこそならなかったものの、硬い地面で一夜を明かしたのがいけなかった。10分ほど柔軟に集中して体操を終了すると、身体がほぐれた感じがして動きやすくなった。

「よし!行くかー!」

 大きく伸びをして、メロンパンをモンスターボールに戻す。スピアーもモンスターボールに戻そうとしたが、放たれた赤い光線をひらりと避けられて、首を傾げた。

「……もしかして私の手持ち嫌?」

 思い当たった原因を言ってみたが、スピアーはうんともすんとも言わない。私はぐるりと幾重にも張られた白い糸の防護壁を改めて見て、嫌いならこんなことしないだろうと一人で完結した。ほっとけば勝手にくたばるか野生のポケモンに襲われて、自由になってた訳だし。少なくとも嫌われてはいない、と思う。好きかどうかは会ったばかりだし怪しいけど。

「まぁ、入るのが嫌なら仕方ないか。疲れたら言ってね、ボールに戻すから」
「スピ」
「じゃあ行こうか、メロンパン、コーヒープリン」
「……」
「え?名前だけど。略称はリンだよ」

 スピアー改めリンが不思議そうな空気を醸し出していたので、私はこれこれしかじかと説明を始めた。


『母さん母さん、今日のおやつは何?』
『今日はコーヒープリンよ』
『コーヒープリン?なにそれ』
『コーヒーゼリーって美味しいじゃない?』
『うん、大人の苦みだね』
『それで、プリンもおいしいじゃない?』
『うん、ぷるぷるしてて甘いね』

『だったら、一緒にしたらもっと美味しいと思わない?』
『母さん、天才的発想だね!!』


「————というやりとりの元、プリン、コーヒーゼリー、プリン、コーヒーゼリーという感じで交互に重ねた悪魔のお菓子、コーヒープリンが我が家に降臨しましたとさ。めでたしめでたし」
「……」
「味?失礼な!味はちゃんと……」

 私は疑わしそうな眼のスピアーに胸を張って答えた。


「悶絶するほど不味かったとも!」







「お?おおお?つ……っ着いたーッ!ニビシティ!!」

 空はもう赤みを帯びた夕暮れ時に染まっていた。トキワの森はほとんど日が差さないので時間感覚がないが、私は長い事気絶していたようだ。やっとのことでトキワの森を抜けて赤く染まるニビシティに辿りつき、私は歓喜の声を上げながら入り口付近の看板を確認していた。

“ニビシティ・ニビは灰色、石の色”

 ボロボロの格好のまま思わずガッツポーズを決める。

「生きているって素晴らしい!!」

 あれから野生のポケモンがわんさか襲ってきたが、全て撒いたりスピアーが撃退したりして、なんとかトキワの森を抜ける事が出来た。スピアーがモンスターボールに入らなかったのは、野生のポケモンが襲ってくる事を予期しての行動だったらしい。メロンパンも鈍器として撃退に一役買ってくれ、なんだかレベルが上がった気がする。
 とりあえずポケモンの回復をしたいので、ポケモンセンターへとそのまま直行。ポケモンセンターの自動ドアをくぐり抜けて、カウンターのジョーイさんに声をかけた。

「ポケモンの回復を————」
「きゃああああああああああああああっ!!」
「え゛」

 私の姿を見たとたんにジョーイさんが真っ青な顔で絶叫し、ただでさえ集まっていた視線を更に集めた。ポケモンセンター中の視線が集中する中で、ジョーイさんは指笛を響かせる。

「あの、ちょ」
「重症トレーナー一名とポケモン二匹よ!早急にお風呂と食事と睡眠とポケモンの回復が必要だわ!!ラッキー達急いで!!」
「ああああああああああああっ!?」

 ジョーイさんの指笛に反応して、三体のラッキーが素早く登場する。三位一体となって私を担ぎあげ、ジョーイさんと一緒にポケモンセンターの奥へと連れ込まれた。一体が鮮やかな手並みで私のリュックサック・モンスターボール・服を奪い去り、もう一体は何処かへと離脱。残る一体とジョーイさんは私を浴室に連れ込んで、お湯の張った浴槽に放り込んだ。

「……!っぷあ!!」

 じんわりと身体に染み込んでくる温かさについ溶けそうになるが、解けた髪の毛をかきあげて視界を確保すると、背筋を悪寒が走りぬけた。

 浴槽のすぐそばに立っているのは、ジョーイさんとラッキー。

「第一級洗浄体制に移ります!ラッキー、準備は良いわね!!」
「ラッキィィィィッ!!」
「うひぃっ!!怖い!怖いよこの人たち!!」

 よく分からない事を言いながら目を光らせるジョーイさんと、雄たけびをあげながらわしゃわしゃと手を蠢かすラッキー。彼等からウツボット達に襲われた時に負けないほどの恐怖を感じた。

 ダメだ、このままじゃ何か乙女として大切なものを失いそうな気がするよ!

「くっ!戦線を離脱します!」

 私はひらりと浴槽から飛び出すと、水滴を滴らせながら浴室の出口へと向かう。ラッキーが私を引きとめようと立ちふさがるが、その頭に両手を乗せて飛び越し、浴室の扉へと手をかけた。

「なっ!前方倒立回転飛び……だと……っ!って、待ちなさーい!!」
「待たない!逃げます!」

 脱衣所横に置いてあったバスタオルを2枚ひっつかんで1枚身体に巻き、そのまま脱衣所を突っ切る。そこから何処に向かうか迷ったが、お風呂に入りたくない訳じゃないし、ポケモンセンター近くの宿にも泊る予定なので、ひとまず連行された道を逆走する。ぽたぽた水滴が髪や身体から流れ落ちていくが、2枚目のバスタオルを頭から被り脱衣所口にあったスリッパを拝借しているので問題ない。足跡や水滴なんて残したらジョーイさんやラッキーにばれちゃうじゃないか!
 パタパタパタと軽い音を立てながら廊下を走っていると、曲がり角で誰かと衝突した。

「うぶっ!?」

 こ、これは俗に言う「道角でごっつんこ☆そこから始まるラブストーリー!」と言うやつでは……!寒い!寒すぎて凍えそうだよ!早急に回避しなければ!!

「こんなとこで何やっとるん?えらい格好やけど」

 頭上から降ってきた声は、聞き覚えのあるものだった。

 私は頭に被ったバスタオルを前に引っ張り、急いで踵を返そうとする。しかし髪の端を引っ張られて立ち止まらざるを得なくなった。

「痛い痛い痛い!」
「家出なんて、こりゃまたあんさん無茶したなぁ」

 何かこの会話デジャウッ!バリバリ聞き覚えがあるよ!カスムもか!カスムもなのか!!幼馴染ダブルコンビで私を追い詰めようというのか!!

 私が逃走方法を考えて唸っていると、カスムは髪の毛を離してのんびりとした口調で思いがけない言葉を言った。

「ま、それはそれとして俺は構へんのやけどな」
「へ?」

 その言葉の意図が掴めず困惑していると、私の右腕を取って走ってきた道を逆走し始める。つまり、浴室に向かっているのだ。

「は?え、アレ?」
「家に連れ戻したりなんかせぇへんから、まずそのエロい格好なんとかしぃや」

 えっと、何とかしろということは、ジョーイさん達の所に戻るという事で————

「嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 カスムは絶叫して逃げ出そうとする私を、手早く頭のバスタオルで巻くと小脇に抱えた。

「嫌よ嫌よも好きの内、っていうもんなぁ。照れ屋さんか」
「違う違う違う!間違ってるよその考え!!」

 抱えられながらもカスムを見上げると、黒に近い青色の髪を揺らし、同色の瞳を細めてさわやかに笑っている。

 かくして私は、楽しそうな笑い声をあげながらも妙に手際の良いカスムに連行され、泣く泣くジョーイさんとラッキーに引き渡されたのだった。

「なんやドナドナみたいやなぁ」
「御者さん助けてくれませんか」
「無理」





To be continue......?




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